『臆病者のための裁判入門』発売のお知らせ

このたび文春新書から『臆病者のための裁判入門』を刊行いたしました。『臆病者のための株入門』の続編という位置付けですが、今回は裁判(本人訴訟)体験記です。

裁判といっても、私が原告となって訴訟を起こしたわけではありません。まったくの偶然から知人と大手損保会社のトラブルに巻き込まれ、代理人(補佐人)として、民事調停から高裁まで民事裁判のフルコースをやってみることになった、という話です。

ところで、弁護士資格を持っていない私がなぜ裁判に関わることができたのか? ここが話のポイントなのですが、じつは当事者はオーストラリア人で、私は通訳兼代理人として、本人訴訟のすべての過程に同席するという得がたい体験をすることができました(簡易裁判所では法廷内に入り、地裁と高裁では和解に場に同席しました)。

この本で扱うのは、損害額は些少(本書のケースでは12万円)だが過失としては重大な(相手側の損保会社は「保険会社としてあってはならないこと」と謝罪した)ケースです。日本の司法制度では、こうした少額の民事訴訟は弁護士に相手にされず(法テラスに相談に行っても断わられます)、本人訴訟で司法の判断を仰ぐしかないのですが、本人訴訟は裁判所でものすごく嫌われる、というのが現状です。

とりわけ、外国人の本人訴訟などというのは裁判所としては「あってはならないこと」で、その混乱から裁判所をたらい回しにされ、異例中の異例な扱いになっていくあたりは、楽しんで読んでいただけるのではないかと思います。

後半は、私の体験をもとに、少額の紛争に巻き込まれたときなにができるかをまとめてみました。

Amazonでご予約いただくと、19日(明後日)には発送されます。全国の書店の店頭に並ぶのは週末ですが、東京都内の大手書店なら明日には店頭にあるかもしれません。

書店で見かけたら、手にとってみていただければ幸いです。

 橘 玲

アイリス・チャンが死んだ日 週刊プレイボーイ連載(70)

2004年11月9日、アイリス・チャンは車の中で口に銃口をくわえ、引き金を引きました。といっても、ほとんどのひとは彼女のことを知らないでしょう。

中国系アメリカ人2世として生まれたアイリスは、大学でジャーナリズムを学び、いくつかの新聞社や出版社でアルバイトをした後、1950年代の赤狩りでアメリカを追われた中国人科学者の評伝を出版します。27歳で新進気鋭のノンフィクション作家となったアイリスの2冊目のテーマは、南京大虐殺でした。

中国での生存者へのインタビューなど、2年に及ぶ調査の後に書き上げた『ザ・レイプ・オブ・南京』は50万部を超えるベストセラーとなり、アイリスをたちまちのうちにセレブの座に押し上げます。

しかし、満を持して上梓した3作目の『ザ・チャイニーズ・アメリカン』は、彼女の期待に反して酷評に晒されることになりました。西部開拓時代のアメリカで鉄道建設に従事した中国人がどれほどの迫害に耐えたのかを描いた力作ですが、アメリカの知識層は、旧日本軍が中国人をレイプする話には喝采を送っても、アメリカ人が中国移民を差別する話は好まなかったのです。

この頃から、アイリスは不眠とうつ病に悩まされるようになります。そんな彼女が4作目のテーマに選んだのはフィリピン戦線におけるバターン死の行進で、生き残ったアメリカ兵に取材して、ふたたび旧日本軍の残虐行為を暴こうとします。しかし彼女の病んだ神経はもはや困難な取材に耐えられず、夫と2歳になる子どもを残して、享年36の短い生涯を終えることになったのです。

新聞やテレビでその衝撃的な死が報じられたとき、私はたまたまニューヨークに滞在していました。なぜこんな古い話を覚えているかというと、ニューヨークタイムズやワシントンポストなどアメリカの一流紙が、「30万人以上が虐殺され、8万人以上がレイプされた“もうひとつのホロコースト”を発掘した」と、なんの注釈も付けずに彼女の業績を賞賛していたことに驚いたからです。

日本では南京大虐殺について詳細な検証が行なわれており、旧日本軍による蛮行を認める戦史研究家でも、陥落時の南京城内の人口が20万人程度だったことなどから、死者30万人の“大虐殺”を史実とはみなしません。しかしそうした研究はほとんど英語に訳されることはなく、一部の現代史の専門家を除けば欧米ではまったく知られていないのです。

南京大虐殺を歴史の捏造と主張するひとたちは、『ザ・レイプ・オブ・南京』の翻訳出版を阻止し、「死者数万人」とする国内の“見直し派”とはげしく論争してきました。彼らの目的は、目の前にいる日本人の論敵を打ち負かし、歴史教科書など南京大虐殺を認める日本語の文書をこの国から放逐することでした。

しかし彼らが、日本国内の日本語によるガラパゴス化した論争に夢中になっているあいだに、英語圏において南京大虐殺は“史実”となっていたのです。

アイリス・チャンが死んだ日に、私ははじめてこの“不都合な国際常識”を知りました。そしていまだに、このことを指摘するひとはほとんどいません。

 『週刊プレイボーイ』2012年10月8日発売号
禁・無断転載

アイリス・チャンの訃報はネット上で読めます。
Iris Chang, Who Chronicled Rape of Nanking, Dies at 36  (The New York Times)
‘Rape of Nanking’ Author Iris Chang Dies (The Washington Post)

「お知らせメール」登録をバージョンアップしました

こんにちは。

新刊が出たときに登録者の方にメールでお知らせする「お知らせメール」をバージョンアップしました。

お知らせメール登録

これまでは、個人情報ということもあり、メールアドレスのみを登録していただいていたのですが、メールをお送りする以上、やはりお名前を入れるのが礼儀ではないかと思い直し、「お名前」欄を追加しました(ペンネーム可、空欄でも構いません)。

すでにメールアドレスを登録していただいている方で、今後は名前入りのお知らせメールを受け取りたい方は、ご面倒ですが、お名前を記入の上、再度、メールアドレスを登録してください(重複したアドレスは自動削除されます)。

よろしくお願いします。

PS ソフトの入れ替えにともない、一時、コメントが書き込めない状態になっていました。現在は不具合は解消しています。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。