ウクライナ危機「親ロシア派」とは何者なのか? 週刊プレイボーイ連載(158)

ウクライナ上空で乗員乗客298人が乗ったマレーシア航空の旅客機が撃墜された事件は全世界に衝撃を与えました。現在も真相究明が進んでいますが、親ロシア派の武装勢力がロシア軍から供与された地対空ミサイルを誤射したとみて間違いないでしょう。

ところで、「親ロシア派」とはいったい何者なのでしょうか。

ウクライナ危機は、民族紛争というより地域対立です。ポーランドなどEUに加盟した旧共産諸国と接する西部地区と、ロシアの強い影響下に置かれた東部地区では、経済政策の利害が真っ向から対立してしまうのです。

そんななか、ソチ五輪を利用して親EU派がクーデターを敢行し政権を奪取します。それに対抗してロシアは、軍事戦略上の拠点であるクリミアを併合しますが、その後、東部地区に親ロシア派の武装勢力が台頭してきたのです。

ところで、報道によるとこうした武装勢力は大半がロシアからやってきた義勇兵です。ウクライナの首都キエフは古名がルーシであるように「ロシア発祥の地」とされており、同朋が差別されていることと、その聖地がヨーロッパに奪われることへの反発が彼らを駆り立てているのだといわれます。

しかし、それだけのことで隣国の紛争に参加しようと思うでしょうか。家族や恋人と離れ、仕事を失い、生命まで賭けなければならないのです。

このように考えると、「義勇兵」に志願するのはふつうのひとたちでないことがわかります。

ウクライナで起きていることは、1990年代にボスニア紛争に介入したセルビアとよく似ています。

ユーゴ建国時のパルチザンの英雄の息子として生まれたアルカンは、厳格な親に反発して不良となり少年院に送られたあと、イタリアでユーゴ出身者の地下組織に加わって銀行強盗や殺人などの凶悪犯罪を繰り返し、国際指名手配犯となります。ベオグラードに戻ってからはカジノ経営で成功し、裏社会に君臨する一方、ストイコヴィッチが所属していたことで知られる名門サッカークラブ・レッドスターの関連会社の社長に収まりました。当時はユーゴスラヴィアが崩壊に向かう混乱期で、アルカンはレッドスターのフーリガンたちを民族防衛の義勇兵に組織したのです。

セルビア大統領のミロシェヴィッチが義勇兵を必要としたのは、欧米の反発で正規軍をボスニアに投入できなかったからです。

ヨーロッパのフーリガンは日本でいう暴走族(いまでは半グレ)のようなもので、法や権威には反発しますが組織への忠誠心は高く、民族主義に強く共鳴します。そんな彼らに武器を渡し、殺人や強奪を国家が公認したことで、ボスニアでは凄惨な民族浄化が引き起こされました(公正を期すために述べておけば、敵対するクロアチアやボスニアも犯罪者の義勇軍を組織していました)。

ボスニアやコソボでの蛮行が国際的な非難を浴びるようになると、ミロシェヴィッチは窮地に立たされます。民族主義を煽って大統領に当選した彼には、極右団体の暴走を止めることができないのです。その結果は経済制裁とEUによる空爆で、最後は戦争犯罪人として国際戦犯法廷に引き立てられることになりました。

これはべつに、特定の国や指導者への批判ではありません。

人間の愚かさは、どこでもいつの時代でも同じだ、という話です。

『週刊プレイボーイ』2014年8月4日発売号
禁・無断転載

ブラック企業問題は市場原理が解決する 週刊プレイボーイ連載(157)

知り合いの大学教授から、「居酒屋でアルバイトをする学生の退学が増えて困っている」という話を聞きました。原因は、日本経済の大きな問題になってきた人手不足です。

居酒屋や牛丼の大手チェーンが次々と店舗の閉鎖に追い込まれているように、サービス業ではアルバイトの確保に四苦八苦しています。学生はイメージのいいカフェなどで働きたがり、“ブラック企業”のレッテルを張られるようなところには来てくれないのです。

これは、居酒屋の運営に責任を持つ店長にとってはきわめて深刻な事態です。そんなとき、優秀な学生がたまたまバイトに応募してきたらどうなるでしょう。

店長はこの千載一遇の機会を逃さないよう、あらゆる手段で学生を引き留めようとするにちがいありません。店を仕切れるスタッフがいなくなれば店舗は閉鎖され、店長の仕事もなくなって家族ともども路頭に迷ってしまうのです。

学生のなかには、いい年をした大人の必死の説得を断れない心根の優しい若者もいます。こうして学業とアルバイトが逆転し、居酒屋が生活の中心になって、単位が取れず退学せざるを得なくなるのです。

美容院を経営している知り合いは、同じ雑居ビルに入っている居酒屋に憤慨していました。なんど注意してもゴミ出しなどのルールを守らないばかりか、客と店員が喧嘩して警察を呼ぶ騒ぎを何度も起こしているのだといいます。

ビルの入居者を代表して彼が居酒屋に苦情をいいにいくと、店長は平謝りするものの、いつまでに改善できるのか具体的な話をいっさいしません。彼が問い詰めると、居酒屋の店長は驚くべきことをいいました。

「私にはアルバイトにはなにもいえないんです。わかってください」

事情を聞いてみると、その店を実質的に支配しているのは路上の呼び込みとアルバイトでした。客とのトラブルのほとんどは「(呼び込みのいったことと)話がちがう」のが原因ですが、客は歩合制の呼び込みが連れてくるので彼らに逆らうようなことはできません。アルバイトを募集しても応募はほとんどなく、厨房やフロアのスタッフを辞めさせることもできません。店長とは名ばかりで、スタッフの機嫌をとるのが仕事なのですから、管理などできるわけがないのです。

「あとはつぶれてくれるのを待つだけですよ」と、知人はあきらめ顔でいいました。

ブラック企業が批判されるのは、新卒の正社員を大量に雇い、残業代を払わずに最低賃金以下で働かせ、使い捨てていくからです。こうした「ビジネスモデル」は、人材が無尽蔵に供給されることを前提にしています。2007年の世界金融危機に端を発した景気低迷で労働市場の需給がゆるんだことで、この「価格破壊」が可能になりました。

ところがアベノミクスによる景気回復で、少子高齢化の日本が今後、労働力の枯渇に悩まされることがはっきりしてきました。

需要と供給の法則では、供給が少なければ少ないほど価値は高くなっていきます。人手不足によってブラック企業のビジネスモデルは崩壊し、やがて市場からの退出を迫られることになるでしょう。

皮肉なことに、道徳的な批判や政府の規制ではなく、市場原理によってブラック企業問題は解決されるのです。

『週刊プレイボーイ』2014年7月28日発売号
禁・無断転載

ワールドカップで日本と韓国が勝てなかった“共通の理由” 週刊プレイボーイ連載(156)

ドイツの4回目の優勝でサッカーワールドカップの幕が閉じました。開幕前はスタジアム建設の遅れや反政府デモが危惧されましたが、「王国」ブラジルの凋落を象徴する7失点の衝撃も含め、今大会も世界じゅうを沸かせたことは間違いありません。

しかしそんななか、これまでになく大きな期待を背負った日本代表は予選リーグで1勝もできずブラジルを去ることになりました。日本がさらに強くなるためにはなにが足りないのでしょうか。

さまざまな提言があるでしょうが、ここで参考になるのはスイス代表です。

かつてヨーロッパの強豪だったスイスは、1970年代から欧州予選での敗退を繰り返す失意の時代を迎えますが、2006年からは3大会連続でワールドカップに出場し、世界ランクも最高6位まで上がりました。今大会はベスト16の激闘でアルゼンチンに延長の末1対0で敗れましたが、サッカー強国として復活したことは誰もが認めるところです。

人口800万人のスイスは世界でもっともゆたかな国のひとつで、サッカー以外に貧困からはいあがる術のないアフリカや中南米とはちがいます。スイス代表は、屈強なディフェンダーはいるものの鈍重なチーム、という印象でした。

そんなサッカーが変貌するきっかけは冷戦の終焉でした。

ベルリンの壁が崩壊して東西ドイツが統一されると、東欧の共産諸国が次々と民主化してヨーロッパは動乱の時代を迎えます。そんななか、歴史的に複雑な民族問題を抱えるユーゴスラビアの統治が崩壊し、ボスニアやコソボで凄惨な内戦が勃発しました。こうして1990年代から、多くのひとびとが故郷を捨ててヨーロッパ諸国へと逃げ延びることを余儀なくされます。

スイスも積極的に難民を受け入れた国のひとつで、これが鈍重なサッカーを劇的に変えました。

スイス代表のメンバーを見ると、ジャカ、シャチリ、セフェロヴィッチなどの名前が並んでいます。アルゼンチン戦のスターティング・イレブンにはスイス以外にルーツを持つ選手が8人もおり、そのうち4人は旧ユーゴスラビア出身の移民1世です。彼らは子どもの頃に紛争を逃れてスイスに渡り、異国の地でサッカー選手としての才能を開花させたのです。

現在のスイス代表はスイス系と移民の混成チームで、中盤と前線は「東欧のブラジル」と呼ばれた旧ユーゴスラビア勢が担っています。このようにして屈強なディフェンスと俊敏な攻撃陣をあわせ持つ理想的なチームが生まれ、2000年代に入ってからの快進撃が始まりました。

それに対して日本代表は、ほぼ全員が日系日本人で構成されています。やはり1勝もできずに敗退した韓国代表のメンバーも韓国系韓国人ばかりです。

シリコンバレーには世界じゅうから文化的な背景の異なる優秀な若者たちが集まり、その多様性からさまざまなイノベーションが生まれています。優勝したドイツをはじめ、オランダやベルギーなどヨーロッパの強豪国は移民に支えられています。

これが強さの秘密ならば、日本の敗退の理由は“純血”にあるのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2014年7月22日発売号
禁・無断転載