テロ事件の犯人に共通するのは「若い男」 週刊プレイボーイ連載(379)

ニュージーランド、クライストチャーチのモスクで礼拝者ら50人が死亡する凄惨なテロが起きました。犯人は28歳のオーストラリア人男性(白人)で、74ページにも及ぶ犯行声明をネットに投稿するとともに、銃撃の様子をフェイスブックにライブ配信したことで世界じゅうに衝撃を与えました。

今回の事件に大きな影響を与えたのは、2011年にノルウェーで10代の若者ら77人を射殺したテロだとされます。こちらの犯人は32歳の白人男性で、「極右思想を持つキリスト教原理主義者」と報じられました。

IS(イスラム国)戦闘員による相次ぐ事件によって、中東からの移民やイスラームがテロと結びつけられましたが、今回の事件は人種や宗教が本質的な要因ではないことを示しています。キリスト教徒の白人もテロを引き起こすからです。

2016年に相模原市の障害者福祉施設に元職員が侵入し、入所者19人を刺殺、職員ら26人に重軽傷を負わせました。戦後最悪の大量殺人となったこの事件の犯人は、当時26歳の男でした。

これらの事件には明瞭な共通点があります。それは犯人が「若い男」であることです。ISのテロも同じで、どれも目的を達成するために周到に準備し、冷静沈着に犯行が行なわれています。「精神錯乱」や「一時の激情」ではとうてい説明できません。

犯人が若い男ばかりなのは偶然ではありません。あらゆる国で凶悪犯罪に占める若い男の比率は際立って高く、女性や子ども、高齢者はめったなことでは殺人を犯しません。

性ホルモンの一種であるテストステロンは睾丸などから分泌され、その濃度は思春期の男性で爆発的に増え、年齢とともに減っていきます。これによって筋肉や骨格が発達しますが、そのもっとも重要な作用は脳の配線を組み替えて性愛への関心を高めるとともに、冒険や競争を好むようにすることです。

多くの哺乳類と同様に、男は思春期になると女の獲得をめぐるきびしい闘いの世界に放り込まれます。私たちはみな何百万年、あるいは何千万年も続いたこの性淘汰に勝ち抜いた男たちの子孫で、思春期から20代にかけて攻撃的・暴力的になるよう進化の過程のなかで「設計」されているのです。

さまざまなテロ事件のもうひとつの共通点は、犯人が自らの凶行をまったく反省していないことです。これは自分が「正義」を体現していると確信しているからでしょう。

男の暴力は集団内の女性獲得競争だけでなく、集団同士の抗争でも発揮され、こちらの方がより激烈・残虐になります。これはチンパンジーも同じで、集団間の抗争に敗れればメスを奪われ、オスは皆殺しにされてしまいます。生き残るためには先に殺すしかないのです。

テロの実行者は、たとえ単独犯であっても、「白人」「イスラーム」「日本人」などの(幻想の)共同体を代表し、「仲間たち」を救うために犯行に及んだと主張します。彼らはみな、妄想のなかでは「救世主」なのです。

しかしそれでもなお疑問は残ります。ほとんどの若い男は、たとえ過激な思想の持ち主でも、女子どもを含む見ず知らずの人間を殺して自分の人生を台無しにしようとは思わないからです。

そうなると最後の共通点は、「彼らの人生はもともと台無しだった」ということになります。そして不吉なことに、世界じゅうで(もちろん日本でも)、社会からも性愛からも排除された若い男は激増しているのです。

参考:リチャード・ランガム、デイル・ピーターソン『 男の凶暴性はどこからきたか』( 三田出版会)

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「日本的雇用が日本人を不幸にしてきた」という不都合な真実 週刊プレイボーイ連載(378)

平成もいよいよ終わろうとしていますが、この30年間を振り返っていちばん大きな変化は、日本がどんどん貧乏くさくなったことです。

国民のゆたかさの指標としては1人当たりGDPを使うのが一般的です。日本はバブル経済の余勢をかって1990年代はベスト5の常連で、2000年にはルクセンブルクに次いで世界2位になったものの、そこからつるべ落としのように順位を下げていきます。

2017年の日本の1人当たりGDPは世界25位で、アジアでもマカオ(3位)、シンガポール(9位)、香港(16位)に大きく水をあけられ、韓国(29位)にも追い越されそうです。訪日観光客が増えて喜んでいますが、これはアジアの庶民にとって日本が「安く手軽に旅行できる国」になったからです。

このていたらくを「グローバリストの陰謀」と怒るひとがいそうですが、これは事実(ファクト)に合致しません。「グローバリストの総本山」であるアメリカ(8位)の1人当たりGDPは5万9792ドルで、日本は3万8449ドルですから、国民のゆたかさは3分の2しかありません。これを単純に解釈すれば、「日本をもっとグローバリズムの国に!」ということになります。

平成の日本のもうひとつの「不都合な事実」は、サラリーマンのエンゲージメント指数が極端に低いことです。「会社への関与の度合いや仕事との感情的なつながり」を評価する基準で、エンゲージメントの強い社員は仕事に対してポジティブで、会社に忠誠心を持っているとされます。

近年になってエンゲージメントの重要性が認識されるようになり、コンサルタント会社を中心にさまざまな機関による国際比較が公表されるようになりました。それぞれ評価方法はちがいますが、衝撃的なのは、どんな基準でも日本のサラリーマンのエンゲージメント指数が最低だということです。

「グローバルスタンダードの働き方を日本にも導入しよう」という話になったとき、右も左もほとんどの知識人は、「終身雇用・年功序列の日本的雇用が日本人を幸福にしてきた」として「雇用破壊の陰謀」を罵倒しました。ところが「ファクト」を見るかぎり、日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでおり、仕事に対してネガティブで、おまけに労働生産性は先進国でいちばん低いのです。これを要約すれば、「日本的雇用が日本人を不幸にしてきた」ということになるでしょう。

会社が大嫌いにもかかわらずサービス残業などで長時間労働させられるため、日本の会社では過労死や過労自殺という悲劇があちこちで起きています。市場が縮小するなかでは昇進の余地は限られ、どんなに頑張っても給料はほとんど上がらず、年金と高齢者医療・介護を守るために保険料は重くなって手取りが減っていきます。国全体がどんどん貧乏になっているのですから、「戦後最長の好景気」を実感できないのも当たり前です。

日本人は「嫌われる勇気」を持って「置かれた場所で咲こう」としますが、現実には置かれた場所で枯れていってしまいます。そんな社会で「幸福」を手にするにはどうすればいいかを『働き方2.0vs4.0』(PHP)で書きました。

「人生100年時代」に、あなたはどんな「働き方」を選びますか?

『週刊プレイボーイ』2019年4月1日発売号 禁・無断転載

第82回 不合理なアパート商法なお(橘玲の世界は損得勘定)

かれこれ20年ちかく前になるが、本紙のコラムで「生命保険の仕組みは宝くじとまったく同じ」と書いたことがある。保険料=賭け金を払い、不幸な出来事が起きると保険金=当せん金を受け取る「不幸の宝くじ」を、保険会社は「愛情」の美名の下に販売しているという、ちょっとした皮肉だ。

この記事には、保険販売員の方から数件の抗議をいただいた。自分たちはお客様の幸福を願って保険を売っているのに、それを「不幸の宝くじ」とはなにごとか、というお叱りだった。

その当時はワンルームマンション投資が流行っていて、「賃料保証で利回り10%」などとさかんに宣伝していた。しかし考えてみると、そんな物件がほんとうにあるなら、不動産会社は銀行からお金を借りて自分で投資するはずだ。それなのになぜ、赤の他人に「うまい話」を教えるのか。それは営利企業が世を忍ぶ仮の姿で、その実態は「慈愛にあふれたボランティア団体」だからだ――とも書いた。

皮肉としてはこっちの方がはるかにキツいと思うのだが、奇妙なことに、不動産業界からは1件の抗議もなかった。

私はその理由を、不動産業に携わるひとたちは懐が深く寛大だからだと思っていたのだが、スルガ銀行やレオパレスなど「アパート商法」の不祥事が続発するに及んで考えを改めた。

いつまでも続くゼロ金利の世の中で、賃料保証で確実に儲かる投資機会があるなら、金融機関は個人にお金を貸したりせず、だぶついた資金を子会社に融資してアパート経営をやらせるだろう。「不動産の有効活用」がほんとうにできるなら、不動産会社は土地を買い取って自分でアパートを建てればいい。

私はこの20年間、「賃料保証の不動産投資は経済合理的に成り立たない」と繰り返し述べてきたが、あいつぐ事件を見ると、その間もネギを背負ったカモが続々とやってきたようだ。だがここでいいたいのは、「(私の)言論になんの影響力もない」ということではない(たぶんそうだろうが)。不動産業者にとっては、影響力があった方がうれしいのかもしれない。

多額の借金を背負ってアパートを建てるよう顧客を説得するには手間も時間もかかる。そんな営業マンにとって最大の悲劇は、さんざん説明させられたあげく、「そんなうまい話ならなんで自分でやらないの?」と訊かれることだろう。このひと言でそれまでの努力は水の泡になり、またゼロからのやり直しだ。

こんな徒労を避けるには、経済合理的な顧客が最初から来ないようにしておくのがいちばんだ。そのように考えると、不動産業者が私の皮肉にまったく腹を立てなかった理由がわかる。

「アパート商法は不合理」という話に「なるほど」と納得したひとは、不動産会社の敷居をまごごうとは思わないだろう。そうなれば、すべての営業資源を「うまい話」を信じる見込み顧客だけに集中することができる。

不動産業界のこころの広いひとたちはこのことを知っていて、私の無礼な文章を喜んで読んでいたのだ、たぶん。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.82『日経ヴェリタス』2019年3月24日号掲載
禁・無断転載