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超高齢社会・日本の「令和8年夏の敗戦」(週刊プレイボーイ連載697)
今年の夏に公開された映画『開戦前夜』は、真珠湾攻撃の8カ月前、官・軍・民から選ばれた若手エリートが模擬内閣をつくり、日本がアメリカと戦争したらどうなるかを検討した実在の「総力戦研究所」が舞台です。
国家機密レベルの資料に基づく彼らのシミュレーションの結論は「日本必負」という衝撃的なものですが、その論理はきわめてシンプルです。
日本は石油をすべて輸入に頼る資源のない国で、アメリカは石油を自国で産出できます。そこで日本はインドネシアに進出し、そこに無尽蔵に眠る(とされた)資源を確保すれば、アメリカとも互角に戦えるとされてきました。
しかしこれは、輸送を考慮しない机上の空論です。東南アジアの石油資源を掌握できたとしても、それを日本まで運んでこなければ、軍艦も戦闘機もつくれないのです。
アメリカ本土を侵攻しないかぎり、日本にはアメリカの石油生産を止める手立てがありません。それに対してアメリカは、南洋から石油を積んで日本に向かう輸送船を潜水艦で沈めることで、大きなダメージを与えることができます。
当時の日本の造船能力では、消失する船を上回る輸送船をつくることができませんでした。こうして、たとえ初期の軍事作戦が成功したとしても、やがて日本は劣勢になり、3年程度で敗北するというきわめて精度の高い予想になったのです。――総力戦研究所の若手たちは、ドイツの敗北とソ連の日本への宣戦布告も想定しており、唯一、予想できなかったのは原爆投下だけとされます。
映画では、軍の幹部や政治家もこのことを知っていながら、戦争による状況打開を求める国内の「空気」に抗しきれず、「あらかじめ決められていた破滅」へと突き進んでいく姿が描かれます。しかし、それから85年後の日本に生きるわたしたちは、これを「バカだなあ」と笑えるでしょうか。
日本は少子高齢化によって、空前の人手不足に陥っています。厚労省の推計では、2025~40年の15年間で生産年齢人口は大都市で11.9%、地方都市で19.1%、過疎地域で28.4%減少し、看護人材の供給源となる18歳人口も3割減る見通しです。
一方、25年に団塊の世代は全員が75歳以上になり、40年に向けて85歳以上人口・死亡者数・独居高齢者が大きく増え、このままでは救急・手術・在宅医療・みとりのいずれも維持できなくなると専門家は予想しています。
人口動態は(ほぼ)確実に予想できる未来で、政治家ももちろんこのことはわかっているでしょうが、「責任ある積極財政」を掲げるひとたちは、「嫌移民」の保守層の反発を怖れ、最大の供給制約である人手不足を無視しています。ようやく重い腰を上げるのは、医療や看護・介護が破綻してひとびとが騒ぎ出してからでしょうが、そのときにはもう手遅れです。
もちろん、「超知能AIを搭載したロボットがほとんどの仕事を代替するようになるから、人手不足はなくなる」というテクノロジー・ユートピアの未来が訪れるかもしれません。でもこれは、どこか「南洋に進出すれば無限の資源が手に入る」という楽観論に似ています。
政府の無為無策が「令和8年夏の敗戦」にならないことを祈るばかりです。
参考:高橋泰国際医療福祉大学教授「2040年の地域医療構想(下)供給制約や行動変容考慮を」日本経済新聞2026年8月28日
【後註】日本経済新聞2026年9月6日「労働需給、国推計なぜ「均衡」」で、経済産業省、リクルートワークス研究所、野村総合研究所の3者が公表している2040年の労働人口の推計値に大きな差があると報じています。
野村総研のリポート「人的資本経営に求められる労働需給将来推計」では、2040年の労働需要7650万人に対して労働供給6536万人で1114万人の不足、リクルートワークス研究所の「未来予測2040」では各6867万人、5767万人で1100万人の不足ですが、経産省の「2040年の就業構造推計(改訂版)」では労働需要、労働供給ともに6303万人で均衡するとしています。
3者の推計は労働政策研究・研修機構(JILPT)の「労働力需給モデル」をベースにしていますが、このような大きなちがいが生じるのは、民間が「想定される現実的な(賃金上昇率の)水準を上限に(受給を)調整」しているのに対し、経産省は官民目標の国内投資200兆円を織り込み、AIやロボット、リスキリングなどで名目GDP成長率が3.1%、賃金上昇率が名目3.3%、労働生産性が名目3.7%に高まるという高成長シナリオによって、労働力の受給が一致するまで賃金上昇率を上げているためだとされます。
これについて専門家は「これまで国が描いた高成長ケースは実現してこなかったのではないか」と指摘しています。
『週刊プレイボーイ』2026年9月14日発売号 禁・無断転載
マニラの「困窮邦人」という衝撃
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2013年4月公開の記事です。(一部改変)

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マニラにある日本大使館には、3日に1人の割合で、異国の地でホームレスになった日本人がやってくる。そのほとんどが高齢の男性で、「困窮邦人」と呼ばれている。
フィリピンだけで年間100人という数に驚くかもしれないが、これは2011年の数字で、前年(2010年)の海外援護統計では332人と、毎日1人の割合でマニラの大使館やセブの出張駐在官事務所に一文無しになった日本人が駆け込んできた。
ちなみに、国別の困窮邦人は2位がタイ、3位がアメリカ、4位が中国、5位が韓国となっているが、フィリピンだけで全体の半分近くを占めておりその数は圧倒的だ。
困窮邦人の激増は現地の日本人のあいだではよく知られていたが、その存在を広く日本社会に知らしめたのは、マニラ在住のノンフィクションライター水谷竹秀氏の『日本を捨てた男たち』(集英社文庫/第9回開高健ノンフィクション賞)だ。
この本の冒頭で紹介される困窮邦人・吉田正孝(仮名)の生活は衝撃的だ。
愛知県内にある自動車部品の工場で溶接の派遣社員をしていた吉田は、名古屋市内のフィリピンクラブで知り合った女性を追いかけて、40代半ばでフィリピンにやってくる。所持金はわずか20万円。ルソン島東部ケソン州にある女性の実家で暮らしはじめたものの、手持ちの金が尽きたとたん、いきなりバス停に連れていかれ、マニラまでのバス運賃250ペソ(約500円)を渡された。
マニラに着いた吉田は、とりあえず日本大使館に向かうが、「飛行機代も食費も出せない」といわれて路頭に迷うことになる。
困窮邦人の扱いには日本大使館も苦慮している。自らの意志でフィリピンに渡航し所持金を使い果たした困窮者に、国民の税金である公金を安易に貸し付けることはできないからだ。そこで、両親や兄弟姉妹、親類などに国際電話をかけて援助を求めることになるのだが、不義理を重ねて日本にいられなくなったケースも多くほとんど断われるという。
吉田はしばらくのあいだ知り合いのフィリピン人の家で面倒を見てもらっていたが、そこも居づらくなると、日本大使館に近いパサイ市の教会で寝泊りするようになる。この教会は24時間開放されていて夜になっても追い出されないが、長椅子に横になることは禁じられていて、椅子に座ったまま眠るしかない。
夜が明けると、吉田は教会近くの貧困地区にあるフィリピン人女性の家に行く。吉田が「お母さん」と呼ぶこの女性は、ゆで卵や野菜の揚げ物、ソフトドリンクなどを販売する露店を教会の前に出している。
吉田は、商売に使う台車をデッキブラシと洗濯石鹸で洗い、揚げ物用の野菜を包丁で刻み、売れ残ったゆで卵の揚げ物を再利用するため衣をはがす。そうして正午ちかくまで働き、台車を教会前の所定の場所まで運ぶのが彼の仕事だ。
吉田は「お母さん」の家で朝食と昼食を食べ、さらに20ペソ(約40円)の日当までもらっている。ゆたかな国からやってきた日本人が、フィリピンのスラムに住む露天商の女性に雇われ、面倒を見てもらっているのだ。 続きを読む →
日本の中高生で、女子の自殺が男子を上回ったという謎(週刊プレイボーイ連載696)
SNSが若者の自殺の原因になっているとして、オーストラリアを筆頭に、アメリカやヨーロッパでも規制が強化されています。これについては専門家のあいだでもさまざまな議論がありますが、ここでは日本の状況がどうなっているのか見てみましょう。
『令和7年版自殺対策白書』によれば、日本の自殺者数は全体としては減少傾向にあるものの、小中高生の自殺者数は過去最多水準で推移しています。なかでも顕著な特徴は、男子の自殺が横ばいまたは減少傾向であるのに対し、女子の自殺が増えていることです。
もともと自殺者数は男性が女性よりかなり高く、欧米や日本のような高所得国では(10万人あたりの自殺者数で)2~3倍のちがいがあるとされています。日本でも15~19歳で、2015年には男子は女子を2倍以上、上回っていましたが、その差が徐々に縮まって、2024年にはとうとう女子の自殺者数が男子を超えました。こうした逆転現象は、すくなくとも先進国では例がないとされ、なにが日本の10代の女性を自殺に追いやっているかに注目が集まりました。
しかしデータを見ると、日本だけでなくアメリカでも10代の女性の自殺が大きく増えています。それでも男女の割合が逆転しないのは、女子ほどではないものの、男子の自殺率も高くなっているからです。そう考えると、日本の特徴は女子の自殺が増えているというよりも(これは欧米も同じなので)、男子の自殺が増えていないことにあります。
厚労省が作成した「小中高生自殺者数の年次推移」では、2020年に女子の自殺が急増しています(前年度から高校生1.75倍、中学生1.47倍)。この年は全国的に新型コロナの感染が拡大し、休校やリモート学習によって子どもの生活環境が大きく変わりました。それが自殺者数の増加に影響していることは間違いありませんが、コロナが収束した23年以降も女子の自殺は高止まりしたままです。
「自殺の原因・動機」を見ると、女子高生でもっとも多いのは「健康問題(32%)」と「学校問題(26%)」で、「家庭問題(16%)」を加えると全体の7割を超えます。学校問題では主に「学業不振」「(いじめ以外の)学友との不仲」「(入試以外の)進路に関する悩み」の3つが挙げられています。
それに対して男子高生では、「学校問題(33%)」がもっとも多く、そのなかでは「進路に関する悩み」と「学業不振」が大きな要因になっています。男女差としては、女子高生の自殺の動機として「健康問題」が際立って多いことが目立ちますが、このなかにうつ病などの精神疾患がどの程度含まれているかは、このデータからではわかりません。
この数年の日本の若者の自殺についていえることは、新型コロナであれSNSであれ、男子はその影響をほとんど受けておらず、女子のみに負の影響が集中していることです。2020年以降、10代の女性のあいだで疫病のように広がり、その一方で男子には影響を及ぼしていない要因とはいったい何なのか、専門家による今後の解明が待たれます。
参考「令和7年中における自殺の状況について」警察庁
註:この記事は多くの方に読まれたようなので、参考までに元データをアップしておきます。
(1)小中高生別、性別自殺者数(10万人あたり)の年次推移。令和2年(2020年)以降、中学生と高校生女子の自殺者数が大きく増え、その後も高止まりしています。一方、男子の自殺者数に大きな変化はありません。

(2)年齢男女別自殺者数の前年比較。令和6年(2024年)、7年(25年)ともに19歳以下の自殺者数は男より女が多いものの、20~29歳では男の自殺者数が大きく増えて、それ以降の年齢区分では男の自殺者数は一貫して女の2~2.5倍です。

『週刊プレイボーイ』2026年9月7日発売号 禁・無断転載