日本人が知らないイタリアの不思議

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2015年8月公開の記事です。(一部改変)

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前回はイタリア・ラヴェンナに生まれ、日本で比較宗教論を学んだファビオ・ランベッリの「イタリア人は、暗いからこそ明るい」という逆説の文化論を紹介した。

参考:イタリア人は、暗いからこそ明るい

ランベッリ氏は、、『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(ちくま新書)と『イタリア的 「南」の魅力』(講談社選書メチエ)で、これまで日本ではほとんど語られることのなかったイタリア人の日常の不思議を解説している。今回はそのなかから、宗教、政治、教育を紹介してみたい。

カトリックの歴史を知っていて、宗教に関心を失う

ローマにはカトリックの総本山であるバチカン(ローマ教皇庁)があり、イタリアが敬虔なカトリックの国だということは誰でも知っている。実際、激論の末に国民投票で離婚が認められるようになったのが1974年、妊娠中絶が認められたのはようやく1980年だ。

だが1990年に、戦後イタリアの保守政界を支配してきたキリスト教民主党が大規模な汚職スキャンダルによって解体すると、イタリアの世俗化は急速に進みはじめた。イタリアでは8~9割の国民がカトリック教育を受けるが、ランベッリの見立てによると、いまではその多くは名義だけのカトリックで、実際には無関心や無宗教だという。

カトリックでは11歳になったら聖体拝領が許されるが、そのためには1年ぐらい、毎週土曜日の午後、教区の教会で神父やボランティアからカトリックの教えを学ばなければならない。これが教理問答(カテキズムモ)で、イタリア人の多くはこれによってカトリックの教義について一定の知識を保持している。

これは幼少期に特定の宗教教育を受けることがない日本人との大きなちがいだ。日本人は宗教のことをよく知らないから関心がないが、イタリア人はカトリックの歴史や教義を知っていて、それでも世俗化や近代化のなかで宗教への関心を失うのだ。

イタリアではすべての町や村に教会があり、日本の戸籍制度のように、教会は教区の信者の出生(洗礼)、結婚、死の記録を保存している。

カトリックでは、子どもが生まれてから数カ月以内に教区の教会で洗礼(バッテージモ)を受けてキリスト教徒になる。小学校高学年でキリストの身体(パン)を受ける聖体拝領の秘蹟が、中学生のときにカトリック教育を終了した証として「堅信」の秘蹟が行なわれる。これに続いて多くのイタリア人が受ける秘蹟が婚姻(マトリモニオ)で、神の前で家族をつくることを誓う。

カトリックはプロテスタントとちがって、罪の告解を信者の義務としている。告解を行なうためには、キリスト教的な罪の概念と、それを犯した自己を客観的に認識することが必要だ。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、この告解の秘蹟がヨーロッパ人の「内面」の構築に大きな影響を与えたと論じた。

カトリック信者にとって生涯でもっとも重要な告解の秘蹟が死の直前の終油だ。死を迎えつつある信者のもとを神父が訪れ、慰めの言葉をかけ、告解を聞き罪を許してから、その身体に神聖な油で十字架の印を描く。この終油の秘蹟を受けることで、生前の罪は許されて神に救われるのだ。

このようにカトリックは、政治的、文化的、象徴的な権威としてイタリア人の日常に直接介入している。世論調査などによると、毎日曜日にミサに行き、カトリックの秘蹟を重視するひとは国民の3分の1くらいだそうだが、イタリア人の生活に与えるその影響はやはり大きいといわざるを得ない。

お寺や神社と似ているカトリック教会 続きを読む →

経済制裁はほんとうに効果があったのか?(週刊プレイボーイ連載681)

バンス副大統領によるイランとの交渉が決裂(4月12日)したことで、トランプは石油輸送の要衝であるホルムズ海峡を「逆封鎖」しました。交渉の目的のひとつは、イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡の開放だったのですから、これではまるでカフカの不条理小説のような展開です。

アメリカによる空爆は、誤爆による市民の死傷を除いても、イランのひとびとを困窮に追いやりました。英誌『エコノミスト』によると、イランでは生産年齢人口の60%が失業しており、戦争によって労働力の半分を抱えるサービス産業が大打撃を受け、イラン政府は労働人口の25%にあたる700万人が軍務に志願したとしています。

その一方で、アメリカとイスラエルによる攻撃以降、原油価格が高騰しています。イランの石油タンカーはホルムズ海峡を自由に航行し、中国などへの石油輸出を続けており、皮肉なことに、石油を独占する革命防衛隊の収入は倍増しました。この「ぼろ儲け」をやめさせるために、アメリカはホルムズ海峡を逆封鎖せざるを得なくなったのです。

トランプは「苦境に立ったイランがディールに応じるはずだ」とか、「大規模な民主化デモが起きるにちがいない」といった根拠のない楽観(というか妄想)を前提として戦争を始め、それがすべて外れたことで、SNSで意味不明な罵詈雑言を浴びせるしかなくなったのでしょう。

しかしさらに考えてみると、アメリカの失敗はそれ以前から始まっていたともいえます。

イランにどれほど経済制裁をしても一般市民を苦しめただけで、政権にはほとんど打撃を与えられませんでした。北朝鮮やキューバも長年にわたってきびしい経済政策を受けていますが、体制が転覆する気配はありません。

ウクライナへの侵攻でロシアは欧米の経済制裁の対象になりましたが、中国やインドに石油輸出を振り替えたことで経済への影響は限定的で、その一方でエネルギー価格が高騰した欧州諸国ではポピュリスト政党が躍進し、政権はどこも苦境に立たされました。

だったら武力を使えばいいかというと、アメリカはベトナム戦争に敗北し、イラクではフセインの独裁を打倒したものの民族紛争で社会は混迷し、アフガニスタンは体制を変えたものの、けっきょく元のタリバン政権に戻ってしまいました。

1987年までの韓国の軍事政権や、1996年に直接総統選挙が行なわれるまでの一党独裁の台湾は、今日の基準では経済制裁の対象にされてもおかしくありませんでした。しかしその間に経済が発展し、ゆたかになったひとびとは自らの手で自由とデモクラシーを獲得したのです。

もちろん中国のように、中間層が生まれたことで社会が不安定化し、共産党が「強権化」することもあるので、経済発展はつねに「奇跡」を起こすわけではありません。他国の主権を侵すような行為を放置できない、ということもあるでしょう。

それでも、独裁者に富を独占させ、国民に貧困という罰を与え、けっきょくは今回のような武力攻撃になる経済制裁にどれほどの意味があるのか、いちど冷静に考えてみる価値があるのではないでしょうか。

「The Economist 革命防衛隊の経済力、予想外の強さ」日本経済新聞2026年4月14日

『週刊プレイボーイ』2026年4月27日発売号 禁・無断転載

イタリア人は暗いからこそ明るい

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2015年7月公開の「イタリア人は、暗いからこそ明るい」。イタリア的悲観主義が生み出した逆説」です。(一部改変)

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前回は、南イタリア、バール在住の哲学者フランコ・カッサーノの“南の思想”を紹介した。カッサーノによれば、“北”すなわちヨーロッパ近代の特徴は「速さ」と「過剰」にある。それは先進国のひとびとに目も眩むようなゆたかさをもたらしたが、同時に、植民地主義やホロコースト、核戦争のような病理的なゆがみをも生んだ。だとしたら“南”はいたずらに“北”を崇め追随するのではなく、「ゆっくり歩むこと」と「適度であること」によって病的な近代を治癒する責務を負っているのだった。

参考:ギリシアの「南の思想」は北のヨーロッパの合理性に対抗できるか?

今回は、カッサーノの“南の思想”を日本に紹介したファビオ・ランベッリのイタリア論を見てみたい。ランベッリはイタリア・ラヴェンナ生まれ、ヴェネツィア大学日本語日本文化学科を卒業したのち、京都大学、東京外国語大学に留学して東洋研究で博士号を取得、札幌大学で異文化交流や比較宗教学を教えていた(その後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校宗教学科教授)。

「お洒落」で「ちょい悪」のイタリア人はいない

文化人類学者の故山口昌男に師事したランベッリは、『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(ちくま新書)、『イタリア的 「南」の魅力』(講談社選書メチエ)などの著作で、日本におけるイタリアのイメージを分析している。

日本を訪れたイタリア人が最初に驚くのは、レストランやデパートなど街のあちこちにイタリアの三色旗(トリコロール)が溢れていることだ。イタリア人は「国家」というものに強い関心をもっていないので、母国でもこれほどの数の国旗を見ることはないという。

日本で暮らすようになると、日本人の「イタリア」のイメージが著しく偏っていることが気になりはじめる。

日本人のなかには、イタリア半島(ローマ帝国)の古代史やルネサンス文化にイタリア人以上に詳しいひとがいる。料理だけでなく、イタリアのデザインやファッションも大人気だ。だがこうした「イタリア好き」も、ごく一部の例外を除いて、現代イタリアの美術や音楽、学問にはほとんど関心がない。

イタリア映画は1950年代のネオレアリズモ(『自転車泥棒』など)からせいぜい70年代のフェリーニやヴィスコンティまでだし、現代イタリア文学はウンベルト・エーコの『薔薇の名前』しか知らないひとがほとんどだろう。イタリアのポップミュージックについて訊かれて答えられるひとは、専門家以外おそらくいないはずだ。

日本在住のイタリア人をとりわけ戸惑わせるのは、日本におけるイタリア男性のイメージだ。これは男性向け雑誌の表紙を飾るモデルの影響が大きいと思われるが、イタリアの男は「明るい」「気楽」「お洒落」「ちょい悪」で、いつも両手に花で人生を謳歌していることになっているのだ。

ランベッリは、こうしたステレオタイプは本来のイタリアとはなんの関係もないと述べる。日本人は自分が見たい、ないしは商業主義によってつくられた「幻想のイタリア」を楽しんでいるだけなのだ。

もちろんこうしたステレオタイプは、イタリア人に対するものだけではない。そもそも日本人は、「日本人」を恥の文化、集団主義、タテ社会、甘えなどのキーワードで理解しているが、ここに日本人だけにしかあてはまらない特殊なものはなにひとつない。

こうしたステレオタイプはもともと、太平洋戦争後の占領に備えて米軍がアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトに依頼した日本人研究に基づいている。ベネディクトはそれまでいちども日本を訪れたこともなく、日本人の知り合いもほとんどいなかったが、文献資料と日系米国人、日本兵の捕虜とのインタビューによって日本文化論『菊と刀』(光文社古典新訳文庫)をまとめた。

こうした経緯から明らかなように、米軍は日本占領にあたって、「日本人はアメリカ人とどのように違っているのか」の知識を求めていた。日本人とアメリカ人のあいだにもよく似ているところはたくさんあるが、そのような知識には価値がなかったのだ。

だからこそベネディクトは、西欧と日本を「罪の文化」「恥の文化」というステレオタイプで論じ、戦後、それが日本に輸入されたことで「日本人」のアイデンティティがつくられていった(これについては『(日本人)』〈幻冬舎文庫〉で書いた)。

日本における「イタリア」もこれと同じで、イタリア人と日本人がたいして変わらないのでは商品価値はない。日本人の男性(ないしは商業雑誌の編集者)が「ほんとうはこうなりたい自分」を重ね合わせたために、ランベッリから見ると愕然とするような「イタリア人」のイメージが日本社会に氾濫するようになったのだ。 続きを読む →