ヒトの本性は利己的か、利他的か 週刊プレイボーイ連載(426)

生き物であるヒトにとって、もっとも根源的な欲望とはなんでしょう? それは「生きたい」です。

「生き死には神がお決めになるもの」と説教する宗教家や、「他人のために生きるべきだ」と語る篤志家もいるかもしれません。しかしひとたび感染症が蔓延すると、社会の表面を覆っていた薄いヴェールがはがされて「ヒトの本性」が露わになってきます。

「人間は“利己的な遺伝子”によって設計されている」という進化論の考え方は、「リベラル」なひとたちからずっと嫌われてきました。進化の頂点に立つ人間は、“動物”とはちがって、利他性という素晴らしい資質をもって生まれたというのです。

この「美しいお話」はとても人気がありますが、いま大きな挑戦を受けています。ヒトの本性が利他性なら、ドラッグストアの長蛇の列や、あっという間に空になってしまうスーパーの食品売り場をどう説明できるのでしょう。「買い占めをするとほんとうに必要なひとが買えなくなる」とどれほど「道徳」に訴えても、利他的な行動などどこからも現われず、ますます行列が長くなるだけです。

新型肺炎でわかったのは、「このままでは死んでしまう(かもしれない)」という圧力をほんのちょっとかけただけで、ひとの行動は激変するということです。それに対して、利他的な方向に行動を変えるのはきわめてむずかしい。なぜなら、ヒトの本性は利己性(自分さえよければ他人はどうでもいい)だから、という話になります。

利他性というのはおそらく、「平和でゆたかで安全」な世の中ではじめて可能になるものなのでしょう。幸福で、守られていて、経済的な不安がないときに、わたしたちはようやく「そういえばほかのひとはどうなんだろう?」と考えるようになるのです。逆にいえば、この条件がひとつでも欠けるとヴェールが裂けて、利己的な本性が前面に出てきます。

疫学的には、人口の7割程度が感染し抗体をもつことで自然に免疫を獲得する(集団免疫)か、ワクチンが開発されれば感染症は克服できます。とはいえ、集団免疫のレベルに達するまでには膨大な死者が予想され、ワクチン開発までには最短でも1年半かかるといわれています。

その間、生命を守りながら経済活動を再開するための方策として抗体検査が議論されています。血清検査で新型肺炎の免疫をもっていることがわかれば、感染のおそれはないのですから、免疫のないひとの代わりにハイリスクな仕事(医療や介護)をすることができます。こうして社会全体の感染リスクを下げれば、マスクなどの保護具を供給することで、抗体をもたないひとも仕事に復帰できるというのです。

よいアイデアのようですが、これがうまくいくには、ヒトの本性が利他的であることが前提になります。「抗体証明」をもつひとは稀少なので、あらゆる業種から高給で勧誘されるでしょう。そのときこのひとたちは、さして条件のよくない(社会的にも評価の低い)「汚れ仕事」をよろこんで引き受けるでしょうか。

抗体検査が実現したとき、わたしたちはヒトの本性がどのようなものか、あらためて見せつけられることになるかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2020年4月6日発売号 禁・無断転載

ひとは自分の行動を合理的に説明できるか? 週刊プレイボーイ連載(425)

神奈川県の知的障がい者施設で入所者ら45人が襲われ、19人が刺殺されるという衝撃的な事件の裁判(横浜地裁)で、元職員(30歳)の被告に求刑どおり死刑が言い渡されました。

新型肺炎のニュースに隠れてしまったものの、この裁判はマスコミ各社によって大きく扱われました。その報道には、はっきりとした共通性があります。それは、「犯行の理由が解明されていない」です。

このような結論に至るには、当然のことながら、「正しく裁判すれば被告の動機がわかるはずだ」との前提があります。しかし、これはほんとうなのでしょうか。すなわち、「ひとは自分の行動を合理的に説明できるのか?」という問題でもあります。

ルール違反をした子どもに対して、親や教師は「なんでそんなことをしたの!?」と問い詰めます。ちゃんと説明できる子もいれば、できない子もいるでしょう。なんと答えていいかわからず黙り込んでしまう子どもは、いつまでも許されずに、居残りとか外出禁止の罰を受けるかもしれません。

誰もが経験したことで当たり前と思うかもしれませんが、これは「自分の行動を合理的に説明できる子ども」と「合理的に説明できない子ども」がいるということです。しかし、ある子どもは意図的にルール違反をし、別の子どもはよくわからずにルールを破っているとしたら、罰せられるのは「合理的な理由でルール違反した」子どもであるべきです。

こんな奇妙なことになるのは、「行動には意図があるはずだ」という最初の前提がまちがっているからです。子どもたちはたいした理由もなくルールを破り、それが見つかって怒られたときに、自分の行動を言語化(説明)できる子どもとできない子どもがいるだけなのです。

ひとは本能的に、理解できないものを恐れます。「なんでそんなことをしたの!?」は教育やしつけのためではなく、「あなたの行動を理解できるように説明して私を安心させなさい」という命令です。だからこそ、言外の意味を的確に把握し、大人が納得する説明ができる言語的知能の高い子どもが許されるのです。

大量殺人事件の犯人に対しても、世間は同じように「合理的な説明」を求めます。なぜなら、そのような異常な行動を理由もなくする人間がいるという不安に、ほとんどのひとは耐えられないから。

そのような強い圧力にさらされれば、加害者はなんとかして「説明」を考え出そうするでしょう。それと同時に、すべての人間は自分の行動を正当化したいという強固なバイアスをもっています。とりわけ今回のような取り返しのつかない事件を起こしたなら、それが間違っていたことを認めるのは自分の「生きている意味」を全否定することになってしまうので、正当化の誘因はさらに強いものになるでしょう。

そのように考えれば、裁判での被告の態度はきわめて「合理的」です。どれほど問い詰めたところで、ひとびとが納得するような合理的な理由などそもそもないのですから。

『週刊プレイボーイ』2020年3月30日発売号 禁・無断転載

「買い占め問題」を解決する現実的な方法 週刊プレイボーイ連載(424)

新型肺炎の影響が世界的に拡大していますが、今回は社会問題になっているマスクの転売(高額販売)について考えてみましょう。

ドラッグストアで100円で売っているマスクを、5000円でネットで転売して暴利を得るのは「不道徳」そのものに思えます。しかしこれは同時に、5000円払ってもマスクを手に入れたい消費者がいることを示しています。

そんな切羽詰まったひとに対して、どんなアドバイスができるでしょうか。

すぐに思いつくのは、「マスクは少量でも入荷されるのだから、ドラッグストアに並べばいい」でしょう。しかし、朝10時の開店時間に行ってみると、そこにはすでに長蛇の列ができています。

もっと早くから並ぼうとしても、仕事の都合とか、子どもを保育園に送りに行くとか、老親の介護とか、その時間に店に行けない事情があるかもしれません。その場合はどうすればいいのでしょうか。こたえは、「あきらめなさい」しかありません。

買い占めという行為は、需要に対して供給が著しく少なく、かつ定額で販売されていることから起きます。本来はとんでもなく高額なはずの商品が格安で手に入るからこそ、真冬の朝6時から並ぶひとがいるのです。高齢者の多くは手に入れたマスクを部屋にため込むだけでしょうが、この価格差を利用してネットで売ると「高額転売」になります。

ここからわかるように、マスクのような希少商品の「定価販売」は早朝から行列できる「ヒマなひと」を優遇し、さまざまな事情でそんなことはとてもできない「多忙なひと」を差別しています。それに対して転売業者は、「お金のあるひと」を優遇して「お金のないひと」を差別します。

ここで強調したいのは、「時間による差別」が「お金による差別」より道徳的だとはいえない、ということです。貧しいひとが配慮されるべきだというなら、時間のないひとも同様に扱われるべきでしょう。

もうひとつ明らかなのは、「買い占めは控えてください」と政府がいくら「お願い」してもなんの効果もないことです。行列するひとの多くは「強欲」ではなく、「マスクがないと死んでしまう」という強い不安に駆られているのですから。

だったらどうすればいいのでしょうか。本来であればマイナンバーを利用して購入履歴を管理し、「1人1カ月20枚まで」などとルールを決めればいいのでしょうが、技術的には可能でもいまからではまったく間に合いません。

だったら、行政がマスクを買い上げて医療機関など必要なところに配布したのち、一般販売分は個数制限をつけて、それが売切れたら店頭価格を引き上げるようにしたらどうでしょう。タイムセールと同じで、最初は「(行列できる)ヒマなひと」が購入するでしょうが、価格が一定以上になると「お金のあるひと」が買えるようになります。これなら、「お金のないひと」も「時間のないひと」も平等になり、なおかつ転売業者が暴利をむさぼることもできません。

店頭価格を引き上げれば小売店は利益を手にすることになりますが、それを税金で回収して感染症対策の費用に充てればさらに一石二鳥でしょう。

【註】「お金も時間もないひとはどうするのか?」との疑問があるかもしれませんが、このひとたちはもともと(行列できないことで)マスクを入手できなかったのですから、値上げで購入できなくなっても不利益は発生しません。ただし、社会的弱者としてなんらかの救済措置を考える必要があるかもしれません。

参考:ウォルター・ブロック『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』ハヤカワ文庫NF

『週刊プレイボーイ』2020年3月23日発売号 禁・無断転載