「女人禁制」の伝統は男の既得権を守るため 週刊プレイボーイ連載(333) 


京都府舞鶴市での大相撲春巡業で、挨拶をしていた市長が倒れた際、救命措置を施した女性看護師に対して繰り返し、土俵から下りるよう場内放送されたことが波紋を広げています。放送したのは若手行司で、女人禁制の土俵に女性が上がったのを見て気が動転したのだと説明されていますが、独断ではなく周囲の人間から促されたと考えるのが自然でしょう。

女性が下りたあと、土俵に大量の塩をまいて“清め”ていることからわかるように、神聖な土俵に女性が上がってはならないのは「穢れ」ているからです。これは典型的な性差別ですが、相撲協会はずっと「日本の伝統」だと強弁してきました。

インドを旅行して驚くのは、レストランでもカフェでも、どこの飲食店にも女性の従業員がいないことです。ヒンドゥー教では体内から排泄されたものに触れると浄性が落ちるとされており、糞尿を専門に処理する不可触民と同じく、女性の生理も忌み嫌われています。バラモンなど「浄性が高い」とされる階層は家族以外の女性が触れた食べ物には手をつけないため、女性は飲食店で働くことができないのです。

このような理不尽な文化が定着した理由は、インドが高温多湿で人口の稠密な社会だからでしょう。最大の脅威は伝染病で、「腐ったものや汚れたものに触れると病気になる」という因果関係は早くから知られていたはずです。そのため権力者は「浄性」に極端に神経質になり、不浄なことはすべて身分の低い者にやらせ、彼らとの接触を禁忌(タブー)とするようになったのです。

日本の寺社でも女人禁制のところがありますが、浄と不浄の意識はヒンドゥーのカースト制が仏教を介して伝わったものでしょう。女性が土俵に上がってはならないのは日本の伝統ではなく、もとをただせば「インドの伝統」です。

とはいえ、女性を排除する文化が現在までつづいている理由は伝統だけでは説明できません。インドの飲食店を見ればわかりますが、これは男性にものすごく有利な制度です。なんといっても、人口の半分が飲食業の労働市場に参入できないのですから。あらゆる差別に共通するのは差別する側に利益があることで、だからこそ既得権にしがみつこうと屁理屈をこねるのです。

「日本は先進国の皮をかぶった前近代的な身分社会」だと、これまで繰り返し指摘してきました。日本的雇用は非正規や外国人を会社(イエ)の正メンバーから排除する制度で、これによって「正社員」の身分と利権が守られます。こうした身分差別を当然とする社会で、「女は不浄」という性差別が「伝統」の名の下に温存されてきたことは不思議でもなんでもありません。

カースト制の桎梏に苦しむインドは、男女の社会的な性差を示すジェンダーギャップ指数で108位と低迷しています。農村ではいまだに、家同士が決めた結婚を断った女性が顔に硫酸をかけられる「アシッドアタック」が行なわれているのですから当然でしょうが、じつは日本はそれを下回る114位です(2017年)。

今回の出来事を相撲界の珍事に終わらせるのではなく、私たちは自らの内なる差別と向き合うことを求められているのです。

『週刊プレイボーイ』2018年4月16日発売号 禁・無断転

高齢者に偏見をもつと早死にする? 週刊プレイボーイ連載(332) 


私たちはなぜ、初対面のひとにすぐにレッテルを貼ってしまうのでしょうか。

どのような相手にも偏見なく平等に接しなくてはならない。これはもちろん大切なことですが、このような道徳が進化の過程で選択されなかった理由はちょっと考えればわかります。危害を加えようとする相手に、「怖い」とか「あぶない」とかの先入観なしに近づいていった“良識”あるひとは、子どもをつくる前に死んでしまったので、私たちの先祖にはなれなかったのです。

しかしいまでは、世界はずっと安全になりました。かつてのように人種や宗教のステレオタイプで「敵」を見分ける必要はなくなり、その弊害ばかりが目立つようになったのです。

差別や偏見は徐々になくなってきているとはいえ、ステレオタイプには大きな問題があります。それが「自己成就予言」です。

女子生徒が数学のテストを受けるとき、「女子は男子に比べて数学の成績が悪い」というデータを示すと実際に成績が大きく下がります。黒人の生徒では、「自分が黒人である」と意識させただけで試験の成績が下がることがわかっています。ステレオタイプが社会に広く共有されていると、「劣っている」とされる少数派(マイノリティ)は、無意識のうちにネガティブなイメージを受け入れて、そのとおりの結果を招いてしまうのです。

高齢者のなかでも年をとることを否定的に感じているひとは、喫煙のような健康に悪い習慣があり、心筋梗塞などの心疾患を起こしやすいことがわかっています。だとしたら、このステレオタイプはどのようにつくられたのでしょうか。

研究者はそれを知るために、1968年までさかのぼるデータを使って、18歳から49歳のアメリカ人約400人が老人に対してどのようなイメージをもっていたかを調べ、その後の(2007年までの)健康状態と比較しました。すると驚いたことに、若いときに老人に対してネガティブなステレオタイプをもっていたひとは、そうでないひとに比べてずっと心疾患を起こしやすかったのです(老人に対してネガティブだったひとの25%が心疾患を患ったのに対し、ポジティブだったひとは13%だけでした)。

被験者を18歳から39歳までに絞って、60歳までの心疾患との関係を調べても同じ結果が出ました。性別を除けば、還暦までに心筋梗塞などを起こすかどうかは若い時のステレオタイプ(老人への偏見)で説明できたのです。

人種や国籍、性別や性的指向など、差別や偏見は通常、自分とは「ちがう」相手に向けられます。ヘイトスピーチを平然と叫ぶことができるのは、「俺たち(日本人)」と「奴ら(外国人)」のあいだの境界線が明確だと思っているからです(だからネトウヨは外国人参政権や帰化に反対します)。

ところが高齢者を「ヘイト」していた若者は、やがて自分が高齢者になったことに気づきます。しかしそのときには「予言」は自己成就し、健康を害して早世するか、偏見のとおりの「みじめな老人」になってしまうのです。

参考文献:Becca R. Levy, etc. “Age Stereotypes Held Earlier in Life Predict Cardiovascular Events in Later Life” Psychol Sci. 2009 March

『週刊プレイボーイ』2018年4月9日発売号 禁・無断転

第75回 「金融リテラシー」の虚実(橘玲の世界は損得勘定)


シェアハウスへの投資でトラブルが起きている。「30年家賃保証」「高利回り」「頭金ゼロ」などとうたう不動産業者から勧誘され、銀行から多額の融資を受けて物件を購入したところ、賃料の支払いが途絶えて借金だけが残った。被害者の多くは30代~50代で、子どもの教育費や定年後の暮らしが不安で投資話に手を出したのだという。

ゼロ金利の時代に、「利回り8~10%で30年間保証」などいうウマすぎる話があるはずがない。もしそれがほんとうなら、個人からお金を集めたりせずに、不動産開発業者が自分で銀行から融資を受けて経営すればいいだけの話だ。こんなことは子どもでもわかりそうなのに、なぜ騙されてしまうのだろうか。

無担保で1億円以上借りようとすれば、相当な信用力が必要だ。そのため投資話に騙されたのは、一流企業でそれなりの地位にある高収入のサラリーマンや医師が目立つという。

振り込め詐欺の被害者の多くは高齢者で、そのなかには認知症のひともいる。だがシェアハウス投資の特徴は、社会経験の豊富な中高年をターゲットにしていることだ。

投資詐欺の世界では、「自分に自信がある人間がいちばん騙しやすい」といわれている。経済的・社会的に成功したひとは、「ウマい話はない」と頭ではわかっていても、言葉巧みな詐欺話をかんたんに信じてしまう。なぜなら、「特別な自分には特別な出来事が起きて当たり前」だと(無意識に)思っているから。

目を閉じれば世界は消え、目を開ければ世界が現われる。「私が世界の中心だ」という錯覚はとてつもなく強力で、賢いひとほどこの罠にはまってしまうのだ。

もうひとつの理由は、自分に自信のあるひとは他人に相談しないからだ。「こんな話があるんだけど……」と上司や同僚に話していれば、「ちょっと変だから詳しく調べてみたら」とアドバイスしてもらえただろう。

それに加えて今回のトラブルでは、特定の地銀に融資が集中していることも問題になっている。報道では、仲介の不動産業者が顧客の通帳のコピーを偽造して預金残高をかさ上げし、融資を通していたケースもあるという。

頭金ゼロで1億円超もの融資をするのだから、担当者は本人と面談し、通帳は原本を確認するのが当然だ。そのうえこの銀行は、シェアハウスの投資家に定期預金と年利7.5%のフリーローンをセットで求めていた。これでは「利回り8%」がほんとうでも、ほとんど利益は残らないだろう。

この地銀は「個人向け不動産融資」の市場を開拓して高収益を上げているとして、金融庁の幹部から高く評価されていた。しかしいま、「新時代のビジネスモデル」は被害者から、「悪徳業者と結託していたのではないか」と批判されている。

行政や金融機関がこのレベルでは、投資家だけを責めても仕方ない。金融リテラシーの必要が叫ばれて久しいが、この国にはそんなものはどこにもなかったことがよくわかる。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.75『日経ヴェリタス』2018年4月1日号掲載
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