「経済的独立を達成し、アーリーリタイアしない」理想のライフスタイル 週刊プレイボーイ連載(443)

FIREはFinancial Independence and Retire Early(経済的独立を達成し、アーリーリタイアする)の略で、(1980年代から2000年前後に生まれた)アメリカのミレニアル世代のあいだでいま大きなムーブメントになっています。新型コロナで経済的な不安が高まったこともあり、日本でも注目が集まりました。

「経済的独立」というのは、1990年代にアメリカで唱えられた「自由」についての新しい考え方です。自由はそれまでずっと哲学的・社会学的あるいは宗教的に語られてきましたが、じつはもっと大切なことがあるのではないでしょうか。それは経済、すなわちお金です。

あなたは自由について高邁な理念をもっているかもしれませんが、生活費を得ている組織の上司から意に沿わない(場合によって法に反する)仕事を命じられたとき、それを敢然と拒否できるでしょうか。ここで躊躇するとしたら、「クビになったら生きていけない」と不安に駆られるからでしょう。あなたの(高邁な)自由は、お金によって拘束されているのです。

人生を自由に生きるためには経済的な土台がなくてはならない。――この身も蓋もない真実を突きつけたところに、「経済的独立」の衝撃がありました。それが20年の時を経て、いまの若者たちに再発見されたのです。

アーリーリタイアメント(早期退職)も同じく90年代にブームになりました。アメリカでは退職してから夫婦で旅行を楽しむのが理想でしたが、70歳や80歳を過ぎてからだと行けるところもかぎられてくるし、連れ合いが病気になったり、死んでしまったりするかもしれません。だったら50代、できれば40代で引退して好きなことだけして暮らせばいいというのはたしかに魅力的です。

ところがこうしてアーリーリタイアしたひとの多く(ウォール街のトレーダーなど)は、数年後にまた仕事に戻ってきました。なぜなら、毎日が退屈すぎて張り合いがないから。

彫刻が好きなのにそれで生活するのは無理だとあきらめたひとが、高収入の仕事で必死に働いて50代でアーリーリタイアし、経済的な不安なしに彫刻家としてデビューして若いときの夢をかなえるというのは、もちろんよい話です。でもよく考えてみると、ここでの問題の本質は好きな彫刻で生活できないことにあります。

SNSなどインターネットの普及とテクノロジーの発達によって、20代でも彫刻の仕事でそれなりの暮らしが成り立つようになれば、20~30年も好きでもない仕事で必死に頑張る必要はありません。「アーリーリタイア」を目指すのは、いまの仕事が好きではないからです。

ひとは他者からの承認(感謝や称賛)を得たときに幸福を感じます。おしゃれな店でのデートや豪華な結婚式で「いいね!」をもらうリア充もいるでしょうが、現代社会でもっとも大きな承認を得られるのは仕事での達成です。「好きを仕事に」できれば、早期退職する理由などないのです。

こうして「人生100年」の時代には、「経済的な独立を達成し、リタイアせずに好きな仕事をずっと続け、自分らしく生きる」ことが理想のライフスタイルになっていくでしょう。もちろん、誰でもできることではないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2020年8月31日発売号 禁・無断転載

サマー・オブ・ラブ(愛の夏)という現代の寓話 週刊プレイボーイ連載(442)

黒人男性が警察官による過度な制圧によって死亡した事件を受けて、全米に「ブラック・ライブズ・マター(黒人の生命も大切だ)」の抗議行動が広がりました。

スターバックス発祥の地としても知られるワシントン州シアトルのキャピトルヒルは、カフェやギャラリーが集まるアート&カルチャーの人気スポットです。6月に入るとこのお洒落な街でデモ隊と警察が衝突を繰り返すようになり、6月8日、警察署長は不測の事態を避けるために警察署を封鎖して地域から退去することを決断します。こうして、21世紀に突如として“コミューン(自治区)”が誕生しました。

トランプ大統領はこの「異常事態」をはげしく非難しましたが、1958年生まれで10代で西海岸のヒッピームーブメントを体験したシアトルの女性市長は、この状況がいつまで続くのかテレビレポーターに訊かれ、「わからない。もしかしたらわたしたちは“愛の夏”を過ごせるかも」と答えています。

愛の夏(サマー・オブ・ラブ)とは1967年にサンフランシスコのヘイト・アシュベリーを中心に起こった大規模な「(フリー)セックス・ドラッグ・ロックンロール」の文化運動です。その熱狂は2年後に起きたカルト集団マンソン・ファミリーによる女優シャロン・テート殺害事件の衝撃によって終わりを告げました。

では、2020年の「愛の夏」はどうなったのでしょうか?

「解放区」では資本主義を拒否する活動家によって水や軽食が無料で配られ、公園では無農薬の野菜が栽培され、ボランティアによる医療が提供されました。街じゅうにストリートアートが描かれ、ヒップホップグループのパフォーマンス、人種差別をテーマにした映画の上映、さらにはあちこちでティーチ・インという討論会が開かれました。

メディアの取材に対して23歳の活動家は、「われわれは警察(行政)なしでもコミュニティのニーズを満たすことができることを、行動と実践を通して証明しようとしている」とこたえています。この宣言に「解放区」の高い理想が象徴されています。

ところがこの祝祭的な高揚感の裏で、地域に不穏な空気が漂ってきます。自動車販売店に押し込み強盗が入り、カッターで襲い掛かる犯人をなんとか取り押さえたものの、なんど警察に電話しても誰も来なかったと報じられると、高級住宅街の住民のあいだに不安が広がります。

決定的なのは、その後、あいついで殺人事件が起きたことです。6月20日に発砲事件が発生したときは、駆けつけた警官が群衆によって阻まれ、高校を卒業したばかりの19歳の男性が死亡しました。翌21日には17歳の男性が銃撃され、22日には「解放区内でレイプが起きた」と警察が発表し、23日は30代の男性が銃撃によって負傷します。29日は4件の銃撃事件が起き、16歳の男性が死亡し、14歳が重体となりました。

“愛の夏”がたちまち暴力の連鎖に変わったことに驚愕した市長は占拠の即時終了を通告し、活動家のリーダーも自らに責任が及ぶのを恐れて撤退に同意します。「解放」が終わったキャピトルヒルを訪れた市長は、「ひとびとが家やアパートから出てきて、戻ってきた警察官に次々と感謝の言葉を述べた」と語りました。

このようにして、「現代の寓話」はわずか1カ月で終わりを告げたのです。

参考:”Free Food, Free Speech and Free of Police: Inside Seattle’s ‘Autonomous Zone’” New York Times Published June 11, 2020 Updated July 6, 2020
“Seattle Police Dismantle ‘Police-Free Zone’” The Wall Street Journal, July 1, 2020

『週刊プレイボーイ』2020年8月24日発売号 禁・無断転載

日本で安楽死が認められないのは、日本人が「愚か」だから 週刊プレイボーイ連載(441)

難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性が、ネットで知り合った医師2人から鎮静薬を投与され死亡した事件が波紋を広げています。主犯とされる医師はツイッターに「安楽死外来(仮)やりたいなあ」などと投稿する一方で、妻によると頻繁に「死にたい」と訴え自殺未遂もあったとされ、犯行の動機については不明な点が多いままです。

その一方ではっきりしているのは、ALSを患う女性が自らの意思で安楽死を望んだことです。彼女は(パソコンのスクリーン上のキーボードを視線の動きで感知する)視線入力でブログやSNSに自らの思いを投稿していましたが、そこには「惨めだ。こんな姿で生きたくないよ」「すごく辛い。早く楽になりたい」などの言葉が並んでいます。

報道によれば、女性はスイスの自殺ほう助団体の利用を考えたものの、付添人が刑事罰を科せられる可能性を知って断念し、SNSでやりとりするようになった医師に依頼し、報酬として130万円を支払ったとされます。

それにもかかわらず一部の論者は、「やまゆり園事件」を引き合いに出して、これを「優生学」と批判しています。知的障がい者施設で大量殺人を実行した男は、たしかに「重度・重複障がい者を育てることは莫大なお金・時間を失うことにつながる」などと主張し「生命の選別」を正当化しました。しかし今回の事件では、女性は報酬まで支払っているのですから同列に扱えないのは明らかです。

ヒトラーは「戦争は不治の病人を抹殺する絶好の機会である」と述べ、ナチスは知的・身体的・精神的な障がいのある国民を「安楽死施設」で組織的に殺害しました。1979年に元衆議院議員を中心に発足した日本安楽死協会が「末期医療の特別措置法案」の国会提出を目指したとき、「人権派」や身体障がい者団体は「ナチスの優生思想と同じ」と猛烈と批判しました。その結果、団体は法案提出を断念し「日本尊厳死協会」と改名して、「安らかな死」を求めるリビング・ウィルの普及を目指すようになります。

これ以降、日本では安楽死を議論することはタブーになり、それは40年以上経ったいまも変わりません。死の自己決定権について語ろうとすれば、即座に「優生学」のレッテルを貼られ公的空間から排斥されてしまうのです。

オランダやベルギーなどでは安楽死が条件付きで合法化されており、(ALSの女性が望んだように)栄養補給を止めて死に至らしめることを実質的に認めている国はもっと多いでしょう。ではなぜ、日本では議論すら許されないのか。

その理由はきわめて明快で、「日本人の民度が低いから」です。そのときに使われる定番の理屈は、「欧米と比べて同調圧力の強い日本で安楽死を認めれば、社会や家族の都合で生死が決められるようになる」です。これは、「日本人は愚かだから欧米と同じことをするのは無理だ」というのと同じです。

この論理がグロテスクなのは、愚かな日本人を「説教」する自分が特権的に優れていることを当然の前提にしているからです。よりよく死ぬことを求めたALSの女性は、リベラルの“知的優生学”と“自虐史観”の犠牲者でもあるのです。

『週刊プレイボーイ』2020年8月17日発売号 禁・無断転載