第94回 人生110年時代 必須な積立投資(橘玲の世界は損得勘定) 

新型コロナの感染拡大にもかかわらず、厚生労働省の人口動態統計(速報)によると、昨年1~10月の死亡数は前年同期より1万4000人も減っている。(新型コロナを除く)肺炎やインフルエンザの死亡減はわかるが、心筋梗塞や脳梗塞も減少。理由はよくわからないものの、どうやら新型コロナの「新常態」は日本人の健康増進に貢献しているらしい。

その一方で、コロナの影響で昨年の出生数は85万人を下まわった。ここまでの日本のコロナ対策をまとめるなら、「高齢者が健康になり、子どもが減り、現役世代が経済的な打撃を受けた」になるだろう。この混乱はいずれ終わるだろうが、わたしたちは、人類史上未曾有の超高齢化がますます加速する世界に生きることになる。

そのときなにが起きるのか。確実なのは、「60代で定年退職して、あとは年金で悠々自適」という人生設計が完全に過去のものになることだ。医療技術の進歩によって、現在30代の4人に1人は110歳まで生きると予想されている。定年から半世紀ちかい老後があるという、SF(サイエンスフィクション)のような世界が現実になりつつある。

だったらどうすればいいのか。老後が長すぎるのが「問題」なのだから、できるだけ長く働いて老後を短くするしかない。

これまでの人生設計の目標(理想)は、定年時に「持家と金融資産5000万円」とされていたが、60歳から半世紀生きるとすると1年あたり100万円、夫婦2人に世帯なら1人1カ月4万円ちょっとだ。これで「安心した老後」が過ごせるだろうか。

そこで「人生100年時代」の目標を、80歳で「年金+1億円の金融資産」としてみよう。これなら110歳まで生きても、年金以外に月30万円(1人15万円)の余裕がある。

大学卒業から80歳まで働くとすると60年、夫婦共働きなら計120年だ。単純計算すると、世帯あたり月14万円、年160万円強(夫婦それぞれが月額約7万円)をずっと積み立てれば80歳で1億円になる。

とはいえ、お金を貯金箱(ゼロ金利の銀行口座)に何十年も入れておくひとはいないだろう。株式の収益率は予測が困難だが、ニューヨーク株価は2000年の1万ドルから20年で3万ドルへと年率5%で上昇している。

これからの60年間、平均年5%で資金を運用できるとすると、1億円貯めるのに必要な積立額は年約30万円、月額約2万5000円でいい。保守的に年3%の運用で考えても、積立額は年60万円、月額約5万円だ。

ここからわかるのは、複利での長期の積み立てがものすごく有利だということだ。「80歳で金融資産1億円」というと雲をつかむように感じるかもしれないが、「世帯当たり毎月5万円の積み立て」なら実現可能に思えるのではないだろうか。

高齢化が進む欧米では、日本にさきがけて「生涯現役(生涯共働き)」が当たり前になっている。「人生100年時代」の人生設計は、これに超長期の積立投資を加えたものに変わっていくだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.94『日経ヴェリタス』2021年1月23日号掲載
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なんでも一律の不公平は「戦後民主主義」の完成形 週刊プレイボーイ連載(461)

新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言の再発令を受けて、営業時間を午後8時までに短縮する飲食店などに1日6万円の協力金が支払われることになりました。そこで、近所のワインバーにどんな様子か訊いてみました。

マスターによると、「うちくらいの規模(満席で20人ほど)だと、1日6万円なら正直、悪くない金額です。常連さんがいるので店を開けてますが、協力金だけでじゅうぶんだと、(緊急事態宣言期間の)2月7日まで店を閉めたところもけっこうあります」とのことでした。それに比べてかわいそうなのは、飲食店に食材を卸している業者です。わずかな一時金だけで支援の対象から外されているので、ワイン卸商などは閉業するところがたくさん出てくるといわれているそうです。

都心一等地の高い家賃の店と郊外の家族経営の店、100人規模の大型店とカウンターだけの店では、営業時間短縮の影響はまったくちがいます。それにもかかわらず「一律1日6万円」というのはあまりにも大雑把です。案の定、「協力金では家賃や人件費などの固定費が賄えない」として「時短要請」を拒否する店も出てきたようですが、その場合は「店名公表」の可能性があるといいます。

ここで思い出すのは、「1人10万円」という特別定額給付金です。なぜこの国は、こんなに「一律」が好きなのでしょうか。

「個別の経済状況を知るためのシステムがないからだ」というかもしれませんが、そんなことはありません。マイナンバーで個人の収入や資産を把握することはできませんが、法人の申告は国税庁が法人番号で管理しており、データはデジタル化されてサーバーに格納されています。それを使えば事業者ごとの前年度の売上や利益、家賃・人件費などはかんたんに抽出できますから、それに合わせて協力金の額を決めればいいのではないでしょうか。

だとしたら、その理由は「できない」ではなく「やりたくない」でしょう。給付の金額に差をつけたとたん、「なんでうちだけ少ないんだ」「不公平だ」と収拾のつかない混乱になることがわかっているから。

イギリスでは企業が従業員の給与を支払日ごとにオンラインで歳入関税庁に報告する「即時情報(RTI)」システムがあり、政府はそれを使って所得が減った個人を把握しています。自ら支援要請しなくても、所得が減ったひとには「支援金の請求ができます」とのメールが送られてくるとのことです。

困っている個人や事業者だけを手厚く支援する方がずっと合理的に思えますが、日本社会の「平等」とは「みんな一緒」のことなので、それぞれの事情を考慮して扱いを変えるのは「差別」と見なされます。小規模な事業者は「善」、大企業は「悪」との思い込みもありそうです。

こうして、富裕層や公務員、年金受給者などコロナ禍でも収入が変わらないひとにも「一律10万円」を給付し、夫婦で自宅で営業している店にも、高い家賃を払い何十人もの従業員を抱えている店と同じ「一律1日6万円」を支払うことになります。

これこそが、「戦後民主主義」が目指した「平等な社会」の完成形なのでしょう。

参考:「英、コロナ支援6日で 所得補填、要請待たず「プッシュ型」 個人情報の「一元管理」カギ」日本経済新聞2020年12月4日

『週刊プレイボーイ』2021年1月25日発売号 禁・無断転載

「リモートワークで家族との触れ合いが増えた」はほんと? 週刊プレイボーイ連載(460)

新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が再発令されました。これによってもっとも大きな影響を受けるのは、酒類の提供や営業時間の短縮を求められた飲食店ですが、企業も出社制限やリモートワークの強化を求められています。

日本ではずっと、サラリーマンは会社に通勤するのが当たり前とされてきましたが、ウイズコロナの新常態では「出社しない」という新しい働き方が試されることになりました。この変化については「無駄な会議がなくなり自分の仕事に集中できる」という好意的な声もあれば、「会社に集まって働くより生産性は下がっている」との辛口の評価もあり、試行錯誤が続いているようです。

とはいえ、リモートワークで家にいる時間が増えたことについては、「子どもと触れ合う時間が増えた」「夫婦でいろんなことを話し合った」など、メディアにはポジティブな声があふれています。それが抵抗なく受け入れられているのは、「家庭はあたたかな場所で、仕事はある種の苦役」という社会通念があるからでしょう。しかし、これはほんとうでしょうか。

アメリカ北東部の都市で、フルタイムで働くひとたちの幸福度とストレスレベルを調べた研究があります。応募者のおよそ7割は白人女性で、低所得者層(年収300万円未満)、中産階級(年収300万~750万円)、高所得者層(年収750万円超)に分けられました。高卒は10%以下と学歴はかなり高く、半分は結婚していて、その半分に18歳以下の子どもがいました。

被験者は1日6回、ランダムに連絡を受け、そのときの気分を専用のデバイスに記録すると同時に、唾液のサンプルを提出しました。主観的な報告だけでなく、唾液に含まれるコルチゾールでストレスホルモンのレベルを測ろうとしたのです。

結果はというと、「半分以上のひとが職場よりも家庭で強いストレスを感じており、女性にいたっては、職場にいるときのほうが幸福感が強いひとが多い」ことがわかりました。意外なのは、責任のある仕事を任されているひとほど幸福度が低く、社会経済的な地位の低い労働者の方が職場でのストレスが少なかったことです。中間管理職や専門職が高ストレスなのはわかるとして、給料が安い仕事の方が満足度は上がるのでしょうか?

この結果について経済学者は、「所得が低いひとは家庭に問題を抱えていることが多く、職場がいわば「安全地帯」の役割を果たしているのではないか」と述べています。家に帰るとさまざまな問題に振り回され、職場で同僚に愚痴をいいながらほっとひと息つく、というのはありそうなことです。アメリカでは(日本でも)「ほのぼのとした家庭」というのは、もはや幻想なのかもしれません。

もうひとつ興味深いのは、「家庭より職場でのストレスが小さいひとの割合は、子どもがいるよりもいない方が大きかった」ことです。被験者の多くが女性であることを考えると、これは家庭で問題を起こしているが子どもというよりも、夫であることを示唆しています。これも、こころあたりのあるひとがかなりいるのではないでしょうか。

参考:Sarah Damaske, Matthew J. Zawadzki and Joshua M. Smyth(2016)Stress at Work: Differential Experiences of High versus Low SES Workers, Social Science and Medicine
タイラー・コーエン『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』NTT出版

『週刊プレイボーイ』2021年1月18日発売号 禁・無断転載