ベトナムで証券口座を解約したみた 出るのは難しいアリ地獄(日経ヴェリタス連載124回)

ベトナムのホーチミンにある証券会社に興味本位で口座をつくってみたのは2007年で、当時は日本人の顧客はほとんどおらず、若い女性の担当者と英語でやりとりした。

いまでも覚えているのは、手続きが終わったあとに彼女から、「日本の女性は30代になるまで出産しないというのは本当か?」と真顔で聞かれたことだ。ベトナムでも高学歴の女性のあいだで、キャリアと子育てのトレードオフが意識されるようになったのだ。

それからずいぶんたって、海外に行く機会も減ったので、口座を閉じることにした。以下はその顛末だ。

最初のトラブルは、口座開設時のパスポートの有効期限が切れていることだった。メールで担当者に問い合わせると、そのためにはパスポートの認証書類が2部必要で、代々木のベトナム大使館で認証手続きをする必要があるという。それならホーチミンを訪れたときにやればいいと思って、人民委員会に新しいパスポートと顔写真の入っているページのコピーをもっていった。

その役所はパスポート以外にもさまざまな行政書類の認証をしているようで、私以外はほとんどが地元のひとたちだった。ようやく順番が回ってきたと思ったら、顔写真のあるページだけでなく、白紙の部分も含め全ページのコピーが必要だという。

建物の中の売店にコピー機があるというので、そこに行くと、 コピーの出来上がりを待っていた女性が英語で親切にやり方を教えてくれた。日本円で350円ほど払ってパスポートの全ページを2部コピーし、もういちど戻って認証手続きをしてもらった。

担当者はパスポートと顔写真のページのコピーを確認してサインしただけで、そのあとは腱鞘炎なのか、手首にサポーターをした女性がすべてのページにスタンプを押した。ベトナムの行政システムは、いまもフランス統治時代の習慣を引き継いでいるかのようだ(所要時間は1時間半、認証手数料は約2300円)。

パスポートと認証されたコピーの束をもって証券会社に行き、上手な日本語を話す女性の担当者に、保有株を成り行きで売却して口座を解約し、資金を日本に送ってもらうよう依頼した。さまざまな書類にサインして、これですべて終わったはずだった。

ところが、それから1カ月してもなんの音沙汰もない。不思議に思ってメールしてみると、別の担当者が現われて、口座にある株式を売却するには、オンライン取引の口座を開設して、顧客が自分で取引しなければならないという。

そんな話は聞いてないと文句をいおうと思ったが、明らかに翻訳ソフトの文面で「わたしたちはなにもできない」と書いてあるので、時間の無駄だと思ってオンライン口座開設の必要書類とパスポートのコピー(今回は顔写真のページのみ)をEMS(国際スピード郵便)で郵送した。

オンライン口座はすぐにでき、単位株と端株はなんとか売却できたが、「一時的に取引が中止されている株」と売買が成立しない「取引待ち株」が残った。これを売却するには、オンライン画面を毎日チェックして、取引できるタイミングを待つしかないという。

とてもそんなことはやっていられないので、いまある資金だけでも日本に送金することにした。証券会社の預け金はいったん提携するベトナムの銀行に送られ、そこから海外送金されるのだという。

指示どおりに送金指示書や外貨売買取引確認書、パスポートのコピー(これで3回目の提出)をEMSで郵送したが、書類を受け取ったというメールのあと1カ月たってもなんの連絡もない。そこでまたメールしてみると、ちょうど銀行の手続きが完了したという。その翌週、日本の銀行から入金の案内があった(ここでもマネーロンダリング対策で資金の源泉を確認するため、ベトナムの証券会社の取引明細と源泉徴収票の提出を求められた)。

けっきょく、ホーチミンの証券会社を訪れて口座解約を依頼してから、資金が戻るまで4カ月かかった。入るときは簡単でも出るときは難しい蟻地獄みたいだと思ったものの、それでも口座のお金は無事に回収でき、それなりに興味深い経験になった。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.124『日経ヴェリタス』2025年11月4日号掲載
禁・無断転載

ルワンダのジェノサイドのあと、加害者と被害者は「和解」についてどう語ったのか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2019年5月にルワンダを旅したときの記事です。(一部改変)

Kigali Genocide Memorial(Alt-Invest.com)

******************************************************************************************

1994年4月、人口730万の東アフリカの小国ルワンダで、わずか100日のあいだに100万人以上が虐殺されるという大規模なジェノサイドが起きた。犠牲になったのは少数派(人口の15%)のツチ族で、加害者は多数派(同85%)のフツ族だ。

その3カ月後、隣国ウガンダから進軍したルワンダ愛国戦線(RPF/Rwandan Patriotic Front)が権力を掌握すると、報復を恐れたフツ族は西に向かって逃亡し、コンゴ民主共和国との国境にあるキブ湖北岸のゴマに巨大な難民キャンプをつくった。

欧米のメディアが、ジェノサイドの加害者である難民たちを犠牲者であるかのように報じ、それを利用して欧米の人道団体が、寄付集めのために「虐殺者」を積極的に支援した経緯については前回述べた。

参考:ルワンダのジェノサイドはどのようにして起きたのか?

新生ルワンダにとって、国境の向こうにある難民キャンプは重大な脅威だった。キャンプを支配していたのはフツの過激派で、難民たちにツチへの憎悪を植えつけると同時に、人道団体からの支援金を詐取するなどして武器を購入し、ルワンダ国内に侵入しては殺人・強奪を繰り返していたからだ。

1995年末時点で、ゴマにある4つの主要難民キャンプにはバー2324軒、レストラン450軒、ショップ590軒、美容室60軒、薬局50店舗、仕立屋30軒、肉屋25軒、鍛冶屋5軒、写真スタジオ4軒、映画館3軒、2軒のホテルと食肉解体場が1カ所あった。これらはすべて、人道団体の援助でつくられたものだ。働かずに安楽に暮らせるのなら難民たちはキャンプに定住し、半永久的にルワンダ国内へのテロが続くことになる。

そのためルワンダ軍はキャンプの撤収を指示し、15万人におよぶ難民を国内に移送させた。その背景には、ジェノサイドによる人口の激減で、荒れ果てた農地を耕す労働力が必要だったという事情もあるようだ。

こうして、多くの「虐殺者」がルワンダに帰還した。だがそこには、ジェノサイドを生き延びたサバイバー(生存者)が暮らしていた。 続きを読む →

日本の税制をハックし海外で暮らす若者たち(週刊プレイボーイ連載661)

イーロン・マスクの資産が一時5000億ドル(日本円で約75兆円)を超えたように、グローバル資本主義によって格差がとめどもなく拡大しているとされます。これは間違いではないものの、その一方で欧米や、日本をはじめとする東アジアでは、富裕層が急速に増えています。

プライベートバンクが毎年公表している富裕層レポートでは、2024年末時点で純資産100万ドル以上のミリオネアは全世界で約5200万人、そのうちアメリカが約2400万人と半数ちかくを占めています。次いで中国(633万人)、フランス(290万人)とつづき、日本は第4位で約273万人の億万長者がいます。

これらのミリオネアをみな世帯主として概算すると、アメリカではなんと5世帯に1世帯、日本でもおよそ20世帯に1世帯が純資産100万ドルを超えていることになります。富裕層の増加は主に先進諸国の都市部で地価が上昇したのが理由で、格差拡大が騒がれる一方で、わたしたちはとてつもなくゆたかな社会で暮らしているのです。

こうした「富の爆発」の象徴がビットコイン長者です。暗号とブロックチェーンのイノベーションを組み合わせたネットワーク上の通貨が登場したのは2009年1月で、翌年にはピザ2枚が1万ビットコインと交換されました。このピザの値段は、いまでは12億ドル(約1800億円)になっています。

このクリプト(暗号資産)に初期の頃から夢中になり、テクノロジーが社会を変えるという確信、あるいは国家が発行する通貨を忌避するリバタリアンの信念からその後も保有しつづけたひとは、短期間で大きな富を獲得しました。熱烈なビットコイン信者は「ビットコイナー」と呼ばれます。

日本では、株式・債券などの金融商品は分離課税で、配当や売却益に約20%の税を納めると課税が完結します。ところがビットコインなど暗号資産は金融商品と認められていないため、雑所得として総合課税され、その最高税率は地方税を含め最高55%です。

その一方で、金融商品でないことのメリットもあります。2015年の税制改正によって、国外に転出することで日本国の非居住者になり、なおかつ1億円相当以上の資産を保有している場合、その資産の含み益に所得税が課税されることになりましたが、暗号資産は課税対象の「資産」とは見なされないのです。

このようにしてビットコイン長者の若者たちが、不合理で理不尽な税制を嫌って日本を捨てるようになりました。いったん日本の非居住者になってしまえば、もはや日本国に税を納める必要はなくなるのです。

そんなビットコイナーの若者が東南アジアや中東のドバイなどで暮らしていることを知ってから、小説の題材にできないか考えはじめました。日本の税制を「ハック」して、一生使いきれないほどの富をもっていても、現地の言葉を話せない国で生きていくのは退屈でさびしいかもしれません。

そんな若者が「冒険」を求めたとき、なにが起きるのか。新作『HACK』(幻冬舎)ではそんな物語を書いてみました。書店で見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。

参考:Global Wealth Report 2025 (UBS Global Wealth Management)

『週刊プレイボーイ』2025年10月27日発売号 禁・無断転載