意志力をふりしぼって成功すると寿命が縮む!? 週刊プレイボーイ連載(445) 

成功への鍵として自制心や自己コントロール力が注目されています。これは「やり抜く力(GRIT)」とも呼ばれ、「生まれつきの才能」はもはや重要ではなく、誰もがこのちからを伸ばして傑出した人材になれるともいわれます。

これは、半分正しくて半分間違っています。現代社会で、社会的・経済的な成功にもっとも重要な能力が「知能」であることは繰り返し証明されています。知識社会とは、「言語的知能と論理・数学的知能に優れた者が特権的な優位性をもつ社会」のことなのですから、これはトートロジー(同義反復)でもあります。

とはいえ、たんに「頭がいい」だけでは成功できないこともわかってきました。地頭はいいけれど勉強もせずに遊び呆けている子どもがどうなるかを考えてみればわかるように、成功するためには、目の前の欲望をすぐに満たそうとする「キリギリス」ではなく、将来の自分のためにこつこつ努力する「アリ」でなくてはならないのです。――偏差値70で自己コントロール力が低いよりも、偏差値60で「やり抜く力」をもっているほうが、ずっとゆたかで幸福な人生を手にすることができるでしょう。

行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較などを通して遺伝と環境の影響を推計する学問です。それによると、(成人後の)知能の遺伝率が70%以上であるのに対して、堅実性などのパーソナリティの遺伝率は50%前後とされています。思春期を過ぎると教育によって知能を伸ばすのは難しくなりますが、自己コントロール力の半分は環境の影響で、それを鍛えるのはいくつになっても可能なのです。

ここまではとてもいい話ですが、最近になって困惑するような研究が出てきました。意志のちからで欲望を抑えようとすると、勉強や練習の成果が落ちてしまうというのです。

なぜこんなことになるかというと、「意志力をふりしぼることで脳のリソースを使い果たしてしまうから」だそうです。「徹夜で勉強したけどぜんぜん頭に入らない」という経験は誰にもあるでしょうが、これは限りある資源を別のところで使っているからなのです。

さらに不穏なのは、貧困家庭に育った若者が高い自己コントロール力を使って成功したとしても、さまざまな病気を発症し老化が早まるという研究です。比較的恵まれた家庭で育った若者には、このような現象は見られませんでした。

ハンディキャップを乗り越えるために意志力をふりしぼると、身体がストレス反応を起こし、血圧が上昇したりします。これが長期間つづくと、やがては健康に重大な影響を及ぼすかもしれないのです。

このような負の効果を避けるにはどうすればいいのでしょうか? そのもっともシンプルな解決法は、「好きなことをする」でしょう。勉強でも仕事でも、好きなことであれば、そもそも意志力を使って身体を痛めつける必要ありません。「努力は寿命を縮める」のだとしたら、私たちは「やり抜く力」ではなく、「頑張ってもストレスにならない生き方」を身につけるべきなのかもしれません。

参考:Jane Richards and James Gross (2000) Emotion regulation and memory: The cognitive costs of keeping one’s cool, Journal of Personality and Social Psychology
Gregory E Miller et al(2015)Self-control forecasts better psychosocial outcomes but faster epigenetic aging in low-SES youth, PNAS

『週刊プレイボーイ』2020年9月14日発売号 禁・無断転載

月刊『Voice』9月号「アルファに魅かれる女性のジレンマ」(つづき)

月刊『Voice』9月号のインタビュー「アルファに魅かれる女性のジレンマ」が「実は「他人の子と知らずに育てている父親」が多い? 語られない男女間の“不都合な真実”」としてWEBに掲載されましたが、文字数制限で最後の部分がカットされたのでここにアップしておきます。合わせてお読みいただければ。

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◎全体で見れば女性が裕福に◎

──ひたすらアルファを狙って若さを失い婚期を逃すよりは、きっちりキャリアを積んで「同類婚」をめざすほうが、たしかに現実的だとはいえます。ただ、結婚はともかく、出産には適した年齢があると思います。その点はどう考えますか。

橘 現代の女性の最大の問題は、出産に適した生物学的な年齢と、キャリアを積むのに必要な社会的な年齢が衝突することです。これは本当に深刻で、私にも名案はないのですが、ひとつの可能性として「若い時に出産し、子育てをアウトソースする」というライフスタイルが考えられるのではと思っています。「人生百年時代」といわれても、退職してしまえばたいしてやることはありません。若い祖父母が孫を育てるという未来は、けっして荒唐無稽なものではないでしょう。

20代前半、あるいは10代後半で出産し、子育てを両親に任せて大学に入る。これならキャリア形成に大事な30歳前後には子供はもう手がかからなくなっているのですから、仕事との両立もそれほど難しくありません。「子育ての喜びがなくなる」というかもしれませんが、40代になれば子供が孫を産んでくれるのだから、ある程度生活に余裕ができてから思う存分体験することができます。男にとって問題なのは、これだと祖母、母親、娘と女だけで完結してしまうことですが。

──経済的に自立した女性が男性を選ぶ時代が来るということですか。

橘 現実にアメリカでは、医療・介護や教育関係などピンクカラーと呼ばれる職種の平均年収が工場労働などブルーカラーの収入を逆転する現象が起きています。ごく一部の大富豪は男に多いとしても、全体でみれば女のほうが裕福になりつつある。

生物学的にいえば、オスの役割は子孫を産むメスに遺伝的な多様性を付加することでしかありません。その意味で、男はしょせん「寄生虫」みたいなものです。今後、自由恋愛がさらに進み、女性に経済力がついてくれば、アルファな男とドラマチックな恋愛をして、子供は自分で育てるというのが性愛における女の最適戦略になるかもしれません。だとしたら、自由な恋愛を楽しむ女性が増える一方で、男の競争はよりいっそう激しいものになっていくのではないかと予想しています。

安倍政権の後世の評価は「悪夢の民主党政権」のリベラルな政策を実現したこと? 週刊プレイボーイ連載(444) 

連続在任期間、通算在任期間ともに歴代最長を達成した安倍首相が、体調不良を理由に辞意を表明しました。そこで安倍政権について、かんたんに振り返ってみましょう。

首相自ら会見で認めたように、政権発足時に掲げていた3つの大きな課題――拉致問題解決、北方領土返還(ロシアとの平和条約締結)、憲法改正――はいずれも実現できませんでした。花道になるはずだった東京オリンピックは新型コロナの影響で延期となり、習近平の来日もなくなりました。在任中のもっとも大きな外交成果はパク・クネ前韓国大統領とのあいだで交わした慰安婦問題の日韓合意(最終的かつ不可逆的な解決)でしょうが、これも後任のムン・ジェイン政権で白紙に戻されてしまいました。

その一方で、森友・加計学園問題や「桜を見る会」、検察庁法改正ではきびしい批判にさらされ、コロナ対策の「アベノマスク」は国民の失笑を買い、感染拡大期に強引に実施した「GO TOトラベル」では混乱が広がりました。こうして見ると、当初の高い志にもかかわらず、歴史に残るような成果を上げることができたかは微妙です。強いていうなら、「アベノミクス」の円安政策で「戦後最長」の景気拡大を実現したことくらいでしょうか。

しかし首相の会見をあらためて聞き直すと、政権の別の顔が見えてきます。記者から「政権のレガシーは何か」を問われて、幼児教育・保育の無償化、高等教育の無償化、働き方改革、一億総活躍社会に向けての取り組みを挙げていますが、これらは安倍首相が「悪夢」と呼ぶ旧民主党政権が掲げていた政策でもあります。

こうした「リベラル」な改革は、たしかに旧民主党政権では実現が難しかったでしょう。なぜなら、「日本の伝統を守れ」と叫ぶ自民党の保守派がこぞって反対するから。

しかし「真性保守」を標榜する安倍首相なら、党内の右派を黙らせつつ改革を進められます。首相は「私がやっていることは、かなりリベラルなんだよ。国際標準でいけば」と周囲に解説したとされますが、これがじつは安倍政権の本質ではないでしょうか。

「日本社会の保守化」を批判するリベラルにとって不都合な事実は、安倍政権が若者(とりわけ男性)から支持され、年齢が上がるほど支持率が下がっていくことです。世界的には「若者はリベラル、高齢者は保守」とされているので、この現象を説明しようとすると、「日本の若者は右傾化し、高齢者はリベラル化している」という“日本特殊論”を唱えるしかありません。

しかし安倍政権が「リベラルな改革」を進めてきたとすれば、この奇妙な逆転現象をすっきり説明できます。若者たちは、高齢者の既得権を守るだけの旧態依然とした政治にうんざりしており、それを「破壊」しようとする安倍政権に期待をかけた。高齢者は自分たちの既得権を奪われることを警戒して、「なにひとつ変えてはいけない」という野党=自称リベラル勢力を支持したのです。

だとすると安倍政権に対する後世の評価は、「旧民主党時代の遺産を活かし、党内の右派勢力を抑えてリベラルな改革を推し進めた」というものになるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年9月7日発売号 禁・無断転載