日本を蝕む「内なる移民問題」 週刊プレイボーイ連載(388)


川崎市で51歳の無職の男が登校途中の小学生を襲った事件のあとに、元農水事務次官の父親が自宅で44歳の長男を刺殺しました。長男は中学の頃から家庭内暴力があり、いったんは自宅を出たもののうまくいかず、自ら「帰りたい」と電話して戻ってきたばかりだったとのことです。

事件当日は自宅に隣接する区立小学校で運動会が開かれており、「運動会の音がうるさい。ぶっ殺すぞ」などといったことから、「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と殺害を決行したと父親は供述しているようです。

長男は、帰ってきた翌日に「俺の人生はなんなんだ」と叫びながら父親にはげしい暴力をふるったとされ、「(小学生を)ぶっ殺す」というのも、川崎の事件で動揺する両親への嫌がらせでしょう。親の世話にならなければ生きていけないにもかかわらず、「自分をみじめな境遇に追いやった」親を憎んでいるという、どこにも出口のない関係がうかがわれます。

内閣府の調査では日本全国に100万人以上のひきこもりがいるとされ、事件直後からひきこもりを支援するNPO団体などに高齢の親からの相談の電話が殺到しているようです。内閣府の調査はアンケート形式で正直にこたえているかどうかはわからず、実数ははるかに多いはずだと専門家は指摘しています。

しかし、このふたつの事件で衝撃を受けたのは、子どものひきこもりに悩む親だけではありません。

これまで子育ては、子どもをそこそこの大学に入れれば、あるいはそこそこの会社に就職させれば「終わり」と考えられてきました。しかしいずれのケースも、40代や50代になってから居場所を失った子どもが実家に戻ってきています。

すべての親にとって残酷な事実でしょうが、「子育てに終わりはない」のです。

1990年代後半の「就職氷河期」から20年が過ぎ、80歳の親が50歳の子どもを養う「8050問題」が現実のものになってきました。そのあとに来るのは「9060問題」ではなく、親がいなくなったあと自宅に取り残された60代のひきこもり問題です。

彼らの多くは無職か非正規の仕事しかしたことがなく、じゅうぶんな年金を受け取れないでしょうから、生活保護を申請する以外に生きる術がありません。しかしその頃には日本の高齢化率はピークに達しており、年金制度が破綻しないまでも保険料の負担は重くなり、受給額が減らされるのは避けられないでしょう。

そうなれば、社会の憎悪がどこに向かうかは考えるまでもありません。

ヨーロッパでは移民問題が深刻化し、北欧のようなリベラルな国でも移民排斥を求める「極右」政党が台頭しています。ひとびとの不満は、(働かない)移民が手厚い社会保障制度に「ただ乗り」していることにあります。

それに比べて日本は移民の受け入れに消極的で、保守派はこれによって社会の安定と治安が保たれてきたと主張しています。ここには一面の真実があるでしょうが、しかし私たちの気づかないところで、日本社会は「内なる移民問題」に蝕まれていたのです。

『週刊プレイボーイ』2019年6月17日発売号 禁・無断転載

ひきこもりは「恐怖」と「怒り」に圧倒されている 週刊プレイボーイ連載(387)


神奈川県川崎市で51歳の男が、スクールバスを待つ小学生らを刃物で襲い、19人を殺傷したあと自殺するという衝撃的な事件が起こりました。

報道によれば、加害者の男は幼少期に両親が離婚したため伯父に引き取られ、10代後半で家を出たものの、最近になって戻ってきたとのことです。それからはひきこもりのような生活をしており、80代になる伯父夫婦は、自分たちが介護を受けるにあたって、第三者が家に入ってきても大丈夫か、市の精神保健福祉センターに相談していました。

夫婦が男の部屋の前に手紙を置いたところ、数日後、伯母に対して「自分のことは、自分でちゃんとやっている。食事や洗濯を自分でやっているのに、ひきこもりとはなんだ」と語ったとされています。

伯父夫婦は男が仕事に就かないことで将来を心配していたものの、家庭内で暴力をふるうようなことはなかったことから、大きな問題があるとは考えていなかったようです。近隣とのトラブルも報じられていますが、これも言い争いのレベルで、今回のような凶悪事件を予想することは不可能でしょう。

それでも、手紙を介してしか男とやり取りできなかったことからわかるように、家の中で会話がまったくなかったことは確かです。こうしたコミュニケーションの断絶は、ひきこもりの典型的な特徴です。

上山和樹さんは『「ひきこもり」だった僕から』(講談社)で、自身の体験をきわめて明晰な言葉で語っています。上山さんによると、ひきこもりは「怒り」と「恐怖」が表裏一体となって身動きできないまま硬直してしまうことです。

「恐怖」というのは働いていない、すなわちお金がないことで、生きていけないという生存への不安です。男は伯父夫婦からたまに小遣いをもらっていたようですが、2人が高齢で介護を受けるようになったことから、自分一人が取り残されたときのことを考えざるをえなくなったのでしょう。これはとてつもない「恐怖」だったにちがいありません。

「怒り」というのは自責の念であり、そんな状態に自分を追い込んだ家族への憎悪であり、社会から排除された恨みです。この得体のしれない怒りはとてつもなく大きく、上山さんは「激怒」と表現しています。ひきこもりは、一見おとなしくしているように見えても、頭のなかは「激怒」に圧倒されているのです。

そしてこれは重要なことですが、男のひきこもりは性愛からも排除されています。

「自分のような人間に、異性とつき合う資格などない」というのは「決定的な挫折感情」であり、耐えられない認識だと上山さんは書いています。性的な葛藤は「本当に、強烈な感情で、根深くこじれてしまっている」のです。

51歳で伯父の家に居候するほかなくなった無職の男は、これから定職を見つけて自立するのはきわめて困難であり、女性からの性愛を獲得するのはさらに不可能で、伯父夫婦が高齢になったことでこの生活がいずれ終わることを知っていたはずです。

もちろん同じような状況に置かれていても、ひきこもりが社会への暴力につながるケースはきわめて稀で、今回の事件を一般化することはつつしまなければなりません。しかしその一方で、社会的にも性愛からも排除された(とりわけ男性の)ひきこもりの内面を無視することは別の偏見を生むだけではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2019年6月10日発売号 禁・無断転載

「ぜったいにつぶれない」中高年ブラック企業 週刊プレイボーイ連載(386)


1990年代末に始まった就職氷河期には、メディアが「新卒で正社員になれなければ人生終了」と大騒ぎしたことで、日本経済にブラック企業という「イノベーション」が生まれました。飲食業を中心に、純真な若者を「正社員にしてやる」と大量に採用し、サービス残業でアルバイトの最低賃金以下で使い倒す会社が続々と現われたのです。

その後、日本経済は空前の人手不足に陥り、世間の目もきびしくなったこともあって、こうした経営手法はすたれてきました。ところがその代わりに、中高年向けのブラック企業が増えているというのです。

都内のとある金融会社は、40代や50代をそれなりの給与で中途採用しています。ところが働いているうちに、会社は儲かっているにもかかわらず、給与が下がりはじめるのだといいます。

最初は月額30万円だとすると、5万円の年齢給部分がじょじょにカットされて、そこからなぜかさらに減らされて20万円+インセンティブになってしまいます(そのインセンティブも雀の涙です)。こうして気づいたときには、相場の半分くらいの給料で使い倒されています。

なぜこんなことになるかというと、売上から利益を引いて、そこから経費を出しているからです。

当たり前の話ですが、売上から仕入れや人件費など諸経費を引いた残りが利益です。売上が減ったり、経費がかかりすぎると赤字になってしまいます。

ところが「中高年ブラック企業」は、売上からまず利益を確保するのですから、赤字になりようがありません。その代わり、残った経費分から人件費を捻出するため、給料がどんどん減っていくのです。

なぜこんなことをするのか。それはどんなときも黒字の優良企業にして、内部留保を積み上げることだといいます。社員を犠牲にして会社が肥え太っていくのです。

ずいぶんヒドい話ですが、驚くべきことに、この理不尽な経営方針は民主的な手続きによって社員からも支持されています。社長が、「売上から経費を差し引く(ふつうの)経営」と、「売上から利益を差し引く(異常な)経営」の2つの選択肢を社員に示して選ばせたとき、社員のほぼすべてが先に利益を計上する案に手を上げたというのです。

その理由は、「黒字の会社はつぶれない」からです。

「中高年ブラック企業」に中途入社した社員たちは、この「居場所」がなくなれば再就職の見込みがないことを思い知らされています。だからこそ、自分の給料が削られても、会社が黒字で確実に存続することの方を選ぶのです。――もちろん、ため込んだ内部留保が社員に還元されることはありませんが。

この罠から抜け出そうとすると辞めるしかありませんが、約束した退職金はいつまでたっても支払わないばかりか、給与から差し引かれていたはずの住民税も納めていないことが発覚したそうです。

かつてサラリーマンは「社畜」と揶揄されましたが、この言葉が流行ったのは一種の「自虐ネタ」だったからです。「中高年ブラック企業」では、「社畜」はとうてい洒落にはならないようです。

参考:池上正樹『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)

『週刊プレイボーイ』2019年6月3日発売号 禁・無断転載