欧米ネトウヨ事情 過激主義は「無理ゲー社会」への異議申立て

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2022年3月24日公開の「「白人至上主義」などすべての過激主義は「無理ゲー社会」への異議申立て」です(一部改変)。

Johnny Silvercloud/Shutterstock

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1999年公開の映画『マトリックス』に、主人公のネオが謎の組織の男モーフィアスから、ブルーピルかレッドピルかを選ぶよう迫られるシーンがある。モーフィアスはネオにいう。

「青い薬(ブルーピル)を飲めば、話はここで終わる。おまえはベッドで目覚め、あとは信じたいものを好きなように信じればいい。だが赤い薬(レッドピル)を飲めば、おまえはこの不思議の国にとどまるのだ。そのときは、私がこのウサギの穴がどれだけ深いか見せてやろう」

このシーンはその後、「レッドピリングする」という新語を生み出すほど有名になった。その意味は、「これまで隠されていた真実を知る」ことだ。

仏教(マインドフルネス)に魅了されたシリコンバレーのエリートは、瞑想体験を「レッドピル」と呼んだ。だがこの言葉は、いまや圧倒的に極右や陰謀論者のネットミームとして使われている。「世界はディープステイト(闇の政府)に支配されていて、トランプはそれと闘っている」というQアノンの陰謀論は、ネットで流通する「もうひとつの(オルタナ)真実」の典型だ。

ユリア・エブナーの『ゴーング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』(訳者 西川美樹/左右社)は、「レッドピリングした」若者たちのコミュニティに潜入した記録だ。エブナーはロンドンを拠点とするシンクタンク「戦略対話研究所(ISD: Institute for Strategic Dialogue)」の上席主任研究員で、オンラインの過激主義、偽情報、ヘイトスピーチなどを研究対象にしている。ISDは、暴力を引き起こすような過激主義(extremism)にどう対応するかを、政府や治安機関、フェイスブックなどSNSプラットフォーマーにアドバイスしている。

エブナーは1991年ウィーン生まれだから、この本を書いたときは20代だった。潜入対象は「ジハーディスト(イスラム聖戦主義者)、キリスト教原理主義者、白人ナショナリスト、陰謀論者、過激なミソジニスト」などだが、ここでは「白人至上主義」の組織を取り上げて、彼女がそこでなにを見たのかを紹介してみたい。

右翼のなかから現われた「目覚めた者」たち

“woke”は「目覚めた」の意味で、社会問題などに関心をもつ「意識高い系」を指す。”SJW(Social Justice Warrior)”は「社会正義の戦士」で、人種差別や性差別など、社会正義に反する(とされた)言動をした者をSNSで一斉にバッシングし、その社会的地位を抹消(キャンセル)する「キャンセルカルチャー」を主導している。

アメリカの右翼/保守派はこれまで、wokeやSJW、キャンセルカルチャーを「極左のテロリズム」としてはげしく批判してきた。ところがいまや、極右の若い白人たちのなかからwokeが現われた。彼らの世界観では、わたしたちは「グローバル・エスタブリッシュメントがつくった幻想の世界」のマトリックスにとらわれており、だからこそレッドピリングして「覚醒」しなければならないのだ。

左派(レフト)の大好きなポストモダン哲学では、真実は相対的なもので、どれが優先され、どれが劣後するかの基準はない。同様に、一世を風靡したアイデンティティ・ポリティクスでは、人種、ジェンダー、性的指向などすべての集団のアイデンティティを平等に尊重しなくてはならない。だがそうなると、白人至上主義者が唱える「真実」や「アイデンティティ」も等価に扱わなくてはならなくなる。こうして、左派のあいだに混乱が広がっている。

参考:「インターセクショナリティ(交差性)」はアイデンティティの迷宮

本書で最初に登場するのは、「MAtR」という白人至上主義者のチャットルームだ。ムッソリーニに影響を与えたイタリアの哲学者で、スピリチュアリズムとファシズムを融合させたとされるユリウス・エヴォラの著書『廃墟のなかの男たち(Men Among the Ruins)』の頭文字からとられたという。

「MAtR」に入るには審査が必要で、家系や年齢、性的志向、宗教や政治について訊かれたあと、自分の手か手首を撮影して管理者に送る。これは、入会希望者が間違いなく白人であることを確認するためだ。

無事に審査を通ると、そのチャットルームにいたのは、「秘境的ヒトラー主義」に関心がある20代前半のカナダ人、16歳の自称「リトアニアの国民社会主義者」、「完璧に無宗教で不可知論者」だというニュージーランド出身でアメリカで暮らす17歳の少女などだった。そんな参加者たちに共通するのは、遺伝学と生物学に強い関心があることだ。

「MAtR」のリーダーたちが目指すのは、「白人種の国家、つまりアーリア人種の国を築くこと」だ。この運動は、「北西アメリカ共和国(North West Republic)」として1990年代から始まっているという。

アメリカ北東部のメイン州、バーモント州、ニューハンプシャー州は白人比率が95%ちかく、都市部を除けば白人しかいない。これらの州から数少ない非白人を排除し、純粋な白人国家の樹立を目指す政治組織が「ノースウェスト・フロント(NWL: North West Front)」で、その「人種国家憲法」は次のよう規定する。

第4条 北西アメリカ共和国における居住権ならびに市民権は、ヨーロッパ諸国の由緒ある家系の混じり気のないコーカサス人種の人間に、完全にいついかなるときも限定されねばならず、彼らは知られるかぎり非白人の祖先を持たず、またその遺伝子構造に非白人のいかなる要素も認められないことが必要である。

第5条 一般にユダヤ人として知られる人種は、文化においても歴史的伝統においてもアジア的な人びとであり、白人とみなしたり、法のもとで白人種の地位を与えられたりすべきではない。いかなる状況においても、いかなるユダヤ人も、北西アメリカ共和国に入ることも居住することも許されるべきではない。

「純粋なアーリア」はイラン人や(北部)インド人

古代の遺跡から発掘された人骨のDNA解析が可能になったことで、ヒト(ホモ・サピエンス)の来歴が急速に解明されている。それによれば、「遺伝的に純粋な人種」などというものはそもそもあり得ない。

NWFの「人種国家憲法」は「知られるかぎり非白人の祖先を持たず」とするが、ヒトはチンパンジーやボノボとの共通祖先から進化した。「その遺伝子構造に非白人のいかなる要素も認められない」とあるが、現在では、わたしたちがネアンデルタール人やデニソワ人など旧人の遺伝子を保有していることがわかっている。

白人至上主義者が目指すのは「アーリア人種の国」だというが、アーリアはサンスクリット語で「高貴な」の意味で、紀元前1800年頃にインダス文明を滅ぼした民族の自称だ。彼らは中央アジアのステップ地帯から南下し、現在のイランやインド北部で先住民と置き換わった。その意味では、もっとも「アーリア」に近いのはイラン人や(北部)インド人だ。

そのアーリアがヨーロッパ系白人を指すようになったのは、植民地時代の人類学者らが、かつてコーカサス(カフカス)に住んでいたインド・ヨーロッパ語族が、南だけでなく西にも移動した「ヨーロッパ人の祖先」だと唱えたからだ。――ここから、白人のことを「コケイジャン(コーカサス出身者)」と呼ぶようになった。

当時のヨーロッパ中心主義では、南に下ったアーリアの「高貴な血」は汚されてしまったが、西へと向かった集団は純潔を保ち、だからこそ「白人」が「有色人種」を訓育するのだとされた。ナチスはこの偏見をさらに拡張し、もっとも純粋な「アーリアの血」を受け継いでいるのはドイツ民族で、世界を支配する運命を担っていると主張した。

現在の遺伝人類学では、インド・ヨーロッパ語の祖語を話していたのは、コーカサスの農耕民ではなく、黒海とカスピ海の北側に広がる広大なステップ地帯(ポントス・カスピ海草原)で暮らし、ヤムナヤと呼ばれる牧畜を主体とする文化を生み出した集団だと考えられている。彼らは車輪をつけた木枠を馬に引かせるというイノベーションを興し、それによって広範な地域に移動していった。

紀元前3600年~前2200年頃に、このヤムナヤの集団がヨーロッパに押しよせ、遺伝的な構成を大きく変えた。その影響は北ほど大きく、北欧などヨーロッパ北部は人口が完全に入れ替わったが、南欧はそれ以前の農耕民の遺伝的特徴がかなり残っている。現代のヨーロッパ人では、ステップ由来のゲノムの割合が大きいほど、身長が高くなっていることもわかった。この遺伝的構成のちがいが、北欧、中・東欧、南欧などの地理的区別に反映しているのだ(篠田謙一『人種の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』中公新書)。

ここからわかるように、現代のヨーロッパ白人の遺伝子を調べれば、そこにはヒトが長く暮らしたアフリカや、農耕民の移動とともに持ちこまれた中近東・アジア起源のものなど、多様な遺伝子が見つかることになる。白人至上主義者が遺伝子検査をしても、彼らが望むような「純粋性」が証明できるわけはない。

右翼の過激主義者は遺伝学に執着するが、その期待は常に裏切られる。すると、遺伝子検査自体が「陰謀」と見なされるようになる。エブナーによれば、いまや「遺伝子検査は「シオニスト占領政府」、通称「ZOG」によって故意に歪められており、それは白人種を一掃する彼らの計画の一端」とされているらしい。

新たな陰謀論「大いなる交代」理論とは?

白人の「過激主義者」は、なぜこれほどまでに遺伝にこだわるのだろうか。それは、自分が「白人」だということ以外に誇るものがないからだろう。だとしたら彼らは白人至上主義者というより、「白人アイデンティティ主義者」だ。――同様に日本のネトウヨは、自分が「日本人」ということ以外に誇るもののない「日本人アイデンティティ主義者」だ。

このことがよくわかるのが、「ジェネレーション・アイデンティティ(GI)」と名乗るヨーロッパの極右組織があることだ。そのメンバーは、「アイデンティタリアン」と呼ばれている。

2002年にフランスのナショナリストが、反シオニスト(反ユダヤ)と民族ボルシェヴィキ(ファシズムとレーニン主義の思想的融合)を掲げる「ブロック・インドティテール」という右翼団体を設立した。GIは2012年にその青年組織として結成され、オーストリア、ドイツ、イタリアをはじめヨーロッパ諸国に急速に拡大しはじめた。エブナーは、「今日、GIはアメリカのオルトライトのヨーロッパ版になり、ヨーロッパとアメリカの極右の架け橋になっている」と述べる。

とはいえ、GIのリーダーたちはネオナチとは距離を置き、「ヨーロッパの文化的・民族的アイデンティティを守りたい」だけだと穏健な主張をしている。「GIは白人種が他人種より優れているとは宣言しない。むしろ異なる人種をおのおののために分離しておくことの重要性を訴えたほうがいい」とされ、「人種分離」の代わりに「民族多元主義」という用語が使われる。これは、リベラルが唱える「プルーラリズム(多元主義)」を換骨奪胎したものだ。

ヨーロッパの極右に共通するキーワードは、「大いなる交代(the Great Replacement)」だ。2011年にフランスの白人ナショナリスト作家ルノー・カミュが出版した書籍のタイトルで、その後、急速に人口に膾炙した。

「大いなる交代」というのは、ヨーロッパの人口構成が白人から「イスラームの有色人種」に徐々に変わっていくことだ。フランスの著名な作家ミシェル・ウエルベックの『服従』(河出文庫)では、2022年(今年)の大統領選で、移民排斥を唱える国民連合のマリーヌ・ルペンと「イスラーム同胞党」の代表が決選投票に進む世界が描かれる。この背景にあるのも「大いなる交代」で、「西洋=白人世界はこのまま没落していく」というある種の虚無感が知識人のあいだで広がっているのだろう。

GIのような過激主義者はこの「西洋の没落」を政治活動のエネルギーに変えて、「白人のジェノサイド」を阻止しようとしている。西欧の文化や伝統が「徐々に乗っ取られていく」元凶は、「移民」「人工中絶」「同性愛」だとされる。「生粋のヨーロッパ人の出生率を下げている中絶賛成およびLGBT支持の法律と、少数民族が「戦略的大繁殖」に励むことを許す移民歓迎政策が組み合わさった」結果、白人はいまや“絶滅危惧種”になってしまったのだ。

こうした主張は突飛に感じられるかもしれないが、今年4月に行なわれるフランス大統領選では、有力候補のマリーヌ・ルペンや政治評論家エリック・ゼムールが「大いなる交代」の危機を煽って支持を獲得している。さらには大西洋を渡って、人口構成で白人が少数派になりつつあるアメリカでも「大いなる交代」が現実のものと受け止められ、2016年にはトランプ大統領誕生の原動力になった。

GIの活動でもうひとつ興味深いのは、新人の活動にゲームを取り入れていることだ。ソーシャルゲームのように、「ほかの愛国者(ペイトリオット)とつながればポイントが獲得できて、自分のランクも上がっていく」。エブナーはこれを、「極右のゲーミフィケーション」と呼んでいる。

日本も同じだろうが、ネット上での政治運動(らしきもの)は、世界中でますますサブカル化しているのだろう。

すべての過激主義は「無理ゲー社会」への異議申立て

『マトリックス』と並んで白人の過激主義者に人気の映画が、同じ1999年に公開された『ファイトクラブ』だ。ある白人至上主義のネットメディアの編集長は、「疎外された多くの若い白人男性に対するわれわれの信条は、あの深い苦悩を伝える映画『ファイトクラブ』に要約されていると言っていい」と、次の台詞を引用している。

俺たちは歴史の真ん中の子ども(ミドルチルドレン)なのさ。目的もなければ居場所もない。世界大戦も大恐慌も経験していない。俺たちの大戦とは精神的な戦争なんだ(…)俺たちの恐慌とは俺たちの人生そのものだ。俺たちはみんな、テレビでこう信じるように言われて育った。いつの日か、みんな億万長者に、映画の神様に、ロックスターになれるのだと。けどそうはならない。その事実に俺たちはゆっくりと気づいていくのさ。そして心の底からムカついてくるんだ。

私は『無理ゲー社会』(小学館新書)で、知識社会が高度化するにつれて社会的・経済的な成功に必要な知能・学歴・スキルなどのハードルが上がっていき、「攻略不可能なゲーム」の世界に放り込まれたと感じる若者が増えているのではないかと論じた。本書に登場する白人至上主義者、イスラームのジハーディスト、Qアノンの陰謀論者たちだけでなく、左派(レフト)のSJW(社会正義の戦士)も含め、すべての過激主義はこの「無理ゲー社会」への異議申立てなのだろう。

そんな彼ら/彼女たちが求めているものはなんだろう。ここではエブナーの次の一説を引用しよう。

インターネットと新たなテクノロジーのおかげで、新人勧誘ははるかに容易になった――アウトリーチをさらに拡大し、ブランドを整備し、入会審査をゲーミフィケーションすることができる。しかも過激主義者のネットワークに入るには、多くの経路がある。イデオロギー上の理由から参加する者もいれば、最初に入ったときは政治にまったく関心のなかった者もいる。ときに彼らのいちばんのインセンティブが、排他的コミュニティ、要はクールなカルチャーの一員になることだったりもする。けれど新メンバーのあいだで繰り返し顔を出すテーマとは、「アイデンティティ」――自己イメージの悩み、折れた自尊心――なのだ。

若者たちは「レッドピリング」によって、自分に合った「それぞれの真実」に目覚めていく。「レッドピリングが急進化を婉曲にあらわすとするならば、インターネットはあらかたレッドピル工場と化している」とエブナーはいう。

マトリックス・シリーズの最新作はキリストの復活や最後の審判を意味する『レザレクションズresurrections』と名づけられた。「レッドピル」が極右、陰謀論者、白人至上主義者のミームとなった現実に、監督のラナ・ウォシャウスキーはこの映画でなんらかの応答をするのではないかと期待していたのだが、長いエンドロールのあとに出てきたのは猫の動画をゲームクリエーターたちが眺める場面で、「(マトリックスではなく)キャトリックスにすればよかった」というがっかりさせる落ちになっていた。

ハリウッド映画であれば、社会の最下層に落ちてしまった(と感じている)白人の絶望と怒りを描いた2019年の『ジョーカー』や、陰謀論者(リドラー)がSNSを使って武装民兵を動員する、連邦議会議事堂襲撃事件を思わせる場面が出てくる『THE BATMAN-ザ・バットマン-』が、『ファイトクラブ』や『マトリックス』(第1作)の正統な後継作ということになるだろう。

禁・無断転載

世界の終末を恐れる億万長者たち

新刊『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』の冒頭にする予定で書いて、「やっぱりちょっとちがうかな」と思って削った文章を(もったいないので)アップします。世界の終末を恐れるプレッパー(準備する者)であることは共通しますが、ここに登場する億万長者は投資家で、テクノロジーには疎そうなので。

橘玲『テクノ・リバタリアン』文春新書

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ダグラス・ラシュコフの肩書をひとつに決めることは難しいが、あえていうならば「サイバーカルチャーの専門家」だろうか。1961年にニューヨークに生まれ、プリンストン大学を卒業後、西海岸に移ってカリフォルニア芸術大学で演出を学んだラシュコフは、早くからインターネットの可能性に魅了され、サンフランシスコのレイヴカルチャーを紹介し、晩年のティモシー・リアリーと交流してテクノ・ユートピア論を唱えたものの、やがて商業化されたサイバースペースに幻滅し、距離を置くようになった。

そのラシュコフが、(アリゾナかニューメキシコだと思われる)どこかの「超豪華なリゾート」に招待され、講演を依頼されたときの興味深い体験を書いている。講演料は、「公立大学教授としての私の年収の約3分の1に達するほど」だった(1) 。

ビジネスクラスで指定の空港に着くと、そこにリムジンが待っていたが、目的地のリゾートまではさらに砂漠のなかを3時間もかかる。忙しい金持ちが会議のためにこんな辺鄙(へんぴ)なところまでやってくるのかと不思議に思っていると、高速道路に平行してつくられた飛行場に小型ジェットが着陸するのが見えた。

ようやくたどり着いたのは、「何もない土地の真ん中にあるスパ&リゾート」だった。砂漠の果てしない景色を背景に現代的な石とガラスの建物が点在し、専用の露天風呂がついた個人用「パビリオン」まで行くのに地図を見なければならなかった。

翌朝、ゴルフカートで会議場に連れて行かれると、控室でコーヒーを飲みながら待つようにいわれた。ラシュコフは聴衆の前で講演するのだと思っていたのだが、そこに5人の男たちが入ってきた。全員がIT投資やヘッジファンドで財をなした超富裕層で、そのうち2人は資産が10億ドル(約1500億円)を超えるビリオネアだった。

男たちはラシュコフに、投資するならビットコインかイーサリアムか、仮想現実か拡張現実か、あるいは量子コンピュータを最初に実現するのは中国かGoogleかなどと質問したが、あまり理解できていないようだった。そこで詳しく説明しようとすると、それを遮って、本当に関心のあることに話題を変えた。

大富豪たちがテクノロジーの専門家をわざわざ呼んでまで知りたかったことは、「移住するべきなのはニュージーランドか、アラスカか? どちらの地域が、来たるべき気候危機で受ける影響が少ないのか?」だった。

「気候変動と細菌戦争では、どちらがより大きい脅威なのか? 外部からの支援なしに生存できるようにするには、どの程度の期間を想定しておくべきか? シェルターには、独自の空気供給源が必要か? 地下水が汚染される可能性はどの程度か?」などの質問もあった。

最後に、自分専用の地下防空壕がまもなく完成するという男が、「事件発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうすればよいでしょうか」と訊いた。

警備隊が必要なのは、核戦争や致死性ウイルスの蔓延のような「事件」が起きたあと、飢餓に陥った群衆がゾンビの群れのように、自分の敷地に押し寄せてくると考えているからだ。

だが警備隊を常駐させたとしても、大富豪は安心できない。外は死の世界だが、シェルターには大量の食料と石油が備蓄されている。だったら警備員たちは、雇い主である大富豪をさっさと始末して、それを自分たちのものにしてしまうだろう。

反乱を防ぐために大富豪が考えたのは、食料倉庫に自分だけが開く方法を知っている特別なダイヤル錠を設置することだった。たしかにこれなら反乱を起こしても警備隊は食料を手に入れられないが、たんに「殺されない」ことの保証にしかならない。

そこで、警備員に「しつけ首輪」のようなものを装着させる(ボタンを押すと電流が流れてのたうち回るような装置を想定しているのだろう)とか、警備員や作業員をすべてロボットにするなどのアイデアも出たという……。

アメリカには、黙示録的な世界の終末を信じるカルトがいる。彼らが「サバイバリスト」と呼ばれるのは、「世界の終わり」を生き延びればキリストの再臨に立ち会い、自分たちだけに天国への扉が開かれると信じているからだ。

「ドゥームズデイ・カルト(Doomsday Cult)」とも呼ばれるサバイバリストは、政府は陰謀組織(ディープステイト)によって支配されていると信じているので、医療や社会保障のようないっさいの公共サービスと納税を拒否し、子どもを学校に通わせようともしない (2)。

自給自足の貧しい暮らしをするサバイバリストは、ビリオネアとすべての面で対極にあるが、ラシュコフは自分を呼びつけた大富豪たちの頭のなかが、終末論を信じるカルトと同じであることを思い知らされたのだ。

(1)ダグラス・ラシュコフ『デジタル生存競争 誰が生き残るのか』堺屋七左衛門訳/ボイジャー
(2)タラ・ウェストーバー『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』村井理子訳/ハヤカワ文庫NF

橘玲『テクノ・リバタリアン』文春新書

「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人

新刊『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)の「あとがき 「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人」を出版社の許可を得て掲載します。本日発売です(電子書籍Audibleも同日発売です)書店さんで見かけたら手に取ってみてください)。

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オーストラリア人の若者に「日本では新卒で入った会社に定年まで勤めることが理想とされている」と話したら、“Scary(おぞましい)” といわれたことがある。このとき私は、日本人が「自由」を恐れていることに気づいた。

終身雇用とは、選択(転職)の自由を手放すことで、将来の予測可能性(安心感)を高める制度だ。家族的経営はまずアメリカで広まり、第二次世界大戦後に日本がそれを導入したが、本家のアメリカは1970年代には一定のルールのもとで解雇を認めるジョブ型雇用にシフトした。

この働き方がグローバルスタンダードになったことで、欧米ではそのときどきの状況によって会社を移るのが当たり前になった(「キャリアアップ」の本来の意味は、転職によってキャリアを構築していくことだ)。そんな国から来た若者にとっては、新卒一括採用や終身雇用は「会社という牢獄」に40年も閉じ込められること以外のなにものでもないのだ。

すでに広く知られるようになったが、OECDをはじめとするあらゆる国際調査で日本
の労働者のエンゲージメント(仕事への熱意)はものすごく低い。その結果をわかりやすくいうなら、「日本のサラリーマンは世界でもっとも仕事が嫌いで、会社を憎んでいる」のだ。

だがこれは、驚くべきことでもなんでもない。好きでもない仕事をやらされ、出世の展望は早々に絶たれ、それにもかかわらず転職もできない(日本には労働市場の流動性がないので、転職すると給与が下がるし、シニアに対してはそもそも求人がない)。こんな「罰ゲーム」を何十年もやらされるなら、会社を憎まないほうがどうかしている。

日本の会社は新卒で入社した社員が40年間もつき合うことを前提としているので、年次の異なる者の序列と、同期の平等がきわめて重要になる。

年功序列とは、年次が下の者(後輩)が、年次が上の者(先輩)の役職を超えてはならないというルールだ。若い正社員が年長の非正規社員の上司になることは許されても、正社員同士だと年次の逆転は大問題になる。

それと同時に、同じメンバーと長期にわたる人間関係を維持するには、同期のなかでの平等が重要になる。そのためには、昇進・昇給は最初のうちは一律に行ない、できるだけ不満が出ないように社員の選別を進めるという、きわめて難度の高い人事施策が必要になるだろう。日本の会社で人事部が中枢を占めているのは、独自の“職人芸”によって、いまや世界では日本にしか存在しない雇用慣行を維持するためなのだ。

「みんなが(表面的には)平等」な社会では、能力の格差を暴くことは最大のタブーになる。成果報酬の導入が激しい抵抗を引き起こしたのは、社員の成果(能力)を客観的に評価すれば、これまで隠してきた真実(年次が下の社員が、年上の社員よりずっと大きな成果を上げている)が可視化されてしまうからだろう。

日本の会社で合理化・効率化が嫌われるのは、リストラの道具になるからというよりも、これまで安住してきたウェットで差別的な人間関係(日本ではこれが“理想の共同体”とされる)が破壊されてしまうからだ。その結果、日本では右も左も「グローバル資本主義の陰謀から日本的雇用を守れ」と大合唱することになった。

「自由」を恐れ、「合理性」を憎んでいる社会では、リバタリアニズムや功利主義が受け入れられるわけがない。日本ではヨーロッパ哲学やフランス現代思想(ポストモダン)については数え切れないほどの本が出ているが、リバタリアニズムは無視されるか、アメリカに特有の奇妙な信念(トランプ支持者の陰謀論)として切り捨てられている(1)。

だがリバタリアニズムは、いまや指数関数的に高度化するテクノロジーと結びつき、世界を変える唯一の思想=テクノ・リバタリアニズムへと“進化”している。ところが日本の偏った言論空間に囚われていると、イーロン・マスクやピーター・ティール、あるいはオープンAIのサム・アルトマンやイーサリアムのヴィタリック・ブテリンがリバタリアンであることの意味がまったくわからない。

私はずっと、この極端な不均衡を正したいと思っていた。本書が、いま世界で起きている「とてつもない変化」について読者の理解に資することを願っている。

2024年3月 橘 玲

(1)リバタリアニズムの紹介は、法哲学者の森村進氏(『自由はどこまで可能か リバタリアニズム入門』講談社現代新書)や経済学者の蔵研也氏(『リバタリアン宣言』朝日新書)などがわずかに気を吐いているだけだ。

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