リベラルのきれいごとより力の行使なのか(週刊プレイボーイ連載665)

2023年10月にイスラーム原理主義の武装組織ハマスがガザ地区からイスラエルに侵入、乳幼児を含む1200人あまりが殺され、250人あまりを人質として連れ去りました。この衝撃的なテロを受けて欧米各国は相次いでイスラエルへの連帯と支持を表明し、人質の奪還とハマス壊滅を目的とするイスラエル軍の容赦なきガザへの攻撃が始まってからも、あくまでも「自衛」のためのもので民間人の被害は不幸なコラテラルダメージ(副次的被害)だとして目をつぶりました。

ガザ地区の徹底的な破壊と、子どもたちに多数の死傷者が出ていることが報じられると、欧米でもイスラエル批判の街頭行動が頻発するようになりますが、政府はそれに規制し、リベラルなメディアや知識人も「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることを恐れて黙認しました。

ところが2025年はじめに第2次停戦合意が破綻し、イスラエル軍が避難民の集まるガザ南部への攻撃を始めると、多くの女性と子どもたちが死亡し、人道支援物資を封鎖したことで病院が機能を失って飢餓が広がります。国連の人権理事会の調査委員会はこれをジェノサイドと認定しましたが、欧米のメディアはガザの惨状を積極的に報じようとはせず、政治家たちも口先ではイスラエルへの懸念を表明するようになったものの、この悲劇を止めるために具体的な行動を起こすわけではなく、ただ傍観するだけでした。

けっきょくガザの停戦を実現したのはトランプ政権で、すべての人質の返還、イスラエルに拘束されたパレスチナ人の解放、ガザ地区の非武装化など20項目でイスラエルとハマスが合意しました。これについては「イスラエルによるガザの恒久的支配」などの批判もありますが、すくなくとも多数の民間人が無残に殺されていくことはなくなりました。

2022年2月、ロシアがウクライナに軍事進攻すると、欧米諸国はロシアの戦争犯罪を強く批判し、大規模な経済制裁を実施しました。ところが予想に反して、中国やインドなどがロシア産の安い原油や天然ガスを積極的に購入する一方で、西ヨーロッパではエネルギー価格が高騰して不満が広がり、ポピュリスト政党が台頭して社会が不安定化します。それでもロシアと軍事衝突して「世界最終戦争」を引き起こすわけにはいかず、かといってロシアと取引する中国を経済制裁することもできないので、欧米の政治指導者たちの言動は徐々に口先だけのロシア批判になっていきます。

ここでも膠着状態の打開に動いたのはトランプ政権で、戦争を終わらせるにはプーチンの面子を立てるしかないとして、ウクライナに領土の割譲を含むきびしい条件を突きつけました。ウクライナ側の抵抗で当初案は修正されたようですが、ヨーロッパ諸国はトランプへの批判を控え、ウクライナが譲歩するならそれでかまわないという態度でした。

こうして見ると、きれいごとは現実の紛争を前にしてなんの役にも立ちませんでした。これではひとびとはますます「リベラル」に期待せず、問題を解決するのは「ディール」すなわち力の行使だと考えるようになるのではないでしょうか。

後記:ロシア・ウクライナ戦争の和平交渉は、ウクライナの主張を受けて修正されたアメリカの提案をロシアが拒否し、領土割譲を含む「根本的変更」を要求したことで、トランプ側は和平交渉からの離脱を示唆しています。

『週刊プレイボーイ』2025年12月8日発売号 禁・無断転載

フリーメーソンの陰謀論を信じた神の銀行家(前編)

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年11月公開の記事です。(一部改変)

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「この世界は闇の権力によって支配されている」という考え方を陰謀論という。陰謀論の“主役”としてよく挙げられるのがフリーメーソンやユダヤ人(シオン賢者の議定書)で、ときには悪魔や宇宙人のこともある。オウム真理教はアメリカのCIAとフリーメーソンによって攻撃されているとしてサリン製造を急いだ。

フリーメーソンはヨーロッパの結社のひとつで、「神とは理性のことである」とする理神論を奉じる啓蒙主義者によってつくられた(中世の石工を起源とするとの説もある)。フランスの三色旗「自由・平等・友愛」の友愛とは、地縁・血縁の伝統社会の人間関係ではなく、異なる階級のひとびとが同じ理想を掲げて戦う結社的友情のことだ。

フリーメーソンが秘密結社になったのは、革命運動のなかで王政からの弾圧を受けたためだ。近代革命が達成されるとメーソンの会員の多くが社会の主導的地位についたため、有名人クラブのようなものに変わっていった。

戦後日本でもダグラス・マッカーサーがフリーメーソンだったため、進駐軍の知遇を得ようと入会を希望する者が相次いだ。鳩山一郎はGHQによって公職追放されたあとにメーソンに入会し、追放解除を得て首相の座を獲得した。

数ある結社のなかで、なぜフリーメーソンだけが「陰謀」とともに語られるのだろうか。そこにはさまざまな理由があるだろうが、ひとびとに強烈な印象を残したのが1980年代にイタリア社会を震撼させたP2事件であることは間違いない。

この事件ではフリーメーソンのなかの“秘密結社”が陰謀の主役となっており、そのことが噂や憶測ではなく司法機関と議会の調査によって立証されたのだ。

P2事件の最大の疑惑は「法王暗殺」だが、それについてはすでに書いた。

バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち(前編)
バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち(後編)

ここではそれに次ぐ大事件となった“神の銀行家”ロベルト・カルヴィの変死とアンブロジャーノ銀行の倒産から、「陰謀論者の運命」について考えてみたい。

無数のクーデターやテロ計画が生まれては消える「陰謀論的世界」

戦後のイタリアは、世俗的な北部で共産党が勢力を伸ばし、それに対抗する保守派のキリスト教民主党は南部の伝統的な社会を地盤とした。そこはコーザ・ノストラ(マフィア)の支配する土地で、60年代になると政治家たちの腐敗は誰の目にも明らかになった。反戦平和を求める学生運動の影響もあり、選挙のたびに共産党は大きく票を伸ばすようになった。

1972年の選挙で、共産党はキリスト教民主党の38.8%に次ぐ27.2%の得票を獲得して第二党になった。76年の選挙では34.4%まで得票を伸ばし、38.7%のキリスト教民主党にあと一歩まで迫った。

こうした状況に強い危機感を抱いたのが右派の政治家と軍部、それにイタリアの共産化を阻止したいアメリカCIAとバチカンだった。バチカンにとってマルクス主義の無神論は「悪魔の思想」だが、イタリアに共産党政権が誕生する衝撃はたんなるイデオロギー問題ではすまなかった。ローマの一角にあるバチカンは生殺与奪の権をイタリア政府に握られており、イタリアはその気になればラテラノ条約で認めた「主権」を見直し、バチカンの財産に課税したり、政治や行政に介入することもできるのだ。 続きを読む →

首相の答弁に「覚悟」はあったのか?(週刊プレイボーイ連載664)

高市首相の国会答弁を機に日中関係が急速に悪化しています。そもそものきっかけは、立憲民主党の岡田克也氏が、「(総裁選で)台湾の海上封鎖が発生した場合、存立危機事態になるかもしれないと言っている。どういう場合に存立危機事態になるのか」と質問したことです。

これに対して高市氏は、「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置く」ための手段としてシーレーンの封鎖、武力行使、偽情報、サイバープロパガンダなどを具体的に挙げたうえで、「それがやはり戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースであると私は考える」と明言しました。

「高市応援団」は岡田氏に対して、「中国を怒らせるような答弁をするようわざと誘導した」と批判していますが、集団的自衛権の行使は日本の安全保障政策にとってきわめて重要なので、野党がこの質問をするのは当然です。高市氏は自分の言葉で答弁することに強いこだわりをもっているのですから、じゅうぶんな準備をしたうえで、覚悟をもってこたえたのでしょう。これを「だまされてうっかり失言した」と擁護するのは、首相を務める能力がないというのと同じです。

高市氏は国会での答弁に先立つ10月31日、韓国で行なわれたAPEC首脳会議で習近平国家主席と会談しています。ここからは推測ですが、この会談がなごやかな雰囲気で行なわれたことで、国内向けに多少強気の発言をしても、中国側の許容範囲と判断したのではないでしょうか。その後すぐに「特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む」と事実上の軌道修正を図ったのも、予定どおりだったかもしれません。

しかし中国の反応は、高市氏の予想をはるかに超えたものでした。そのうえ中国駐大阪総領事が「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」とSNSに投稿したことで、事態はさらに混迷していきます。――この投稿は、日中友好よりも共産党内での自分の出世を優先したと考えれば合理的な行動でしょう。

訪日自粛の呼びかけから水産物の輸入禁止へと、高市氏が発言を撤回するまで中国の「制裁(というか、いやがらせ)」はどこまでもヒートアップしていく気配です。ふつうはここまで相手の国から嫌われるようなことはしませんから、中国の過剰反応にはどこか不気味なものがあります。そうなると、「まともに相手にして、対立をエスカレートさせてもしかたない」という現実論が出てきます。

このようにして日本政府はなんとか中国をなだめようとして、外務省の高官を北京に派遣し、相手側のアジア局長から𠮟りつけられるような演出までされることになりました。この高官派遣も当然、高市氏の指示でしょうが、皮肉なのは、こうした対応がこれまで保守派がさんざん批判してきた「弱腰」「媚中」とほとんど区別がつかないことです。

そうなると、「アメリカとも中国ともうまくやっていた石破政権のほうがマシ」という話になってしまいます。いずれにせよ、高市氏の「覚悟」は来年の8月15日に明らかになるでしょうが。

参考「日中 見えぬ糸口」2025年11月19日朝日新聞

後記:高市首相は11月26日の党首討論で、立憲民主党の野田代表の質問に対し「私も(7日の国会の場で)具体的なことに言及したいとは思わなかった」と釈明、「具体的な事例を挙げて聞かれたので、その範囲で誠実に答えた」と述べたことに対しては、「まるで質問した立憲の岡田克也氏に非があるかのような言いぶりに、委員会室にはどよめきの声もあがった」と報じられました(「首相 矛先そらす」11月27日朝日新聞)

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