「雇用破壊」の神話と現実

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2019年3月公開の記事です(一部改変)。

maroke/shutterstock

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終わりつつある平成の30年間をひと言でいうならば、「日本がどんどん貧乏くさくなった」だろう。

国民のゆたかさの指標となる1人当たりGDP(国内総生産)で、日本はバブル経済の余勢をかって1990年代はベスト5の常連で、2000年にはルクセンブルクに次いで世界2位になったものの、そこからつるべ落としのように順位を下げていく。

2017年の日本の1人当たりGDPは世界25位で、アジアでもマカオ(3位)、シンガポール(9位)、香港(16位)に大きく水をあけられ、いまや韓国(29位)にも追い越されそうだ。主要7カ国(英・米・仏・伊・独・加・日)では首位から6位に転落し、かつては世界の15%を占めていたGDPも30年間で6%に縮小した。

なぜこんなヒドいことになるのか。経済学的には、その原因は「日本の生産性が低いから」ということになる。これについてはすでに書いたが、ここでは、労働経済学者・神林龍氏の『正規の世界・非正規の世界 現代日本労働経済学の基本問題』(慶應義塾大学出版会)に依拠しながら、平成日本の社会と経済でなにが起きたのか、事実(ファクト)を見ていこう。

参考:「日本の労働生産性はなぜこんなに低いのか」論を考える

バブル崩壊でも正社員の雇用は安定していた

『正規の世界・非正規の世界』で神林氏は、1980年代から2000年代の日本の労働市場を分析し、「常識」とは異なる姿をあぶり出している。

80年代末に日本経済は頂点に達したが、バブル崩壊によって大企業はリストラに血眼になり「雇用破壊」が始まった。それに小泉政権のネオリベ的な政策が加わり、正社員が減り非正規が急激に増えた。――とりあえずはこれを「通説」としておこう。 続きを読む →

『新・貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』発売のお知らせ

新刊『新・貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』がプレジデント社から発売されます。発売日は31日(月)ですが、都内の大手書店などでは今日の夕方から並びはじめるところもあると思います(電子書籍も同日発売です)。

2009年6月に講談社から刊行された『貧乏はお金持ち』の新版で、PART4「磯野家の節税──マイクロ法人と税金」の部分を全面的に書き換えると同時に、情報を適宜、最新のものに更新しました。

書店さんで見かけたらぜひ手に取ってみてください。

なぜ我々は「ビンボー」から逃れられないのか。
◆減り続ける手取り
◆際限なく上がり続ける社会保険料
◆進むインフレ
◆正社員の崩壊

あなたの人生に「希望」はありますか?

人気作家・橘玲氏が、搾取され続けるサラリーマンに向けて
合法的に「国家に逆襲する」方法を徹底解説。
複雑怪奇な不条理国家・ニッポンを生き抜く
「新しい地図」を示します。

2009年に刊行し話題になったあのベストセラーを
完全アップデートした令和スペシャルエディション。
16年のあいだに「お金持ちになる法則」が
“あべこべ”になってしまった現実を前に、
あなたは驚愕する……!

■目次より
新版まえがき/奇妙な世界を賢く歩くための地図
まえがき/グローバル資本主義を生き延びるための思想と技術
PART1/楽園を追われて──フリーエージェントとマイクロ法人の未来
PART2/もうひとつの人格──マイクロ法人という奇妙な生き物
PART3/スター・ウォーズ物語──自由に生きるための会計
PART4/楽園を追われて──マイクロ法人と税金
PART5/生き残るためのキャッシュフロー管理──マイクロ法人のファイナンス
あとがき/「自由」は望んでもいないあなたのところにやってくる
新版あとがき

ウクライナの運命は日本の明日の姿かも 週刊プレイボーイ連載(636)

トランプとゼレンスキーの会談は、テレビカメラの前ではげしい口論になり、決裂するという衝撃的な展開になりました。口火を切ったのは副大統領のヴァンスで、侵略者であるプーチンを擁護するのかとゼレンスキーに問われ、アメリカはこれまでウクライナに多額の支援をしてきたのに、感謝の言葉すらないと怒りをぶつけました。それに続いてトランプが、プーチンと交渉しなければ戦争を終わらせることなどできるわけがないと言い出し、それにゼレンスキーが反論したことで収拾がつかなくなりました。

ロシアとウクライナの関係は複雑で、ウクライナ側に“歴史戦”でロシアを挑発した面がないわけではありませんが、ロシアが一方的にウクライナを侵略したのですから、道徳的な「加害」と「被害」は明確です。そのためバイデン政権は欧州諸国とともに、ロシアにきびしい経済制裁を科すだけでなく、ウクライナに大量の武器を送って支援してきました。

ところが、アメリカと覇権を争う中国だけでなく、インドやアフリカなどかつて植民地にされた国々も西欧が掲げる“正義”に関心がなく、ロシアから安い石油・天然ガスを輸入したことで、経済制裁は効果がないばかりか、かえってロシアの経済成長率は高まりました。その一方で、ヨーロッパでは電力価格が高騰し、移民問題への不満もあってポピュリズムが台頭して政権が不安定化しています。

この3年間をトランプ政権から見ると、「バイデンと民主党がやったことはすべて失敗した」になります。これは“事実”ですから、反論するのは難しいでしょう。

このことを、2つの「正義」の衝突で考えてみましょう。

ひとつは、ロシアを道徳的な悪として、被害者であるウクライナを支援することで、国際社会の正義を回復すること。もうひとつは戦争の現実を直視し、兵士や市民が死んでいくのを止めるために、交渉によって平和を回復することです。

ウクライナと欧州は、アメリカから莫大な援助を引き出すことで、正義と平和をどちらも実現しようとしました。それに対してトランプとヴァンスは、正義と平和はトレードオフであり、「平和を取り戻したければ正義をあきらめなくてはならない」という現実主義を主張したのです。

ところがゼレンスキーにとっては、加害と被害の構図を否定することは、プーチンに全面的に屈服するのと同じです。そこで「これだけは譲れない」と反論し、それに対してトランプとヴァンスが「アメリカのカネで戦争を続けたいということか」と猛反発したと考えると、口論に至る経緯が理解できます。

ここからわかるのは、トランプ政権は“道徳的なきれいごと”になんの興味もないことです。「自分で国を守れなければ、加害者に譲歩するしかない」というプラグマティズムともいえるでしょう。

戦後日本は、アメリカの核の傘に守られながら、「唯一の被爆国」を錦の御旗にして「戦争反対」を唱えてさえいれば、平和が続くと信じてきました。ウクライナの苦境は他人事ではなく、いずれこの“きれいごと”も、トランプ政権の徹底したリアリズムにさらされることになるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2025年3月17日発売号 禁・無断転載