高齢化によってどんどん貧しくなる日本の運命(週刊プレイボーイ連載691)

高市政権が「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」で、現役世代の社会保険料率の引き下げを明記する方針を決めたと報じられました。

自民と連立を組む日本維新の会は現役世代の負担を軽減するとして、高齢者医療費の窓口負担を「原則3割」にするだけでなく、社会保障負担率を2030年代半ばまでに16%台に引き下げるという数値目標を求めています。

社会保障負担率は医療や介護などの社会保険料の負担の重さを示す指標で、個人や企業が負担する保険料を国民所得で割って算出します。財務省によると26年度の負担率は17.6%の見込みで、負担率を下げるには国民所得を増やすか、社会保険料を減らすかしかありません。国民所得が横ばいの場合、16%台に引き下げるためには3兆円程度の保険料負担の軽減が必要になるとされます。

しかしすぐにわかるように、これは容易なことではありません。高齢化や医療の高度化によって、これからも医療費や介護費が伸びつづけるのは確実です。それにもかかわらず保険料負担を抑えようとすれば、巨額の公費を投入するか、大幅なサービスカットや自己負担増しかありません。

現在、医療費の自己負担は現役世代が3割、70~74歳は原則2割、75歳以上は原則1割ですが、維新は世代にかかわらず平等に3割負担にすべきだと主張しています。また介護保険では、利用者負担は原則1割ですが、一定以上の所得のある2割負担の対象者を拡大するよう求めています。

これに対して自民党は、いまや有権者の3人に1人となった65歳以上の年金生活者の反発をおそれる一方、「改革政党」として若者や現役世代の期待を裏切るわけにもいかないという板挟みになっています。その結果、「目標の検討」という奇妙な日本語になったのでしょう。

国家は国民から税や社会保険料を徴収し、それを年金や医療費として分配しています。働いて得た収入を一次の分配とすると、これは二度目の分配なので「再分配」といいます。

厚生労働省の「所得再分配報告書」によると、2021年の再分配所得(当初所得)の平均は423.4万円で、それが23年に384.8万円になっています。わずか2年間で、世帯所得が9.1%(38万6000円)も減っているのです。なぜこのようなことになるかというと、年金生活に移行するひとが増えているからでしょう(年金は再分配なので、再分配前所得には含まれません)。

このデータから浮かび上がるのは、高齢化によって労働市場からの退出が進むことで、企業がいくら賃上げしても世帯の総所得が減っていくという不都合な現実です。

日本はインフレによって(名目賃金から物価の上昇を引いた)実質賃金が4年連続でマイナスになっており、それが家計を圧迫していたのですが、ようやくそれがプラスに転じつつあるとされます。これはもちろん朗報ですが、それにもかかわらず日本全体の世帯所得が減っていくのですから、それを年金や医療費などの再分配、すなわち現役世代の負担で補わなくてはなりません。

これは日本社会の構造的な問題なので、政治や政策でなんとかできる話ではありません。だからこそ政治家は、必死になって「やってる感」を演出しようとするのでしょう。

参考:「社会保障負担率 自維の攻防」朝日新聞2026年7月10日

『週刊プレイボーイ』2026年7月27日発売号 禁・無断転載

板門店を訪れて考えたこと

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年2月公開の記事です。(一部改変)

なお北朝鮮に対する国際環境の悪化で、板門店は現在、観光客は訪れることができなくなっているようです。

Loes Kieboom/Shutterstock

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ソウル市内から統一路を車で1時間ほど北上すると、北緯38度線の板門店(パンムジヨム)に至る。板門店というのは、1953年の朝鮮戦争休戦を受けてつくられた南北休戦会談場の名前だが、いまでは韓国映画『JSA』の舞台として知られている。

2000年に公開された映画『JSA』は、『オールドボーイ』でカンヌグランプリを獲得することになるパク・チャヌクの長編デビュー作で、主演は人気俳優イ・ビョンホンと、『殺人の追憶』などで韓国を代表する映画俳優となったソン・ガンホ。韓国軍の若い国境警備兵と北朝鮮軍将校とのあいだに芽生えた友情と、その残酷な結末を描いて、韓国映画の興行記録を塗り替える空前の大ヒットとなった。

JSA(Joint Security Area)は板門店会談場周辺の共同警備区域だが、76年のポプラ事件以後は警備区域が南北に分割されている。警備区域内のポプラ並木を剪定しようとしたアメリカ軍将校2名に斧を手にした北朝鮮兵士が襲いかかり、殺害した事件で、第二次朝鮮戦争勃発の一触即発の危機を迎えた。

そのポプラ並木の傍に小川が流れ、「帰らざる橋」と呼ばれるコンクリートの小さな橋がかけられている。朝鮮戦争時の捕虜がここで北か南かを選び、ひとたび国境を跨げば二度と戻ることは許されなかった。

北朝鮮は、大日本帝国の植民地のうち、ソ連が占領した北緯38度線以北の地域を領土とし、抗日パルチザンの活動家、金日成(キム・イルソン)がスターリンによって擁立され社会主義独裁体制を築いた。94年に金日成が病死すると、息子の金正日(キム・ジョンイル)が最高指導者の座を引き継ぎ、98年に最初のミサイル発射実験となるテポドン1号を打ち上げるなど好戦的な姿勢を示したが、旧共産圏の解体と経済の逼迫によりやがて開放路線に転じることになる。

金正日は2000年に「太陽政策」を唱える金大中(キム・デジュン)韓国大統領と南北首脳会談を行ない、イタリア、カナダ、イギリスなどの西側諸国とあいついで国交を樹立し、2002年には小泉首相との日朝首脳会談で日本人13人の拉致を認め謝罪した。

『JSA』は、こうした南北の雪解けムードを背景に、北朝鮮兵士を「敵」ではなく1人の人間として描いたことで韓国社会に衝撃を与えた。映画では、不遇をかこつ北朝鮮軍の将校(ソン・ガンホ)が、上官と部下を誤って射殺した韓国軍の警備兵(イ・ビョンホン)をかばうために、自分の肩を撃たせて罪をかぶろうとする。これはもちろんお伽噺だが、それをリアルに感じさせるだけの楽観的な雰囲気(同じ民族なのだからいずれはわかり合える)がその当時はたしかにあったのだ。 続きを読む →

お金持ちになる方法はわかっている だったら、なぜそれができないのか

ニューヨーク・タイムズの人気コラムニス、カール・リチャーズの『Your Money 101日後に人生が豊かになりすぎるシンプルなお金の法則』を翻訳しました。

「どうすればいいかわかっているのに、お金のことでいつも失敗してしまう」というひとに向けた「大人の絵本」です。

7月29日(水)発売ですが、今日の午後から都心部の大型店を中心に順次並びはじめると思います。

出版社の許可を得て「訳者あとがき」をアップします。

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「どうすればお金持ちになれるか?」は、いまではAI(チャッピー)に訊けば、すぐに教えてくれるだろう。ためしにやってみたら、次のような答えが返ってきた。

1.頑張って働いてお金を稼ぐ。
2.ぜいたくはせず、支出を抑えてお金を貯める。
3.貯まったお金を長期で運用する。

どうやって運用すればいいかも、いまでは「正解」がわかっている。

NISA(少額投資非課税制度)は、投資で得られた配当や売却益がすべて非課税になるという、国家の大盤振る舞いだ。

株式や債券に投資すると、配当や売却益に約20%の税金がかかる。

不動産に投資すると、家賃収入は給与など他の所得と合わせて総合課税(住民税と合わせて15~55%の累進課税)され、売却益には所有期間 5 年以下だと約 40%、5 年超だと約20% の譲渡所得税がかかる(自宅を売却したときは、譲渡所得から3000 万円を特別控除として差し引ける特例がある)。

暗号資産(ビットコインなど)に投資した場合は、現在のところ、税の特例はいっさいないので、利益に対して最大 55%の税金が課せられる。

ファンドマネージャーは「投資のプロ」とされているが、日経平均などのベンチマークを1%上回ったがどうかで大 騒ぎしている。

ファンド選びでは、信託報酬が0.1%高いか安いかを真剣に議論している。

それを考えれば、税負担がゼロになるNISAがとてつもなく有利だとわかるだろう。

では、NISAでなにに投資すればいいのだろうか。これもずいぶん前(いまから半世紀以上前)に、経済学的に正しい答えが出ている。

全世界の株式市場に分散投資するインデックスファンドを長期で保有すれば、大きな利益が得られる確率がもっとも高いのだ。

だったらなぜ、それができないのか。

資産運用の問題は、じつはここにある。ぼくたちは、正 しいことや合理的なことをするのがものすごく苦手なのだ。

カール・リチャーズはニューヨーク・タイムズ紙の金融コラムで、この悩ましい問いについてずっと考えてきた。それが評判になったのは、みんな同じ問題に悩んでいたからだろう。

人間はロボットではないから、合理的に生きることがつねに正しいわけではない。

「若いときバカなことをたくさんしたけど、いま思い返すと楽しかった」と、笑い話にすることもあるだろう―ーそれが、その後の人生をぶち壊すような失敗でない限りは。

ぼくたちはみんな、ゆたかで幸福な人生を築きたいと願っている。そのために、少しでも合理的な選択をしたいと努力する。

そして失敗し、反省し、また努力する。

その繰り返しに、「人間らしさ」や「人生の楽しさ」があるのかもしれないと思ったのが、この「大人の絵本」を翻訳してみようと思った理由だ。

2026 年7 月 橘 玲