「男女を平等に扱わないこと」は差別なのか? 週刊プレイボーイ連載(359)


女子受験生に不利な得点操作をしていたことが明らかになった東京医科大学につづいて、文部科学省の調査ですくなくとも6大学が「不適切な入試の疑いが高い」とされました。報道によれば、女性や浪人回数の多い受験生を不利に扱ったり、合格圏外の同窓生の子どもを入学させていたとされ、柴山昌彦文科相は「合理的な理由が必ずしも見てとれない」として大学側に説明責任を求めています。

第三者委員会の調査によれば、東京医大は2年間で55人もの女子受験生を一方的に不合格にしており、これはもちろん許されることではありません。とはいえ、メディアの論調を見ていると、いったいなにが問題なのかをちゃんと理解できていないようです。

今回の不正は、「すべての受験生を平等に扱っていないから」ではありません。私立学校には公序良俗に反しない範囲で生徒を選別する裁量が認められており、宗教系の学校が信者の子どもを優先的に入学させることは世界じゅうでごくふつうに行なわれています。なにもかも男女平等にしなければならないのなら、男子校や女子校は存在できません。

アメリカの大学が人種別に入学者を選別していることはよく知られています。

ハーバード大学が2013年に行なった学内調査では、学業成績だけならアジア系の割合は全入学者の43%になるが、他の評価を加えたことで19%まで下がったとされます。2009年の調査では、アジア系の学生がハーバードのような名門校に合格するには、2400点満点のSAT (大学進学適性試験)で白人より140点、ヒスパニックより270点、黒人より450点高い点数を取る必要があるとされました。

これはアジア系に対する人種差別そのもののように見えますが、あれほどPC(政治的正しさ)にうるさいアメリカでも大きな社会問題になっているわけではありません。それは大学側が、こうした得点調整は「奴隷制の負の遺産を解消するため」であり、「大学には人種的多様性(ダイバーシティ)が必要だ」と説明しており、それが一定の理解を得ているからでしょう。これが「合理的な理由」で、説明責任を果たしているなら、属性によって扱いを変えても「差別」とはみなされないのです(ただし、これを「逆差別」だとして訴訟を起こされています)。

このことからわかるように、不正なのは私立の医大が男子受験生を優遇したことではなく、その判断に正当な理由があることを説明できないからです。仮に日本の救急医療の現場で男性医師が足りないという実態があるとして、それを解消するために男子受験生に加点するのであれば、「合理的な理由」として認められたかもしれません。もっともその場合は、得点調整の事実をあらかじめ公表することが前提となります。それによって、自分が不利に扱われると知った女子受験生は、男女を平等に扱う他の医大を目指すことができます。

グローバルスタンダードのリベラリズムでは、「差別とは合理的に説明できないこと」と定義されます。文科相は就任早々、「(教育勅語を)道徳等に使うことができる」と発言して批判されましたが、皮肉なことに、なにが差別なのかを正しく理解していたのはこの文科相の方だったようです。

参考:「「ハーバード大、アジア系を排除」米司法省が意見書 少数優遇措置に波及も」朝日新聞9月1日

『週刊プレイボーイ』2018年11月5日発売号 禁・無断転載

靖国神社の宮司が「反天皇」になった理由 週刊プレイボーイ連載(358)


靖国神社の宮司が天皇を批判するという前代未聞の出来事が発覚し、保守派のあいだに激震が走っています。

報道によれば宮司は、「どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう」と今上天皇の慰霊の旅を否定し、「はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか」と述べています。それに加えて、「もし、御在位中に(今上天皇が)一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?」と語ったようです。

この発言が報じられて宮司は退任の意向を示しましたが、これだけではとうてい収まりそうもありません。靖国神社は明治維新以来の英霊を祀るために、天皇を祭司として建立されました。その天皇を宮司が否定するならば、神社として存続する根本的な理由を問われます。

暴言の背景には、A級戦犯合祀以来、天皇が靖国を親拝していないことがあります。保守派は諸外国の批判に配慮する「君側の奸」を攻撃してきましたが、元宮内庁長官のメモによって、「だから、私はあれ(A級戦犯合祀)以来参拝していない。それが私の心だ」という昭和天皇の発言が明らかになりました。

靖国神社は祭司である昭和天皇にいっさい相談せず、独断でA級戦犯を合祀しています。昭和天皇はそれに納得せず、今上天皇もその意を汲んで、在位中にいちども靖国を訪れない。このままでは皇太子も同じで、「天皇の社」である靖国神社はつぶれてしまうのではないかという危機感が宮司の暴言になったのでしょう。

今上天皇が朝鮮半島にゆかりのある神社を訪問したとき、ネットでは天皇を「反日左翼」とする批判が現われました。従来の右翼の常識ではとうてい考えられない奇妙奇天烈な現象ですが、ネトウヨ(ネット右翼)の論理では、天皇であっても「朝鮮とかかわる者はすべて反日」なのです。

これと同様に、靖国神社の宮司の論理では、英霊に親拝しない天皇は「反靖国」であり、「反日」だということなのでしょう。宮司が会議でこれを堂々と発言し、それに対してなんの反論もなかったということは、神社内部でこうした議論が日常的に行なわれていたと考えるほかありません。驚くべきことに、保守派がもっとも大切にする靖国神社はネトウヨの同類に乗っ取られていたのです。

天皇が靖国に来られない原因をつくったのが自分たちなら、なにをいっても振り上げた拳は自分のところに戻ってくるだけです。A級戦犯合祀が問題の本質である以上、分祀以外に天皇親拝を実現する方法はないでしょうが、それを自分からいうことはできません。靖国神社が独断で合祀したことについて、これまで陰に陽に批判されてきており、それに耐えきれず「なにもかも天皇が悪い」と“逆ギレ”したと考えれば、今回の異様な出来事も理解できます。

靖国神社が「反天皇」であることが白日の下にさらされて、まっとうな右翼/保守派は自らの態度を示すことが求められています。いまのところ、重い沈黙が支配しているだけのようですが。

『週刊プレイボーイ』2018年10月29日発売号 禁・無断転載

記憶による告発はどこまで信用できる? 週刊プレイボーイ連載(357)


1990年、現職警官が悪魔崇拝で有罪を宣告されるという衝撃的な事件が全米を驚かせました。熱心なクリスチャンで共和党地方本部の代表者でもあった父親が、成人した娘から、幼い頃に悪魔を呼び出す乱交パーティで強姦されたと告発され、陪審員がそれを認めたのです。

なぜこの話を思い出したかというと、よく似たことが最近のアメリカで起きたからです。トランプ大統領が連邦最高裁の判事に指名した保守派のブレット・カバノー氏に対し、大学教授の女性が1982年に性的暴行を受けたと告発しました。FBIの調査でも疑惑を裏づける証拠は見つからなかったとして共和党が強行採決し、カバノー氏は最高裁判事に就任しましたが、民主党は納得せずはげしい対立が続いています。

レイプは重大な犯罪ですから、それが事実であればきびしい処罰は当然です。しかしその一方で、証拠もないのに疑惑だけで責任をとれと強要するのでは法治の否定にしかなりません。しかもこれは36年も前の出来事で、どれほど捜査したところで決定的な証拠が見つかる可能性はなく、被害者の証言を信じるかどうかの堂々巡りになるだけです。

アメリカの女性活動家は「被害者が証言すればそれが事実だ」と主張していますが、これについてはリベラル派の知識人からも、「奴隷制時代には、白人女性が“レイプされた”と証言するだけで、なんの証拠もなく黒人はリンチされて殺された」と指摘されています。人権を守らなければならないのは被害者も被疑者も同じで、市民の地位や権利を奪うには法で定められた厳密な手続きが要求されます。

過去の性的暴行の告発を慎重に取り扱うべき理由は、記憶が書き換えられることがわかっているからです。しかも、非常に簡単に。

成人の被験者に対し、親や兄が「お前が5歳のとき、ショッピングセンターで迷子になったことを覚えているかい?」と訊きます。なんの記憶もない被験者は「覚えていない」とこたえますが、「ポロシャツを着た親切な老人がお前を母さんのところに連れてきたじゃないか」「暑い日で、お前が泣き止んでからアイスクリームをいっしょに食べたよね」などとディテールを積み重ねられると、被験者はなんとかしてその体験を思い出そうとし、しばらくすると「ああ、そういわれてみれば、そんなこともあったよね」といいだします。

これは被験者が、ウソだとわかって話を合わせているのではありません。親しいひとから存在しない過去を告げられた脳は、記憶がないという不愉快な状況から逃れるために、無意識のうちに都合のいい物語を“捏造”するのです。アメリカ心理学会や精神医学会は、「回復した記憶が真実か否かを判断する決定的な手段はない」と結論づけました。

もちろんこれは、カバノー氏を告発した女性大学教授がウソをついているということではありません。しかし、三十余年のあいだに記憶が変容していないと証明することも不可能でしょう。目撃者や記録などの証拠がなければ、どれほどリアルな証言も、それだけでは効力をもたないのです。

ちなみに父親を悪魔崇拝で告発した娘は、その後、セラピストから「あなたの苦しさの原因は幼児期の性的虐待によるものだ」という偽りの記憶を植えつけられていたことが明らかになりました。父親はただちに釈放され、娘を訴えました。

参考:E.F.ロフタス、K.ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって』(誠信書房)

『週刊プレイボーイ』2018年10月22日発売号 禁・無断転載