人生は「攻略」できる


新刊『人生は攻略できる』の「まえがき(人生は「攻略」できる)」を、出版社の許可を得て掲載します。

この本では、人生をロールプレイングゲームだと考えて、「君たちはこれからどう生きるか」を考える。――というと、「人生がゲームだなんて冗談じゃない」と怒られそうだ。これはもちろんそのとおりで、人生に必勝法があれば誰も苦労しないわけだから、そんなのはウソだとすぐにわかる。でも、人生とゲームがまったく似てないわけじゃない。

ゲームには世界観と攻略法がある。

ドラゴンクエスト(近頃はもっと人気のゲームがあるのだろうがよく知らない)をプレイするとき、そこがどんな国で、自分はどんなキャラで、ゲームの目的がお姫様の救出で、どうすればキャラのレベルを上げられるのかを知らなければ、そもそもスタートラインに立つことすらできない。これがゲームの世界観であり、基本的な約束事だ。

同じように、ぼくたちが生きているのがどのような世界で、人生の目標は何で、ゴールにたどり着くにはどうすればいいかがわからないなら、これからの長い年月(なんといっても「人生100年時代」なのだ)をいったいどうしたらいいか戸惑うばかりだろう。

ロールプレイングゲームにかぎらず、すべてのゲームには攻略法がある。「この場面ではこうすべきだ」という鉄則と、「これだけはやってはいけない」という禁止の組み合わせで、そのとおりやれば必ずうまくいくわけではないけど、それでもゲームを有利に進めることはできる。逆に、なにひとつ攻略法を知らなければいつまでたってもレベル1のままだろう。

その一方で、「成功の法則」だと信じられているものが、じつはぜんぜん役に立たないこともある。「強く願えば夢はかなう」というのもそのひとつだ。

アメリカで行なわれた心理実験では、ダイエット後のほっそりした姿を強く願った女性は、太った自分のイメージを思い浮かべた女性に比べて体重の減り方が少なかった。成績でAをもらうことを強く願った学生は、勉強時間が減って成績が落ちた。

なぜこんなことになるかというと、ヒトの脳は現実と想像を区別するのが苦手だからだ。夢の実現を強く願うと、君の脳はすでに望みのものを手に入れたと勘違いして、努力する代わりにリラックスしてしまうのだ。――それに対してきちんとした計画は効果があることがわかっている。

人生に必勝法はないけれど、ゲームと同じように、「こうした方がいいこと」と「やってはいけないこと」がある。これから説明するように「人生ゲーム」の鉄則はものすごくシンプルなものばかりだが、それを知っているかどうかで大きな格差が生じる。なぜなら、ちょっとした選択のちがいが、長い人生のなかでよい方にも悪い方にもどんどん膨らんでいくから。これが「フィードバック効果」で、とても大切なことなのであとで詳しく説明する。

最初にいっておかなければならないのは、いま「人生ゲーム」の約束事が大きく変わりつつあることだ。これは日本だけでなく世界的な現象で、「一生懸命勉強していい大学に入り、大きな会社に就職して定年までこつこつ働く」とか、「そういう男性と結婚して専業主婦になる」という、お父さんやお母さんの世代の必勝法はまったく役に立たなくなってしまった。そればかりか、古いやり方にこだわっているとどんどんヒドいことになる。

むかしの攻略法が使えなくなった理由は、テクノロジーがとんでもない勢いで進歩しているからだ。20年前はインターネットは生まれたばかりだったし、15年前はフェイスブックやツイッター、10年前はLINEやビットコインはなかった。AI(人工知能)が将棋や囲碁のトッププロに勝つようになったのはこの5年だ。これからもみんなが驚くような発明(イノベーション)が次々と出てきて、そのたびにゲームのルールは大きく書き換えられていくだろう。いましか使えない知識をどれだけ覚えても、あまり役に立たないのだ。

しかしそれでも、基本的なことはどんな時代になっても変わらないし、そればかりかますます重要になっていく。だからここでは、「1+1=2」のようなほんとうに大事なことだけを説明している。

こう書くと、「1と1を足せば2になるなんて当たり前じゃないか」と思うかしれないが、世の中には「1+1」が3だとか、場合によっては100になると信じているひとが(ものすごく)たくさんいる。そしてほとんどの場合、こういうひとは失敗してヒドい目にあうことになる。

人生というゲームのゴールは幸福になることだ。でも、なにが幸福かはひとによってちがう。君の夢はアイドルやサッカー選手になることかもしれないし、億万長者になることかもしれないし、好きなひととあたたかい家庭を持つことかもしれない。なにが幸福かは一人ひとりが決めることだから、そこに優劣はない。

それでも、ほとんどのひとが同意する幸福の定義はあるだろう。それをここでは2つにまとめよう。

(1) 好きなことを夢中でやって、いまが楽しい
(2) あとから振り返って「幸福だった」と思える

そしてこの2つはつながっている。好きなことに夢中になるのが「やりがい」で、それが積み重なると「生きがい」になり、それをあとから振り返って「幸福な人生」だと思うのだ。

家を建てるならちゃんとした土台が必要だ。どんなに立派に見えても土台がいい加減だと、大きな地震がくれば傾いたり倒れたりしてしまう。

それと同じく幸福な人生にも土台が必要で、それは次の3つだ。

(1)  お金(金融資本)
(2) 仕事(人的資本)
(3) 愛情・友情(社会資本)

幸福は、この3つの「資本」の上につくられる。もちろん、その組み合わせ方はひとによって異なるだろう。

貧しくても家族や友人に囲まれて幸福なひとはいるし、ひとり暮らしでもバリバリ働いて充実しているひともいる。仕事も愛情・友情もないけど、大金を持ってるからそれでじゅうぶん、というひとだっているかもしれない。でも、お金も、仕事も、愛情や友情も、どんな資本もないなら幸福になりようがない。これが「不幸」だ。

この本で書いてあるのは「幸福になる方法」ではなく、「幸福のための土台のつくり方」だ。その土台のうえにどんな素敵な家を建てるかは、君が決めることだ。

少子高齢化によって、これからの日本は高齢者がものすごく増えて、若者がどんどん少なくなっていく。これはふつう、「高齢者の年金や医療費で国の財政が破は綻たんしそうになって、そのしわ寄せで若者が割を食う」と説明される。たしかにそういうことはあるだろうが、もうひとつ大事なのは、「たくさんあるものは価値が低く、すこししかないものは価値が高い」という市場原理だ。

この「需要と供給の法則」によって、若い君たちの「市場価値」はこれからどんどん高くなっていく。人手不足が深刻化する日本では、大学を卒業すればほぼ全員が就職できるし、優秀な若者を大企業が奪い合うようになった。いまですらそうなのだから、君が社会に出る頃にはさらに価値が上がって、なんでも好きな仕事を選べるようになるだろう。

だとしたら、このチャンスを活かさない手はない。

「幸福の土台」を手に入れるために必要なのは、新しい時代のルールを理解して、大事なところで正しい選択をすることだけだ。これで人生は「攻略」できる。

『人生は攻略できる』発売のお知らせ


ポプラ社から『人生は攻略できる』が発売されます。サブタイトルは「君たちはこれからどう生きるか?」で、高校生から大学生、若いビジネスパーソンに向けて人生設計を語っています。『幸福の資本論』(ダイヤモンド社)の若者版でもあります。

発売日は3月7日(木)で、明日から書店に並び始めます。Amazonでも予約可能で、電子版も同時発売です。

1999年の『ゴミ投資家のための人生設計入門』(『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』として講談社+α文庫に収録)以来、「人生を合理的に設計し、経済的独立=自由を手に入れるにはどうすればいいか?」について述べてきましたが、私自身は、こういう考え方ができるようになったのは30代半ばでした。

人生は(もちろん)ロールプレイングゲームと同じではありませんが、「攻略法」がまったくないわけでもありません。仕事や人間関係、資産運用の基本的なルール(鉄則)を知っていれば、これから出会う人生のさまざまな場面できっと役に立つはずです。

『80’s(エイティーズ)』(太田出版)で書いたように、20代の頃は(本人的には必死でも)その場しのぎのバカなことの繰り返しで、それはそれでいま思えば楽しかったのですが、その後に気づいたことを最初から知っていたらどんな人生になっただろうという興味もありました。

10代や20代の若い読者にこの本を読んでいただければ、10年もするとその結果がわかるのではと楽しみにしています。たぶんうまくいくはずですが、人生の結末までは保証できません(悪しからず)。

 

SNSの「正義」はオルガスムと同じ? 週刊プレイボーイ連載(373)


最初は、たわいもない話でした。ロックバンドの女性が、親友だった男性ミュージシャンと絶交したとフェイスブックに書き込んだのです。

きっかけは、そのミュージシャンが知人の女性にひわいな写真を送りつけたとSNSで告発され、ライブ会場から出入り禁止になったことでした。バンドのメンバーは疑惑を否定しましたが、#MeToo(ミートゥー)運動で社会がセクハラにきびしくなっていることもあって、彼女は「ひとりの女性として、彼がしたすべてのことを拒絶する」と書きました。それはたちまち「炎上」へとつながり、ミュージシャンは仕事を失い、アパートを追い出され、別の街に引っ越さざるを得なくなって、人生は過酷なものになりました。

その後彼女は、ロックバンドのボーカルとして(すこし)有名になりました。すると突然、高校時代の出来事を蒸し返されて大炎上することになります。誰かが女子生徒のヌード写真をSNSにアップし、その写真に対して彼女が辛辣なコメントをしたというのです。

この「糾弾」はたちまちネットに広まり、彼女は音楽業界から出入り禁止になりました。友だちはみんな離れていき、なにもかも失った彼女は、この世界から消えてしまいたいと思ったといいます。

10年以上前の「ネットいじめ」を告発したのは若い男で、「彼女がつらい思いをしていることが気にならないのか」と訊かれ、こうこたえています。

「セックスでイッたときみたいに楽しかったよ。あいつのこと? どうだっていいよ。ヒドいことをしたんだから自業自得だろ。生きようが死のうが俺には関係ないね」

このようにいう男は、幼い頃から親に虐待されていました……。

立派なことをいうひとは世の中にたくさんいますが、「正義」にとって不都合な真実は、他人をバッシングすると脳内に快楽物質(ドーパミン)が出るようにヒトの脳が「設計」されていることです。脳の画像を撮影すると、復讐を考えたときに活性化する部位は、快楽を感じる部位ときわめて近いことがわかりました。道徳的な不正をはたらいた者を「糾弾」すると、セックスと同じような快楽が得られるのです。

さらに不都合なのは、匿名で道徳的な「糾弾」を執拗につづけるひとには「実生活の幸福感が低い」という共通する特徴があることです。仕事が充実していたり、恋人や家族から愛されていれば、こんなことで「自己実現」する理由がありません。バッシングによって「オルガスム」を得るより、ふつうにセックスしたほうがいいに決まっているのですから。

このようにして、「非モテ」や「インセル(非自発的な禁欲主義者)」などと呼ばれる集団内でお互いをディスったり、女性やLGBTのようなマイノリティを攻撃して気分よくなろうとする現象が起きました。「モテ(上層カースト)」に所属する男女は、こうした「炎上騒動」を困惑しつつも高見から見物しています。

ネットの効用は、誰でも自由に自分の意見を主張できるようになったことです。これは素晴らしいことですが、その代償として、世界じゅうで「糾弾」というドラッグを手放せない「正義依存症」のひとたちを大量に生み出したのです。

ちなみに、これはアメリカで実際に起きた話です。日本ではどうでしょうか?

参考:David Brooks“The Cruelty of Call-Out Culture  How not to do social change.”The New York Times Jan,14,2019

『週刊プレイボーイ』2019年2月25日発売号 禁・無断転載