「GO TOトラベル」が失敗するほんとうの理由 週刊プレイボーイ連載(439)

コロナ禍で苦境にある旅行業界を活性化するための「GO TOトラベル」キャンペーンがさんざんなことになっています。これについてはすでに多くの批判がありますが、それをひと言でまとめるなら「場当たり的」になるでしょう。

なぜこんなことになるかというと、新型コロナ対策を「感染抑制」と「経済活動再開」のジレンマ(トレードオフ)にしてしまったからです。感染を防ごうと緊急事態宣言を出せば飲食業や観光業、イベント関連などの事業者が苦境に陥り、かといって経済活動の再開を急ぐとクラスターが発生し感染が拡大してしまいます。「あちらを立てればこちらが立たず」のこの関係がジレンマです。

それに対してトリレンマは、「3つの条件を同時に満たすことができない」ことで、「国際金融のトリレンマ」がよく知られています。「自由な資本移動」「為替相場の安定」「独立した金融政策」の3つを同時に実現することはできないという定理で、先進諸国が為替相場の安定=固定相場制を放棄して自由な資本移動と独立した金融政策を実現する一方、人民元相場を管理する中国は海外送金にきびしい規制を敷いて自由な資本移動を放棄しています。

このようにトリレンマでは、3つの条件のうちひとつをあきらめれば、残りの2つを満たすことができます。そこで新型コロナの問題を、「感染抑制」「経済活動再開」「プライバシー保護」のトリレンマとして考えてみましょう。

日本や欧米諸国が直面しているのは、プライバシー(自由な社会)を維持しようとするために、感染抑制と経済活動再開の両立が困難になる事態です。しかし中国のようにプライバシーを(一定程度)放棄して、感染者と濃厚接触者を特定し強制的に隔離すれば、経済活動を犠牲にせずに感染を抑制することが可能になります。

ところが日本では、本来はトリレンマである問題をジレンマとして扱い、「経済活動を委縮させると不況で自殺者が増える」「経済活動再開によって感染者が増え、大切な生命が失われていく」という不毛な対立をえんえんとつづけています。中国のようにプライバシーを放棄すれば、感染抑制と経済活動再開を両立できるのですから、現在起きている問題の大半は解消するのに……。

誤解のないようにいっておくと、私はべつに「中国のような超監視社会になるべきだ」といっているわけではありません。――日本は「民主国家」なので、国民の多くがそれを望むならべつになってもかまわないと思いますが。

「GO TOトラベル」が迷走する理由は、政権が問題の本質(トリレンマ)を無視してジレンマに対処しようとするからであり、もうひとつの選択肢(プライバシーの放棄)に触れることをぜったいに許さない日本社会の「空気」でしょう。ここを理解しないと、誰が政権を担っても同じことの繰り返しになります。

東日本大震災と福島原発事故での旧民主党政権の場当たり的な対応を批判して、「このようなことは二度と起こしてはならない」と第二次安倍政権が登場しました。それにもかかわらず、今回の「国家的危機」に際して、同じような場当たり的対応をするしかなくなっていることに、この問題の根深さが象徴されています。

『週刊プレイボーイ』2020年7月27日発売号 禁・無断転載

『80’s(エイティーズ) ある80年代の物語』が文庫になりました

田舎から上京し、東京の私立大学に入学した1978年は、いまから振り返ればフランスのポストモダン哲学が「知的若者」を魅了する時代のさきがけでした。そこから1995年のオウム真理教事件までの「長い80年代」を回想した『80’s(エイティーズ) ある80年代の物語』が幻冬舎文庫になりました。

解説は、同世代で同じ大学で同じ(知的)空気を体験した浅羽通明さんにお願いしました。

多くのひとに手にとってもらいたい、思い入れの深い作品です。

メディアの「説明責任」はけっきょくこういうこと 週刊プレイボーイ連載(439)

東京高検検事長が新聞記者宅で賭け麻雀に興じていたことが発覚して辞職した事件で、産経新聞と朝日新聞がそれぞれ参加した社員に停職1カ月の処分を発表しました。これに対して、「賭け麻雀で逮捕・書類送検された有名人もいるのになぜ違法行為で処罰されないのか」「一方の当事者が辞職しているのに社内処分が軽すぎるのではないか」などの批判がありますが、これはとりあえず脇に置いておきましょう。

メディアの対応としてきわめて疑問なのは、両新聞社とも、事件発覚後にいちども記者会見を開かず、取材を拒否していることです。自分たちは常日頃、政府や行政、大企業に対して「説明責任」を声高に求めているにもかかわらず、自らの説明責任を平然と放棄するのはダブルスタンダードの極みでしょう。

ここで、「記者会見はやっていないとして、なぜ取材拒否しているとわかるのか?」との質問があるかもしれません。それは、週刊プレイボーイ編集部を通じて私が両新聞社に取材を申し込んだからです。

それに対して朝日新聞からは、以下の2つの理由でインタビューを受けられない旨の回答がありました。

(1) 賭け麻雀をした社員を厳正に処分しており、社としての経緯や見解も公表している。

(2) 取材先との向き合い方など報道倫理に関して見直しを進めており、ホームページでの公表を予定している。

そのうえで「今後も報道機関として説明責任を尽くしてまいります」とのことですが、これで納得するひとはどれほどいるでしょうか。これまで朝日新聞がやったことは、「社内で調査した」「社内で処分を決めた」「社内で改善策を検討している」だけで、外部からのチェックはまったくありません。

不祥事を内輪で適当に処分し、「改善しました」と発表するだけで済ませることを、これまでメディアはさんざん批判してきたはずです。これが許されるなら、モリカケ問題や「桜を見る会」の疑惑も、政府が内部で調査したのだからそれで十分ということになるはずです。

しかしそれでも、朝日新聞は「見直し」公表後、フリーのジャーナリストや海外メディアも加えた記者会見で自らの「説明責任」を果たすつもりがあるのかもしれません(すくなくともそれを否定はしていません)。それに対して産経新聞からは、次の一行がFAXで送られてきました。

「インタービュー取材はお断りさせていただきます」以上です

これは自らの説明責任自体をはなから放棄しているという意味で、逆に一貫しています。そしてこれは強調しておかなくてはなりませんが、このような傲慢な態度がとれるのは、他のメディアも同じ穴の狢で、自分たちを批判できるわけがないと高をくくっているからです。その意味で、日本のすべてのメディアが同罪です。

唯一の収穫は、今後、不都合な取材を受けたときにどのような対応をすればいいか教えてもらえたことです。個人的には、産経新聞のシンプルな回答をテンプレにすることをお勧めします。

*回答の全文はこちらで読めます。「インタービュー」は原文ママ。

『週刊プレイボーイ』2020年7月20日発売号 禁・無断転載