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SNSの時代には「非顕示的消費」がトレンドになる? 週刊プレイボーイ連載(616)
わたしたちはなぜブランドものに夢中になるのか。その理由はいまから100年以上前に、アメリカの経済学者・社会学者のソースティン・ヴェブレンによって解き明かされました。
スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』で描かれたように、当時の富裕層(有閑階級)は働くこともなく、ぜいたくな調度品をそろえたプール付きの豪邸で、派手なパーティに明け暮れていました。この“奇妙な”風習に興味をもったヴェブレンは、それがインディアン(アメリカ原住民)のポトラッチと同じで、盛大な宴会とおしみない贈与によって自らの地位と財力を「顕示」して(見せびらかして)、ステイタスを上げようとしているのだと考えました。
150人程度の小さな共同体で暮らしていた人類の祖先は、誰が信用できて、誰が信用できないかで頭を悩ます必要はありませんでした。すべてのひとが、相手やその家族の評判を知っていたからです。
しかし産業革命以降、都市化が進んで見知らぬ者同士が出会うようになると、人類が旧石器時代以降、ずっと行なってきた(おそらくは遺伝的に脳にプログラムされている)この方法が使えなくなってしまいます。だとしたらどのようにして、信用できるかどうかを見分ければいいのでしょうか。
あなたが本物の金持ちなら、「自分は金持ちだ」とウソをついているわけではないと証明するもっとも効果的な方法は、口先で相手を説得することではなく、高価なモノを見せびらかすことです。この「証拠」によって、相手はあなたのことを信用できる人間だと思ってくれます。
社会がよりゆたかで複雑になると、信用できるかどうかのシグナルはますます重要になってきました。クジャクの羽根と同じで、もっとも派手に散財した者がもっとも大きな信用を得て、高い社会的ステイタスを獲得できるのです。ブランドは、ひとびとが必死になって背伸びすることで巨大なビジネスに成長しました。
しかしこの顕示的消費も、やりすぎると成金趣味に思われて逆効果になってしまいます。最近の若者は、全身をブランドもので固めた若い女性を見ると、「水商売だから近づかないようにしよう」と思うそうです。
こうして、「非顕示的消費」という新しい現象が起きました。ユニクロの2990円のジーンズと一見、区別がつかないものの、限られたひとにはそれが5万円以上する高級なデニムだとわかるような消費の仕方をいうそうです。
顕示的消費では、自分がお金持ちであることを見せびらかして、貧乏人を排除しようとします。しかしSNSの時代にこれをあからさまにやると「ポリコレ」的に反発され、炎上するリスクがあります。そこで、自分が文化的によいセンスをもっていることを微妙なシグナルで伝え、「文化的に貧困な者」を排除するようになったと考えれば、非顕示的消費を説明できるでしょう。
どちらにも共通するのは、社会を「俺たち(お金持ち、あるいはセンスのいい者)」と「奴ら(貧乏人、あるいはダサい者)」に分割し、“劣った”者を差別することです。残念ながら、流行はどれほど変わっても、旧石器時代から続くヒトの脳のプログラムはずっと同じなままのようです。
ベンジャミン・ホー『信頼の経済学 人類の繁栄を支えるメカニズム』庭田よう子訳、慶應義塾大学出版会
『週刊プレイボーイ』2024年9月9日発売号 禁・無断転載
いまこそ「金銭解雇の法制化」の議論を始めよう
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2018年7月5日公開の「「身分差別」の日本的雇用の破壊後に 「金銭解雇の法制化」は可能か?」です(一部改変)
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日本社会ではこれまで、保守もリベラルも含めほとんどのひとが、「年功序列・終身雇用の日本的雇用が日本人を幸福にしてきた」として、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を「アメリカだけが一方的に得をする制度」「グローバリズムの陰謀」と批判し、「雇用破壊から日本を守れ」と大合唱してきた。
しかしこのところ、このひとたちはすっかりおとなしくなってしまった。
その理由のひとつは、トランプ大統領が、「TPPはアメリカにとってなにひとついいことがない」としてさっさと離脱してしまったことだ。これによって「アメリカ陰謀論者」は梯子をはずされ、なにがなんだかわからなくなって思考停止し、過去の発言をなかったことにしようとしているのだろう。
しかしより重要なのは、安倍首相が「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と施政方針演説で宣言し、先頭に立って日本的雇用を「破壊」しようとしていることだ。これによって「親安倍」の保守派は政権のネオリベ路線を批判できなくなった。
一方、「反安倍」勢力はどうかというと、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度に反対してはいるものの、電通の新人女性社員が過労自殺した事件以降、日本的雇用を表立って擁護できなくなった。それに加えて、「正社員と非正規社員のあいだの合理的な理由のない格差は違法」との判決が相次ぎ、日本的雇用が「身分差別」である実態を否定できなくなった。日本的雇用で犠牲になるのは、非正規社員や子会社の社員、(子育てをしている)女性、外国人など少数者(マイノリティ)なのだ。
こうして紆余曲折がありながらも働き方改革が進められるのだが、この先にはより大きな壁が待ち受けている。それが「金銭解雇の法制化」だ。 続きを読む →
わたしたちはキャンセルカルチャーの時代を生きている 週刊プレイボーイ連載(615)
今年の8月は例年になく暑い日が続きましたが、それに輪をかけてネットも燃えました。
まずは人気女性タレントの“誤爆”事件。お笑い芸人がオリンピックにかけて、「生きてるだけで偉いので皆、優勝でーす」とSNSに投稿したところ、女性タレントが「おまえは偉くないので、死んでくださーい 予選敗退でーす」と引用リポストしました。
投稿は直後に削除され、「本当にすみません」と謝罪したものの、その画像がたちまち拡散しました。その後、女性タレントの事務所が、凍結されているアカウントがあることを認めたため、「裏アカウントで日常的にこのような投稿を重ねていたのではないか」との疑惑が広まり、「祭り」状態になったものです。
女性タレントはこの不祥事でテレビやラジオのレギュラー番組を降板し、YouTubeのCM映像が公開中止になるなどして、芸能活動を休止しました。
次は女性フリーアナウンサーが、「ご事情あるなら本当にごめんなさいなんだけど」と断ったうえで「夏場の男性の匂いや不摂生してる方特有の体臭が苦手過ぎる」などとSNSに投稿し、「男性蔑視だ」と炎上した事件。その3日後に事務所から、「異性の名誉を毀損する不適切な投稿行為」を理由に契約解消を言い渡されました。
投稿の趣旨は、汗拭きシートや制汗剤の使用を呼びかけるもので、「たんなる意見の表明なのに処罰が重すぎる」との反論もありましたが、東京五輪では「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と発言した組織委員会会長が辞任させられています。「男は臭い」が言論・表現の自由であれば、「女は話が長い」が問題にされる理由はありません。「女が男を批判するのは許されるが、男が女を批判するのは許されない」という非対称性を前提としないかぎり、この投稿をジェンダー差別でないとするのは難しいでしょう。
3つめは、SNSの中傷に対してパラアーチェリーの女子選手が発信者情報開示請求をしたところ、投稿したのが同じパラアーチェリー選手で、パリ・パラリンピック日本代表であることがわかり、損害賠償を求めた事件。パラリンピック前に代表選手に約124万円の支払いを命じる一審判決(被告が控訴)が出たことで、「代表を辞退すべきではないか」と炎上しました。
パリ五輪では、体操女子の主将だった19歳の選手が、飲酒と喫煙を理由に日本体操協会によって出場を辞退させられました。20歳未満の飲酒・喫煙は禁止されていますが、19歳は成人です。それが出場辞退という重い処分になったのに、民事とはいえ裁判で名誉棄損と認定された選手がオリンピックに出場するというのでは、一貫性がないと批判されてもしかないでしょう(その後、控訴を取り下げ出場を辞退)。
3つの事件はどれも、ウクライナやガザで起きている悲劇と比べればささいな出来事です。それにも関わらず、ネットニュースでははるかに大きな比重で報じられ、膨大なコメントがつきました。
わたしたちは海の向こうの重大事件ではなく、自分が知っている小さな世界のことにしか興味がありません。そして、誰もが正義の鉄拳を振り下ろす機会を探している、キャンセルカルチャーの時代を生きています。
そのことがわかっただけでも、興味深い「暑い夏の出来事」でした。
『週刊プレイボーイ』2024年9月2日発売号 禁・無断転載