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イタリア人は暗いからこそ明るい
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2015年7月公開の「イタリア人は、暗いからこそ明るい」。イタリア的悲観主義が生み出した逆説」です。(一部改変)

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前回は、南イタリア、バール在住の哲学者フランコ・カッサーノの“南の思想”を紹介した。カッサーノによれば、“北”すなわちヨーロッパ近代の特徴は「速さ」と「過剰」にある。それは先進国のひとびとに目も眩むようなゆたかさをもたらしたが、同時に、植民地主義やホロコースト、核戦争のような病理的なゆがみをも生んだ。だとしたら“南”はいたずらに“北”を崇め追随するのではなく、「ゆっくり歩むこと」と「適度であること」によって病的な近代を治癒する責務を負っているのだった。
参考:ギリシアの「南の思想」は北のヨーロッパの合理性に対抗できるか?
今回は、カッサーノの“南の思想”を日本に紹介したファビオ・ランベッリのイタリア論を見てみたい。ランベッリはイタリア・ラヴェンナ生まれ、ヴェネツィア大学日本語日本文化学科を卒業したのち、京都大学、東京外国語大学に留学して東洋研究で博士号を取得、札幌大学で異文化交流や比較宗教学を教えていた(その後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校宗教学科教授)。
「お洒落」で「ちょい悪」のイタリア人はいない
文化人類学者の故山口昌男に師事したランベッリは、『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(ちくま新書)、『イタリア的 「南」の魅力』(講談社選書メチエ)などの著作で、日本におけるイタリアのイメージを分析している。
日本を訪れたイタリア人が最初に驚くのは、レストランやデパートなど街のあちこちにイタリアの三色旗(トリコロール)が溢れていることだ。イタリア人は「国家」というものに強い関心をもっていないので、母国でもこれほどの数の国旗を見ることはないという。
日本で暮らすようになると、日本人の「イタリア」のイメージが著しく偏っていることが気になりはじめる。
日本人のなかには、イタリア半島(ローマ帝国)の古代史やルネサンス文化にイタリア人以上に詳しいひとがいる。料理だけでなく、イタリアのデザインやファッションも大人気だ。だがこうした「イタリア好き」も、ごく一部の例外を除いて、現代イタリアの美術や音楽、学問にはほとんど関心がない。
イタリア映画は1950年代のネオレアリズモ(『自転車泥棒』など)からせいぜい70年代のフェリーニやヴィスコンティまでだし、現代イタリア文学はウンベルト・エーコの『薔薇の名前』しか知らないひとがほとんどだろう。イタリアのポップミュージックについて訊かれて答えられるひとは、専門家以外おそらくいないはずだ。
日本在住のイタリア人をとりわけ戸惑わせるのは、日本におけるイタリア男性のイメージだ。これは男性向け雑誌の表紙を飾るモデルの影響が大きいと思われるが、イタリアの男は「明るい」「気楽」「お洒落」「ちょい悪」で、いつも両手に花で人生を謳歌していることになっているのだ。
ランベッリは、こうしたステレオタイプは本来のイタリアとはなんの関係もないと述べる。日本人は自分が見たい、ないしは商業主義によってつくられた「幻想のイタリア」を楽しんでいるだけなのだ。
もちろんこうしたステレオタイプは、イタリア人に対するものだけではない。そもそも日本人は、「日本人」を恥の文化、集団主義、タテ社会、甘えなどのキーワードで理解しているが、ここに日本人だけにしかあてはまらない特殊なものはなにひとつない。
こうしたステレオタイプはもともと、太平洋戦争後の占領に備えて米軍がアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトに依頼した日本人研究に基づいている。ベネディクトはそれまでいちども日本を訪れたこともなく、日本人の知り合いもほとんどいなかったが、文献資料と日系米国人、日本兵の捕虜とのインタビューによって日本文化論『菊と刀』(光文社古典新訳文庫)をまとめた。
こうした経緯から明らかなように、米軍は日本占領にあたって、「日本人はアメリカ人とどのように違っているのか」の知識を求めていた。日本人とアメリカ人のあいだにもよく似ているところはたくさんあるが、そのような知識には価値がなかったのだ。
だからこそベネディクトは、西欧と日本を「罪の文化」「恥の文化」というステレオタイプで論じ、戦後、それが日本に輸入されたことで「日本人」のアイデンティティがつくられていった(これについては『(日本人)』〈幻冬舎文庫〉で書いた)。
日本における「イタリア」もこれと同じで、イタリア人と日本人がたいして変わらないのでは商品価値はない。日本人の男性(ないしは商業雑誌の編集者)が「ほんとうはこうなりたい自分」を重ね合わせたために、ランベッリから見ると愕然とするような「イタリア人」のイメージが日本社会に氾濫するようになったのだ。 続きを読む →
節電・節約要請で「自粛警察」が登場する?(週刊プレイボーイ連載680)
アメリカとイスラエルがイランを攻撃し、イランが報復として石油輸送の要衝であるホルムズ海峡を封鎖したことで、世界に混乱が広がっています。
ラオスではガソリンスタンドの4割が閉鎖され、スロベニアでは自家用車向けのガソリン購入が1日50リットルに制限されたと報じられました。
それ以外でも、韓国政府は公用車に車両ナンバーの数字に応じた運航規制を実施し、民間の一部も使用制限に取り組みはじめました。ミャンマーでは、ナンバーが奇数で始まる車は偶数日、奇数であれば奇数日でしか走行や給油ができず、スリランカは水曜を政府の休日に定め、官公庁や学校などを休みにし、フィリピンも政府職員を週4日勤務としました。
それに対して日本はというと、石油の国家備蓄を放出するとともに、ガソリン1リットル当たりの全国平均小売価格を「170円程度」に抑えるための補助金を実施しています。これによって国民の生活は平常に保たれていますが、石油の国家備蓄と民間備蓄を合わせてもせいぜい半年分で、補助金は1兆円を確保したというものの、1カ月あたり5000億円が必要で、2カ月で枯渇してしまいます。
そこで高市総理は、エネルギー価格高騰対策として節電や節約の要請を排除しないと国会で答弁しました。
この話が矛盾しているのは、ガソリン価格が安いままであれば、節約する理由がないことです。みんなが節約を始めるのは、政府がお願いしたからではなく、価格が高くてもったいないと感じたときでしょう。
経済学では、節電・節約のもっとも効果的な方法は料金を引き上げることです。お金持ちは高い電気代やガソリン代でもさしたる負担ではないのだから、全員に節約を促したうえで、物価の上昇で苦境に陥る世帯に絞って現金を給付すればいいのです。
石油備蓄の放出も同じで、病院や公共交通機関など市民生活に大きな影響を与えるところに提供すべき貴重な備蓄分がレジャーやドライブに使われています。一律でガソリン価格を下げるなら、これまでの快適な生活を変える理由などありません。
そこで節約を要請するという発想になるのですが、これでは「正直者がバカを見る」ことになってしまいます。
足が悪くて車で病院に通っていた正直者は、政府の要請にしたがい、不便なバスを使おうとするかもしれません。一方、そんなことになんの関心もないひとは、燃費の悪いSUVでキャンプや温泉に出かけるでしょう。当然、これでは社会の不満が高まるだけです。
コロナ禍の日本は、飲食店に酒類提供の停止や営業時間の短縮を要請しましたが、なかには「深夜までお酒飲めます」などの看板を掲げる店もあり、大きな問題になりました。このようなことが起きるのは、日本では「権力は悪」とされていて、政府による強制がものすごく嫌われるからです。
その結果、政府は規制しなければならないことでも「お願い」せざるを得なくなり、それを徹底するために「自粛警察」に頼るということを繰り返してきました。
このまま戦争が終結せず、いよいよ石油が足りなくなると、また同じことが起きるような気がしてなりません。
「ホルムズ封鎖 世界に影響」朝日新聞2026年4月6日
『週刊プレイボーイ』2026年4月20日発売号 禁・無断転載
ギリシアの「南の思想」は北のヨーロッパの合理性に対抗できるか?
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2015年7月公開の「ギリシア問題の本質は、「南」が経済だけでなく思想、ライフスタイルすべてで「北」に敗北したということ」です。(一部改変)

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2015年7月5日に行なわれた国民投票でギリシア国民はEUの緊縮財政策に「NO」の意思表示をしたはずなのだが、その民意を受けて交渉に臨んだチプラス首相はあろうことか、ユーロ圏首脳会議でドイツなどが強硬に主張したより厳しい財政改革案を丸呑みし、国会での法制化を条件とする金融支援再開が決まった。「民主主義」によって反対と決めたはずなのにいつのまに賛成しているという不条理劇みたいな話だが、誰も驚いていないところにギリシア危機の病理の深さがある。
このEU首脳会議ではじめて知ったのだが、ギリシアの提案に首相同士が合意しても、ドイツだけでなく(ギリシアに対してきわめて批判的な)フィンランドや東欧諸国でも国会の承認が必要で、支援策の実行にはEU加盟国すべての合意が条件になっているのだから、チプラスがどんな名演説をしようが債権放棄のような大幅な譲歩を獲得できる可能性は最初からゼロだった。高齢にもかかわらず徹夜で協議をまとめたEU首脳はもちろん、株価や為替の乱高下に振り回された市場関係者や投資家もたまったものではないだろう。
なぜこんなことになってしまったのかは、EU発足時の構造的な欠陥だとか、ギリシアの前近代的な政治風土だとか、いろいろなことがいわれている。それらはどれも間違ってはいないが、ここではすこし視点を変えて、この問題を「北の思想」と「南の思想」の対立として考えてみたい。
合理的・計画的に社会を構築(デザイン)していこうする意思
“北のヨーロッパ”は北欧(スウエーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)やベネルクス三国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)のことで、それにアイスランドやスイスなどが加わる。これらの国はどこも1人あたりGDPが高く、福祉が充実していて、国連の「幸福度報告書」で上位の常連になっている(2015年版世界の幸福度ランキングでは1位がスイス、2位がアイスランド、3位がデンマーク。ちなみに日本は43位から46位に順位を下げた)。そしてこの「幸福な国々」は、ギリシアに対してきわめてきびしい態度をとる国でもある(ノルウェーとアイスランドはEU未加盟)。
“北のヨーロッパ”がどんな社会かを知るには、(昨年までは「世界でいちばん幸福な国」だった)デンマークの通勤風景を見るといい。コペンハーゲンでは自転車道が歩道と完全に分離されていて、自転車で通勤するひとたちは車道の右側を走り、逆走は許されず、信号が赤になれば横断歩道の手前で停まる(要するにオートバイと同じ扱いだ)。
この自転車道は車道とも明確に分離されていて、車は入ってこないようになっている。このためきわめて安全で、自転車の後ろにベビーカーをつけ、赤ん坊といっしょに自転車通勤する母親(あるいは父親)の姿も珍しくない。
自転車を歩行者からも車からも分離する交通システムはオランダのアムステルダムなどで始まったが、10年もしないうちに“北のヨーロッパ”全体に広がった。なぜなら、この方が誰にとっても快適だからだ。この自転車通勤が象徴するように、“北の思想”の特徴は合理性へのあくことなき追求で、彼らにとっては効率的なシステムこそが快適をもたらすのだ。
“北のヨーロッパ”はどこも福祉を重視する大きな政府だったが、それが80年代に次々と行き詰まると、福祉を活かしたまま効率的な小さな政府をつくることに舵を切った。この新しい国家モデルは、いまでは“ネオリベ型福祉国家”と呼ばれている。
デンマークにおいて新自由主義的改革を全面的に推し進めたのは、2001年から09年まで3期にわたって首相の座にあったアナス・フォー・ラスムセンだ。そのラスムセンは、憲法の規定によって09年に政権を引き渡すときに、「2020年までに果たすべき10の目標」をデンマーク国民に宿題として残した。それを見ると、この国が目指しているものがよくわかる。 続きを読む →