電気料金を倍にして電力危機を乗り切ろう 週刊プレイボーイ連載(526)

日本の電力不足が深刻化し、「東日本大震災以来の電力危機」(経済産業省幹部)とされる状況になっています。

電力の安定供給には3%の「予備率」が必要ですが、今夏、10年にいちどの猛暑になった場合、東北・東京・中部の各エリアで3.1%とぎりぎりの水準になることが予想され、政府は家庭や企業に節電を呼びかけることを決めました。エアコンの室温を28度にする、不要な照明は消す、冷蔵庫の設定を「強」から「中」にする、などが盛り込まれるようです。

冬はさらに厳しく、厳冬の場合、東京電力管内の予備率はマイナス0.6%まで下がり、東電を含め7電力の予備率を3%にするには350万キロワットが必要で、このままでは約110万世帯で計画停電が起きかねません。仮にロシアからの液化天然ガス(LNG)の輸入がすべて止まると、さらに400万キロワットの火力が動かなくなるとの試算もあり、大きな社会的混乱が懸念されます。

なぜこんなことになったかというと、近年の「脱炭素」の流れで火力発電所の休廃止が進んでいることに加え、原子力発電所の再稼働が遅れているからです。原子力規制委員会の安全審査を通過した17基のうち、動いているのは4基のみ。残る13基の発電能力は1300万キロワットですから、不足分はじゅうぶん賄えます。

自民党内には、大規模な電力危機を起こすわけにはいかないとして「原発をすぐに動かせ」との声もあるようですが、地元の同意が得られていなかったり、定期検査、テロ対策工事などで、今夏はもちろん冬までの再稼働も難しそうです。

脱炭素や環境保護の流れを受けて、地球温暖化の「元凶」である火力発電を減らすとともに、原子力発電も廃止し、足りない分は自然エネルギーで補うべきだとされてきました。しかしこの危機的事態で、太陽光や風力は計算にも入っていません。すべでは机上の空論だったのです。

そうなると、ひたすら「節電のお願い」で乗り越えるしかなさそうですが、コロナ禍で明らかになったように、これは必然的に深刻なモラルハザードを引き起こします。みんなが一所懸命節電しているなら、自分だけクーラーや暖房を使って快適に過ごした方がいいに決まっています。

日本社会では問題が起きるたびに「根性論」が唱えられますが、同調警察による秩序維持はいい加減やめるべきです。だとしたら、ルールにのっとった公正な対策を考えなくてはなりません。

電力需要を減らすためのもっとも効率的な方法は、電気料金を引き上げることでしょう。需要と供給の法則によって、供給が減れば価格が上がり、需要も適正な水準に落ち着くのです。

電気料金が大幅に値上げされれば、家庭も企業も節電に真剣になるでしょう。もちろん社会の負担は大きいでしょうが、猛暑でクーラーが使えず熱中症で死亡したり、厳冬で暖房がなく凍死するひとが続出するよりずっとマシです。

「原発廃止」のきれいごとを唱えてきたメディアには、この事態にどう対処するかを示す重い責任があります。社説で堂々と「電気料金を倍にせよ」と掲げたらどうでしょう。

参考:「電気不足、冬に110万世帯分」日本経済新聞6月6日
「夏の節電要請7年ぶり」朝日新聞6月8日

『週刊プレイボーイ』2022年6月20日発売号 禁・無断転載

第103回 富める者が富む支援金「ガチャ」(橘玲の世界は損得勘定)

知人から「支援金ガチャに当たって100万円もらった」というラインがきた。最初は意味がわからなかったが、今年1月に募集が始まった「事業復活支援金」のことだった。

事業の趣旨は、コロナによって売上が減った個人事業主や中小事業者などの「復活」を支援することだ。それがなぜガチャ(開けてみるまで景品がわからないゲーム)になるかというと、過去3年間の同月比で売上を比較し、その差が大きいほど支援金の額が増えるからだ。

具体的には、2021年11月~22年3月のいずれかの月の売上を対象として、これを2018年11月~21年3月の同じ月の売上と比較し、その減少額の5倍が給付額になる。

給付の上限は、売上高減少率がマイナス50%以上だった場合、個人事業主が50万円、売上高1億円以下の法人が100万円、1億~5億円以下が150万円、5億円超が250万円だ(減少率がマイナス30%以上50%未満の場合はそれぞれ30万円、60万円、90万円、150万円)。

彼女の場合は自営業者の法人成り(マイクロ法人)で売上1億円以下なので、売上が50%以上減っていて、なおかつ差額が20万円以上の月の組み合わせが見つかれば100万円が給付される。その過程が、ガチャに当たるか外れるかのようなドキドキ感だったという。

もちろん支援金は、誰でも申請すればもらえるわけではない。というか、コロナ給付金の不正受給が社会問題になったことで、支給を受けるまでのハードルはかなり高くなっている。

まず、売上の減少はコロナの影響でなくてはならない。だが奇妙なことに、このルールでは前後の月の売上が増えていても、期間内の1カ月の売上が減ってさえいれば支援の対象になる(「当月に予定されていたイベントがコロナで中止になった」といった理由でいい)。

今回のいちばんのポイントは、申請にあたって、事前に登録機関の確認が必要になったことだろう。登録確認機関は商工会や農協などのほか、税理士・公認会計士・行政書士・中小企業診断士などの士業が含まれるが、原則として、過去1年以上継続して組合員として加盟しているか、顧問先でなくてはならない。

登録確認機関と継続的な関係にない場合は、確定申告書の控えや帳簿書類(売上台帳、請求書、領収書等)、銀行通帳などを揃えたうえで、オンラインか対面での面接を受けなくてはならない。

これらの煩雑な手続きは、行政が不正受給の責任を逃れるためなのだろうが、逆にいうと、これまで税理士・会計士を通じて申告・納税していれば面倒な手続きを簡略化できる。彼女の場合、顧問の会計事務所に登録確認機関になってもらったことで、自分では簡単な書類を用意しただけだという。

彼女の名誉のために強調しておくが、ここにはなにひとつ不正はない。とはいえ、この話を聞いていて、「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」というマタイ伝の言葉が脳裏をよぎった。

 

「強すぎる言葉の呪い」が社会を蝕んでいる 週刊プレイボーイ連載(525)

強すぎる主張には呪いがかけられています。

ロシアの国営メディアはウクライナのゼレンスキー政権を「ナチ」と呼び、東部のドンバス地方ではロシア系住民の「ジェノサイド」が行なわれていると非難してきました。しかしこれをあまりに長く言い続けていると、「ロシア人が殺されているのに、なぜ放置しているのか?」と国民が疑問に思いはじめるでしょう。

もちろんプーチン政権は、こうした強い言葉をたんなるレトリックとして使っていたのでしょう。言葉によって大衆の感情を煽るのは、もっとも安上がりに支持を獲得する方法です。「まもなく世界の終わりがやってくる。破滅から逃れる唯一の道は私を信じることだ」というのは、古来、教祖(カルト)の常套句でした。

しかし、どのような予言もいずれ事実によって反証されることになります。ほとんどの新興宗教は、この壁を超えることができずに消えていきます。そして新たな予言者や陰謀論者が現われ、強い言葉によって信者を集め、予言が外れて混乱に陥り……というサイクルを繰り返すのです。

「言霊」が大きな力をもつのは、それを口にした者を拘束し、社会(共同体)に対して責任を負わせるからです。国家の指導者が「国民が虐殺されている」といえば、言霊によって、虐殺を止めるためになんらかの行動を起こさざるを得なくなります。軍事・国際政治の専門家ですら(あるいは専門家だからこそ)ロシアのウクライナ侵攻を予測できなかったのは、戦略的にはいくら不合理でも、プーチンにはそれ以外の選択肢がなくなっていたことを見逃したからでしょう。

さらに事態をこじらせるのは、自分(たち)が「善」で相手を「悪」とし、善が悪を強い言葉で糾弾することで、悪は自らの過ちを認めて悔い改めるはずだと信じていることです。そんなことがあり得ないのは、自分が「悪」として批判されたとき、どう感じるかを想像してみればいいでしょう。

国際芸術祭をめぐる愛知県知事へのリコール運動では、右派・保守派は典型的な「善(愛国)vs悪(反日)」の構図をつくりましたが、思ったほど署名が集まらなかったことで窮地に陥りました。善が悪に負けることは許されないからです。こうして現場責任者が追い詰められ、不正に手を染めることになったのでしょう。

もちろんこれは、左派・リベラルも同じです。キャンセルカルチャーとは、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)の基準を絶対的な正義とし、それに反した(と感じられた)個人を「差別主義者」と糾弾し、社会的に葬り去る(キャンセルする)ことです。この過程はいっさいの公的手続きを無視しているので、誤解によってキャンセルされた者は自らの「冤罪」を晴らす方法がありません。

それにもかかわらず、なぜ日本でも世界でも「善vs悪」の構図ばかりつくられるのか。その理由は、善の立場で正義を振りかざし、悪を叩きつぶすことで脳の報酬系が活性化し、大きな快感が得られるとともに自尊心が高まるからです。

アイデンティティをめぐる争いは(ほぼ)すべてこれで説明できますが、言霊の呪いが怖ろしいのか、口にするひとはほとんどいません。

『週刊プレイボーイ』2022年6月13日発売号 禁・無断転載