自衛隊にはなぜ軍法会議がないの? 週刊プレイボーイ連載(322)

日本の自衛隊についてずっと不思議だったことがあります。トム・クルーズ、ジャック・ニコルソン主演の『ア・フュー・グッドメン』のように米軍を描いたハリウッド映画には軍法会議が舞台のものがいくつもあるのに、自衛隊にはなぜ軍法会議がないのか、ということです。さらに不思議なのは、憲法9条改正の議論のなかで、保守派もリベラルもこのことを問題にするひとがほとんどいないことです。世界の軍隊のなかで、軍法会議の制度をもたないのは(おそらく)自衛隊だけだというのに。

これは私の個人的な感想ではなく、日本法制史の碩学である霞信彦氏(慶應義塾大学名誉教授)は、『軍法会議のない「軍隊」』でこの異様な状況について述べています。自衛隊は国際的には重武装の「日本軍」であり、中国や北朝鮮との軍事的緊張も高まっているというのに、日本国内ではいまだに「自衛隊は軍隊ではない」あるいは「自衛隊は違憲だ」との理由で軍司法制度(軍刑法と軍法会議)がないことを当然する「常識」がまかり通っているというのです。

軍法会議がないと、どのようなことになるのでしょうか。

PKO(国際連合平和維持活動)に派遣された自衛隊の部隊が現地で武装勢力から攻撃を受け、戦闘に巻き込まれた民間人が死傷したとします。こうした場合、PKO部隊の兵士の行為が適切だったかどうかはそれぞれの派遣国の軍法会議によって裁かれることになっていますが、日本には軍司法制度がありません。そうなるとこの事件は、検察が自衛隊員を被疑者として刑法199条の殺人罪で起訴し、日本の裁判所で審理するほかないのです。

南スーダンのPKOに派遣された陸上自衛隊の日報を防衛省が組織的に隠蔽していたとして稲田防衛大臣が辞任しました。日報には首都ジュバで大規模な武力衝突が発生した際の状況が記録されており、これが「紛争当事者間で停戦合意が成立していること」というPKO五原則に反しているため公表を躊躇したのだと報じられています。

たしかにそういう事情もあるでしょうが、安倍政権が南スーダンからの自衛隊撤退を決断した理由は、現地でやむなく戦闘行為を行なった場合、それにともなう民事上・刑事上の紛争を処理することができないからでしょう。自衛隊は主要国に匹敵する武力を保有していますが、「戦う」ことを前提にしていないのです。

安倍首相は北朝鮮の核ミサイル開発を「国難」として総選挙に踏み切りましたが、朝鮮半島で有事が起きても、このままでは自衛隊はなにもできない張り子の虎です。それでも万が一、北朝鮮軍が攻撃してくれば自衛隊は応戦するでしょうが、そもそも憲法上は存在しないはずの軍隊なのですから、すべては「超法規的」に行なわれるしかありません。

近代国家はすべての「暴力」を独占しますから、国民にとってもっとも重要なのは、その強大な「暴力」を民主的な法の統制の下に置くことです。その中核部分が空白になっているとすれば、これは「スパイ防止法」や「共謀罪」どころの話ではありません。

「軍法会議のない軍隊」を放置している政府も、自衛隊という「暴力装置」の法治を拒絶しているリベラルも、そろそろこの異常さと向き合う必要があるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2018年1月29日発売号 禁・無断転

『専業主婦は2億円損をする』ニュースリリース

『専業主婦は2億円損をする』のニュースリリースをマガジンハウスの広瀬桂子さんがつくってくれました。読者の声も集められているので、テキストデータでアップします。

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「専業主婦」「2億円」に大反響!

橘玲著、『専業主婦は2億円損をする』。発売後早々に、この本の紹介記事がYahoo!ニュースに紹介されるや、たちまち33万PVを記録。

書き込みは1000件に迫り、「子育ても家事も大変なのに」、「共働きがそんなに偉いのか」、「子育てこそが大事では」 といった専業主婦からの怒りの声をはじめ、コメント欄が騒然となりました。一方、「一部のよっぽどのエリートでなければ、女性が2億円も稼げるわけはない!」 という声は男性からも多く上がりました。
2億1800万円は、大学・大学院卒の女性が、60 歳で退職するまでフルタイムの正社員を続けた場合の生涯賃金(厚生労働省調べ)。

金額には、退職金は含まれておらず、従業員1000人以上の企業で働く女性の平均は、2億5000万円を超えています。「2億円より子どもとの時間が大事」とのコメントもありました。一方で、「好きで専業主婦になったわけじゃない」、「転勤について仕方なく」、「本当は働きたかった」という女性の声も多数見られました。

本を読まないで発言している人が多いため、発売1ヶ月半で、異例のKindle無料サービスに踏み切る。

Yahoo!ニュースという性質上、記事だけを読んでのコメントになります。本自体を読んでほしいと、期間限定で無料ダウンロードを開始。その日のうちに、Kindle無料ランキング総合1位に。ツイッターには本の感想が大量に書き込まれ、#専業主婦、#2億円ほかのハッシュタグも続々誕生。アマゾンコメントも急増。

朝日新聞でも、年明けの記事で専業主婦をテーマに特集。

●「覚悟して選んだ」専業主婦、でも…「女性活躍」にざわつく焦燥感 ●「専業主婦も輝ける」 女性活躍への疑問「家族を支えているのは私。/安倍政権の「働き方改革」のもと、専業主婦をめぐる状況がどんどん変わってきています。

本書で伝えたかったのは、
女も男も幸せになる、
新しい働き方と生き方。

読者の皆さんの生の声は次の頁で⇒

*想定通り。共働きが今後の解決策だと思っていたけど、その通りの内容が書いてあった。

*高校生から20代くらいの賢い女性をターゲットに書いたそうだが、人並み以上の頭がある子にはおすすめの本だ。

*男性こそ読むべき。若い女性を対象に書かれてはいるものの、根底に流れている思想は橘玲さんの書かれた今までの書籍と考えがぶれることはありませんでした。女性の置かれている真の問題がわかり、興味深い内容になっています。

*日本が今、男女の区別なく働きやすい労働環境が整う社会に向かって試行錯誤を重ねているのは間違いないでしょう。日本社会の未来を展望した啓蒙書です。

*専業主婦が収入を得る機会を損失しているというのは当たっていると思えます。お金の面だけではなく、心理的な自由、社会参加の機会損失など、さまざまなデメリットがあります。多少の税制面でのメリットなどたいした問題にならないほど…。

*専業主婦に憧れる若い女性が増えているということへの警鐘的な意味合いを感じる本で、バッシングではありません。若い子たちがそういう側面があることを知っておくのは良い事だと思うし、専業主婦に育てられた娘さんが読むのもありでしょう。しかし、自分の幸せや人生を決めるのは自分自身。皆違って皆良い、で。

*本書は若い女性に向けて書かれたものではあるが、男性にとっても良い指針となるものである。なかなか給与が増えないし定年まで雇用があるか不明確な時代であるから、男性は専業主婦希望の女性との結婚はためらいがちである。女性が経済的自立をしていれば、パートナーとして一緒に暮らしたいと考える男性も多いだろう。女性にとっても共同生活に不満があればさっさと関係を解消できるメリットがある。

*これから社会に出る女性に必読のサバイバルガイド。橘玲さんの本を一冊も読んだことのない人(とくに若い女性)に、ぜひ手に取ってもらいたいと心から思います。

*とりあえず、若い人に読んでほしいです。これからの人生戦略を練るために、男性にも女性にも有益だと思います。

*仕事をするということは決して、お金だけのメリットではないと思うのですね。社会とのつながりを持ち、自分自身の誇りの一助ともなります。あらゆる面からみて、働くことはデメリットよりもメリットの方が上回ります。これから結婚や子育てを考えている女性には必読の本でしょう。

*専業主婦になるのはもったいない的な内容については非常に共感できます。夫婦家事などをシェアしてうまくやりくりしてでも専業主婦という檻に能力のある女性を閉じ込めてしまうのはもったいないと思います。

*専業主婦です。子供は可愛いし産んで後悔はしてません。ですが、本当に子供を産むと180度世界が変わります。知らないより知ってた方がいいと思うので、独身女性に是非読んでもらいたい1冊です。

*私自身は、ずっと働こうと思って日々仕事をしていますが、ときどき辛くなることも事実。でもこの本を読んだら、私は間違ってなかった! と強く思い、俄然、勇気が沸いてきました。

*私は著者が想定したターゲットの20代女性で、専業主婦から現在フリーランスで細々とやっています。キャリアを途絶えさせることの恐ろしさを再認識しました。

*既に事情があって専業主婦になってしまったので悲しい気持ちで読んでいました。でも自分の子供世代には読んでもらいたいと思っています。結婚しても子供が出来ても働いていける社会にしていきたいし、自由に選択できるような気持ちにしてあげたい。

*専業主婦の立場です。主人の転勤で公務員を辞めて次々と赴任してきました。これからの時代の選択肢としてこの本を娘大学1年に読ませようと思います!自分の選択に後悔はないですが、娘も自分の選択肢を広げて生き生きと過ごしてもらいたいです。そして私にも活力になりました。

*社会に出でて働きながら、常に感じていたけど言葉に出しづらかった内容をズバリといってくれています。同じ教育を受けながら、同じ能力をもちながらも子育てや家事という「生活」に翻弄されがちな女性の立場を、厳しい視線ではありますが応援してくれてます。

*全ての内容が奇をてらわず、当たり前のことをきちんと調べて整理して、わかりやすく伝わってきて真面目な本だと思いました。男女問わず就職前の高校生、大学生に読んでほしいです。

*日頃感じていることを代弁してもらった良書。タイトルはやや過激ですが、内容は合理的な分析に基づいた納得感のあるものです。

*女性社会進出や男女平等が叫ばれる日本で、なぜか漠然と「まだまだ女性って不利じゃね?」と思っていた気持ちがクリアになった。本来ものすごく難しいテーマだと思うけど驚くほどスッキリ、しっくりハラオチするようにまとまっている。日本人全員が読むべき。

*人生は金銭の損得では測れませんよね。しかし、若い女性には一度読んでみて欲しいです。現代の社会環境を知らずに「専業主婦になりたい」と思っている女性がいかに危険かという問題提起の本です。分かりやすい文章で書かれているし、実例も豊富でとても読みやすいです。

*専業主婦の立場で読みました。簡潔で分かりやすい文で読みやすく、なるほどなと思う部分もたくさんありました。私くらい専業主婦が長いとこれから変えていくのは若干遅いですが、若い世代には読んでおいて損はありません。うちの子にもすすめてみたいと思います。

*専業主婦を目指したい今の若い女性たちに、経済面から良いアドバイスを与えてくれる本です。

*結婚への漠然とした抵抗感を言語化してくれた本。説明の流れの中に、例や研究結果、データがスムーズに組み込まれていてスラスラ読める。

*安倍首相のアベノミクス以降、女性の社会進出は、大きく変わったと思うので、世界的な変化を、日本人は、知るべきだし、古い考え方に、縛られている人は、まだ多いと思う。

*今、娘がいる父親としてこの子が幸せな人生を歩んで行くためにどんなことを考えてあげれば良いのかとてと興味深く読ませていただきました。自分の人生に責任を持って生きていける力をつけさせてあげたいと思います。

*「好きで専業主婦になったわけじゃない」人も大勢いる、という話がおもしろく、その理由がデータで示されているのが目からウロコでした。ここを読んで、ほっとする女性は多い思う。女性の応援をしてくれる本だと思った。

*日本社会はやっぱりおかしい、社会を変えるのは時間がかかる、ではどうしたら少しでも幸福な生き方ができるのか…を分かりやすく書いている。

*若い女性がメインターゲットの本ですが、40代男性の私も大変興味深く読みました。本書はこれまでの著者のエッセンスを若い女性向けに分かりやすく平易な言葉でまとめています。少子化対策への指南書やキャリア論として非常に強力で、下手な専門書よりも役立ちます。

*嫁は、住宅ローンを完済するまでは正社員を辞めないと言っていた約束を守りませんでした。辞める前にこの本を読んでいたら働き続けていることでしょう。

*面白すぎて一気に全部読んでしまった。何とかして奥さんに働いてもらいたくなった。

*斬新な切り口で面白いです。題名からは想像できないですが、これからの若者、特に女性への希望ある未来を示す本です。

*シングルパパを13年やっています。一から仕事も子育てもやって、専業主婦も共働き主婦も大変なことが良くわかりました。次に結婚するなら、キャリアウーマンの方ですね。家事も育児もできますアピールできるしな~。

*堂々と言ってくれてありがとう。私自身は、この本でいうニューリッチだが、自分の選択は間違ってなかったと改めて思った。今の若い女の子たちにぜひ読んでもらいたい、と同時に日本のジェンダギャップの解消を切に願います。

*人生にためになる事ばかり。これを元に自分の人生を現実的に考えてみようと思った。

*感動しました。私も出産したら働けない…と考えていた一人でしたが、この本に出会って、新しい生き方があることがわかりました。

*今まで、なんとなく不思議だなぁって思ってた事が、「なるほど」と理解できた。

母子家庭を生活保護から切り離しては? 週刊プレイボーイ連載(321)

生活保護費のうち、食費などの生活費をまかなう「生活扶助費」が今年から大幅に引き下げられることになりました。この決定についてはさまざまな議論があるでしょうが、いちど整理してみましょう。

まず、福祉社会の最大の敵はモラルハザードであり、生活保護制度を守るためにはフリーライダー(ただ乗り)を排除しなければなりません。働いてこつこつ年金保険料を払ってきたひとよりも、一銭も払わずに生活保護で暮らす方が得であれば、バカバカしくて誰も年金制度に加入しようとは思わないでしょう。

もちろん、年金保険料を払えなかったやむをえない事情があるひともいるでしょう。しかしその一方で、ネットには「ナマポ(生活保護)で暮らせばいいんだから年金保険料なんて払わない」という書き込みがいくらでも見つかります。世界でもっとも高度な福祉社会である北欧諸国は、「国家の保護に頼ってはいけない」と道徳の授業で子どもたちに教えているといいます。日本も社会保障をもっと充実させるべきだと考えるなら、フリーライダーにきびしく対処することを受け入れなくてはなりません。

年金には「マクロ経済スライド」が導入され、物価水準に応じて支給額が減額されるのですから、生活保護費をそのままにすればいずれ損得が逆転してしまいます。年金保険料を納めてこなかった高齢者の生活保護費を国民年金の水準以下にするのは、制度を守るためにこそ不可欠です。「そもそも低所得者の年金が低すぎる」との批判があるでしょうが、だとしたら1000兆円もの借金を抱えた国がどうすればいいのかも合わせて提言すべきです。

しかしこうした事情は、母子家庭ではまったく異なります。高齢者の多くは健康上の理由で働くことができませんが、母子家庭の母親は20代から40代ですから、適切な支援があれば仕事をして収入を得、税金を納めることができます。子どもは学校を卒業して働きはじめ、やはり納税者になります。そのように考えれば、母子家庭の生活保護費を高齢者に合わせて引き下げることに合理的な根拠はありません。

母親と子どもにとっても、日本の社会と納税者にとっても、もっとも望ましいのは母子家庭の収入を最大化するような制度です。そのためには保育園や託児所の充実など、母子家庭の母親が独身女性や共働きの母親と同じように働ける環境をつくっていくことが必須です。

日本社会の大きな問題は、母子家庭の世帯収入が、児童扶養手当などを入れても一般世帯の3分の1程度しかないことです。一人あたりの平均所得の半分に満たない額が「貧困線」ですが、日本のひとり親世帯では、貧困線以下の割合が54.6%と先進国のなかで群を抜いています。それなのに、母子家庭の就労率は85.4%と、女性が働くのが当たり前のデンマークやスウェーデンより高いのです。これは、生活保護を受給すると子どもがいじめられると危惧しているからでしょう。

生活保護費の切り下げで母子家庭を罰してもなにひとついいことはなく、未婚率が上がって少子化がますます進むだけです。いま必要なのは、負のイメージしかない生活保護制度から母子家庭を切り離し、子どもを連れて離婚することがハンディキャップにならない社会をつくっていくことなのです。

『週刊プレイボーイ』2018年1月22日発売号 禁・無断転