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自分の妻も管理できない人物に国家を管理できる? 週刊プレイボーイ連載(281) 


大阪府の学校法人が首相夫人を「名誉校長」に迎えて新設する小学校の建設用地として、国有地を格安で随意契約した事件が波紋を広げています。「国民の財産」が不当な安値で払い下げられるのはたしかに大問題ですが、それ以上にひとびとの興味を掻きたてたのはこの学校法人の教育方針で、幼稚園では園児に軍歌や教育勅語を唱和させ、保護者に対して「パンツが生乾きで犬臭い」とか、日本国籍を取得した韓国人の親に「韓国人と中国人は嫌いです」との手紙を送りつけるなど、常識では考えられない“奇行”の数々が暴かれました。国際社会からも「日本の首相夫妻はヘイトなのか」と疑惑の目を向けられかねず、あわてて「名誉校長」を辞任し火消しに躍起です。

とはいえ、首相が国会で「私や妻が関係していたとなれば、首相も国会議員も辞める」と大見得を切ったのですから、政治的には単純な話です。国有地の格安売却に自らの意向が働いていたとの証拠があれば首相が退陣し、なければ一部の関係者が処分されるくらいで立ち消えになるでしょう。

それより興味深いのは、磐石の権力基盤を築いたはずの安倍首相が、なぜこんなくだらないことで足を引っぱられる羽目になったかです。

学校法人は「日本で初めてで唯一の神道の小学校」をうたい、首相夫人は講演で「こちらの教育方針は大変、主人も素晴らしいと思っている」と激賞しましたが、国会の答弁で首相は「何回も断っているにもかかわらず、寄付金集めに(安倍晋三記念小学校の)名前が使われたのは本当に遺憾」「(学校法人の理事長は)非常にしつこい」などと突き放しています。

事件の全容が明らかになっていない段階ではあるものの、これは首相の答弁にリアリティがあります。日本国の首相であっても、政治家は支持者を批判できません。学校法人の理事長はその弱みにつけこんで、首相の名前を利用して行政に圧力をかけ、有利な条件を引き出そうとしたのでしょう。これは「圧力団体」とか「フィクサー」と呼ばれるひとたちの常套手段で、国有地の売却はこうしたうさんくさい話のオンパレードです。――ちなみの大手新聞社も払い下げられた国有地に立派な社屋を建てています。

だとすれば安倍首相は、妻があやしげな「教育者」に心酔したことでいわれなき非難を浴びた“被害者”ということになります。そしてじつは、自民党だけでなく野党でもおおかたの政治家はそう考えているといいます。

首相夫人は、東日本大震災の復興事業の目玉である防潮堤建設に反対したり、「反安倍、反原発」のミュージシャンと意気投合して沖縄を訪れるなど「家庭内野党」を名乗っていますが、「大麻合法化」を唱えるのは神社の注連縄に日本製の麻を使えるようにするためで、その言動から見えてくるのは“スピリチュアル”への過剰な傾倒です。これが「神道の小学校」に肩入れすることになった理由でしょう。

安倍氏が二度目の首相の座を目指すと決意したとき、夫人は神田の路地裏で居酒屋を経営していました。その天衣無縫さが彼女の魅力でしょうが、しかしこれは、一歩間違えれば夫の政治生命を奪いかねません。しかし首相の有能な側近たちも、夫婦の関係にはいっさい口出しできないようです。

この特異な事件は、「自分の妻も管理できない人物が国家を管理できるのか」という話なのかもしれません。

参考:石井妙子「安倍昭恵「家庭内野党」の真実」(月刊『文藝春秋』2017年3月号)

『週刊プレイボーイ』2017年3月13日発売号 禁・無断転載

カテゴリー: Column, そ、そうだったのか!? 真実のニッポン | 19件のコメント

「ヘンなひと」を黙らせるエポックメイキングな事件 週刊プレイボーイ連載(280)


歴史にはエポックメイキングな事件というものがあります。

日本経済の変調が明らかになった1990年代はもちろん、2000年代になっても、年功序列・終身雇用の日本的雇用制度が日本人(男性サラリーマンだけですが)を幸福にしているとして、成果報酬などグローバルスタンダードの働き方を導入しようとするたびに「雇用破壊」と大騒ぎするひとたちがたくさんいました。じつはさまざまな国際調査で、日本人は会社に対する信頼度がもっとも低く、サラリーマンは会社を憎んでいるということが明らかになっていますが、こうした不都合な事実もすべて無視されてきました。

ところが2007年の世界金融危機後、「正社員になれなければ人生は終わり」というメディアのプロパガンダを利用してブラック企業が台頭し、サービス残業によって若者を最低賃金以下の給与で酷使するようになると、ようやく風向きが変わりはじめました。そして決定的なのは、大手広告代理店の新人女性が長時間労働とパワハラによって過労自殺した事件でしょう。これによって日本的な会社がいかにグロテスクな労働環境かが白日の下にさらされ、「正社員は幸福」という会社原理主義が土台から崩壊したのです。「グローバリズムが雇用を破壊する」と罵声を浴びせていたひとたちは、いまや「日本の会社はけしからん」と叫んでいます。

同じような価値観の転換は、経営側でも起きています。

かつては、株主を会社の所有者とするアメリカ型の会社統治(コーポレートガバナンス)は「強欲資本主義」と呼ばれ、株主だけでなく従業員や地域経済にも配慮し、長期的な成長を目指す「日本的経営」を破壊するものとして蛇蝎のごとく嫌われていました。

ところが2000年代になって、短期的利益しか追求していないはずのアメリカ経済が長期的に成長し、日本経済が長期的に衰退しているという不都合な事実を覆い隠すことができなくなってきました。アップルやグーグルといった新興企業が天を駆けるように成長するのを指をくわえて眺めているだけならまだしも、サムスンや鴻海といった、かつては歯牙にもかけなかったアジアの企業にも追い抜かれるようになって、日本的経営の神話に暗い影が差してきます。

そしていま、日本を代表するエスタブリッシュメントで、歴代の経団連会長を輩出した東芝が巨額損失によって解体の危機に瀕しています。

2015年に発覚した粉飾決算では、大胆なリストラをしようとすると各部門が抵抗し、過去の不祥事を表に出すと名誉職に就いているOBが騒ぐので、経営陣はなにもかも穏便に抑えようとして身動きがとれなくなる「病巣」が指摘されました。今回は、7000億円もの損失を、原子力事業担当の会長が報告するまで誰も気づかないという信じがたい「ガバナンスの不在」が明らかになりました。

日本の会社は「正社員の共同体」で、サラリーマンの勝ち組である経営陣の既得権に触れることは最大のタブーでした。その経営者が実は会社を「統治」などしていないことを暴いたエポックメイキングな事件によって、「素晴らしき日本的経営を守れ」と叫ぶヘンなひとたちもようやくいなくなることでしょう。

『週刊プレイボーイ』2017年3月6日発売号 禁・無断転載

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若手女優はなぜ親の宗教に「出家」したのか? 週刊プレイボーイ連載(279)


若手女優が突然、新興宗教団体に「出家」するとして芸能界を引退しました。不安定な人気商売で精神的に追い込まれていたようですが、この団体を選んだのは両親が信者で、自身も子どもの頃から宗教行事に参加していたからでしょう。

このコラムで何度か、「子育てに意味はない」と書きました。子どもに説教しても無視されるのには進化論的な理由があるという話ですが、「矛盾してるじゃないか」と思うひともいるでしょう。若手女優は、ちゃんと親のいいつけどおり熱心な信者に育ったからです。

しかしこの出来事も、現代の進化論の枠組みでちゃんと説明可能です。

アメリカの在野の研究者ジュディス・リッチ・ハリスが子育ての常識に疑問を持ったきっかけは、就学前の移民の子どもたちが母語を忘れ、すぐに英語を話しはじめることでした。子どもの成長が家庭環境で決まるなら、英語を話せない両親との会話に必要な母語をなぜさっさと捨ててしまうのでしょうか?

こうしてハリスは、膨大な証拠にもとづいて次のように主張します。

「家庭のルールが友だち集団の掟と対立した場合、子どもが親のいうことをきくことはぜったいにない」

脳のプログラムがつくられた旧石器時代には、離乳期が過ぎれば母親は次の子どもを産むのですから、幼児の世話をすることはできません。だとすれば子どもは、年上のきょうだいやいとこなど、「友だち」のなかで生きていくほかありません。そう考えれば、親の言葉を捨てて友だちの言葉(英語)を選ぶのは当然です。

しかしこれは、視点を変えれば次のようにいうこともできます。

「友だち集団の掟と対立しない家庭のルールには、子どもを従わせることができる」

私たちは、幼いときに親がつくった料理の味をいつまでも美味しいと感じます。移民の子どもの味覚が変容しないのは、友だち集団に入れてもらえるかどうかの基準に、食べ物の好き嫌いが関係ないからです。――ニンジンが食べられないからといって仲間はずれにされることは(ふつうは)ありません。

同様にハリスは、宗教も「友だちの掟」とは関係がないといいます。スピリチュアルな感覚は人類に共通していますが、宗教は文化的なもので、脳のOSができあがったあとに農耕社会のなかで影響力を持つようになったのです。

子どもたちは、親の宗教によって友だち集団を選ぶことはありません。アメリカなどで、宗教によって子ども集団が分断されているように見えるのは、人種が異なるからです。

進化論的には、子どもは自分に似た子どもに魅かれるようにつくられています。自分のことを親身に世話してくれるのが、きょうだいやいとこなど血縁関係にある仲間であることを考えれば、これも当たり前でしょう。

すべての親が苦い経験として知っていることでしょうが、親は子どもの友だち関係に介入できず、どれほど説教しても音楽やファッションの趣味を変えることはできません――これが友だち集団の内側と外側を分ける指標になっているからです。しかし皮肉なことに、宗教は親から子へと受け継がれ、しばしば世俗化した社会と衝突するのです。

参考:ジュディス・リッチ ハリス『子育ての大誤解』

『週刊プレイボーイ』2017年2月27日発売号 禁・無断転載

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アメリカで起きているのは「ふたつのリベラル」の対立 週刊プレイボーイ連載(277)


トランプ旋風があいかわらず止まりません。イスラーム圏の特定の国からの「入国禁止令」は全米ではげしい抗議デモを引き起こし、トランプはメディアでも「暴君」「差別主義者」「サイコパス」などさんざんないわれようです。

しかしその一方で、世論調査では米国人の約半数が「入国禁止令」に賛成しています。さらに興味深いのは、リベラルな若者を中心にトランプを支持する層が増えていることです。

「トランプ・デモクラット(トランプの民主党員)」と呼ばれる彼らはSNSでつながった30歳以下のグループで、その多くが民主党の大統領予備選挙で、格差是正の急進的な政策を掲げてヒラリー・クリントンと争った「民主社会主義者」バーニー・サンダースを応援していました。アメリカの若いリベラルは、民主党主流派と手を携えて新政権に反対するのではなく、民主党員のままトランプに「転向」したのです。

右(共和党)か左(民主党)かの従来の政治思想では、若くてリベラルな民主党員がトランプを支持する現象を説明できません。これを理解するには、メディアや知識人のレッテル張りから距離を置いて、トランプが「リベラル」であることを認めなくてはなりません。

アメリカ独立宣言は、人権と自由・平等を高らかに掲げて近代の画期を開きました。自然権である人権は普遍的なものですから、すべてのひとに平等に適用されなければなりません。こうして奴隷制は正当化できなくなり、南北戦争へと突き進んでいきます。

独立宣言の理念に照らせば、特定の国のひとだけに一方的に入国を制限するのは普遍的な人権に反します。自由の国アメリカは、不幸な難民を平等に受け入れなければならないのです。これを「コスモポリタンなリベラル」の立場としましょう。

ところがトランプは、「アメリカファースト」によって、このリベラリズムを反転させました。彼が重視するのは、「アメリカ人の自由、平等、人権」なのです。こうして、「国民国家が外国人の“入国する権利”より、国民をテロから守ることを優先するのは当然だ」との主張が生まれます。こちらは「ドメスティックなリベラル」です。

トランプはさまざまな「暴言」をTweetしますが、黒人を批判することはありません。彼らも「アメリカ国民」だからです。評判の悪い「国境の壁」もメキシコからの不法移民の流入を止めるためのもので、合法的に市民権を取得したヒスパニックを追い返そうとはしていません。「入国禁止令」についても、あくまでも治安対策で「宗教を信じる権利」は守られると政権は強調しています。

トランプのやっていることは、かなり危ういとはいうものの、どれもリベラリズムの範囲内に収まっています。これが、国内の経済格差に憤慨する「リベラルな若者」がトランプに「転向」できる理由でしょう。

アメリカでいま起きていることは、「コスモポリタン」と「ドメスティック」の2つのリベラリズムの対立です。そして民主政が多数決(人気投票)である以上、アメリカでもヨーロッパでも、もちろん日本でも、「自国民ファースト」のリベラルが常に優位に立つのです。

参考:日本経済新聞2017年2月8日「解剖トランプ流 支持の民主党員台頭」
水島治郎『ポピュリズムとは何か』

『週刊プレイボーイ』2017年2月20日発売号 禁・無断転載

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文科省の天下りスキャンダルはすぐに消えていく 週刊プレイボーイ連載(277)


トランプ新大統領が引き起こす混乱はいまだ収まる気配がありませんが、今回のテーマは文部科学省による天下りの斡旋です。なぜかというと、いまはたくさんにひとが怒っていますが、この話題はすぐに消えていく運命にあるからです。

すでに報じられているように、文科省の人事課は、OB団体が天下りを組織的に斡旋する手の込んだシステムを構築し、それを隠蔽するウソの説明の想定問答までつくっていました。「学の独立」を高らかに掲げる私立大学の雄が、文科省の指示に従って再就職等監視委員会の調査で口裏を合わせていたことも暴露され、教育行政に対する信用は大きく失墜しました。――この私立大学はなぜか「被害者」の立場に収まっていますが、ふつうは違法行為の幇助というのでしょう。

不思議なのは、文科省をきびしく批判するマスメディアが、どうすれば天下りを根絶できるかを説明しないことです。

ピラミッド型の組織は、その構造上、昇進にともなって余剰人員を減らしていかなくては成り立ちません。ところが日本の企業や官庁は入社時に終身雇用を約束して、その対価として組織への忠誠を求めます。ちょっと考えればわかるように、もともとこれは両立不可能です。

高度経済成長の時代は、大企業は子会社や取引先に中高年の社員を押しつけてこの矛盾を糊塗してきましたが、市場の縮小と業績悪化でそんな余裕はなくなり、日本を代表する一流企業にまで「追い出し部屋」が蔓延しました。それにともなって、官僚の天下りに冷たい視線が集まるようになったのです。

日本の官庁は、入社年次を「同期」として、「昇進は年次が上の同期を越えない」というきわめて特殊なルールで運営されています。この人事制度では、ピラミッドの頂点に立つ事務次官が決まれば、同期はすべて省を去らなければなりません。ということは、課長くらいまでは平等に昇進しても、40代半ばからは徐々に人員を間引いていく必要があります。しかし彼らも「終身雇用」なのですから、省庁の人事課のもっとも重要な仕事は退職者の職探しになるのです。

天下りの根絶に最初に取り組んだのは小泉政権で、官僚が民間企業に転職し、民間企業からも官庁幹部に登用するアメリカ型の「リボルビング(回転)ドア」を目指しました。この抜本改革が頓挫したのは、民間企業も終身雇用の中高年社員の処遇に困り果てており、50代の「元高級官僚」の席など、よほどのお土産をつけなければ用意できるはずがなかったからです。

2013年に前事務次官がOBの再就職の口利きをした問題が発覚した国土交通省では、その年の退職者がこぞってハローワークに登録したものの、「そんな職はない」と断れるというマンガのような事態も起きたとのことです。自分で再就職できないのなら、組織が面倒をみるほかありません。

こうして、官僚制度を維持するには天下りは仕方がないという暗黙の了解が生まれました。文科省が批判されたのは、そのやり方があまりに露骨だったからです。

原理的に解決不可能な問題を議論しても意味がありません。だから今回も、ちょっと騒いで、あとは見て見ぬ振りをすることになるでしょう。

参考:朝日新聞2012年2月2日朝刊「翌日には再就職1割」

『週刊プレイボーイ』2017年2月13日発売号 禁・無断転載

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