アメリカはなぜ銃社会なのか?


「市場の倫理と統治の倫理」につづいて、『残酷な世界~』の未公開原稿をアップします。

ナッシュ均衡は、いろいろな社会現象を読み解くときに、知っておくととても便利な道具です。ここではナッシュ均衡を使って、「アメリカはなぜ銃社会なのか?」(銃規制に反対する全米ライフル協会のひとたちは、べつに頭がおかしいわけじゃない)ということを説明しています。

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映画『ビューティフルマインド』は、統合失調症に苦しむ数学者ジョン・ナッシュと、彼を支えた家族の物語だ。こころの病を克服してノーベル経済学賞を受賞した天才を讃えて、彼の発見した定理は「ナッシュ均衡」と名づけられた。

ナッシュ均衡は「他のプレイヤーの戦略を所与とした場合、どのプレイヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせ」のことで、この非協力ゲームでは条件によっては複数の均衡解が存在する――といっても、これはぜんぜん難しい話じゃない。

たとえば自動車が登場したばかりの社会を考えてみよう。みんなが好き勝手な走り方をすれば、あちこちで正面衝突が起きてしまう。そこでまず、右側通行か左側通行かを決めなくてはならない。

このときもっとも合理的な行動は、右側通行の車がなんとなく多ければ自分も右側を走ることだ(逆に左側通行が多ければ左側を走ればいい)。自分だけが反対側の車線を走るのはものすごく不利で、みんなと同じことをすれば自分にも相手にも得になる。賛同者が多くなればなるほど有利になるという効果を補完性(フィードバック効果)というけれど、それによって右側(左側)を走る車が雪だるま式に増えていって、やがて交通ルール(均衡解)になる(もちろんこれは一種の思考実験で、実際の交通規則がこのように決められたわけではない)。

この単純なケースでは、初期値において右側を走る車と左側を走る車の数がわずかに違うだけで、右側通行と左側通行というふたつの異なる均衡解が生じた。いったんナッシュ均衡が成立すれば、全員がそれに従うようになるから、前提となる条件が変わらないかぎり制度は半永久的に安定する。

下図では一見、山の頂点でも均衡が成立しているように見えるけれど、これはきわめて不安定だから、いずれボールはどちらかに転がって右側通行か左側通行か決まる。ナッシュが見つけたこのゲームは社会の仕組みを考えるときにとても便利なので、経済学や社会学などさまざまな分野で応用されるようになった。

1994年4月20日、コロラド州デンバー郊外のコロンバイン高校で2人の生徒が自動小銃などを乱射し、生徒12人と教師1人を射殺した(犯人の2人も現場で自殺した)。2007年4月16日、バージニア州のバージニア工科大学で韓国系の学生が銃を乱射し、本人を含む学生28名、教員5名が生命を落とした。2009年4月3日には、武装したベトナム系アメリカ人がニューヨーク州ビムガントンの移民支援施設を襲撃し、生徒や教師13人を射殺、本人も自殺した。ルイジアナ州バトンルージュに留学していた日本人高校生が射殺され、日本社会に衝撃を与えたけれど、銃社会アメリカでは同様の悲劇があとを絶たない。

日本を含むほとんどの国は銃の所持を厳しく規制していて、誰でも簡単に銃を購入できるアメリカ社会は常軌を逸しているように見える。でもナッシュ均衡で考えれば、銃社会にも合理性があることがわかる。

銃を所持しないのが当たり前の社会に生きているぼくたちにとっては、近所の誰かがこっそり銃を持っているというのはきわめて危険な状況だ。当然、そのことを積極的に通報し、警察が厳しく取り締まるよう求めるだろう。

一方、地域のだれもが銃を持っている社会を考えてみよう。このとき法律が改正され、銃の所持を規制することになったとする。その結果もっとも不利益を被るのは、法律を守る善良な市民だ。彼らは違法なことができないから、国の求めに応じて銃を放棄する。ところが無法者は法律を無視するから、自宅に大量の銃を隠し持つにちがいない。善良な市民の家に銃がないことを知った彼らは、いつでも押し入って家族を皆殺しにし、財産を奪うことができる……。このようにいったん銃社会が成立してしまうと、まっとうなひとほど銃規制に反対することになる。

日本は豊臣秀吉の時代に刀狩が行なわれ、それ以来、武士以外は武器を持つことが許されなかった。それに対して開拓時代のアメリカでは、土地が広すぎて保安官は当てにならず、家族と財産は自分で守るほかなかった。インディアンの襲撃(正しくはネイティブアメリカンが強奪された土地を取り戻すべく行なう武力行使)に備えて、誰もが銃で武装していた。このような初期値のちがいが、銃社会と銃のない社会という両極端のナッシュ均衡を生み出したのだ。

ドキュメンタリー映画作家マイケル・ムーアは『ボーリング・フォー・コロンバイン』で銃社会の矛盾を描いたが、冷静に考えれば誰だって銃のない社会の方が安心して暮らせることくらいわかる。でもみんなが銃を持つ社会では、銃を捨てることはきわめて危険な選択なのだ――左側通行の道路で右側を走るように。

このようにナッシュ均衡には、現状維持の強力なちからが働いている。アメリカ社会で頻発する銃乱射事件は、いったん均衡が成立してしまえば(ルールが決まってしまえば)、それがどれほど愚かしくても、変えるのがきわめて困難なことを教えている。

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PS

右側通行と左側通行は、制度としてはほぼ等価でしょうが、すべてのナッシュ均衡がこのような安定性(どっちでもいい)を持つわけではありません。制度には優劣があって、たとえば銃規制においては、銃のない社会のほうが、誰でも銃を持てる社会よりも優位性があります。

このことは、銃のない社会に住む私たちのほぼ全員が、銃社会への移行を望まないのに対して、銃社会であるアメリカでは、事件が起きるたびに激しい論争が起きることからも明らかです。

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アメリカはなぜ銃社会なのか? への26件のフィードバック

  • 774 のコメント:

    一旦市場に流れてしまった自動小火器は、多くがブラックマーケットで保管されているでしょうね。磨耗が大きくガタガタであっても弾薬がありさえすればいくらでも乱射事件は起こせます。規制を強化すればするほど、この闇市場が危険薬物と同時進行で強固に形成されるでしょう。かつての禁酒法よりも危険かもしれません。それは既に考慮されているのではないでしょうか?
    不謹慎な捕らえ方ですが、以前女性議員が射撃され一命を取り留めた事件がありましたが、あのクラスの要人でないと圧力団体への圧力にはならないのでしょう。
    武装警察官の配置を提案するならば掛かる経費は提案者が負担すべき、となるでしょうが、結局は誰も寄付さえしたくはないでしょう。
    次に想定される事案は、武装警察官や武装した教師が子供を打つ、という最悪のケースです。
    これも議論の的になるでしょう。

  • ロス在住 のコメント:

    とくめいさん。

    市街地への出入口での銃チェックって、一体出入り口がいくつあると思ってるん?
    増してラスベガス内の銃はどうするん?容疑も無しに家宅捜査できないし。それにラスベガスが非武装化したとわかったら、隣町のチンピラが安心して攻めて来るじゃん。

    それにアメリカとメキシコの国境は3200km もある。メキシコからは不法移民がわんさか入ってきてる。当然不法移民は旅行者が通る国境など通って来ない。連中は人の家の裏庭を通ってくる。命がけでやってくるわけで、一部は武装済み。それにオバマ政権はファーストアンドフュリアス作戦で、3000丁以上の銃器をメキシコに流した。そんな中、国境に住むアメリカ人は、どうやって自分や家族を守るんだ。

  • 平澤洋太 のコメント:

    オバマ大統領に 日本の豊臣秀吉が行った刀狩の例を伝える事が必要 日本だってできたんだから アメリカだってできるでしょう 警察や警備員他等限定して所持を許可しそれ以外は高額な税金をかける 一丁年間200万円とかさ そうすりゃあ かなりの率で回収できるんじゃなぁい? 手紙を送りたいなぁ

  • ダッチ のコメント:

    日本とは歴史も国民性も違う。
    産業や政治なども複雑に絡み合っているから難しいと思う。
    銃社会を捨てる法律が出来たらすごいけど、リスクが大きいと思う。
    禁酒法みたいな時代にならなければいいけど。
    でも、マシンガンは良くないね。
    あとマリファナ合法も良くない。
    マリファナとマシンガンと精神病が揃ったら、恐ろしい。
    西部劇のリボルバー式くらいにして欲しい。

  • ロス在住 のコメント:

    平澤洋太さん、

    刀狩は恐怖政治だからできた事。現在の先進国では無理です。
    高額な税金で銃を減らす…。世の中には問題を起こさないまともなガンオーナーと、法を省みない・精神異常なガンオーナーがいます。税金に困って銃を手放すのは問題を起こさない人達。その辺のチンピラや精神異常者が税金に悩んで銃を手放す事はないでしょう。

  • 774 のコメント:

    火災現場で消防士を狙撃した事件、祖母殺人で仮釈放中の男だそうですが、こんな奴でも幾らでもアサルトライフルでも狙撃銃でも手に入れることが出来るのが現状です。規制強化で凶悪犯罪が減るなんてことはまずあり得ないでしょうね。

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