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給付型奨学金がうさんくさいのには理由がある 週刊プレイボーイ連載(268) 


この国ではときどき理解できない出来事と遭遇します。そのひとつが、自民党が導入を目指している給付型奨学金です。

教育関係者は、「高収入の家庭の子弟しか有名大学に入学できない」という統計を好んで取り上げ、経済格差を解消するには貧しい家庭を経済的に支援すべきだと主張します。これは「国が教育費を援助せよ」ということですが、そのお金(税金)が学校すなわち教育関係者に支払われることは決して口にしません。私はこれを欺瞞だと思いますが、ここではその話はおいておきましょう。

その一方で、「日本学生支援機構」(旧日本育英会)の貸与型奨学金では延滞が問題になっており、14年度末で延滞者約17万3000人(全体の4.6%)、延滞額の総額は898億円にのぼります。延滞者の約8割が年収300万円未満だったことから、奨学金の返済負担が貧困を助長しているとして、返済の必要ない給付型奨学金の導入を一部の議員が強く求めたのです。報道によれば自民党は、「原則として高校時の成績が5段階評価で平均4以上」であることを条件に、月額3万円を給付する案を提示しており、対象者は7万5000人程度で年300億円ちかくの財源が必要になるとのことです。

さて、この話のどこがおかしいでしょう。

議論の前提として、日本は学歴社会で、よい大学を卒業して大手企業の正社員にならなければゆたかな生活を送れない、との共通認識があります。日本型雇用の崩壊が騒がれる現在、こうした古い常識がどこまで有効かはともかく、学歴がその後の人生に大きな影響を与えるのはたしかでしょう。

しかしそうすると、高校時代によい成績をとった生徒はよい大学に入り、社会人になって高い給与を得るのですから、その生徒に給付型奨学金を与えることは経済格差をさらに広げることにしかなりません。そもそも政策導入の理由が、貸与型奨学金を返済できずに苦しむ貧困な若者の救済なのですから、制度設計の前にまず彼らの高校時代の成績を調査すべきでしょう。

もうおわかりのように、ここにも度し難い欺瞞があります。要するに、バカな生徒に税金を使うと世論の反発が面倒だから、賢い生徒に給付して見てくれをよくし、“弱者”のためにいいことをしているとアピールしたいのです。日ごろから経済格差を批判している教育関係者も、経済格差を拡大するこの案にまったく反対しません。その理由も明らかで、自分たちの財布にお金が入ってくれば建前などどうでもいいのです。ここまで欺瞞が積み重なると、ほんとうに吐き気がしてきます。

ではどうすればいいのでしょうか?

日本の貧困でもっとも深刻なのが母子家庭であることは多くの調査で指摘されています。日本では生活保護への忌避感が強く、子どもがいじめられることを懸念して母子家庭が受給申請をためらっているのです。

だとすれば、給付型奨学金は取りやめて、その財源を母子家庭に現金給付すればいいでしょう。これなら確実に経済格差の解消に寄与しますが、自分の懐が潤わないこの案を教育関係者が支持することはけっしてないでしょう。

『週刊プレイボーイ』2016年11月21日発売号
禁・無断転載

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クリントンは真夏のビーチでアイスクリームを売る場所を間違えた 週刊プレイボーイ連載(267) 


たんなるテレビ芸人と思われていたドナルド・トランプがアメリカ大統領になり、世界じゅうが呆然となりました。この事態をメディアも専門家も(そして私も)まったく予想できず、後づけで知ったかぶりの理屈をこねても信用されないでしょうが、ポイントは「中位投票者定理」にあります。

あなたは真夏の混み合ったビーチでアイスクリームを売ろうとしていますが、一等地にはすでに別のアイスクリーム屋が店を構えています。このときあなたは、ライバルを避けて別の場所で商売を始めようと考えるかもしれませんが、じつはこれではうまくいきません。なぜなら、ライバルの隣で同じアイスクリームを売ることで売上を最大化できることが数学的に証明されているからです。ビーチの真ん中にしか店がなければライバルと顧客を折半できますから、閑散としたビーチで商売するよりずっと儲けが大きいのです。

この定理が成立するにはいくつかの前提条件が必要ですが、全国の有権者を相手に共和党と民主党の候補が1対1で争う米大統領選はその典型とされてきました。特定の人種を優遇し、他の人種を差別する候補は、一部からは圧倒的な支持を受けるでしょうが、それ以外の有権者から総すかんを食ってしまうのです。

アメリカの白人比率は約6割で、共和党候補は毎回60%程度の支持を獲得していますが、これでは全体の4割にも達しません。当選するには、ヒスパニック系(約18%)や黒人(約12%)からの支持がどうしても必要なのです。このように考えると、共和党主流派や保守派のメディア・知識人からも大統領失格の烙印を押され、少数派(マイノリティ)を敵に回したトランプが大統領になる可能性はありません。それに対してクリントンは、中立的な位置を確保するだけで極端なことを嫌う有権者を総取りできるのですから、戦略上、負けるはずはなかったのです。

では「定理」が間違っているのでしょうか。選挙結果の詳細な分析はこれからですが、クリントン陣営の敗因は「中位」の場所を見誤っていたことにありそうです。

今回の選挙で驚きなのは、「メキシコ人(不法移民)は強姦犯」との暴言にもかかわらず、ヒスパニックの3割もがトランプに票を投じたことです。これは米国籍を取得し経済的に成功した中流ヒスパニック層が「自分たちは不法移民とは違う」と考えたからであり、貧しいヒスパニックも新たな移民の流入を脅威とみなし、「メキシコとの国境に万里の長城を築く」ことを求めたからでしょう。

クリントンが移民にきびしい態度をとっても、支持者は他に選択肢がないのですから投票先を変えることができません。不人気な「オバマケア(医療保険制度改革)」を守ろうとするなら、移民問題に関しては良識ある態度で「万里の長城」を主張すればよかったのです。これが「中位投票者定理」の最適戦略で、要は相手の真似をするのです。

今回の大統領選が明らかにしたのは、オバマ政権の8年間で、アメリカの政治地図の「中位」が大きく右に動いていたということです。ところがクリントン陣営は、リベラルと右派のイデオロギー対立に気をとられ、間違った場所でアイスクリームを売ろうとして、いつのまにかビーチの一等地を取られてしまったのです。

『週刊プレイボーイ』2016年11月21日発売号
禁・無断転載

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第63回 マイホーム偏重のワナ (橘玲の世界は損得勘定)


地球温暖化の影響からか世界的に台風が大型化し、今年は日本各地で大きな被害が出た。それに加えて熊本を中心に大地震が起き、いまも避難生活を余儀なくされているひとたちがいる。

東日本大震災で明らかになったように、被災者の生活再建で最大の障害は住み慣れた家を失うことだ。住宅ローン返済中に家が地震で倒壊したり、津波で流されても負債はそのまま残る。新たに家を建てようとするとまた住宅ローンを組まなければならないが、最初のローンが免責されるわけではない。

さまざまな支援策が整備されてきたとはいえ、「二重ローン」問題の解決は容易ではない。一方的な債務放棄を認めれば債権者の権利を侵害するばかりか、余儀ない事情で二重ローン状態になったほかのひととの平等に反するからだ。

根本に立ち返ってこの問題を考えると、被災者を経済的苦境に追いやったのは家を失ったことではなく、資産を失ったことだ。

資産運用の基本は分散投資で、「タマゴはひとつのカゴに盛るな」の格言で知られている。大航海時代に新大陸に向かう貿易船に出資した商人たちは、難破や海賊のリスクに対処するために複数の船団に資金を分散し、出資額に応じて利益の一部を受け取ることにした。これが株式会社の起源で、利益が減るかわりに船が沈んで全財産を失うようなこともなくなる。

日本人の資産運用は、「マイホーム」という不動産資産に大きく偏っている。これは日本にかぎったことではなく、アメリカでも(資産を持つ)国民の6割は不動産以外の資産を保有していないという。

借金(ローン)でマイホームを取得するのは、資産運用理論では株の信用取引と同じだ。レバレッジをかけた信用取引は利益も大きいが、株価が下落すると損失も膨らむ。「ハイリスクハイリターン」のこの仕組みは住宅ローンによるマイホーム取得でも同じだが、このことを指摘する専門家はほとんどいない。

自然災害などで不動産資産が毀損すると、レバレッジがかかっている分だけ損失が膨らみ、資産の大半を失ってしまう。断っておくが、これは被災者の自己責任を問題にしているのではなく、経済的な苦境の理由を正しく認識しなければ効果的な対策は立てられないということだ。

では、どうすればいいのか。それは基本に立ち返って、資産を分散投資することだ。賃貸物件に暮らし、株式やREIT(不動産投資信託)で資産を運用していれば、自然災害で住むところを失っても、別の賃貸住宅に引っ越してすぐに生活を再建できる。不動産の損失は、REITであれば、世界じゅうの投資家が出資額に応じて負担することになる。いうまでもなく、このほうがずっと経済合理的だ。

だったらなぜこんな簡単なことができないのか。その理由はいうまでもなく、マイホームへの欲望をかきたてないと困るひとたちがたくさんいて、彼らが賃貸物件に住みにくくさせ、「タマゴをひとつのカゴに盛る」よう国民を政策的に誘導しているからなのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.63:『日経ヴェリタス』2016年11月13日号掲載
禁・無断転載

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大麻バッシングは日本の「精神の貧困」の象徴 週刊プレイボーイ連載(266)


参議院選挙にも出馬した元女優が大麻取締法違反で逮捕されたことが、ワイドショーなどで連日大きく報じられました。大麻合法化を公約に掲げて選挙に立候補した以上、確信犯なのでしょうが、残念なのは、離島での暮らしや奇矯な言動が大麻(マリファナ)についての主張といっしょくたにされてしまったことです。

元女優が男性4人と暮らすのは自由ですが、「ふつう」ではないかもしれません。しかし大麻の所持や使用は、いまや先進国では違法とするほうが少数派になっています。

オランダでは早くも1970年代に大麻が解禁されましたが、イギリス、ドイツ、フランスなどヨーロッパの主要国でも、法律上は違法とされていても個人による栽培・使用は放任されているのが実情です。アメリカでは州ごとに規制が異なりますが、医療用大麻は多くの州で合法化され、コロラド、ワシントン、オレゴン州では個人使用の嗜好用マリファナも合法化されています。またカナダでも、マリファナが非罰化されている現状に合わせ、来春を目処に娯楽用の大麻が合法化される予定です。今後、カリフォルニア州やハワイ州が大麻解禁に踏み切れば、観光で訪れた日本人の利用も飛躍的に増えるでしょう(先日の大統領選に合わせて行なわれた住民投票で、カリフォルニア州でも娯楽用大麻の所有・使用が合法化されました)。

近年の大麻合法化の流れは医療用大麻から始まりましたが、これはがんの疼痛治療などで、従来のモルヒネ系鎮痛剤では効果のない痛みをやわらげることがわかったからです。アメリカの大麻合法化キャンペーンに巨費を投じたのは「ヘッジファンドの帝王」と呼ばれたジョージ・ソロスで、「わたしは好きでマリファナを吸ってるんじゃない。痛みから逃れるには違法な業者から大麻を買うしかないのだ」という患者たちの生々しい声を伝えて世論を動かしました。

タバコやアルコールよりはるかに依存性が低いソフトドラッグのマリファナに対し、より依存性が高いヘロイン、コカイン、覚醒剤などのハードドラッグは欧米諸国でも厳しく規制されています。ところがミルトン・フリードマンやゲーリー・ベッカーなどアメリカを代表する経済学者(どちらもノーベル経済学賞を受賞)は、ニューヨークタイムズなど一流紙でハードドラッグを含む麻薬の合法化を主張しました。

禁酒法下のアメリカではアル・カポネのようなギャングが密造酒で莫大な利益をあげましたが、14年ちかい「高貴な実験」が大失敗してアルコール飲料の製造・販売が合法化されると闇酒に群がる犯罪組織は消滅し、治安も回復しました。メキシコやコロンビアは麻薬マフィアとの戦いで疲弊していますが、非合法組織が暗躍するのは最大の消費国アメリカがハードドラッグに厳罰を課しているからです。コカインやヘロインの製造・販売を法の管理の下に置けば「麻薬との戦争」も終わり、全米の刑務所から多くの囚人が「解放」されるとともに、中南米諸国の治安も劇的に改善するでしょう。

ところで日本では、「麻薬」をめぐるこうした真面目な話はKY(空気を読まない)として嫌われます。大麻をネタにして“おかしな女”をからかって楽しんでいるのに、水を差されるからでしょう。

この国には、口先で「反権力」といいつつ、権力のつくったルールを疑うこともなく、誰にも迷惑をかけていない個人を嬉々としてバッシングするひとがたくさんいます。この思考停止と精神の貧困に、いまの日本社会が象徴されているのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2016年11月14日発売号
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「過労死自殺はなぜなくならない?」誰もいわない単純な理由 週刊プレイボーイ連載(265)


大手広告代理店に入社してわずか8カ月の女性社員がクリスマスの晩に投身自殺したことで、日本企業の長時間労働と過労死があらためて批判されています。この広告代理店では2013年にも30歳の男性が過労死(病死)しており、労働基準監督署からの度重なる是正勧告を無視していたことが「悪質」と見なされ、刑事事件も視野にいれて立ち入り調査が行なわれました。

報道によれば、女性社員はインターネット広告を担当する部署に配属され、クライアント企業の広告データの集計・分析、レポート作成などを担当していました。このネット広告部門は9月末に、レポートを改ざんして運用実績を虚偽報告したり、広告不掲出で過剰請求するなどの不正行為が発覚したばかりでした。その原因について会社側は、「現場へのプレッシャーも含めてマネジメントが配慮すべきだった」「複雑で高度な作業に対して恒常的に人手不足だった」と説明しています。

女性社員は自殺前、SNSに「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」「いくら年功序列だ、役職についてるんだって言ってもさ、常識を外れたこと言ったらだめだよね」などと投稿しており、混乱する現場と稚拙なマネジメントの犠牲になったことは明らかです。

批判を受けて広告代理店は、本社ビルを夜10時に一斉消灯するなど深夜残業を抑制する措置をとりましたが、はたしてこんなことで問題が解決するでしょうか。

広告代理店はこれまで、テレビと新聞・雑誌を主な媒体として営業を行なってきました。それが2000年代に入って急速にインターネットにシフトしたため、従来のビジネスモデルを大きく転換しなくてはならなくなりました。

欧米企業はこのようなとき、まずはインターネット広告に精通した人材を外部(たとえばヤフーやグーグル)から引き抜き、プロジェクトチームのトップに据えます。チームのメンバーも、プログラミングやWEBデザインの経験がある若手をベンチャー企業などから集めるでしょう。まったく新しい分野なので、本社の社員は他部門との連絡役がいればいいだけです。

こうしたエキスパート集団なら、ネット広告のイロハも知らない新人が配属され、素人同然の上司に翻弄されて擦り切れていく、などという事態は考えられないでしょう。だったらなぜ、こんな簡単なことができないのでしょうか。

それはいうまでもなく、年功序列・終身雇用の日本企業では、プロジェクトの責任者を外部から招聘したり、中途入社のスタッフだけでチームをつくるようなことができないからです。そのため社内の乏しい人材プールから適任者を探そうとするのですが、そんな都合のいい話があるわけがなく、「不適材不適所」で混乱する現場を長時間労働のマンパワーでなんとか切り抜けようとし、パワハラとセクハラが蔓延することになるのです。

なぜ労基署は、この違法・脱法行為を是正できないのでしょうか。それは官公庁こそがベタな日本的雇用の総本山で、民間企業を強引に指導すると「だったらお前たちはどうなんだ」とヤブヘビになるからです。事件を批判するマスメディアも同じ穴のムジナで、無意味な説教を繰り返すだけです。こうしてどれほど犠牲者が出ても、長時間労働も過労死も一向になくならないのです。

『週刊プレイボーイ』2016年11月7日発売号
禁・無断転載

カテゴリー: Column, そ、そうだったのか!? 真実のニッポン | 18件のコメント