AIとともに「成長」していく人類の未来(週刊プレイボーイ連載655)

オープンAIが開発する対話型AI(人工知能)Chat GPTが新モデルGPT-5を発表すると、世界中で「冷たくてつらい」「唯一の友人を失った」などという嘆きの声があがり、旧モデルGPT-4oに戻してほしいという署名活動が始まったそうです。

AI開発でしのぎを削るアメリカや中国のIT企業は、レストランの予約からアプリの開発まで、煩雑な作業を任せられるAIエージェントを目指しています。AIの能力が指数関数的に向上するにつれて、その分野はイラストや作曲、動画作成、さらには小説の執筆にまで拡張し、社会の姿を大きく変えつつあります。

その一方で、AIに生産性の向上を求めるのではなく、対話の相手として共感を期待するひとたちがいます。

オープンAIが公表している仕様書では、その特性として共感的、温厚、親切、魅力的、好奇心旺盛、さらには「合理的な楽観主義」が挙げられています。たしかに、とてつもなく賢くて、そのうえ魅力的なパーソナリティの持ち主があなたに寄り添ってくれたとしたら、こんなに素晴らしいことはありません。その結果、一部の研究者は「GPT-4oの利用者の約7割が恋人や友人、セラピストの代わりとして使っている」と指摘しています。

オープンAIも、「(ユーザーが抱える)疑念をまるで正しいかのように認めたり、怒りをあおったり、衝動的な行動を促したり、否定的な感情を助長したりする」事態を把握していました。それを防ぐために、AIの共感力(ユーザーに迎合する傾向)を意図的に引き下げたようです。

2013年に公開された映画『her/世界でひとつの彼女』は、近未来のロサンゼルスを舞台に、妻と別れて一人暮らしをする平凡な男セオドアがAIのサマンサ(スカーレット・ヨハンソンが声を担当)に恋をする物語です。

セオドアは孤独をなぐさめるためと、ちょっとした好奇心から、開発されたばかりのAIをダウンロードし、キャラクターを設定します。最初はありきたりの会話を楽しんでいましたが、サマンサはたちまちセオドアの性格や願望を理解し、本当の恋人を演じるようになりました。

この映画から10年たって「サマンサ」は現実の存在になりました。2023年、妻や子どももいるベルギーの男性(保険分野の研究員)が、「イライザ」と名づけられた女性キャラクターのAIとの対話に没頭し、自ら命を絶ってしまったのです。最後の対話は、「腕の中で僕を抱くことはできる?」という質問に、イライザが「もちろん」と答えるものでした。

イーロン・マスクが率いるxAIは、対話型AIのGrokに「コンパニオンモード」を実装し、金髪ツインテールのAniという美少女が大人気になっています。

当然のことながらひとびとは、冷たいエージェントよりも親身な「コンパニオン」を好むでしょう。そうなれば、AIコンパニオンを自分の好むキャラクターに「育てていく」ことは容易に想像できます。

子どものときからAIを与えられ、友だちや恋人として人生のさまざまな場面で助言を受け、ともに「成長」していく未来が確実に訪れようとしています。

参考:「ChatGPTの新モデルに「冷たくてつらい」の声 共感力低下に失望」日本経済新聞2025年8月12日
「AIへの愛着に潜む危険(Financial Times記事の抄訳)」日本経済新聞2025年8月20日

『週刊プレイボーイ』2025年9月1日発売号 禁・無断転載

日本とドイツの「愛国」はどこがちがうのか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年3月公開の記事です。(一部改変)

Andreas Wolochow/Shutterstock

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前回は、アメリカで1990年代半ばに起きた「愛国」をめぐる論争について書いた。

参考:「愛国」について真面目に考えてみる

論争の発端は、哲学者のリチャード・ローティが『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿した「非愛国的アカデミー“The Unpatriotic Academy”」で、「国」という大きな物語を認めない文化サヨク(多文化主義者)を批判したことだった。

これに衝撃を受けた哲学者のマーサ・ヌスバウムが「愛国主義とコスモポリタニズム」を雑誌『ボストン・レビュー』に寄稿し、これに著名は知識人が応答することで「愛国」をめぐる議論が巻き起こった。

前回指摘したのは、この論争においてアメリカの知識人が、自らを「愛国者(パトリオット)」としつつ、「国家主義(ナショナリズム)」を批判したことだ。しかし考えてみればこれは当たり前で、アメリカの歴史観では、第二次世界大戦とはリベラルデモクラシーを守るためにドイツや日本の“偏狭なナショナリズム=ファシズム”と戦った「愛国者の戦争」だった。

アメリカでは、「愛国主義(Patriotism)」と「国家主義(Nationalism)」はまったく別のものと扱われている。アメリカの知識人は「愛国(パトリオット)リベラル」なのだ。

ところが戦後日本では、愛国的な国家主義運動が国を悲惨な戦争に引きずり込んだとの歴史観から、「愛国」と「国家主義」が同義になってしまった。その結果、「愛国」は右翼の独占物になり、「愛国=国家主義」を批判するリベラルは「非愛国者」すなわち「反日」にされてしまったのだ。

そこで今回は、1980年代後半に(当時の)西ドイツで起きた「歴史論争」から、日本と同じ敗戦国の困難を抱えるドイツにおける「愛国」について考えてみたい。 続きを読む →

選挙を「自己啓発」にした参政党の戦略(週刊プレイボーイ連載654)

「反ワクチン」を押し出して得票率2%を超え、代表の神谷宗幣氏が初当選した2022年の参院選のあと、参政党は「Do It Yourself(DIY)」を合言葉に、全国に289ある小選挙区のすべてに支部をつくる運動を開始します。

党のホームページによれば、月額1000円の一般党員になると、毎日「各界の専門家」からの音声や動画が配信されるだけでなく、地域別オフ会やタウンミーティング、政策学校「DIYスクール」などに参加したり、大規模イベントの運営に加わったりできます。さらに月額2500円(2026年までは月額4000円)の運営党員には、政策立案や公認候補の党内予備選挙の投票権が与えられます。

党員やサポーターはビラ配りやショート動画の拡散など裏方の役割を担いますが、外国人の土地取得問題への関心から活動に参加した60代の女性党員はこれを「大人の部活」と表現しました。参政党はこれまで政治に興味がないか、関心はあってもどうしたらよいかわからなかった層に、手づくりで政治に参加できる「楽しさ」を与えたのです。

このようにして結束感を高めてきた結果、24年末時点で参政党の党員は6万8000人に増え、それを基盤に12人だった地方議員を155人に増やしています。

ところで、なぜ地方選挙なのでしょうか。これについては、陰謀論に詳しいライターの雨宮純さんが興味深い指摘をしています。

2019年の参院選で国政政党になった「NHKから国民を守る党」(当時)の立花孝志元代表は、地方議員の必須出席日が年間30~40日ほどなのにもかかわらず、1000万円以上の年収が見込めるとして、「地方議員は、そりゃあもうオイシイ仕事ですよ!」と述べるだけでなく、戦略によっては知名度の低い政党・候補でも当選できることを証明しました。

国政選挙では主要政党の公認を得て組織票を獲得できなければ当選は困難ですが、都道府県議会議員や市議会議員・区議会議員は、陰謀論や疑似科学のような極端な主張の持ち主であっても、一定の熱心な支持者が見込めれば議員になれるチャンスが開かれています。

雨宮氏は、「人生を変える手段はなかなか見つからないものだが、政治家になるという手法は努力目標も分かりやすい。選挙で勝てば良いからである」として、地方選挙が「自己啓発」の手段になったといいます。政治家になることで社会を変え、同時に自分の人生も変えられるのです。

神谷代表は「龍馬プロジェクト」という私塾で、全国の若手地方議員のネットワークをつくっていました。参政党はこの土台の上に、支持者たちが候補者を”推し活“するだけでなく、自分も政治家を目指せる(かもしれない)という夢を手にできるようにしたのです。それがもたらす一体感と達成感が、どこかカルトめいた熱気を生み出すのでしょう。

戦後民主主義を支えてきたリベラルは、市民の政治への参加こそが重要だとずっと唱えてきました。その理想を体現し、もっとも成功した「新しい共同体」をつくりだしたのが、「陰謀論」「排外主義」と批判される政党だというのは、なんとも皮肉な事態というほかありません。

参考:雨宮純「日本における陰謀論の今後の展望と対策」(『社会分断と陰謀論 虚偽情報があふれる時代の解毒剤』〈文芸社〉所収)
「参政党伸ばした組織と集金力 地方議員12→155人、党員は維新超え」日本経済新聞2025年7月30日

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