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日本人は「監視社会」を望んでいる? 週刊プレイボーイ連載(290) 


テロや組織犯罪への対処措置を定めた「国際組織犯罪防止条約(TOC条約)」締結のためとして政府が国会に提出した「テロ等準備罪」の通称は「共謀罪」です。報道各社の世論調査ではおおむね賛成の方が多いようですが、どちらの名称を強調するかによって結果がかなり変わります。「テロ等準備罪」だと「テロ対策に必要ならいいんじゃないの」と思い、「共謀罪」だと「なにもやってないのに“共謀”しただけで犯罪になるのか」と不安になる、というわけです。

「共謀罪」を批判するひとたちは、国家が市民の思想信条を取り締まる「監視社会」になることを危惧します。近代国家はすべての“暴力”を独占する巨大な権力で、その行使を民主的に統制することはきわめて重要ですから、この主張には一理あります。しかしその一方で、「権力は悪だ」と言い募るだけでは、「警察も司法制度も廃止してしまえ」ということになりかねません。

話がややこしくなるのは、「TOC条約締結のために国内法の改正が必要」ということには野党も同意していることです。だとすれば、あとはどこをどう変えるかの技術論で、ほとんどのひとは「専門家同士で決めればいい」と思うでしょう。こうして賛成派が増えることを“リベラル”なメディアは「国民の理解が進んでいない」と嘆きますが、条文の一言一句まで理解しなければ正しい意見がいえないというのでは、ちょっと“上から目線”な気がします。

「テロ等準備罪」に賛成する保守派のひとたちも、これによって監視社会化が強まることを否定しているわけではありません。監視しなければ、組織犯罪を「共謀」している証拠はつかめないのですから。だとすれば問うべきは、「ひとびとはほんとうに監視社会に反対しているのか」ということでしょう。

千葉県松戸市で、登校途中の小3女児が行方不明になり、2日後に排水路脇の草むらで絞殺遺体が発見されました。この事件では当初、誰がどのように女児を連れ去ったのかわかりませんでしたが、これは東京など都心部ではあり得ないことです。いまや駅や商店街だけでなく、マンションや一戸建てでも監視カメラの設置が一般的になり、公道において録画されずに犯罪を行なうことなど不可能だからです。

技術進歩で安価に監視カメラを設置することが可能になって、「治安維持」を名目に警察や自治体が市民を撮影しはじめました。10年ほど前までは、これがプライバシー権の侵害だとの批判がありましたが、監視カメラが爆発的に増えたことでこうした声は消えていきます。

千葉県の女児殺害事件の捜査が難航するのを見て、多くの人は「なぜ通学路に監視カメラがなかったのか」と思ったでしょう。「絶対安全」を求めるようになった日本人は、いまや監視されることを望んでいるのです。だとすれば、「共謀罪」への国民の理解が進まないのも当たり前です。

監視カメラや通学路の見守りは、「外」から犯罪者や異常者が侵入することを防ぐのが目的です。しかし現実には、女児を殺害したのは小学校の保護者会の会長でした。「共謀罪」をめぐる議論から抜け落ちているのは、「おぞましいものは自分(たち)のなかにある」という視点なのかもしれません。

参考:「共謀罪」各社世論調査(朝日新聞2017年4月25日朝刊)

『週刊プレイボーイ』2017年5月22日発売号 禁・無断転載

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日本の「リベラル」より、安倍政権の方がリベラル? 週刊プレイボーイ連載(289) 


安倍首相は5月3日の憲法記念日に、読売新聞のインタビューと憲法改正を推進する民間団体へのビデオメッセージで、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」として、憲法9条と高等教育無償化を具体的な検討項目に挙げました。これまで「9条に手をつけられるはずがない」とたかをくくって「お試し改憲」を批判していたひとたちは、腰を抜かんさんばかりに驚愕したのではないでしょうか。

安倍首相はメッセージで「多くの憲法法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する」として、「『自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ』というのは、あまりに無責任だ」と述べました。

無責任と名指しされた“リベラル”な学者や共産党は、この批判に責任をもってこたえなくてはなりません。とはいえ、これまでの主張を見るかぎりこれはなかなか大変です。

共産党委員長は「自衛隊は憲法違反だと思うが、国民の合意がなかったらなくせない」と述べました。これは「人民の支持があれば憲法に反することをやってもいい」ということですから、立憲主義の否定どころか革命の論理そのものです。このひとたちは戦後日本の民主政治になんの価値も認めず、共産革命によって理想社会を建設すべきだといまでも本気で考えているのでしょう。

憲法学者は、「自衛隊は違憲ではなく、個別自衛権は国家の自然権だから“合憲”だ」というでしょうが、これもいまひとつ説得力がありません。「だったらなぜ、それをそのまま書いちゃいけないの?」という“子どもの疑問”にこたえられないからです。

憲法は国家の基本設計図で、市民が国家権力の“暴力”に制約を課すためのものです。近代国家は警察、司法、徴税などすべての“暴力装置”を独占しており、一人ひとりの市民に比べてその権力はとてつもなく強大です。そのなかでも最大の“暴力”は軍隊ですから、その存在を憲法に明記して法の統制の下に置かなければならない、というのが世界標準のリベラリズムです。

安倍首相が悲願の9条改正に向けて、「自衛隊の尊厳」で保守派を満足させるだけでなく、こうした“まっとうなリベラル”を掲げれば国民の多くは納得するでしょう。日本にしか棲息しない希少種である「戦後リベラリズム」は、いよいよ正念場に立たされました。

あまり話題にならない「高等教育無償化」も、9条改正のための目くらましと決めつけることはできません。

北欧の国々は大学を無償にしていますが、なぜこのような仕組みが成立するかというと、(日本ではほとんど報じられませんが)大学の実態が高等職業専門学校だからです。北欧の会社は社員教育を大学にアウトソースし、そこで得た資格が昇進や昇給に反映されます。こうして「能力」の指標を標準化することで、同一労働同一賃金の“リベラル”な労働市場が成立します。

安倍首相が本気で大学無償化を考えているとしたら、その先にあるのは日本を北欧のような「ネオリベ型福祉国家」に改造するビジョンでしょう。9条改正と同様に労働改革においても、「日本的雇用を守れ」と叫ぶしか能のない“リベラル”はすっかり先を越されてしまったのです。

『週刊プレイボーイ』2017年5月15日発売号 禁・無断転載

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日本は「極右国家」?安倍政権は「極右政権」? 週刊プレイボーイ連載(288) 


4月23日に行なわれたフランス大統領選の第1回投票では、独立中道右派のエマニュエル・マクロンと、国民戦線(FN)党首マリーヌ・ルペンが決選投票に進むことになりました。この記事が掲載されるときにはすでに結果が出ていますが、現時点の世論調査ではマクロンがルペンを大きく引き離しています(世論調査のとおり大差でマクロンが勝ちました)。

各社の報道を見ていて気になるのは、いまだに国民戦線に「極右」のレッテルを貼るところが大多数なことです。極右(ultranationalism)は「国粋主義」のことですから、たんなる「自国ファースト」のナショナリズムではなく、自民族の優越性を前提とした人種主義(レイシズム)と見なされます。

国民戦線が「極右政党」なら、ルペンに投票した770万人(決選投票では1000万人)のフランス人は「人種差別主義者(レイシスト)」になってしまいます。もし大統領に当選すれば、フランス革命によって近代の画期をひらいた国は「極右国家」になりますが、それでほんとうにいいのでしょうか。

冷戦終焉後の1990年代にヨーロッパ各国で台頭した右翼は「ファシズムの再来」ではなく、グローバル化と福祉国家モデルの破綻がもたらす先進国社会の動揺から生まれた新しい現象でした。「反移民、反EU、反グローバリズム」を唱えるものの露骨な人種差別からは距離を置き、白人の優越性をことさらに主張するわけでもありません。彼らの世界観はハリウッド映画のような善と悪の対立ですが、ポスト産業資本主義=知識社会から脱落しつつある主流派中流層(善良なふつうのひとびと)は“被害者”で、その救済のために“古きよき時代”を破壊するイスラームの移民や“強欲”なグローバリストとたたかっているのです。そう考えれば、「ポピュリスト(民衆主義)」「伝統保守」「新右翼」などの呼称がより適切でしょう。

風刺雑誌『シャルリー・エブド』襲撃事件の後、日本の新聞社のインタビューに応じたマリーヌ・ルペンは、「(両親が外国人でもフランスで生まれた子どもは国籍を付与される)出生地主義の国籍法を改定し、二重国籍を廃止すべきだとしたうえで、「めざすは(どちらも実現している)日本のような制度」と明言しています。EU加入とユーロ導入で通貨主権を失ったことを嘆き、「日本はすばらしい。フランスが失った通貨政策も維持している。日本は愛国経済に基づいたモデルを示しています」とも述べています。

さらに、国民戦線の新世代を代表する政治家(仏北部エナンボモン副市長)は、「今は安倍晋三氏の自民党に近い政策の党だ」と自分たちを紹介します。移民や難民に門戸を閉じ、よそものに不寛容で、多文化主義からもっとも遠い日本は、国民戦線にとって理想の社会モデルなのです。

その国民戦線が「極右」だというのなら、彼らが憧れる日本は「極右国家」、自民党は「極右政党」、安倍首相は「レイシスト」で安倍政権は「極右政権」になります。「まさにそのとおり!」というひともいるかもしれませんが、確信犯でなくたんなる惰性でやっているのなら、「事実(ファクト)」を無視したレッテル貼りはいいかげん終わりにした方がいいでしょう。

参考:朝日新聞2015年1月27日 マリーヌ・ルペン「国民戦線」党首インタビュー(インタビュアー国末憲人)

『週刊プレイボーイ』2017年5月8日発売号 禁・無断転載

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第67回 「海外居住で節税」の限界(橘玲の世界は損得勘定)


日本の税制は属地主義なので、日本国外に暮らすひと(非居住者)が海外で保有する財産を贈与・相続しても原則として課税されない。課税権が居住国にあるのだから当然ともいえるが、贈与税や相続税のない国が存在するとやっかいな問題を引き起こす。理屈のうえでは、国外で莫大な財産を受け取っても一銭も税金を払わない、ということが起こりうるからだ。

2011年2月、これがたんなる理屈でないことが示された。消費者金融大手の武富士創業者(故人)の長男が当時住んでいた香港で、海外居住者として約1330億円の生前贈与を受けた。この贈与に対して最高裁が課税を取り消し、延滞税に還付加算金を加えた総額2000億円を還付するよう命じたのだ。この判決が大きく報じられたことで、非居住者を使った相続税回避の方法が富裕層のあいだで広く知られるようになった。

しかし皮肉なことに、この「武富士事件」を機に、「海外で暮らせば税金がタダになる」というウマい話はなくなった。それまでは子どもが非居住者になればよかっただけだが、法改正によって、贈与者(被相続人)と受贈者(相続人)がともに5年を超えて海外に住むことが条件とされたのだ。

親の財産を無税で受け取るために1年ちょっと外国で暮らすだけなら、ハードルはさほど高くない。しかし親子ともども5年以上では、家族での海外移住を決意しなければならない。日本でのこれまでの仕事や生活をすべて失うことになるから、かなりの資産家でなければこんなことをやろうと思わないだろう。

ところが、この「5年シバリ」でも多くの富裕層が海外に資産を移して家族で移住したらしい。こうして税法がふたたび改正され、4月から非居住者の期間が10年に延長された。これによって、5年たったら財産を子どもに贈与して日本に戻ってこようと思っていたひとたちは、さらに5年間、慣れない外国暮らしをつづけるか、帰国して課税対象者に戻るかを決断しなければならなくなった。

あとすこしで5年というひとは大きなショックを受けているだろうが、きびしいようだが、これは自己責任だ。国家は立法権を持っているのだから、5年のものを10年や20年に延ばすのは自由だ。海外居住で節税したい富裕層は少数で、政治的にはほとんど無力だから、法改正を食い止める方途はない。そう考えれば、「5年で税金がタダになる」と考えること自体が間違っていたのだ。

徴税は国家が行使する“暴力”なのだから、そこから逃れようとしたら、それなりの覚悟が必要だ。だとしたら、どうすればよかったのだろうか。

本気で日本国に税金を払わないと決めたなら(それは個人の自由だ)、外国籍を取得して日本国籍を放棄すべきだった。外国人(親)が国外に保有する資産を外国人(子)に贈与したとしても、(いまのところ)日本国はそれに課税することはできない。そんなことまでする気はない? だったら住み慣れた日本に暮らし、決められた税を納めた方がずっといいだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.67『日経ヴェリタス』2017年4月30日号掲載
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北朝鮮問題のもっと怖い話 週刊プレイボーイ連載(287) 


事態が急速に動いているのでこの原稿が掲載される頃にはどうなっているかわかりませんが、風雲急を告げている北朝鮮情勢についてすこし別の角度から推理してみます。

2月13日、金正日の長男で金正恩の異母兄である金正男が北朝鮮の秘密工作員の手によってマレーシアの空港で暗殺されました。その前日、北朝鮮は新型中距離弾道ミサイルの発射実験を行なっています。

4月6日夜、トランプ米大統領と習近平国家主席の米中首脳会談の最中に、化学兵器の使用を理由に米軍がシリア・アサド政権の空軍基地を巡航ミサイルで攻撃します。その前日には、北朝鮮が日本海に弾道ミサイルを発射しています。

そしてトランプ大統領は、「あらゆる選択肢を排除しない」として、朝鮮半島周辺に向けて原子力空母カール・ビンソンの派遣を命じました。北朝鮮が核実験を強行するなら先制攻撃も辞さないと、後ろ盾である中国に強い圧力をかけているとされています。

この間明らかになったのは、ロシアはもちろん日本と韓国も蚊帳の外に置かれていることです。「ゲーム」の参加者は米中と北朝鮮の三者ですから、それぞれの利害を考えてみましょう。

もっともわかりやすいのは北朝鮮で、金正恩体制の維持がすべてに優先します。米国は北朝鮮の大陸間弾道弾保有を認めないでしょうが、できるのは核施設の空爆までで、北朝鮮に米軍を進駐させてイラクのような泥沼にはまり込むことはトランプの「選択肢」にはありません。ただし、ローコストで(米兵の血を流すことなく)北朝鮮問題を解決できれば自らの威信を世界に示すことができますから、これほどウマい話はないでしょう。

難しいのは中国で、もっとも避けなければならないは北朝鮮が崩壊し韓国に併合されることです。中国と北朝鮮は「血の同盟」とされており、人民解放軍の大きな犠牲によって米韓の帝国主義から北朝鮮の同胞を守ったことになっています。それを失うことは中国共産党の正統性を根底から揺るがし、習近平政権は軍や民衆のナショナリズムの奔流に押しつぶされてしまうからもしれません。その一方で、金正恩をコントロールできないまま擁護しつづければ国際社会の非難を免れないばかりか、核ミサイル開発が米軍の軍事行動を誘発しかねません。

そのように考えると、じつは米中双方にとってもっとも合理的な解決策は、中国が北朝鮮を「植民地化」することになります。具体的には、クーデターで金正恩政権を倒し、中国の傀儡政権にしたうえで核施設を廃棄するのです。

このオプションは「現代の帝国主義」としてオバマ民主党はぜったいに認めなかったでしょうが、トランプはそんな理想に興味はありません。だとしたら首脳会談で、中国が北朝鮮問題をどのように「解決」しようが勝手だと示唆しているかもしれません。

金正恩もそのリスクに気づいていて、だからこそ傀儡にもっとも適した義兄が生きていてはならなかったのです。ミサイル実験を繰り返すのは米国への牽制というよりも、習近平へのメッセージでしょう。もしこのシナリオが正しいとしたら、中国を思いとどまらせる唯一の方法は、クーデターを画策すれば核攻撃で周辺地域に大混乱を引き起こすと脅すことだけだからです。

核ミサイルの標的はソウル、沖縄、東京でしょうが、そこに北京が加えられても不思議はありません。

追記:この記事を入稿したのは4月14日ですが、その後、同様の分析が出てきました。たとえば4月16日付日本経済新聞の「風見鶏 北朝鮮は中国の手で」(編集委員 大石格)は、「トランプ政権は発足直後、中国に「朝鮮半島の北半分は好きにしてよい」と伝えた」という“噂”を書いています。

『週刊プレイボーイ』2017年4月24日発売号 禁・無断転載

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