お金持ちになる方法はわかっているだったら、なぜそれができないのか

ニューヨーク・タイムズの人気コラムニス、カール・リチャーズの『Your Money 101日後に人生が豊かになりすぎるシンプルなお金の法則』を翻訳しました。

「どうすればいいかわかっているのに、お金のことでいつも失敗してしまう」というひとに向けた「大人の絵本」です。

7月29日(水)発売ですが、今日の午後から都心部の大型店を中心に順次並びはじめると思います。

出版社の許可を得て「訳者あとがき」をアップします。

******************************************************************************************

「どうすればお金持ちになれるか?」は、いまではAI(チャッピー)に訊けば、すぐに教えてくれるだろう。ためしにやってみたら、次のような答えが返ってきた。

1.頑張って働いてお金を稼ぐ。
2.ぜいたくはせず、支出を抑えてお金を貯める。
3.貯まったお金を長期で運用する。

どうやって運用すればいいかも、いまでは「正解」がわかっている。

NISA(少額投資非課税制度)は、投資で得られた配当や売却益がすべて非課税になるという、国家の大盤振る舞いだ。

株式や債券に投資すると、配当や売却益に約20%の税金がかかる。

不動産に投資すると、家賃収入は給与など他の所得と合わせて総合課税(住民税と合わせて15~55%の累進課税)され、売却益には所有期間 5 年以下だと約 40%、5 年超だと約20% の譲渡所得税がかかる(自宅を売却したときは、譲渡所得から3000 万円を特別控除として差し引ける特例がある)。

暗号資産(ビットコインなど)に投資した場合は、現在のところ、税の特例はいっさいないので、利益に対して最大 55%の税金が課せられる。

ファンドマネージャーは「投資のプロ」とされているが、日経平均などのベンチマークを1%上回ったがどうかで大 騒ぎしている。

ファンド選びでは、信託報酬が0.1%高いか安いかを真剣に議論している。

それを考えれば、税負担がゼロになるNISAがとてつもなく有利だとわかるだろう。

では、NISAでなにに投資すればいいのだろうか。これもずいぶん前(いまから半世紀以上前)に、経済学的に正しい答えが出ている。

全世界の株式市場に分散投資するインデックスファンドを長期で保有すれば、大きな利益が得られる確率がもっとも高いのだ。

だったらなぜ、それができないのか。

資産運用の問題は、じつはここにある。ぼくたちは、正 しいことや合理的なことをするのがものすごく苦手なのだ。

カール・リチャーズはニューヨーク・タイムズ紙の金融コラムで、この悩ましい問いについてずっと考えてきた。それが評判になったのは、みんな同じ問題に悩んでいたからだろう。

人間はロボットではないから、合理的に生きることがつねに正しいわけではない。

「若いときバカなことをたくさんしたけど、いま思い返すと楽しかった」と、笑い話にすることもあるだろう―ーそれが、その後の人生をぶち壊すような失敗でない限りは。

ぼくたちはみんな、ゆたかで幸福な人生を築きたいと願っている。そのために、少しでも合理的な選択をしたいと努力する。

そして失敗し、反省し、また努力する。

その繰り返しに、「人間らしさ」や「人生の楽しさ」があるのかもしれないと思ったのが、この「大人の絵本」を翻訳してみようと思った理由だ。

2026 年7 月 橘 玲

「韓国のデパートはなぜ日本のデパートによく似ているのか」問題

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年2月公開の記事です。(一部改変)

Aleksandr Medvedkov/Shutterstock

******************************************************************************************

いまの若いひとには信じられないだろうが、私が20代の頃は韓国旅行など考えられなかった。日本の旧植民地だとか、軍事独裁体制だとか、そういうことはいっさい関係ない。理由はただひとつ。「韓国に行ってきた」などといおうものなら、まわりから蔑みの目で見られたからだ。

当時は東京・赤坂を中心に妓生(キーセン)クラブと呼ばれる風俗店がたくさんあった。妓生は李氏朝鮮の時代に宮廷で歌舞音曲を供した女性たちのことだが、日本統治時代に芸者や遊女と同じく置屋や遊郭で一般客の相手をするようになった。そうした女性の一部が日本に渡り、風俗店で働くようになったのが妓生クラブだ。

1970年代から日本人の海外旅行が本格化すると、朴正煕政権は外貨獲得を目的にソウルなどに大規模な国営娼館をつくり、日本人の団体客を迎え入れた。これが「妓生旅行」で、韓国に行くことは買春の同義語だったのだ。

妓生旅行から「身近な異文化体験のできる国」へ

私が大学生活を送ったのは70年代末から80年代初頭だが、その当時、すくなくとも“知的”な学生の間では妓生旅行は「醜い日本人(セックスアニマル)」の象徴で、アメリカやヨーロッパ、あるいはインドやロシアを旅することはあっても韓国旅行など許されないとされていた。沢木耕太郎のベストセラー『深夜特急』(新潮文庫)の旅が韓国ではなく香港から始まるのも、これが理由ではないかと思っている。

だからこそ、1984年に関川夏央の『ソウルの練習問題 異文化への透視ノート』(新潮文庫)が世に出たのは衝撃的だった。出版社は椎名誠をデビューさせ、藤原新也の『東京漂流』(新潮文庫)を刊行するなど、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった情報センター出版局で、民主化闘争と金大中事件と妓生旅行でしか語られなかったステレオタイプの韓国像を打ち壊した関川の登場は時代の必然でもあった。

関川は『ソウルの練習問題』で、「ハングル酔い」について書いている。

ソウルの街は日本の街並みによく似ているが、看板だけがハングルで書かれている。だからソウルの街に迷い込んだ日本人旅行者は、日本の地方都市にいるかのように錯覚し、しかし看板は一文字も読めず、一種の酩酊状態に陥るのだという。

この俊逸な語り口によって、それまでたんなる地図上の点にすぎなかったソウルは魅力的な非日常の街へと変貌し、多くの若者たちが「ハングル酔い」を体験すべく韓国に渡った。妓生旅行の悪弊は90年代までつづくが、それと同時に韓国は、香港などと並んで、「身近な異文化体験のできる国」になったのだ。

その後、1988年のソウルオリンピックが近づくと、NHKの韓国語講座が大人気を博し、最初の韓国ブームが訪れる。その5~6年前まで「韓国旅行」など口にすることすらできなかったのだから、この頃、日本人の韓国観が劇的に変わったのだ。

関川はその後、『海峡を超えたホームラン』(双葉文庫)で、韓国プロ野球の黎明期に身を投じた在日朝鮮・韓国人のプロ野球選手たちの苦闘を描いて、タブーとされていた在日問題に一石を投じた(当時は、プロ野球選手の出自が在日だということは隠さなければならなかった)。いまでは在日コリアンが通名(日本名)ではなく本名を名乗るのが当たり前になったが、これまで「日本人」だと思っていたプロ野球の有名選手が、韓国名で韓国プロ野球でプレイするのは、やはり衝撃的な(エポックメイキングな)出来事だった。 続きを読む →

人権を侵害して治安を急回復させたエルサルバドルの「不都合な成功」(週刊プレイボーイ連載689)

中米エルサルバドルは、マラスと呼ばれるギャング組織の抗争により、2015年には人口10万人あたりの殺人発生率が100件を超え「世界でもっとも危険な地域」と呼ばれていました。国際的には殺人発生率が10万人あたり10件を超えると「深刻な治安問題」とされますから、これは戦争が起きているのと同じで、住民が安心して暮らすのはとうてい不可能でした。

2019年に37歳でエルサルバドルの大統領に選出された起業家のナジブ・ブケレは、わずか3日間で一般市民87人がギャングに殺害される事件が起きると、全国に非常事態を宣言し、突貫工事でテロリスト拘禁センター(CECOT)を建設しました。

中南米のギャングには、顔や全身に刺青を彫って組織への忠誠を誓う文化があります。いったん刺青をいれると、組織を抜けたり、別の組織に所属を変えたりすることができなくなるのです。

ブケレはこれを利用して、刺青をしている者を令状なしで片っ端から逮捕し、開設から3年たらずで2万人をこの巨大刑務所に送り込みました。裁判も判決もないにもかかわらず、現在まで1人の釈放者もいないとされ、「事実上の終身刑」といわれています。

当然のことながらこの暴挙は、誤認逮捕や性的暴行を含む人権侵害として国際社会から強く批判されましたが、これをきっかけにエルサルバドルの犯罪率は大きく低下します。

ブケレが大統領に就任したとき10万人あたり36件だった殺人発生率は、25年末には1.3件と先進国並み(フランスとほぼ同じ。アメリカは5.8件)になり、治安は劇的に改善しました。

これを受けてブケレの支持率は9割を超え、プーチン(支持率65%)などを超えて、世界でもっとも人気のある指導者になりました。この世論調査の結果は、ブケレを批判する欧米の人権団体も認めています。エルサルバドルでは大統領の任期は1期5年に制限されていましたが、ブケレは圧倒的な支持を背景に憲法解釈を変更して24年に再選され、その後、憲法を改正して長期政権を可能にしました。

中南米の国はどこも麻薬の利権をめぐって争うギャングの抗争で治安が悪化し、メキシコでは2014年に、教員養成学校の学生約100人が乗った長距離バスが武装勢力に襲撃され、43人の学生が連行され、そのまま行方不明になるという衝撃的な事件が起きました。しかしこれは氷山の一角で、戦闘員を確保するための若い男性の誘拐が日常的に起きているのです。

ブケレの「実験」は、民主国家の失敗を強権によって解決したとして、移民問題に悩むトランプや、イーロン・マスクなどのテック右派から熱烈に支持されています。この「成功」を見て、コスタリカなど近隣諸国も巨大監獄を建設しはじめました。

日本のメディアの取材に、エルサルバドルの首都サンサルバドルに住む女性は、「以前は危険過ぎて夜に外出しようなどとは夢にも思わなかった。今は夜も外に出られる。それがすべてよ」と話しています。

エルサルバドルは、治安・安全とリベラルの理念(自由・人権)が衝突したとき、なにを優先すべきなのかという重い問いを突きつけているのです。

参考:「エルサルバドル、殺人発生率が急減 ブケレ大統領独裁は安全の代償か」日本経済新聞2026年1月17日

『週刊プレイボーイ』2026年7月6日発売号 禁・無断転載