ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2015年9月公開の記事です。(一部改変)

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旧ユーゴスラビアの解体にともなって1991年から2000年にかけて、クロアチア、ボスニア、コソボなどを舞台にセルビア人、クロアチア人、ボスニア人(ボシャニャク人)の三つ巴の凄惨な内戦が勃発した。その象徴的な事件が、1995年7月にボスニア人男性7000人が殺害された「スレブレニツァの虐殺」だ。
ユーゴスラビア紛争は当初、過激な民族主義(大セルビア主義)を唱えるセルビアに対してスロベニアやクロアチアが民族自決を要求し、その後は(セルビア人主体の)旧ユーゴスラビア政府に抵抗するボスニアやコソボのムスリムが「民族浄化」の犠牲になった、という「わかりやすい物語」が欧米メディアで大々的に報じられた。
こうした勧善懲悪の善悪二元論に当初から懐疑的だったのが日本のジャーナリストたちで、欧州政治の利害関係から自由な彼らは、この内戦がはるかに複雑な問題を抱えていることに気づいていた。講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞をダブル受賞した高木徹氏の『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 (講談社文庫)、Jリーグ名古屋グランパスのスター選手(のちに監督)だったドラガン・ストイコビッチとの出会いからユーゴ内戦を取材した木村元彦氏の『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』 (集英社文庫) 、ボスニア出身の元サッカー日本代表監督イビチャ・オシムの通訳を務めた千田善氏の『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか 悲劇を大きくさせた欧米諸国の責任』(勁草書房)などがその代表的な作品だ。
『戦争広告代理店』で高木氏は、セルビア人を加害者、ボスニア人を被害者とする内戦の構図が生まれた背景に、アメリカの凄腕PRマンの情報操作があったことを説得力をもって示した。木村氏はセルビア人サッカー選手への取材からユーゴ内戦の報道があまりにも一方的であることを、千田氏はドイツをはじめとするEU諸国の独善的な関与が事態を泥沼化させたことを鋭く告発した。
東欧史・比較ジェノサイド研究の佐原徹哉氏の『ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化』(ちくま学芸文庫)は、膨大な文献と資料を渉猟し、客観的・中立的な立場から凄惨な民族浄化の歴史的経緯をまとめた日本人歴史家によるきわめてすぐれた仕事だ。ここでは佐原氏の労作に依拠しながら、「歴史の記憶」が如何にしてジェノサイドを生み出したのかを見ていきたい。 続きを読む →
