国内の歴史論争で勝って、海外の人権で完敗した慰安婦問題 週刊プレイボーイ連載(160)

朝日新聞は従軍慰安婦問題において、従来の主張を大幅に変更し、一部の記事を虚偽として取り消しました(8月5日朝刊)。この問題についてはすでに多くの(というか多すぎる)主張がありますが、これを機に争点を整理してみることは無駄ではないでしょう。

慰安婦問題の議論は大きく4つに分けられます。

  1. 軍による強制連行があったかどうかの事実問題
  2. 自らの意思に反して売春を強要された女性の人権問題
  3. 日本の戦争責任
  4. 韓国のナショナリズム

朝日新聞をはじめとする「リベラル」は、日本の戦争責任を追及する立場から「強制連行」を歴史的事実と見なしてきました。これに対して保守派は、慰安婦問題は韓国の歪んだナショナリズムが生み出した虚構で、軍による一般女性の連行などなかったと批判しました。

このように日本国内では、リベラル派と保守派はずっと事実問題で争ってきました。そして今回の朝日新聞の“転向”が象徴するように、リベラル派は軍による強制を資料で証明できず、「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」などの証言は虚偽であると認めざるを得なくなりました。事実論争では保守派が圧倒的に優勢で、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造」との批判が沸き起こります。

しかしひとたび海外に目を転じると、保守派とリベラル派の立場は完全に逆転します。

アメリカの下院議会では従軍慰安婦問題で謝罪を求める決議が満場一致で可決され、ニュージャージー州やニューヨーク州などの自治体に慰安婦の碑が次々と建てられています。保守派はこれをアメリカにおける韓国人のロビー活動によるものと批判しますが、下院での決議にせよ慰安婦の碑の設置にせよ、一部の政治家が独断でできることではなく、有権者の広範な支持があることは否定できません。

保守派は「歴史的事実の捏造が“性奴隷”という誤解を生んだ」としてワシントン・ポスト紙に「THE FACTS(事実)」という意見広告を出したりしましたが一顧だにされず、日本への批判はますます厳しくなっています。

これは海外において、慰安婦が女性への人権侵害の象徴になったからでしょう。その根拠は軍による強制連行の有無ではなく、慰安婦本人が声をあげたことです。欧米のリベラルにとって、差別を受けたひとの告発は最大限尊重されるべきもので、それを無視・否定することは「人権に対する重大な挑戦」なのです。日本の保守派や一部の政治家はこの論理を理解できず、あいかわらず“歴史論争”を繰り返していますが、なんの効果もないのは当たり前です。

つくづく残念なのは、一人の詐話師によって慰安婦をめぐる議論が大きく歪められ、それを韓国のナショナリズムが反日の道具として利用したことです。保守派のメディアは92年には証言を虚偽と報じていたのですから、朝日新聞がもっと早く記事を取り消していれば状況はずいぶん変わったでしょう。

保守派のなかにも、元慰安婦が不幸な境遇に置かれたことに同情するひとはいます。だとしたら問題を「反日」プロパガンダから切り離し、女性の人権問題として対応する道もあったかもしれません。

その意味でも、出発点となる事実問題において20年以上も議論を混乱させた朝日新聞の責任は重いといわざるを得ません。

『週刊プレイボーイ』2014年8月25日発売号
禁・無断転載

Blog開設5年目を迎えました

おかげさまで、今日でBlogを始めて5年目を迎えました。最近は雑誌コラムのアーカイブがほとんどになってしまいましたが、この1年間でたくさんにひとに読んでもらえた記事のBEST10です。

  1. 国民年金基金についての私的提言
  2. “芸術”という腐った楽園
  3. 日本の自殺率は、長期的には高くなっていない
  4. プレゼンでは大事なことは決められない
  5. テレビはバカに娯楽を提供するメディア
  6. 意外に身近なミリオネア
  7. 今年のことはわからなくても、10年後の日本はわかっている
  8. 伽藍の世界
  9. 労働組合は身分差別社会が大好き
  10. そもそもメニューを信じる方がおかしい

前期の統計を取り忘れていたことに気がつきました。参考までに掲載しておきます。(2012/8/21~2013/8/20)

  1. 尖閣問題で、海外メディアは日本に対して予想以上に厳しい
  2. 週刊朝日は謝罪すべきではなかったし、連載を続けるべきだった
  3. アメリカはなぜ銃社会なのか?
  4. 『週刊朝日』はいったい何を謝罪したのか?
  5. なんだ、“食糧危機”はウソだったのか【書評】
  6. なんだ、エネルギー危機もなかったのか【書評】
  7. 財政破綻に備える「3つのリスク回避術」
  8. 30年前は日本の「民度」もこんなもの
  9. 【書評】職業としてのAV女優
  10. 同和地区を掲載することは「絶対に」許されないのか?

これからもよろしくお願いします。

危険ドラッグ問題を解決するもうひとつの方法 週刊プレイボーイ連載(159)

脱法ハーブによる暴走運転が社会問題になったことで、「危険ドラッグ」に名前が変わりました。厚生労働省は、アンケート調査などをもとに、危険ドラッグの使用者を40万人と推定しています。

危険ドラッグはなぜこれほど蔓延するのでしょうか。

私的行為に刑罰を課すのは国家による暴力の行使なので、法治国家ではその要件が法によって厳しく定められています(罪刑法定主義)。ところが技術の進歩によって、化学構造の一部を変えることで、麻薬と同様の効果を持ちながら法では規制されないドラッグをつくることが可能になりました。

危険ドラッグで逮捕された業者は、住宅街にプレハブ小屋を借り、主婦などを雇って、中国から輸入した原料に植物片を混ぜて「ハーブ」として販売していました。原料の入手元さえ確保できればかんたんに製造でき、「飛ぶように売れて金銭感覚がおかしくなる」ほど儲かったそうです。

ドラッグが裏社会の大きなビジネスになるのは、国家が違法とすることで、まともな業者が市場から排除されるからです。その結果、刑務所に行くことを恐れない一部のひとたちが市場を占拠し、法外な利益を手にすることになります。

生命にかかわるような毒物をきびしく規制するのは当然ですが、すべてのドラッグを禁止すればいいというわけではありません。ドラッグを合法化して法の管理の下に置けば、利潤を求めて多くの企業が参入し、非合法な業者をすべて淘汰してしまうでしょう。そのうえドラッグの製造・販売から得る利益に課税できるのですから一石二鳥です。

これはべつに荒唐無稽なことをいっているのではありません。アルコールは意識の変容を起こす典型的なドラッグで、イスラム圏では禁止されていますが、日本を含む先進諸国は合法化しています。その結果、毎年のように飲酒運転の悲惨な事故が起きますが、これは社会的コストとして許容されているのです。

大麻はオランダで合法化されており、ヨーロッパ諸国でも個人使用には罰則を科さないところが大半です。アメリカでは医療用大麻の合法化が進んでいるほか、2012年の住民投票でワシントン州とコロラド州で大麻の私的使用が合法化されました。連邦法では大麻を禁止していますが、ニューヨークタイムズは、法律を撤廃して各州の判断に任せるべきだとの社説を掲げています。「大麻はアルコールやタバコより中毒・依存症の健康被害が少ない」というのがその理由です。

日本では危険ドラッグが大麻の代替品として使用されています。若者に広がる薬物のなかには、シンナーのように脳に損傷を与えるものもあります。合法化で大麻が安価に提供されるようになれば、これらのドラッグの使用は大きく減るでしょう。

大麻禁止の根拠は、「覚醒剤などハードドラッグの入口になる」というものです。今後、アメリカやヨーロッパで大麻が解禁されていけば、こうした主張が正しいかどうか、科学的(統計学的)に検証できるでしょう。

日本では、なにか問題が起こると、すぐに国家による規制を強化しようとします。ときには別の発想をしてみてはどうでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2014年8月11日発売号
禁・無断転載