「保守vsリベラル」から「右翼vs中道」へ(週刊プレイボーイ連載671)

*1月22日執筆のコラムです。

1月19日に高市早苗総理が衆院解散を表明しました。前回の選挙から1年3カ月、議員の任期を大幅に残したまま、予算案の審議を止めて総選挙を行なうことには批判もありますが、維新の閣外協力で不安定な国会運営を続けるよりも、高支持率のいま国民の信を問おうと考えるのは自然です。

それより驚いたのは、立憲民主と公明が「中道改革連合」という新党を結成したことです。

このあいだまで与党だった公明党は、自民との再連立の憶測も流れましたが、“右傾化”する高市自民ではもはや支持者がついてこないと見限ったのでしょう。立憲民主としては、公明と連立すれば衆院で170人規模の勢力となり、小選挙区では公明党の宗教票が期待できます。

「中道」という言葉は創価学会の故・池田大作名誉会長が好んだ仏教用語で、これを党名にしたのは、新党結成でうまみが大きな立憲民主が、公明に気を使ったからだといわれています。たしかに説得力がありますが、ここでは別の視点党名を考えてみましょう。

立憲民主党は2017年、前身である民進党が小池百合子氏の希望の党との合流を決めたとき、小池氏から「排除」された議員らが枝野幸男氏を中心に集まり、「リベラルの旗を守る」ために結党しました。総選挙では枝野氏の街頭演説に数千人の聴衆が集まるなど、大きなブームを巻き起こして、希望の党の50議席を上回る55議席を獲得したことで、リベラル(立憲民主)と保守(自民)の対立の構図が定着します。

ところがその後、「リベラル」への逆風が強まります。とりわけ中国の習近平政権が軍備を拡張し、台湾問題や尖閣などで挑発を繰り返すようになると、安保法制に反対し「憲法9条を守っていれば平和になる」と唱える戦後リベラルはきびしい批判にさらされるようになりました。それに加えて、第二次トランプ政権の成立などで欧米先進国でもリベラルが退潮し、日本のSNSでも「リベラル叩き」が広がります。

立憲民主の議員たちが「排除」された理由は安保法制を「違憲」としたからですが、新党結成にあたって野田佳彦代表は「違憲部分の廃止」を撤回し、「自国防衛のための自衛権行使は合憲」と明記しました。国民民主の分裂では「原発ゼロ」をめぐる意見のちがいが理由のひとつになりましたが、これも条件付きでの再稼働を容認しました。

すべての政党が平均的な有権者が支持する政策を採用するようになるのが「中位投票者定理」で、イデオロギーで分極化するアメリカに対して、日本は理論どおり、主要政党の政策がほとんど区別できなくなりました。しかしこうなると、なんのために立憲民主を結党したのかわからなくなってしまいます。

野田氏らが自らのアイデンティティを否定してまで党名を変更したのは、「保守対リベラル」の構図では、もはや選挙は戦えないと思い知ったからではないでしょうか。だからこそ、それを「右翼対中道」の対立に変えようとしたのです。

立憲民主が「リベラルの旗」を下ろしたことで、日本の政治におけるリベラルは共産党とれいわ維新になってしまいました。日本のリベラルメディアやリベラルな知識人ははたしてこれでいいのか、気になります。

【後記】2月8日に行なわれた衆院選で中道改革連合は選挙前の議席を半減させる大惨敗を喫し、この賭けは失敗に終わりました。

『週刊プレイボーイ』2026年1月26日発売号 禁・無断転載

「正教」とはどのような宗教なのか

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2014年5月公開の記事です。(一部改変)

Shutterstock AI

******************************************************************************************

前回は、キリスト教の歴史にローマ(カトリック)史観とは別に、コンスタンティノポリスからモスクワに至るビザンティン史観があることを書いた。

参考:「キリスト教の中心はバチカンではなくモスクワ」という歴史観

わたしたちは無意識のうちに、キリスト教を欧米(アメリカと西ヨーロッパ)の宗教だと考えている。カトリックにしても、わたしたちが思い浮かべるのは中世のそれではなく、ルネサンス以降のキリスト教だ。

しかしヨーロッパの東にはもうひとつのキリスト教がある。それが正教(オルソドックス)だ。これがギリシア正教とも呼ばれるのは、信仰の中心であった東ローマ=ビザンティン帝国が「ギリシア人の国」だったからだ。

参考:ビザンティン帝国はギリシアだった

それでは、正教とはどのような宗教なのだろうか。もちろん私は宗教の専門家ではないから、ここでは日本で数少ない正教の司祭であり、『ギリシャ正教』(講談社学術文庫)などの本で啓蒙活動を行なっている高橋保行氏の著作からその特徴をいくつか紹介してみたい。

そもそもなぜ「正教」なのか?

ギリシア語の「オルソドックス」は「オルソス(正しい)」と「ドクサ」からなり、ドクサには「教え(意見、主張)」のほかに「神を賛美する」という意味がある。オルソドックスとは「神の正しい教え」であるとともに、「正しく神を賛美する」教会を表わしている。伝統的(オーソドック)とは、この「正しさ」を保守し後世に伝えていくことだ。

こうした考え方が出てきたのは、当然のことながら、キリスト教のなかに「正しくない」教えが現われ、それが影響力を増してきたからだ。これらの異端に危機感を抱いた教会は各地の代表者を集め、正しい教えを定める「公会議」を開いた。

第1回のニケヤ公会議(325年)ではイエスが神(創造者)なのか人(被造者)なのかが争われ、イエスを被造者のなかの最高の存在だとしたアリウス派が異端とされた。第2回のコンスタンティノポリス公会議(381年)では、これを受けて「父」「子」「聖神(精霊)」の「至聖三者(三位一体)」のキリスト教の神概念が確立した(用語は正教で使われるもの)。

第3回のエフェソス公会議では、コンスタンティノポリス総主教のネストリウスと、アレクサンドリア総主教のキリルが、イエスのなかの「神性」と「人性」をめぐって論争した。ネストリウスはイエスに「神」と「人」という別個のものが同居していると主張したが、公会議はこれを異端として、イエスは神であると同時に人であり、完全に二つのものが一体であるとした。

ところがそうなると、イエスの内面がどうなるのかが問題になる。これについてコンスタンティノープルの修道院長ユティカスは、「ひとつの身体のなかに神の性質と人の性質があるのは矛盾だから、人間性は神の性質に飲み込まれ融合した」という単性(質)論を唱えた。第4回から第6回までの公会議は単性主義と、その余波としての単意主義(性質がひとつなら意志もひとつ)をめぐる教義論争で、公会議はこれも異端と見なし、イエスには全き人としての意志と全き神としての意志が矛盾なく存在するとした。

聖書が偶像崇拝を禁じていることはよく知られているが、熱心なクリスチャンだったビザンティン帝国皇帝レオ3世は726年、その教えを理由にイコンを禁止した。イコンに祈ることはキリスト教徒の宗教生活に根づいていたから、これは大問題だった。第7回の第2ニケヤ公会議(787年)ではこの難問が討議され、「クリスチャンはイコンに描かれている者に祈るのであり、イコンを崇拝するのではない」というかなり苦しい理屈でイコンが容認された。

カトリックが第21回の第2バチカン公会議(1962~65年)まですべての公会議を認めているのに対し、正教は第7回の公会議までを正統とする(これが全地公会議で、それ以降はカトリックの地方会議)。

第8回の第4コンスタンティノポリス公会議(869年)は、学者からコンスタンティノポリス総主教となったフォティオス1世の罷免をめぐるビザンティン帝国の内紛にローマ教皇が介入して紛糾し、1054年にはローマ教皇とコンスタンティノポリス総主教が互いを破門して東西教会は分裂した。

もっともローマ教皇には政治的/軍事的実力がなく、神政一体のビザンティン帝国もイスラームからの圧迫にさらされるなかでは互いに争う余裕はなく、7回の全地公会議で定めた「キリスト教の真髄」を共有しているという危うい安定が続いた。

東西教会の分裂よりも決定的な影響を与えたのが第4回十字軍(1202~04年)で、ローマ教皇インノケンティウス3世の呼びかけに応じたフランス諸侯とヴェネティアはビザンティン帝国の皇位争いに加わってコンスタンティノポリスを攻撃し、約束した金品が支払われないと略奪・暴行のかぎりをつくした。これによって東(オリエント)と西(カトリック)の関係は悪化し、東西世界の不信と対立は現在まで続く。 続きを読む →

そしてみんな「いいひと」になった(週刊プレイボーイ連載670)

新年早々、栃木県内の高校で、男子生徒がトイレで無抵抗の男子を拳で殴り、後頭部を蹴る様子を撮影した動画がSNSに投稿され、たちまち拡散して県の教育委員会や高校に抗議の電話が殺到、栃木県知事が新年の記者会見で「絶句した」とコメントし、警察が暴行容疑で捜査を開始する事態になりました。

その後、大分市の中学校で、男子生徒が別の生徒の頭を蹴ったり、馬乗りになって殴ったりする動画が投稿され、次いで熊本県でも、私服姿の少年が別の生徒の顔を蹴ったり、首を絞めたりする動画が拡散し、傷害容疑で中学生が逮捕されました。

一連の事件は、日本の中学・高校でいまだに陰惨ないじめが行なわれている現実を突きつけました。その一方で、加害生徒の実名や自宅住所、きょうだいの名前や通っている学校、親の職業や会社まで、詳細な個人情報がSNSにアップされたことが問題になっています。

わたしたちはみな、正義が実現される社会を望んでいます。その一方で、法律や司法機関にはさまざまな制約があり、すべての悪が罰せられるわけではないことも知っています。だからこそドラマやマンガなどで、「闇の仕置き人」が悪人を処刑し、正義を回復する物語が繰り返されるのです。

ところがSNSによって、このフィクションが現実のものになりました。いまでは誰もが悪を成敗する“祭り”に参加し、一瞬だけでも「ヒーロー」になれるのです。わたしたちは、不適切な言動をいつ誰が録音、撮影、スクショしているかわからない世界に放り込まれてしまったのです。

1990年代半ばにeBayがインターネットでオークションを始めたとき、「失敗するに決まっている」と笑われました。相手が誰なのかわからないのですから、お金を払っても商品が届かなかったり、偽物や壊れた物が送られてきたりするだけだというのです。

ところが驚いたことに、eBayは大成功し、ネットオークションは巨大なビジネスに成長します。その理由は、買い手が売り手を「監視」し「評価」する仕組みにありました。

買い手は、約束を守るきちんとした業者には高い評価を、ウソをついたり騙したりする業者には最低の評価をつけます。ユーザーはこの評価を参考に、誰と取引するかを決めますから、本人がどういう人間かにかかわらず、すべての売り手は「いいひと」を演じるしかないのです。

さて、この2つの話はどうつながるのでしょうか。それは、中学生や高校生の子どもをもつ親が、暴行動画事件にどう反応するかを考えればわかります。

中高生の男の子はいまごろ、「デジタルタトゥーは一生消えないから、こんな動画をさらされたらまともな会社は雇ってくれないし、結婚もできない」「わたしたちだって仕事を辞めなくてはならなくなるし、この家にも住んでいられない」と、親から口をすっぱくして説教されているでしょう。

そうなればネットオークションと同じく、社会は「いいひと」ばかりになるかもしれません。この「一億総監視社会」がよいことか、悪いことかはわかりませんが。

『週刊プレイボーイ』2026年1月26日発売号 禁・無断転載