マネーロンダリング 暴走の果てに―HSBCメキシコと米議会報告書

『日経ヴェリタス』2012年8月12日号の寄稿した記事を、編集部の許可を得てアップします。イギリスの大手銀行HSBCのマネーロンダリング疑惑に関して、米上院国土安全保障・政府問題委員会が、社内文書やメールなど140万点以上の資料や関係者への事情聴取を基に作成した調査報告書を読み解いたものです。

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「こんなヤバいビジネスやってられるか。俺たちにはもっとでっかい金玉が必要だ。同じ筋書きの映画は前も観た。結末は最悪だ」

2007年3月15日、米麻薬取締局とメキシコ司法当局の合同捜査で、中国系メキシコ人の大富豪・葉真理(Zhenly Ye Gon)の自宅から、2億500万ドル(約160億円)と1700万ペソ(約1億円)の現金、多数の重火器が押収された。メキシコ国内で薬局チェーンを展開する葉真理は、覚醒剤などの原料をアジアから違法に輸入し、麻薬カルテルに販売したとして訴追されたのだ。

同年5月、米司法当局はメキシコの両替商大手プエブロの口座にある1100万ドルを、麻薬カルテルの資金だとして差し押さえた。この事件では、プエブロと取引のあった大手銀行ワコビアも米司法当局から告発されている。

この2つの事件の直後、HSBCグループのラテンアメリカ地域を統括する経営幹部が、HSBCメキシコ(HBMX)のコンプライアンス責任者に向けて、冒頭のEメールを送りつけた。

彼が激怒したのには理由がある。葉真理もプエブロも、HBMXの長年の顧客だった。とりわけ葉真理は、危険人物としてコンプライアンス部門が口座閉鎖を指示していたにもかかわらず、HBMXとの取引を続けていたのだ。

“The world’s local bank(世界の地元銀行)”を標榜するHSBCは、大英帝国の植民地銀行として1865年に設立された香港上海銀行を旗艦とするグローバル金融グループだ。1990年代には本社をロンドンに移し、中国やインド、中東、中南米などに大胆に進出して、世界約80カ国に8900万人の顧客と2兆5000億ドルの資産を持つ巨大金融コングロマリットへと成長を遂げた。

赤字銀行を買収

2002年HSBCは、65億ペソ(約400億円)もの赤字に陥って経営が立ち行かなくなったメキシコ第5位の銀行ビタルを買収する。この投資は、HSBCの新興国戦略のなかでもとりわけ輝かしいものになった。

ビタルの支店と資産を引き継いだHBMXは、大胆なリストラと事業再編で翌年には黒字に転じ、2007年には総資産が3500億ペソ(約2兆1000億円)と倍増、純利益は46億ペソ(280億円)に達した。

だがこの圧倒的な成功の影で、HSBCはビタルの負の遺産に苦しめられることになる。

最初に問題になったのは、HBMXがHSBCアメリカ(HBUS)に莫大な米ドル現金を送金していることだった。

その金額は、07年が30億ドル(2400億円)、08年には40億ドル(約3200億円)というとてつもない規模だった。米司法当局は、「このような巨額の数字は、麻薬ビジネスの利益が還流しているのでなければ理解不可能だ」と強く批判した。

麻薬カルテルは、中南米から密輸入したドラッグを米国内で販売し、大量の米ドル紙幣を入手する。ところが、麻薬犯罪取締の強化によって、いまではどの金融機関も多額の米ドル現金を受け取ろうとはしない。仮に入金できたとしても、疑わしい取引と見なされればたちまち口座資金は凍結されてしまう。

そのため麻薬カルテルは、米ドル紙幣をいったん中南米に運び込むことを余儀なくされた。彼らは沿岸警備隊ですら追いつけない高速艇で麻薬を密輸しているとされるが、その船は帰りに大量のドル紙幣を積んで国に戻るのだ。

大量のドル紙幣還流

こうしてメキシコに持ち込んだドル現金を麻薬カルテルは、カサ・デ・カンビオと呼ばれる両替商でペソに両替されたり、地元の銀行の米ドル口座に入金したりして“洗浄”する。

ところで、このいずれの取引でも、メキシコの大手銀行には大量の米ドル紙幣が集まってくる。そのため毎月1回、メキシコの銀行は手元にたまった米ドル紙幣を、特別な運送業者(武装したトラックなど)を使ってアメリカに送り返している。この取引は金融当局に報告されるから、それを集計すれば米国における麻薬ビジネスのおおよその規模がわかるのだ。

米司法当局は、麻薬カルテルによって、米国からメキシコに年間220億ドル(1兆8000億円)が流出していると推計している。そのうち30~40億ドル(2400億~3200億円)が、HBMXを通じてアメリカに還流している――これが事実なら、HSBCは麻薬ビジネスに加担していることになってしまう。

2002年にビタルを買収した当初から、コンプライアンスに大きな欠陥があることをHSBC幹部は認識していた。当時の記録には、その惨状が生々しく述べられている。

HSBCの検査官がビタルの224口座を調べたところ、そのうちの92口座で顧客情報が欠落し、37口座では顧客情報がまったくなかった。

1万5000あまりの信託のうち、書類が揃っているのは全体の40%で、2割の信託にはなんの書類もなかった。

ビタルの口座監視システムは日次取引しか表示できず、口座取引の全貌はまったく把握できなかった。

おまけに1998年には、ビタルの口座開設責任者が麻薬カルテルに不正送金の便宜を図ったとして、310万ドル(2億5000万円)の罰金を課せられている……。

Blog開設3年目を迎えました

おかげさまで、今日でBlogを始めて3年目を迎えました。最初は「1年続けばいいかなあ」と思っていたので、自分でも驚きです。

Twitterも、知人から勧められて半信半疑で始めたのですが、けっこう馴染んできました(昨日から変わった新しいキャラにはまだ馴染めませんw)。

これまでの1年間で、たくさんにひとに読んでもらえた記事のBEST10です。

  1. 高校生のセックス相関図から幸福と不幸を考える
  2. こんなに若者が幸福な時代はない
  3. 東京電力は本来の場所へ帰っていくだろう
  4. 日本人は世界でいちばん仕事が嫌い
  5. なぜ誰も原発賠償請求の利益相反を問題にしないのか?
  6. 「生活保護で貧困はなくならない」と賢者はいった
  7. 年金の支給開始が70歳になったら、「金融商品」としての損得はどうなるのだろうか?
  8. 日本人は日本語に混乱している
  9. “劣等人種”と“劣等産業”
  10. 女子高の生徒はなぜ望まない妊娠をしないのか?

これからも、無理しない程度に続けていこうと思います。

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昨日OPENした橘玲×ZAi ONLINE「海外投資の歩き方」もよろしくお願いします。

橘 玲

海外情報サイト「海外投資の歩き方」オープンのお知らせ

本日、橘玲×ZAi Online「海外投資の歩き方」がオープンしました。初日のご挨拶を、BLOGにも転載しておきます。

それと同時に、サイトOPENの記念として、講演会をやってみることにしました。ご興味のある方はどうぞ。

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こんにちは。橘玲です。

今日から、ZAi Onlineの中で「海外投資の歩き方」というサイトを始めることになりました。そこでかんたんに、企画の趣旨とコンテンツを提供してくれるひとたちの紹介をしたいと思います。

一口に海外投資といっても、いろいろなやり方があります。近所の証券会社で外国の株式や債券に投資するファンドを買ってもいいし、東証や大証には海外株式や商品指数などのETFが上場されていて、日本株と同様に売買できます。一部のオンライン証券会社は、アメリカ株や中国(香港)株などの個別銘柄を取り扱っています。

それに対して、私がやっている海外投資は、直接、現地の銀行や証券会社に口座を開設して、株式や債券、ファンドなどを買ってみる、というものです。なぜこんなことをするかというと、いろいろ理屈はつけられるのですが、ひと言でいえば面白いからです。

資産運用を収益の最大化で評価するのは正しい態度だと思いますが、誰もが人生を正しく生きなければならないと決められているわけではありません。しょせんひとの一生は有限なのですから、どうせなら楽しく生きたほうがいいに決まっています。

私と同じようにそんなことを考えて、海外投資の辺境地帯を探検しているのが木村昭二さんです。木村さんとの出会いはもう十数年前になりますが、当時はPT(永遠の旅行者)の研究家で、プライベートバンカーで、颯爽とした好青年でした。その頃にはすでに世界じゅうのオフショア(タックスヘイヴン)の大半を旅行して、バヌアツではセスナの免許まで取得し、行きたいところがなくなったからか、その後はモンゴルやミャンマー、ロシア・東欧、中東、アフリカ、中南米と、少年のような好奇心の向くままに“あやしい”国の金融機関を調べまくるようになります。ここではそんな木村さんの“調査・研究”の一端を、みなさんにご紹介することができます。

海外旅行と海外投資をセットにしていると、いろいろなところで思わぬひととの出会いがあります。ベトナムで日本語メディア『Sketch』を発行している中安昭人さんもその一人です。

日本の編集プロダクションで働いていた中安さんは、ベトナムの女性と結婚したのをきっかけに15年くらい前にホーチミンに移って、奥さんの実家で暮らしはじめます(いわゆるマス夫さんです)。

そこで現地日系旅行会社APEXが発行していた『ベトナムスケッチ』という日本語フリーペーパーの運営を任されます。最初はミニコミのようだったその雑誌は、ベトナムの経済発展や観光ブームの追い風を受けて、今では毎号200ページ、月刊2万5000部を発行するまでに育ちました。

中安さんは現在、社員40人を抱えるベトナムの“大手”出版社の社長さんで、ベトナム航空の日本語版機内誌や日本で発行されるベトナムのガイドブックの制作、雑誌のベトナム特集のコーディネート、さらにはベトナムでビジネスを始めたい日本企業のためのコンサルティングまで、さまざまな仕事をしています。

そんな中安さんはものすごく面倒見のいい人で、忙しい仕事の傍ら、海外で日本語メディアを制作している人たちのネットワークをつくりました。それが「海外日本語メディアネットワーク」で、アジア・太平洋地域を中心に40社くらいが参加して、東京のブックフェアにも毎年出店しています。

海外の日本語メディアというのは、旅先で見かける日本人旅行者や現地に暮らす日本人のための情報誌です。そこには生の現地情報が集積しているのですが、それがフリーペーパーとして使い捨てられていくのはあまりにもったいないので、中安さんといつも、なにかできないか話をしていました。

今回、ダイヤモンド社からこのサイトの話があったとき、真っ先に思い浮かんだのが中安さんの顔で、各国の日本語メディアのみなさんに協力していただいて、投資・経済に限らず、社会や文化を含む幅広いテーマで、海外現地情報のページをいっしょにつくっていくことになりました。

バンコク発のビジネス・生活情報誌『DACO(ダコ)』は海外の日本語メディアとしては最大手のひとつですが、タイ人の経理部長ブンさん(女性)が日本人の素朴な質問に答える人気企画「ブンに訊け!」を編集長の沼館幹夫さんが連載してくれることになりました。第1回は、日本人がタイ人の名義を借りてコンドミニアムを買っても大丈夫か? という話です。

ベトナムの中安さんは、「ベトナム路地裏経済学」のタイトルで、日本人がベトナムでビジネスをするときに出会うさまざまな疑問を実体験から解説してくれます。

カンボジアから寄稿してくれる木村文さんは、朝日新聞マニラ支局長を辞めてプノンペンでフリージャーナリストになったという変わった人です。現地発行のフリーペーパー『ニョニュム』の編集長をしていたこともあり、カンボジア人のスタッフと仕事をするときの難しさを書いてくれました。

ラオスの森卓さんは元バックパッカーで、独力でMacの使い方を学んで、ビエンチャンで『テイスト・オブ・ラオス』という日本語メディアを発行しています。最初の記事はラオスの中流家庭の家計簿で、夫婦と子ども2人、母親と同居の自営業(自宅兼店舗)で、収入が月5万5000円、支出が4万7000円だそうです。

最初はタイ、ベトナム、カンボジア、ラオスの4カ国で始めて、好評ならほかの国にも拡げていこうという計画です。

新しい記事がアップされたら、Twitter(ak_tch)で紹介する予定です。皆さんも気に入ったものがあったら、フォロワーの方にRTしてあげてください。そうやって人気が出てサイトのアクセスが増えると、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ミャンマーなどなど、ほかの国の日本語メディアにも声をかけられるようになります。最終的には、世界の5大陸すべてをカバーできるようにするのが目標です。

それ以外にも、面白そうなことがあればいろいろ試してみたいので、「こんなことをやってほしい」というアイデアがあれば教えてください。海外投資にかぎらず、「世界」に興味を持つ多くのひとたちに楽しんでいただけるサイトに育てていきたいと考えています。

 2012年8月20日 橘 玲