参院選が始まり、SNSの誤情報をどのように規制するかが議論になっていますが、「そんな規制などいっさいいらない」という極論について書いたことを思い出したので、再掲載します。
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ネット生態系の原理は「より自由になること」
『ソーシャルメディアの生態系』(森 薫訳/東洋経済新報社)は、ウォルト・ディズニーのイノベーション部門のトップを務め、動画共有プラットフォームの会社を起ち上げたアントレプレナーのオリバー・ラケットと、MITメディアラボのシニア・アドバイザーでジャーナリストのマイケル・ケーシーの共著だ。
著者たちはここで、インターネット(SNS)はひとつの巨大な有機体(オーガニズム)で、生き物と同様に「進化」しているという刺激的な主張をしている。
「利己的な遺伝子」の原理は自己の複製を最大化することだが、ネット生態系の原理は「より自由になること」だ。このように考える著者たちは、自由な言論に対するあらゆる制約を拒否し、Facebookを「思想警察」と呼ぶ。
「フェイスブックは、監査不可能な中央統御プログラムによって、独自の主観的なヴァージョンの真実を創造」している。――これは著者の一人ラケットが、医学書から引っ張ってきた「ミクロ・ペニス」の絵を友人に冗談で送ったところ、「国際児童ポルノ」だとしてアカウントを即座にシャットダウンされた経験からきているようだ(ラケットはゲイであることをカミングアウトしている)。
同様にUberやAirbnbのようなシェアエコノミーも、「中央制御プログラム」によって監視・制御されていることから、「進化」の過渡的な形態だと見なされる。いずれはフリーエージェント同士がブロックチェーンを使ったスマートコントラクトで“ギグ”的に協働し、国家や金融機関を介さずにクリプト(暗号資産)を交換し、プロジェクトが終われば解散する「自由」な関係へと変わっていくだろうし、そうなるべきなのだ。
しかし、あらゆる言論を自由の名のもとに解き放てば、荒らしや炎上によってネット空間は壊死してしまうのではないだろうか。だが著者たちは、これを杞憂だと一蹴する。「つねに自分で自分を育て、成長し、進化する」ソーシャル・オーガニズム(社会的有機体)は、生き物と同じように“免疫力”を持っているからだ。
たとえどんな憎悪に満ちた言論であっても、それにふれる機会を完全に遮断すると、文化によい影響を与える方向にソーシャル・オーガニズムが進化する能力が削がれてしまう可能性がある。
それがスパムだろうとヘイトメッセージだろうと「荒らし」の物言いだろうと、これらのただ醜いだけに見える反社会的コミュニケーションの洪水は、社会の免疫系統を強化するために必要なものなのだ。
興味深い意見ではあるものの、この「免疫系統」がどのように機能するのかについての説明は残念ながら書かれてはいない。進化を「よい方向」に導く鍵が「共感力」というのでは、いささか心もとない気がする。
もちろん著者たちは、この欠点に気づいているだろう。だがそれでも、「ネットに自由を」の旗を降ろすことはできない。なぜなら、「進化」の向こう側にすこしでも早く行きつかなくてはならないからだ。
テクニウムとインフォニウムの「進化」が不死のトランスヒューマンへと“最終進化”を遂げる
『ソーシャルメディアの生態系』で著者たちは、「増え続けるアイデアを有機的に相互接続させるソーシャルメディアと、それとともに発達するスーパーコンピュータの強力なネットワークが結びついたとき、人間という種が生き残るうえでの分岐点が訪れるかもしれない」と書く。これはトランスヒューマニズム(超人間主義)の思想そのものだ。
トランスヒューマニストにとっての最大の障害は、熱力学の第二法則(エントロピー増大の法則)だ。宇宙が「熱的死」に向かっているのなら、永遠の生命は原理的に存在しえない。
そこで彼らは、生命の進化がエントロピーを減少させると考える。生き物は、乱雑な世界に秩序をつくりだしていく。より複雑な生き物がより多く秩序化できるのなら、進化はその結果にかかわらず、「よいこと」なのだ。
さらにここに、「生命とは情報である」というアイデアが接続された。コンピュータの登場でテクノロジーは情報科学に統合されたが、DNAの二重らせんが明らかにしたのは、生命も情報として記述できるということだ。
これは、情報こそが「アンチ・エントロピー」だということでもある。「情報はつねに何かと何かを関連させ、つながりを確立し、たがいを強く結びつける」。すなわちネットワークの中のノード(中継点)や複雑性が増せば増すほど、世界は散逸するのではなく秩序化されるのだ。
これがおそらく、ラケットとケーシーが、あらゆる検閲や規制を拒絶しネットに投入される情報量を最大化しようとする理由だろう。シンギュラリティ=分岐点を超えるためは、どんなことをしてでも「進化」を加速させなくてはならないのだ。
雑誌 Wired の設立者で編集長を務めたケビン・ケリーは『テクニウム テクノロジーはどこへ向かうのか? 』(服部桂訳/みすず書房)で、人間がテクノロジーを発展させているのではなく、テクノロジー生態系(テクニウム)が、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような天才を“ヴィークル”にして自らを「進化」させているのだと論じた。それと同様に、ラケットとケーシーは『ソーシャルメディアの生態系』で、インフォニウムともいうべき情報生態系が、人間をヴィークルにして、荒らしや炎上を含む膨大な情報を「オーガニズム(生命体)」に取り込みながら「進化」しているのだと主張する。
テクニウムとインフォニウムの「進化」が生命の進化と統合されたとき、人類(の一部)は不死のトランスヒューマンへと“最終進化”を遂げるのかもしれない。
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