アメリカの「人種問題」は善と悪の対立では理解できない 週刊プレイボーイ連載(435)

アメリカ中西部のミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性が白人警官に暴行を受け死亡した事件をきっかけに、アメリカ全土で抗議行動が広がっています。新型コロナの感染拡大でアメリカ社会の矛盾が顕在化しましたが、そのすべてがこの混乱に象徴されています。

アメリカの雇用制度は不況時のレイオフを広く認めており、ニューヨークなど都市部のロックダウンによって失業率は戦後最悪の14.7%に達しました。とはいえ、すべてのひとが経済的な苦境にあるわけではありません。

今回は連邦政府による週600ドル(約6万4000円)の上乗せ支給があり、働くより解雇されて失業保険を申請した方が収入が増える逆転現象が起きています。その一方で以前と同じように働く場合は上乗せがなく、医療・介護だけでなく、警備やゴミ収集などの「不可欠な仕事」に就くマイノリティは経済的な見返りもなく感染リスクにさらされています。これが、黒人の新型コロナ死者数が10万人あたり54.6人と、白人(22.7人)の2倍以上になる理由のひとつとされます。

貧困層のなかには、失業保険の受給要件を満たさず、働く場所を失ったひとたちがたくさんいます。これが、抗議行動に乗じて略奪が起きる背景でしょう。アメリカの経済学者は、「黒人や白人といった人種を問わず、4000万人の失業者が激怒している。コロナ危機が暴動につながると想定していた」と述べています。感染症が拡大しはじめたとき、アメリカ各地で銃や弾薬が売れはじめたことが面白おかしく報じられましたが、表には出ないものの、これがアメリカ人(中流階級)の本音なのでしょう。

混乱に輪をかけたのは、トランプ大統領が、「アンティファ(アンチ・ファシズム)」なる極左組織が暴力行為を煽っていると主張していることです。実態は不明ながら、急進的な個人やグループのネットワークがあることは確かなようですが、話がさらにややこしくなるのは、トランプを支持する白人至上主義者が、アンティファをかたって暴動を扇動しているとの有力な証拠があることです。

肌の色による差別は世界のどこにでもありますが、隣国のカナダでは、黒人が警官によって殺され、暴動に発展するなどということは起きません。これはアメリカ社会がいまだに、奴隷制の負の歴史を克服できていないからだとされます。

アメリカでは「警察の不当な扱い」を経験する黒人が5人に1人にのぼるととされ、こうした主張はたしかに説得力がありますが、その一方で法律家・社会評論家のヘザー・マクドナルドは、ウォールストリートジャーナルへの寄稿(「組織的な警官の人種差別という神話」)で、「2019年の警察官による容疑者の射殺の4分の1は黒人だが、それは警官が武装している相手と遭遇する比率で説明できる。同年に武装していない黒人9人が射殺されたが、白人は19人だった。武装していない黒人が警官に射殺される比率より、警官が黒人に射殺される比率が18.5倍高い」とのデータを示しました。

11月の大統領選の思惑も含め、アメリカ社会ではさまざまな問題が「人種」を中心に重層的に絡み合っています。ひとつだけたしかなのは、誰もがそこから自分好みの「真実」を取り出しているということでしょう。

参考:日経新聞 2020年6月3日「米デモ拡大、三重苦が招く 人種差別・コロナ・失業、しわ寄せ黒人らに」
Wall Street Journal(June 2, 2020) “The Myth of Systemic Police Racism: Hold officers accountable who use excessive force. But there’s no evidence of widespread racial bias.”By Heather Mac Donald

『週刊プレイボーイ』2020年6月15日発売号 禁・無断転載

『女と男 なぜわかりあえないのか』あとがき

出版社の許可を得て、新刊『女と男 なぜわかりあえないのか』の「あとがき」を掲載します。

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日本でも世界でも「性愛」すなわちセックスと恋愛はひとびとの最大の関心事だ(感染症のような生命にかかわる危機を除けば)。しかしこのテーマは、小説や映画、マンガなどで情緒的に語られるだけで、これまで「科学」の俎上に載せられることがほとんどなかった。

ところが2‌0‌0‌0年代に入って状況は大きく変わり、アメリカやイギリスなどアングロスフィア(英語圏)の研究者(その多くが女性)を中心に、アカデミズムの世界でタブーとされてきた「性愛」の分野に果敢に切り込むものが増えてきた。

日本では不思議なことに、こうした研究はこれまでまったくといっていいほど紹介されてこなかった。それを残念に思っていたので、本書では彼ら/彼女たちの野心的な挑戦のなかから、私のような“素人”でも楽しめるものを集めてみた。もちろんすべてが正しいわけではなく、「ヒトの性愛」という複雑怪奇な現象を解明する長い道のりの記録だと思ってほしい。

理論的には重要だが、実験を面白く紹介できないものはあきらめざるをえなかったこともお断りしておく。たとえば、プレーリーハタネズミは「一夫一妻」で知られているが、乱婚のヤマハタネズミとは遺伝子がわずかしかちがわず、脳内ホルモン(神経伝達物質)であるバソプレッシンを遺伝子操作で変化させるだけで、好色なオスを純愛志向に(あるいは愛妻家を浮気者に)かんたんに変えることができる。

「男女の生物学的なちがい」は、アメリカでは保守派とリベラルの深刻なイデオロギー対立を引き起こしている。その背景にはさまざまなやっかいな事情があるのだろうが、ここでは「存在するものを存在しないと主張するのは無意味だ」と、「存在するものを過剰に強調してはならない」という中庸をとりたいと思う。リベラルな社会はLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)など性的マイノリティを受け入れ「多様性」を重んじるが、男と女のちがいは私たちの社会にゆたかな多様性をもたらしているのだ。

本書で紹介したさまざまな研究を振り返ってあらためて感じるのは、「男と女では性愛の戦略が大きく異なる」ということだ。誤解を恐れずにいうならば、男は「単純」で女は「複雑」だ。

これは性愛において、男は「競争する性」、女は「選択する性」として進化してきたことから説明できる。

男は精子をつくるコストがきわめて低いので、なんの制約もなければ、出会った女と片っ端からセックスすればいい。それを阻むのが他の男の存在で、ライバルを蹴落とし、男社会の階層(ヒエラルキー)をひたすら上っていくことが唯一の戦略になる。チンパンジーと同じく、ヒトの社会でも最高位に上り詰めた男がもっとも多くの(そして魅力的な)女の性愛を獲得できるのだ。

それに対して女は、子どもを産み育てるコストがきわめて大きいので、誰の子どもを産み、誰といっしょに育てるかを慎重に計算しなくてはならない。それと同時に、最大の脅威である「男の暴力」からいかにして身を守るかも考えなくてはならない。このようにして、生理の周期によって男の好みが変わったり、身体的に興奮しても脳は性的快感を感じないなどの複雑なシステムが進化したのだろう。

ここで問題になるのは、原理的に、「単純」なものは「複雑」なものを理解できないということだ。だからこそ、男にとって女は「永遠の謎」なのだろう。

しかし逆に、「複雑」なものなら「単純」なものを理解できるかもしれない。これが、しばしば女が男に合わせることになる理由だ……というのはやっぱりダメですか。

本書は『週刊文春』に2‌0‌1‌9年4月から2‌0‌2‌0年2月まで連載した「臆病者のための楽しい人生1‌0‌0年計画 性愛編」を一部加筆・訂正のうえまとめました。

2‌0‌2‌0年5月25日 橘 玲

性の基本は女、オスは「寄生虫」(『女と男 なぜわかりあえないのか』まえがき)

出版社の許可を得て、新刊『女と男 なぜわかりあえないのか』の「まえがき」を掲載します。発売日は明日ですが、すでに大手書店の店頭には並んでいるところもあるようです。この表紙を見かけたら手に取ってみてください。

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『女と男』というタイトルに「あざとい」というお𠮟りがあることはわかっているが、これにはふたつの理由がある。

ひとつは、「性の基本は女である」こと。受精卵を男の子にするのはY染色体のなかのSRY遺伝子(Y染色体性決定領域遺伝子)という微細なDNAで、受胎後5週目ごろから活動をはじめ、性腺を精巣につくり変える。6週目ごろには精巣からテストステロンなどの男性ホルモンが分泌され、未分化の性器結節からペニスが発達し、尿道ヒダが癒着して陰嚢になる。

では逆に、なにが受精卵を女の子にするのだろうか。そのこたえは「放っておけばいい」だ。

Y染色体を持っていても、SRY遺伝子が機能しないか、テストステロンの受容体が欠落している(AIS/アンドロゲン不応症候群)と、胎児は女性として成長する。外性器(ヴァギナ)も正常な女性と同じなので本人も親も気づかないが、思春期になっても初潮がないため、調べると子宮も卵巣もないことが判明する。

AISのひとはXY型(男)の性染色体を持つが、性自認(ジェンダー・アイデンティティ)は例外なく女だ。思春期には乳房がふくらみ、男性に性的魅力を感じ、多くは結婚して養子を迎え母親になる。唯一の特徴は男性並みに背が高いことで、スーパーモデルのなかにはAISを噂される者が何人もいるらしい。

聖書には、アダムの肋骨からイヴがつくられ、エデンの園で暮らすようになったと書いてある。だが生物学的にはこれは逆で、イヴ(メス)からアダム(オス)が分岐したのだ。

もうひとつの理由は、それにもかかわらず、これまでの心理学がずっと男を基本にしてきたことだ。

アメリカにおいてすら1‌9‌7‌0年代まで心理学者のほとんどは男で、男の被験者を対象に研究が行なわれていた。男女には生殖器以外なんのちがいもなく、女は「小さな(あるいは劣った)男」と見なされていたのだ。なぜなら、女は生理周期によって実験結果が変動し、“観察対象”として相応しくないから。

本書に登場する多くの女性研究者は、こうした「男性中心主義」に反発し、さまざまな実験によって「男と女はちがう」、すなわち「女は男の(劣化した)コピーではない」という科学的事実を証明してきた。

「男女平等」の世の中では、「男と女は同じでなければならない」とされている。これは一般に「政治的正しさ(Political Correctness/PC)」と呼ばれている。

これについての私の意見はシンプルで、「男と女は生物学的にちがっているが、平等の権利を持っている」になる。多様性を無視し、「同じ」でなければ人権は与えられないという考え方が差別的なのだ。

「一人ひとり個性があるのだから、性別という属性だけで相手を決めつけることはできない」という意見もあるだろう。これはたしかにそのとおりだが、だからといって「男らしさ」「女らしさ」が否定されるわけではない。

生得的な性差の研究に対して、「男女の遺伝的なちがいよりも、男集団や女集団の遺伝的なばらつきの方が大きい」との批判がある。どういうことなのか、これを「見える化」したのが下の図だ。

男らしさ/女らしさの分布

性染色体で男性(XY型)と女性(XX型)を分けると、それぞれの集団は正規分布している。これは「ベルカーブ」とも呼ばれていて、右に行くほど男らしく、左に行くほど女らしい。行動の性差はホルモンの強い影響を受けているから、テストステロン(男らしさ)とエストロゲン(女らしさ)のちがいともいえる。

男らしさ、女らしさは0と1のような二項対立ではなく、連続体として重なり合っている。性差というのは、定義上、「平均的な男」と「平均的な女」の統計的な差異のことだ。

その一方で、女集団には「男っぽい女性(右端)」から「女っぽい女性(左端)」まで、男集団にも「男っぽい男性(右端)」から「女っぽい男性(左端)」まで、さまざまな個性がある。「集団内のちがい(ベルカーブの幅)」の方が、「集団間のちがい(平均値の幅)」よりも大きいのだ。

ここまではきわめてまっとうな理屈だが、問題なのは、「だから男女の生物学的な性差など論じる意味がない」という奇妙な結論に飛びつくひとがいることだ。それも、ものすごくたくさん。

「男らしさ、女らしさは文化的・社会的につくられた」という立場が「社会構築主義」で、「男女に生得的な性差があったとしても、そのちがいはわずかだ」と強調する。これも間違いではないものの、そのわずかな性差に男女で一貫した傾向があった場合、それが累積して大きなちがいになる。

(全盛期の)イチローと実業団野球の最優秀選手を比べると、遠投能力にわずかなちがいしかなかったとしよう。これは「事実」だが、それを根拠に「イチローと実業団の選手の年俸が何百倍もちがうのは差別だ」と主張したとしたらどうだろう。ほとんどのひとは、荒唐無稽な話と笑い飛ばすか、頭のネジがどこか外れているのではないかと疑うだろう。

イチローと実業団野球の選手では、走力、俊敏性、集中力など、さまざまな能力で一貫した(わずかな)ちがいがある。それが累積して、何百倍もの年俸の差を正当化するだけのアスリートとしての大きな差が生まれるのだ。

男と女も同様に、空間把握能力、言語運用能力、共感力、攻撃性などに(わずかな)ちがいがあるが、その傾向は一貫しており、それが累積して、私たちが当たり前に受け入れている「男らしさ」「女らしさ」になる(1)。――ただしこれは、それらが社会的な影響を受けていることを否定するものではない。

理屈っぽい話はこのくらいにして、本書では男と女の性愛のちがいについて、誰でも楽しんで読める研究を選んで紹介した。「なるほど」とうなずくものもあれば、「そんなわけない」と怒り出す話もあるだろうが、そんなときは自分で確かめられるよう原論文を参照可能にしている。

ここまで読んで気づいた方もいるだろうが、タイトルは『女と男』でも、文章のうえでは「男と女」を使っている。内心、忸怩たるものはあるが、「女男差」「女男平等」はやはりおかしいので、社会構築主義者が批判する「男性中心主義」に屈することになった。

生物学的にいうならば、オスとメスによる両性生殖が進化したのは、グループ間で遺伝子を効率的に交換できるからだ。それぞれの個体に遺伝的多様性がないと、寄生虫、細菌、ウイルスに感染したときに種ごと絶滅してしまう。

そのように考えれば、オスの役割は(子孫を産む)メスに遺伝的な多様性を付加することしかない。神経科学者のサイモン・ルベイはここから、「オスはメスにとって寄生虫とさして変わりはない」と述べた(2)。

かくいう私も「寄生虫」の一匹なので、不手際をご容赦願いたい。

(1)Charles Murray(2020)Human Diversity: The Biology of Gender, Race, and Class, Twelve
(2)サイモン・ルベイ『脳が決める男と女 性の起源とジェンダー・アイデンティティ』文光堂