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ケンブリッジ大学の元黒人教授はなぜ死んだのか?(週刊プレイボーイ連載695)
8月14日、ロンドン南部の住宅で41歳の黒人男性が死亡しているのが発見されました。警察によると事件性はなく、自殺と見られています。
この事件がイギリス社会を大きく揺るがしたのは、男性が著名な作家・教育社会学者のジェイソン・アーデイで、9日前にケンブリッジ大学教授の職を辞任したばかりだったからです。
報道などによると、ガーナ人の両親のもとで南ロンドンに生まれたアーデイは、自閉症で11歳まで言葉を話すことができませんでした。さらに18歳まで読み書きができず、大学1年目に失読症と診断されたと語っています。
それにもかかわらずアーデイは教育学の博士号を取得し、高等教育における人種差別に関する共著書を出版、グラスゴー大学の社会学教授を経て2023年2月、名門ケンブリッジ大学に迎えられます。
人種の壁や発達障害を乗り越えて、大学史上、最年少の若干37歳でケンブリッジの教育社会学教授になったアーデイは、たちまちメディアの寵児になり、その後の2年間で5つの大学から名誉博士号を授与され、数々の賞を受賞し、政府や団体の委員会の要職に就きました。
ところがその華やかな成功と同時に、この黒人教授はさまざまな疑惑に包まれるようになります。
それまで噂のレベルだった盗作の疑いが最初に公になったのは26年7月で、ネイサン・コフナスという哲学者がアーデイの博士論文を盗作検出ソフトで調べ、「多くの箇所が最小限の編集で盗用されており、ときには元の資料からのコピー編集ミスがそのまま残っている」との記事をネットに投稿しました。
コフナスは「認知能力には人種による遺伝的なちがいがある」と主張し、黒人の知能が低いと示唆したことで、ケンブリッジ大学講師の職を解雇されていました。当然、アーデイはこれを「人種差別的な中傷」と見なし、大学側も擁護しました。
ところがその後、『タイムズ』などの一流紙が盗用疑惑を報じはじめ、それが学歴詐称に広がります。アーデイが修士号を取得したり、客員教授を務めていたと述べていた大学が、次々とその事実を否定したのです。
それ以外にも、アーデイの小学校時代の同級生が「言葉を話せなかったなどということなない」と証言するなど、自伝の多くが作り話ではないかとの疑惑が噴出し、ケンブリッジ大学も調査を始めざるを得なくなります。それを受けてアーデイは、自ら辞任を発表したのです。
イギリスの大学は白人の教授がほとんどで、多様性に欠けていると批判されてきました。そこで大学幹部は、DEI(多様性・公平性・包摂性)の広告塔として都合のいい黒人教授を採用したのだと右派は批判しています。アーデイは、ケンブリッジ大学の「(逆)人種差別」の被害者だというのです。
この事件では、「レイシズム」だと批判されていた者が正しく、その“被害者”が盗用や学歴詐称をしていたことで、「人種正義」を唱えてきたリベラルは窮地に立たされています。これからケンブリッジ大学は検証と説明責任を果たさなくてはなりませんが、それは「ウォーク(社会問題に意識高い系)の時代の終わり」を象徴するものになりそうです。
参考:「英ケンブリッジ大の元教授を遺体で発見、盗作疑惑の渦中に」BBC NEWS JAPAN 2026年8月15日
『週刊プレイボーイ』2026年8月31日発売号 禁・無断転載
中国の不動産バブルを解明する
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2014年11月公開の記事です。(一部改変)

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前回は中国で“闇の金融システム”が増殖していく仕組みについて書いたが、問題の核心は、これが地方政府の不動産開発事業と結びついて、“人類史上最大”とも称される巨大なバブルを生み出していることだ。
市場原理主義を凌駕したと自負する中国共産党の賢明な経済官僚たちは、なぜこの事態を放置しているのだろうか?
あなたの目の前に金塊が山のように積まれていて、もうすこしで手が届きそうなのに扉がゆっくりと閉まっていく。もしそうなったら、あなたはどんな気持ちがするだろう。
中国で起きていることは、簡単にいうとこういうことだ。
400兆円の「自己資金」はどこからくるのか?
中国でどのような“錬金術”が行なわれているのかは、多くの専門家の指摘が一致しており、ほぼ解明されたと考えていいだろう。
ここではそのなかから、具体的な数字を示して中国の不動産バブルの実態を推計している川島博之氏の『データで読み解く中国経済 やがて中国の失速がはじまる』(東洋経済新報社)を紹介したい。
川島氏はまず、中国統計年鑑から、21世に入ってから中国市場への投資額が指数関数的に増えていることを示す。2006年以降5年間の投資額の平均増加率は27%で、とりわけリーマンショック後の4兆元景気対策の効果で2009年の伸び率は37%という驚異的なものになっている。さらに、景気対策のなくなった2010年でも投資額は前年比24%増で、金額にすると31.1兆元(約500兆円)。近年の中国の経済成長は、日本のGDPに匹敵する巨額の投資によって支えられているのだ。
ところでこの「投資」の内訳だが、中国統計年鑑では「国家予算」「国内借款」「外資」「自己資金」の4つに分類されている。このうち国家予算は国の支出、国内借款は金融機関からの融資、外資は外国からの投資資金だ。
中国の経済成長というと外資の導入がまず挙げられるが、じつは投資資金に占める外資の割合は95年あたりから明らかに低下している。それ以外の国家予算と国内借款の比率も徐々に低下しており、それを補っているのが自己資金で、2010年にはその割合が78.5%と全体の8割にもなっている。
中国の経済成長を支える投資とは、24.4兆元(約390兆円)の自己資金のことだ。
ところで、経済学で一般に自己資金というと家計の貯蓄を意味する。中国の1年間の家計貯蓄は約5兆元だが、これは金融機関を経由して投資に回される。2010年の国内借款は4.73兆元だから、辻褄はあっている。
だがそうすると、400兆円ちかい「自己資金」はいったいどこからくるのだろうか。 続きを読む →
やまゆり園事件は「リベラルの病理」(週刊プレイボーイ連載694)
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に刃物をもった元職員の男が侵入し、入所者19人を殺害、職員を含め26人が重軽傷を負った事件から10年が経過し、メディアではさまざまな回顧報道がなされましたが、それらには一貫した共通点があります。
まずは加害者の「優生思想」を批判し、次いでそのような歪んだ価値観を生み出した社会の「優生思想」を反省する。事件の風化を防止し、障害者を施設に収容するのではなく、共生できる社会をつくらなければならないと結ぶ。――この構成以外の報道を探すのが困難なほど、各社が同じストーリーを語っていたのです。
誰もが同じことをいうときに、真っ先に疑わなければならないのは、「全員の意見が一致しているなら、なぜとっくにそうなっていないのか」です。
こうして、「悪者探し」が始まります。正義が実現できないのは、それを阻む悪があるからにちがいない、というわけです。この場合、その悪は「現代社会に潜む無意識の優生思想」になるでしょう。
優生学(eugenics)は19世紀末のイギリスで、ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴルトンが提唱した思想です。優生学者は、家畜の品種改良があまりに成功したのを見て、好ましい身体的特徴や知能などの精神的特徴をもつ子孫を増やし、そうでない子孫を残さないようにすれば、優れた人間たちによる素晴らしい社会が到来するにちがいないと考えました。
これはいわば「人間の品種改良」ですが、これを大真面目に主張したのは差別主義者ではなく、「よりよい未来」「よりよい社会」を目指す“リベラル”な知識人たちでした。
ゴルトンの後継者で統計学の基礎を築いたカール・ピアソンは代表的な優生学者ですが、若いときからカール・マルクスに心酔した社会主義者で、Carlというイギリス風の名前をマルクスと同じKarlに変えています。
優生学はその後、ナチスによるユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)を引き起こしたとして全否定されました。やまゆり園事件の加害者は人間の品種改良を目指していたわけではありませんから、犯行の理由を優生思想とするのは無理があります。
だとしたら、彼は自らの凶行をどのように正当化したのでしょうか。それは、「意思疎通のできない人間は生きていても仕方がない」という言葉から推測できます。
日本や欧米などリベラルな社会では、「自分らしく生きる」ことが神聖化されています。リベラリズムとは「誰もが自分らしく生きられる社会をつくろう」という運動で、それが自由、平等、人権などの近代的な価値観と結びついています。
ここまでは左翼はもちろん、いまでは右翼も否定しないでしょうが、そうなると「自分らしく生きられない」者はどうすれないいのでしょうか?
そのように考えれば、加害者が突きつけたのは「意思疎通できない人間は自分らしく生きられるのか」という問いであることがわかります。メディアの報道が画一的になるのは、この事件の本質が「リベラルの病理」であることを認めることができないからではないでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2026年8月24日発売号 禁・無断転載