イラン旅行の思い出

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

テヘランで大規模な抗議デモが起きていると報道されていますが、2019年11月にイランを旅行したときの記事をアップします。このときもその直後に、抗議デモが起きたと報じられました。(一部改変。情報は当時のものです)

ステンドグラスが美しいマスジェデ・ナスィーロル・モスク(シラーズ)/ Alt-Invest.Com

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イランを旅したのは2019年の11月はじめで、その後、ガソリンの大幅値上げに抗議してテヘランなどで大規模なデモが起こり、100人超の死者が出ていると報道された。

そんなときに旅の感想など書いてどうするのかと思われるかもしれないが、長い歴史と伝統をもち、魅力的でかつ、さまざまなことを考えさせられるこの国の旅について、忘れないうちに気づいたことをまとめておきたい。今回の騒動が収まってからイラン旅行を考えているひとにも役に立つだろう。

旅の季節と服装

イランは日本の4.5倍の面積がある大きな国だが、観光地は古代ペルシア時代の遺跡やサファヴィー朝最盛期の建築群が残る南部に集中している。乾燥していて昼と夜の寒暖の差は大きいものの、11月でも日中は軽装でじゅうぶんだった。

イラン南部の夏はかなり暑く、旅行に最適なのは春と秋。今回の旅行も毎日快晴だったので10~11月もお勧めだが、イスラーム時代の美しい庭園を楽しむのなら5月がいいという。

イスラーム圏の旅行で注意しなければならないのがラマダン(断食)。この時期はほとんどの飲食店が日中は店を閉め、外国人や旅行者のために開けている店でも、飲食している姿が外から見えないように黒い布で窓を覆ってしまう。これでは地元で人気のレストランに行くこともできず、旅の楽しさが半減してしまうので、事前にその年のラマダン期間を確認したうえで、その時期を外したほうがいいだろう。

かくいう私も10連休を利用して5月初旬にイランに行こうと考え、ドバイまでの便を押さえてからラマダン(2019年は5月5日~6月3日)と重なることに気づいて、エチオピアとルワンダに目的地を変えた。

イランは「イスラーム共和国」で、服装に関してもクルアーン(コーラン)の教えに則っていることが求められる。

男性の場合はそれでも、ショートパンツ(短パン)を避ければいいくらいで、さしたる不都合はない。ガイドブックには長袖シャツを着用するようアドバイスするものもあるが、若者はごくふつうにTシャツを着ているから、襟のあるポロシャツや半袖シャツなら問題ない。

女性は外国人でも、外出の際はかならずヒジャブ(ヴェール)を着用しなければならず、なおかつ尻から太ももにかけてのラインを見せてはならない。

ヒジャブはもともと髪を隠すためのものだが、都市部では世俗化が進んでいて、若い女性では頭の後ろでピン止めしただけのスタイルもよく見かける(正面からだと、ヒジャブをしているかどうかわからない)。外国人女性も、スカーフで髪の毛を隠すくらいでじゅうぶんだろう。

ヒジャブよりもタブーがきついのが肌の露出とヒップのラインで、お洒落な若い女性たちも必ず長袖のシャツとジーンズ(スボン)姿で、長めのコートを羽織っていた。旅行中、半袖や膝上スカート姿の女性はいちども見なかった。コートではなく丈の長いカーデガンでも構わないが、腰回りは隠したほうがいいだろう。

ガイドブックでは、足首から下の肌の露出を避けるために靴下とスニーカーを勧めるものもあるが、ヨーロッパからの旅行者(フランスとイタリアが多い)は素足にサンダル姿もたくさんいた。ひと目で外国人とわかるのでうるさいことはいわれないと思うが、宗教施設を訪れるときは靴下を着用したほうがいいだろう。

自撮りをする女子大生たち。左の女性の鼻が白くなっているのはプチ整形(エスファハーン)/Alt-Invest.Com

ビザ

イラン核合意からアメリカが離脱したことにともなって、イラン渡航歴がある場合は米国のビザ免除プログラムの対象外とされ、短期の観光旅行でもESTA(エスタ)ではなく正規の観光ビザが必要になった。イラン旅行を計画する際には、まずこの制限を承知しておく必要がある。

従来、イラン大使館・領事館で観光ビザを取得するには招待状とイラン外務省の許可番号が必要で、国内の旅行代理店を通して手続きするのがふつうだった。テヘランのエマーム・ホメイニー国際空港でアライバル・ビザを取得することもできるようだが、入国が認められないこともあるとのことであまり勧められない。

2018年10月よりe-VISA(電子ビザ)の発給がスタートしたことで、シングルビザの取得がはるかに容易になった。

まずイラン大使館の電子ビザのサイトにアクセスし、必要な情報を入力したあとパスポートコピーと顔写真の画像をアップロードする。とくに規定はないが、女性の場合はヒジャブ(ヴェール)姿で顔写真を撮影した方がいいかもしれない。

電子ビザの情報を送ると、申請を受け付けたというメールと、申請状況を確認するためのトラッキングコードが送られてくる。5営業日たっても返信がない場合、このコードで手続き状況を確認できるとのことだが、イランへの旅行者が減っているためか、翌日にはビザ申請が認められたというメールと、VISA GRANT NOTICEという添付書類が送られてきた。

次はこの書類をプリントアウトし、パスポートといっしょにイラン大使館・領事館(東京都南麻布)に持っていく。領事館窓口でビザ代金(シングルビザで1人2500円)を支払うと、4営業日でA4の紙に印刷された正規のビザが発給される(パスポートにビザのシールは貼られない)。昼過ぎに訪れたのだが私以外にビザ申請者は誰もおらず、すぐに対応してもらえた。

申請は本人でなければならないが、受け取りは代理でも可。急ぎの場合は、追加料金を支払えば緊急発行してもらえる。地方在住者は郵送でも受けつけているようだ。

エマーム・ホメイニー国際空港の入国管理はイラン人と外国人に分かれており、ドバイからの便(ほぼ満席)で外国人窓口に並んだのは私も含めて3組だけだった。入国はいたってあっさりしたもので、パスポートとビザの用紙を係官に提出すると、パスポートの顔写真を確認しただけで通された。パスポートにスタンプを捺さないばかりか、パスポート情報をスキャンすることもない。ビザを発給した時点で必要な情報は登録してあるから、実際に入国したかどうかは関係ないということのようだ。

この手続きからわかるように、パスポートにはイランに渡航した形跡はまったく残らない。これがアメリカの制裁対策であることは明らかだが、イラン旅行を伏せてESTAで問題なく米国に入国できるかどうか実際に試したわけではないので、あとは自己責任ということになる(リスクを取りたくなければアメリカ領事館で観光ビザを取得すればいい)。

イランではホテルに宿泊する際、受付にパスポートを預けるが、ビザもいっしょに求められることがあるので、旅行中はかならず携行するようにしよう。

通貨とクレジットカード

イランは経済制裁によって国際的な金融取引システムから遮断されているため、外国人旅行者はATMから現地通貨を引き出すことも、クレジットカードで支払いをすることもできない。そのため米ドルを現地通貨に両替するか、米ドルの現金(紙幣のみ)で支払いをすることになる(ユーロも受けつけられるようだ)。

ただし、大半の旅行者はガイド付きのツアーを利用するだろうから、現地通貨はほとんど必要ない。ツアー代金にはホテル、国内移動(飛行機と車)、朝食・昼食、観光施設への入場料が含まれており、実際に使うのは夕食とちょっとした買い物代金だけだ。6泊7日の旅行で、50ドル(5500円)から100ドル(1万1000円)を両替すればじゅうぶんだといわれた。少額を両替するようアドバイスされるのはドルへの再両替ができないからだ。

イランの通貨はリアルで、公定レートと実勢レートが大きく異なる。インターネットで調べると公定レートは1円≒0.0033リアルと表示されるが、空港で100ドルを両替したところ1円≒0.0002円で実勢レートの15分の1だった。

イランは4桁のデノミが検討されているほど通貨価値が下落しており、100ドル(1万1000円)が約5000万リアルになる。50万リアル紙幣もあるが、両替は10万リアル紙幣で渡されるため、100ドルを出すと500枚のリアル紙幣が返ってきてレンガのような厚さになる。10万リアルを約200円と計算すればいいから、意外とすぐに慣れる。

500枚の10万リアル紙幣/Alt-Invest.Com

これではいくらなんでも不便ではないかと思うだろうが、イランはじつは金融決済システムが発達していて、小さな商店にもカード端末がある。地元のひとたちはクレジットカードやデビットカードでスマートな支払いをしており、分厚い札束をカバンやポケットに詰め込んでいるのは外国人旅行者だけだ。

さらに混乱するのは、日常的には「トマーン」という単位が使われることだ。1トマーンは10リアルで、さらに下三桁をはぶいた金額でやりとりされる。「いくら?」と訊いて「Ten」といわれると10,000トマーンのことで、これは100,000リアルになる。最初はよくわからなかったので、「ずいぶん安いな」と思いながら10万リアル紙幣を渡してお釣りを待っていたら、「なんだこいつは?」という顔をされた。

外国人旅行者が少ないこともあるだろうが、どの店も明朗会計でごまかされるようなことはなかった。土産物店はドル支払いがふつうなので、面倒な計算をせずにドルで価格を聞いた方が早い。新興国はどこも同じだが、破れていたり皺が寄っているドル紙幣は受けつけられないので、日本で米ドルを調達する際は、両替レートが多少悪くても米ドルの新札を用意してくれる銀行の両替所などを利用したほうがいいだろう。もっとも使い勝手がいいのが20ドル札で、少額の支払い用に1ドル、5ドル、10ドル札を適当に用意しておこう。

イランといえばペルシア絨毯で、手織りのシルクでノット(結び目)の細かなものはきわめて高額だ(それに対して羊毛の絨毯は手織りでも2万円程度からある)。100万円を超えるような買い物も現金で支払わなければならないかというと、エスファハーンの絨毯専門店では「クレジットカード払いでも大丈夫だよ」といわれた。その店はイスタンブールやドバイにも支店があり、クレジットカード情報を伝えて海外で決済することで経済制裁を回避しているようだ。

もっとも私が土産に買ったのは畳んでスーツケースに入る小さな絨毯で、米ドルの現金で支払ったから、実際にクレジットカードを使ってみたわけではない。

飲酒とインターネット

イランは法律で飲酒が禁じられており、酒を出す店はなく、外国人が酒類を持ち込んでも罰せられる。自宅でこっそり飲酒することはあるようだが、2016年8月にテヘランのイラン人宅で開かれたパーティを治安当局が強制捜査し、出席していた駐イラン日本大使が身柄を拘束されて事情聴取を受けた例もあるからリスクは大きそうだ。

私も最初、1週間も禁酒できるか不安だったが、酒を手に入れる方途がないと案外あっさりやめられるものだとわかった。夜はすることがないので、軽く夕食を食べ、ベッドで本を読んでいるうちに10時くらいには寝てしまった。

イランはデモ対策で、FacebookやTwitterなどのSNSは利用できない。VPNを使えばアクセスできるかもしれないが、スマートフォンの代表的なVPNアプリはすべてブロックされていた。ノートパソコンのVPNからTwitterにアクセスできたが、これも5分ほどすると接続が切れてしまう。ちゃんと調べておけば方法があるかもしれないが、面倒になってそれ以上の努力はあきらめた。――なお、イラン全土で大規模なデモが起きたことで、現在はインターネットへの接続そのものが遮断されているようだ。

イランを旅しているあいだは、酒断ちだけでなくSNS断ちもできる。早寝早起きの健康的な生活になるのは間違いない。

イランは東西の文化が出会う場所にあり、食事も小麦(パン)と米を両方食べる。米はインディカ米で、サフランライスを上に乗せ、バターを混ぜて香辛料をふりかける。ナンは薄焼きで穴のあいたラヴァーシュが一般的で、これで串焼き(キャバーブ)を巻いて食べる。鶏や牛肉もあるが、もっともよく食べられるのが羊。それ以外では、ナスや豆の煮込みもある。飲み物はコーラか、ドゥーグと呼ばれる「飲むヨーグルト」。

イラン料理は香草と果物で風味をつけた複雑な味で、日本人の好みにも合う。どれも美味しいが、毎日がラムとヨーグルトになるので、どちらも苦手というひとはちょっとつらいかもしれない。

オープンレストランでの食事風景(アフヴァーズ)Alt-Invest.Com
ポテトの唐揚げとケバブAlt-Invest.Com

旅程とガイド

イラン観光の目玉はペルセポリスのあるシーラーズと、サファヴィー朝のアッバース大帝が建都したエスファハーンで、これにイラクとの国境に近いアフヴァーズ(紀元前13世紀のピラミッド、チョガー・ザンビルがある)とヤズド(ソロアスター教の聖地)を加えた代表的な観光地4カ所が南部に点在している。都市から都市への移動は車で5~6時間なので、それぞれ2泊するとシーラーズとエスファハーンで4泊5日、これにアフヴァーズかヤズドのいずれかを加えて6泊7日、すべて回って8泊9日が典型的な旅程になる。

それ以外の観光地はカスピ海に近い北西部のタブリーズと、北東部にあるシーア派の聖地マシュハドで、イラン周遊でも2週間あれば足りるだろう。イランの国内便は、経済制裁のため機材の部品の調達に支障があり、頻繁に遅れるといわれるが、幸いなことに私が乗ったテヘラン―アフヴァーズ便は定刻に出発した。

「地球の歩き方」シリーズから『イラン ペルシアの旅』が出ているように、その気になればイランを個人旅行することは可能だ。ただし、Expediaのような旅行サイトでホテルを予約することはできないので、電話をするかメールを送って空き状況を確認しなくてはならない。国内の移動は、飛行機であればイラン航空の支店が日本にあるのでそこで予約できそうだが(やったわけではない)、列車や長距離バスは現地の窓口でチケットを購入するしかないだろう。

ホテルや土産物店ではある程度英語が通じるが、街中では英語表示はなく、英語もほとんど通じないので、ペルシア語を話せるか、すくなくともペルシア文字(アラビア文字とほぼ同じ)が読めないと、独力で旅するのは難しいのではないだろうか。

ということで私も、ホームページで見つけたイランの旅行会社に頼んで個人ツアーをアレンジしてもらった。驚いたことに、ツアー料金の支払いは日本国内の代理人の個人口座に日本円で送金すればいいだけだった(テヘラン在住の日本人女性が、日本人旅行者の手配を任されているということだった)。

私を案内してくれたのは50代半ばの男性で、80年代末から90年代半ばまで日本に出稼ぎに来ていたという。中東研究家の岩永尚子さんが書いているように、イラン・イラク戦争後の窮乏期に、イラン人が唯一ビザなしで行けた先進国が日本だったからだ。

参考:教えて! 尚子先生 中東・イスラムってなんですか?

こうした「日本出稼ぎ組」がイランに戻って、そのなかに日本人相手の観光ガイドになったひともいたようだ。私のガイドもいろいろ興味深い話を教えてくれたが、本人が特定できる記述をしていいかどうかわからないのでここではやめておく。

バブル最盛期に20代で日本に出稼ぎにきたイランの若者たちは、工事現場やクリーニング店などで過酷な肉体労働に従事したものの、そこで得た外貨をイランに送金することでかなりの資産をつくることができた。そんな「親日世代」も徐々に引退の時期を迎えているので、彼らといっしょにイランを回りたいのならすこし急いだほうがいいかもしれない。

半鎖国状態にあるイランでは外国人旅行者そのものが珍しいようで、英語を勉強している高校生の女の子から声をかけられることがある(といっても家族がいっしょだ)。私も2回、いっしょに記念写真を撮った。かつて日本の中高生は、京都に修学旅行に行くと欧米人の観光客に英語で話しかけようとしたが、そんな感じなのだろうか。

いまはデモで騒然としているが、治安はきわめてよく、ひとびとはみな親切で、外国人だからといって執拗な営業をされることもなかった。この魅力的な国が、もっと気軽に旅行できるようになればいいのに、と思う。

【後記】その後、イランはコロナで多数の死者を出し、現在はテヘランで大規模な抗議デモが勃発している。1週間をともに過ごしたガイドのアリさんや、テヘラン空港でおずずと話しかけたきた女の子は元気だろうか。

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