フリーメーソンの陰謀論を信じた神の銀行家(後編)

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年12月公開の記事です。(一部改変)

Shutterstock AI Generator

******************************************************************************************

イタリア、ミラノのカトリック系金融機関、アンブロジャーノ銀行で異例の出世を遂げ、50代半ばで頭取に就任したロベルト・カルヴィは極端な二面性を持つことで知られていた。

ひとつはエリート軍人から冷徹で有能なビジネスマンへと転身した「氷の目を持つ男」。もうひとつは、「この世界は闇の権力によって支配されている」と信じる陰謀論者の顔だった。

フリーメーソンの陰謀論を信じた神の銀行家(前編)

バチカン銀行が所有するオフショアの幽霊法人

念願の頭取となったカルヴィの脳裏を支配したのは、「いずれ何者かによってこの銀行を奪われるのではないか」というとてつもない不安だった。いったん「陰謀」の渦中に投げ込まれると、誰ひとり信用できず不吉な出来事を恐れるようになるのだ。

カルヴィにとって幸運だったのは、アンブロジャーノ銀行に特定の大株主がいなかったことだ。敬虔なカトリック教徒のための金融機関をつくろうとした創業者たちは、株式を公開せず、個人の株式保有比率にも制限を設けていた。誰であれ、株式の15~20%を保有すれば銀行を実質的に支配できたのだ。

こうしてカルヴィは、秘密裡に銀行の株を買いはじめた。購入するのは系列の銀行や保険会社などで、そのための資金はアンブロジャーノ銀行から融資された。

しかしこうした国内取引は財務諸表に記載しなければならず、イタリア中央銀行など財務当局から問題視される恐れがある。カルヴィにはもっと守秘性の高い“自社株買い”のスキームが必要だった。

アンブロジャーノ銀行の取締役時代に、カルヴィはイタリア金融業界の大立者ミケーレ・シンドーナからルクセンブルクの会社を譲り受け、それをバンコ・アンブロジャーノ・ホールディング(BAH)と改称した。BAHの目的はイタリアの金融規制を避けて積極的な投資を行なうことで、ミラノの証券市場で大きな取引をするほか、スイスやアメリカの金融機関の買収にも乗り出した。

シチリア出身のシンドーナはマフィアと深い関係があり、後の法王パウロ6世の信任を得てバチカンの財務顧問に就任していた。

カルヴィはシンドーナを通じてバチカン銀行総裁のマルチンクス司教と知り合い、バハマ諸島のナッソーにバンコ・アンブロジャーノ・オーバーシーズ(BAO)を設立する。このBAOの株式の大半はルクセンブルグのBAHが保有していたが、バチカン銀行も株主として出資し、マルチンクス司教は取締役に就任した。

その後、アメリカでのスキャンダルでシンドーナの金融帝国が崩壊すると、バチカンとの利権はすべてカルヴィに引き継がれた。こうしてカルヴィは、「神の銀行家」と呼ばれることになる。

カルヴィがアンブロジャーノ銀行を支配するために考えついた方法は、ナッソーのBAOの下に多くの幽霊法人(ペーパーカンパニー)を設立し、その法人を通して株式を購入することだった。そのための資金は、アンブロジャーノ銀行からルクセンブルクのBAHを通じて貸し付けられた。

さらにカルヴィは、このスキームにもうひとつの保険をかけておいた。

オフショアの幽霊法人がアンブロジャーノ銀行の実質的な子(孫)会社なら、こうした取引はあきらかに違法だ。だが法人の所有者が第三者なら、形式的には合法(グレーゾーン)になる。この「第三者」とは、バチカン銀行のことだった。 続きを読む →

リベラルのきれいごとより力の行使なのか(週刊プレイボーイ連載665)

2023年10月にイスラーム原理主義の武装組織ハマスがガザ地区からイスラエルに侵入、乳幼児を含む1200人あまりが殺され、250人あまりを人質として連れ去りました。この衝撃的なテロを受けて欧米各国は相次いでイスラエルへの連帯と支持を表明し、人質の奪還とハマス壊滅を目的とするイスラエル軍の容赦なきガザへの攻撃が始まってからも、あくまでも「自衛」のためのもので民間人の被害は不幸なコラテラルダメージ(副次的被害)だとして目をつぶりました。

ガザ地区の徹底的な破壊と、子どもたちに多数の死傷者が出ていることが報じられると、欧米でもイスラエル批判の街頭行動が頻発するようになりますが、政府はそれに規制し、リベラルなメディアや知識人も「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることを恐れて黙認しました。

ところが2025年はじめに第2次停戦合意が破綻し、イスラエル軍が避難民の集まるガザ南部への攻撃を始めると、多くの女性と子どもたちが死亡し、人道支援物資を封鎖したことで病院が機能を失って飢餓が広がります。国連の人権理事会の調査委員会はこれをジェノサイドと認定しましたが、欧米のメディアはガザの惨状を積極的に報じようとはせず、政治家たちも口先ではイスラエルへの懸念を表明するようになったものの、この悲劇を止めるために具体的な行動を起こすわけではなく、ただ傍観するだけでした。

けっきょくガザの停戦を実現したのはトランプ政権で、すべての人質の返還、イスラエルに拘束されたパレスチナ人の解放、ガザ地区の非武装化など20項目でイスラエルとハマスが合意しました。これについては「イスラエルによるガザの恒久的支配」などの批判もありますが、すくなくとも多数の民間人が無残に殺されていくことはなくなりました。

2022年2月、ロシアがウクライナに軍事進攻すると、欧米諸国はロシアの戦争犯罪を強く批判し、大規模な経済制裁を実施しました。ところが予想に反して、中国やインドなどがロシア産の安い原油や天然ガスを積極的に購入する一方で、西ヨーロッパではエネルギー価格が高騰して不満が広がり、ポピュリスト政党が台頭して社会が不安定化します。それでもロシアと軍事衝突して「世界最終戦争」を引き起こすわけにはいかず、かといってロシアと取引する中国を経済制裁することもできないので、欧米の政治指導者たちの言動は徐々に口先だけのロシア批判になっていきます。

ここでも膠着状態の打開に動いたのはトランプ政権で、戦争を終わらせるにはプーチンの面子を立てるしかないとして、ウクライナに領土の割譲を含むきびしい条件を突きつけました。ウクライナ側の抵抗で当初案は修正されたようですが、ヨーロッパ諸国はトランプへの批判を控え、ウクライナが譲歩するならそれでかまわないという態度でした。

こうして見ると、きれいごとは現実の紛争を前にしてなんの役にも立ちませんでした。これではひとびとはますます「リベラル」に期待せず、問題を解決するのは「ディール」すなわち力の行使だと考えるようになるのではないでしょうか。

後記:ロシア・ウクライナ戦争の和平交渉は、ウクライナの主張を受けて修正されたアメリカの提案をロシアが拒否し、領土割譲を含む「根本的変更」を要求したことで、トランプ側は和平交渉からの離脱を示唆しています。

『週刊プレイボーイ』2025年12月8日発売号 禁・無断転載

フリーメーソンの陰謀論を信じた神の銀行家(前編)

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年11月公開の記事です。(一部改変)

Shutterstock AI Generator

******************************************************************************************

「この世界は闇の権力によって支配されている」という考え方を陰謀論という。陰謀論の“主役”としてよく挙げられるのがフリーメーソンやユダヤ人(シオン賢者の議定書)で、ときには悪魔や宇宙人のこともある。オウム真理教はアメリカのCIAとフリーメーソンによって攻撃されているとしてサリン製造を急いだ。

フリーメーソンはヨーロッパの結社のひとつで、「神とは理性のことである」とする理神論を奉じる啓蒙主義者によってつくられた(中世の石工を起源とするとの説もある)。フランスの三色旗「自由・平等・友愛」の友愛とは、地縁・血縁の伝統社会の人間関係ではなく、異なる階級のひとびとが同じ理想を掲げて戦う結社的友情のことだ。

フリーメーソンが秘密結社になったのは、革命運動のなかで王政からの弾圧を受けたためだ。近代革命が達成されるとメーソンの会員の多くが社会の主導的地位についたため、有名人クラブのようなものに変わっていった。

戦後日本でもダグラス・マッカーサーがフリーメーソンだったため、進駐軍の知遇を得ようと入会を希望する者が相次いだ。鳩山一郎はGHQによって公職追放されたあとにメーソンに入会し、追放解除を得て首相の座を獲得した。

数ある結社のなかで、なぜフリーメーソンだけが「陰謀」とともに語られるのだろうか。そこにはさまざまな理由があるだろうが、ひとびとに強烈な印象を残したのが1980年代にイタリア社会を震撼させたP2事件であることは間違いない。

この事件ではフリーメーソンのなかの“秘密結社”が陰謀の主役となっており、そのことが噂や憶測ではなく司法機関と議会の調査によって立証されたのだ。

P2事件の最大の疑惑は「法王暗殺」だが、それについてはすでに書いた。

バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち(前編)
バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち(後編)

ここではそれに次ぐ大事件となった“神の銀行家”ロベルト・カルヴィの変死とアンブロジャーノ銀行の倒産から、「陰謀論者の運命」について考えてみたい。

無数のクーデターやテロ計画が生まれては消える「陰謀論的世界」

戦後のイタリアは、世俗的な北部で共産党が勢力を伸ばし、それに対抗する保守派のキリスト教民主党は南部の伝統的な社会を地盤とした。そこはコーザ・ノストラ(マフィア)の支配する土地で、60年代になると政治家たちの腐敗は誰の目にも明らかになった。反戦平和を求める学生運動の影響もあり、選挙のたびに共産党は大きく票を伸ばすようになった。

1972年の選挙で、共産党はキリスト教民主党の38.8%に次ぐ27.2%の得票を獲得して第二党になった。76年の選挙では34.4%まで得票を伸ばし、38.7%のキリスト教民主党にあと一歩まで迫った。

こうした状況に強い危機感を抱いたのが右派の政治家と軍部、それにイタリアの共産化を阻止したいアメリカCIAとバチカンだった。バチカンにとってマルクス主義の無神論は「悪魔の思想」だが、イタリアに共産党政権が誕生する衝撃はたんなるイデオロギー問題ではすまなかった。ローマの一角にあるバチカンは生殺与奪の権をイタリア政府に握られており、イタリアはその気になればラテラノ条約で認めた「主権」を見直し、バチカンの財産に課税したり、政治や行政に介入することもできるのだ。 続きを読む →