「軽率な発言」への私刑(リンチ)はどこまで許されるのか? 週刊プレイボーイ連載(431)

人気お笑いタレントが深夜のラジオ番組で、女性を貶めるような発言をしたとして炎上騒ぎに発展しました。

発言の経緯を見ると、リスナーから「コロナの影響でしばらく風俗行けない。思い切ってダッチワイフを買おうか真剣に悩んでいる」との相談が寄せられ、「苦しい状態がずっと続きますから、コロナ明けたらなかなかの可愛い人が、短期間ですけれども、美人さんが、お嬢(風俗嬢)をやります。なんでかって言うたら、短時間でお金を稼がないと苦しいですから」「今我慢して、風俗に行くお金を貯めておき、仕事ない人も切り詰めて切り詰めて、その時のその3カ月のために、頑張って今歯を食いしばって、えー、踏ん張りましょう」と述べたとされます。

たしかに軽率な発言ですが、その趣旨はリスナーに対し、「この時期に風俗に行くのは我慢して感染拡大を防ごう」というもので、その理由として「コロナが収束したらいいことがある」との軽口で笑いを取ろうとしたのでしょう。男同士の会話としてはよくあるもので、「経済的に困窮する女性を蔑視している」といわれればそのとおりでしょうが、芸能人として社会的生命を断たなければならないほどの「罪」とは思えません。

この事件をはじめとして、SNSなどで広がる炎上騒ぎの問題は、罪の重さが恣意的に決められていることです。当然のことながら法治国家では、罪を判定し刑を科すことができるのは司法だけです。もしその行為が違法でないのなら、どれほど不愉快であっても、表現・思想信条の自由として許容するのがリベラリズムでしょう。

ところがネット上の「道徳警察」は、自分たちで罪を認定し、本人が謝罪してもなお「謝り方が気に入らない」として番組からの降板を求める署名を集めています。これは「私刑(リンチ)」であり「公開羞恥刑」以外のなにものでもありません。

かつては多くの国に、公の場で恥をかかせる羞恥刑がありました。18世紀のアメリカでは不倫をした妻と間男は2人とも公開のむち打ち柱で打たれることになっていましたが、その後、「公衆の面前で屈辱を与える刑罰は死刑よりも残酷である」との批判が高まり、19世紀半ばまでにほぼ廃止されます。ところがその羞恥刑が、21世紀になって「私刑」として復活したのです。

道徳バッシングがなぜこれほどまでひとを夢中にさせるかというと、それがきわめて強い「快感」をもたらすからです。脳科学は、不道徳な行為を罰すると脳の快感回路が刺激されて神経伝達物質のドーパミンが分泌されることを明らかにしました。

ネットニュースでもっともアクセスが多いのは「芸能人」と「道徳」の話題だといいます。芸能人の不道徳なスキャンダルはこの2つの組み合わせですから、ページビューを増やして手っ取り早くお金を稼ぐもっとも効率的な方法です。

こうしてニュースを提供する側の利益と、そこから快感を得ようとするひとびとの欲望が一致して、異様な公開羞恥刑が起きるのでしょう。この仕組みはきわめて強固なので、私たちはこれから何度も同じような光景を見ることになるはずです。

参考記事:岡村隆史「コロナ明けの風俗を楽しみに」貧困セックスワーカー増加を歓迎し猛烈批判

参考:ジョン・ロンソン『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』 (光文社新書)

『週刊プレイボーイ』2020年5月18日発売号 禁・無断転載

「お願い」で私権を制限するのは全体主義 週刊プレイボーイ連載(430)

新型肺炎の感染拡大を防ぐために自治体がパチンコ店に休業要請したところ、それでも営業を続ける店に客が殺到し、一部の自治体が店舗名の公表に踏み切りました。さまざまな議論を呼んだこの問題を2つに分けて考えてみましょう。

まず、自治体による「要請」というのは「お願い」で、当然のことながら、相手から「お願い」されてそれに応じるかどうかは本人の自由です。店舗名公表によってこれを実質的に強制するのは、憲法で保障された「基本的人権」を明らかに侵害しています。

しかし現在は、治療法のない感染症が蔓延する「緊急事態」です。そんななか、ほとんどの店が要請に従っているのに、一部の店舗だけが営業をつづけて利益をあげるのは間違っているとほとんどのひとは思うでしょう。

この疑問は当然ですが、なぜこんなおかしなことになるかというと、緊急事態なのに「お願い」しかできない法律だからです。ここから「営業させないなら休業補償しろ」「店が納得するように丁寧に説明すべきだ」との意見が出てくるわけですが、これを緊急事態の典型である戦争に当てはめてみましょう。

敵が迫ってきて、自衛隊が国土防衛のために私有地に軍を展開しなければならないときに、「お宅の土地の使用料はいくらにしましょうか」とか、「あなたの家が戦闘で破壊されるかもしれませんが、なんとかご納得いけませんでしょうか」とか、一軒一軒交渉するのでしょうか。

「緊急事態」というのは、定義上、「問答無用で私権を制限しなければならない事態」のことです。だからこそ、日本よりずっとリベラルな欧米の国々では、国や自治体のトップが店舗の営業停止やオフィスの閉鎖を矢継ぎ早に命令しているのです。

もちろんだからといって、国・自治体は何もしなくてもいいわけではありません。しかし順番として、補償や経済支援の話は、緊急事態に必要な措置をとったあとになるはずです(そうでなければ緊急事態に対応できません)。

それにもかかわらず日本では、法律上、「お願い」以上のことができないようになっています。しかしこれでは、要請に従った店が「正直者が馬鹿を見る」ことになるので、なにか別の方法で強制力をもたせなければなりません。このときに使われるのが「同調圧力と道徳警察(バッシング)」です。驚くべきことに、日本では法律ではなく「村八分」の圧力によって社会が統制されているのです。

さらに驚愕するのは、「リベラル」を自称するメディアや知識人が、この「法によらない権力の行使」を批判しないばかりか、積極的に容認しているように見えることです。こんなことが許されるなら、国家は「道徳」の名の下に、際限なく国民の私権を踏みにじることができます。これはまさしく「全体主義(ファシズム)」でしょう。

改正特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)が議論されていたとき、真のリベラルであれば、「法によって私権の制限を命令できるようにすべきだ」と主張しなければなりませんでした。残念なことに、この国にそんなリベラルはどこにもいなかったようですが。

『週刊プレイボーイ』2020年5月11日発売号 禁・無断転載

「一律10万円給付」の背景にある現実空間の歪曲 週刊プレイボーイ連載(429)


治療法のない感染症の本質は、「疫学的な損害」と「経済的な損害」のトレードオフです。感染拡大を防ぐためにロックダウン(都市封鎖)すると、仕事を失って生活できないひとたちが街に溢れてしまいます。それをなんとかするために経済活動を再開すると、人間の移動や接触が増えて感染が拡大します。

世界じゅうで起きている新型肺炎をめぐるさまざまな混乱は、ほぼこのトレードオフで説明できるでしょう。問題は、現在のところ、このふたつの選択のあいだの「狭い道」を抜ける方法を誰も見つけていないことです。

ワクチンができれば感染症は克服できますが、専門家の多くは「開発まで早くても1年半」といっています。そこからワクチンを量産して世界じゅうで接種するには、さらに2~3年はかかるでしょう。「集団免疫ができればいい」という意見もありますが、そのためには人口の6~7割が感染して抗体を獲得する必要があるとされます。感染した場合の死亡率を1%とすると、日本人の7000万人が感染し、高齢者や疾患のあるひとを中心に70万人が生命を落とすことになります。

「解決できない脅威」は、私たちをものすごく不安にします。トレードオフは心理学でいう「認知的不協和」を引き起こし、そのとてつもない不快感から逃れるために、ひとはおうおうにして事実を直視するのをやめて目の前の現実を歪曲します。

その典型がトランプで、最初は「新型肺炎はインフルエンザみたいなもの」といい、感染が拡大すると「特効薬がすぐにできる」と豪語し、死者の山が積みあがるとWHO(世界保健機関)を非難して資金を引き揚げ、いまでは「中国の生物兵器」説を流しています。

しかし私たちも、海の向こうのドタバタ劇を笑っているわけにはいきません。「一律10万円給付」は公明党が連立離脱まで持ち出してしぶる安倍首相を押し切ったとされますが、この経済政策は5月の連休明け、あるいは6月中には感染が収束することを前提にしています。だからこそ、それまでなんとか耐え忍ぶだけの現金を「スピード感」をもってすべての国民に給付すべきだ、という理屈になるわけです。

しかし、そもそもこの前提が間違っていたとしたらどうなるのでしょうか? これから長い「感染症とのたたかい」がつづくとすれば、10万円配ったところでなんの意味もありません。だったらなぜ、こんなことに「連立離脱」を賭けるのか。

この奇妙な政治劇は、「1カ月で感染症は収束しているはずだ」あるいは「収束していなければならない」と現実空間が歪曲していると考える理解できます。

「一律10万円給付」のポイントは、満額の年金を受け取っているひとも給付を受けられることです。当然、高齢者は大喜びでこの政策を支持するでしょう。これは団塊の世代の票で当選している政治家や政党にとって、ものすごく魅力的な提案です。

新型肺炎がすぐに解決するのなら、この機に乗じて支持者に便宜をはかり選挙対策をやっておくのがもっとも合理的なのです、邪推かもしれませんが。

『週刊プレイボーイ』2020年4月27日発売号 禁・無断転載