「正直者がバカを見る」社会をどうすればいいのか? 週刊プレイボーイ連載(485)

東京都の感染増で、政府は4度目となる緊急事態を宣言しました。期間は8月22日までの6週間で、東京五輪も1都3県などが「完全無観客」となりました。結果的に、予想されたなかで最悪にちかいシナリオになってしまいました。

未知の感染症が蔓延しはじめてから1年以上たって、多くの企業は“新常態”に適応し、利益を上げるところも出てきました。世界的に株価は上昇しているし、日本でも法人税収が上振れして、60.8兆円と過去最高を更新しました。

緊急事態宣言が理不尽なのは、そんななかで一部の業態だけに負担が押しつけられていることです。最大の被害者は飲食業界で、外食大手ワタミの渡辺美樹会長は「お酒だけが原因とされ、我々だけがずっと犠牲になっている」と政府の対応を批判しましたが、これは当然でしょう。

事態をさらに紛糾させるのは、深夜までお酒を提供する一部の店が賑わっていることです。

東京・赤羽の飲食店街は「千円札1枚で酔っぱらえる“せんべろ”の街」ですが、時短営業する店の前での客引きが急増していると報じられました。客引きは20~30人で、「この先の店は、3人以上はダメ。うちは人数制限なしです」などと客を誘い、案内した客の会計の15%を報酬として受け取るといいます。都の要請どおりに営業している居酒屋の店主は、「ただでさえ経営が苦しいのに、こちらに『遠征』してまで目の前でネガティブキャンペーンされては、本当に苦しい」と語っています。

客引きを利用しているのは商店街の振興組合に加盟していない5店舗ほどで、男性店長は取材に対し、「今は年末並みの忙しさ」と笑顔で話しています。「(客引きが)いなきゃ店はガラガラ。生きていくのに仕方なくです」が理由だそうです。

こうした「抜け駆け」を許していては批判の声が高まるばかりなので、政府は酒類提供を続ける飲食店と取引を行なわないよう販売業者に要請し、さらには金融機関から店に圧力をかけるという奇策も飛び出しました(さすがにこれは即日撤回)。どちらもきわめて評判が悪いのですが、自民党の支持基盤である商店主や商店組合から「抜け駆け」に対する苦情が地元議員に殺到し、無理筋だとわかっていてもなにかやらなくてはならなくなったのでしょう。

「正直者がバカを見る」ままでは、日本の未来を担う子どもたちは、「ルールを守ると損する」「裏をかけば成功できる」と学習するでしょう。その先にあるのは道徳の全面的な崩壊です。

だったら、どうすればいいのでしょうか。真っ先に思いつくのは、ルール違反をする店をよりきびしく罰することです。実際、日本よりずっとリベラルなヨーロッパでは、政府の指示に従わないと罰金だけでなく、警察に逮捕され収監されることもあります。

でも、この問題にはずっとシンプルな解決策があります。「お酒を出して儲けるのはおかしい」のは確かですが、原因は感染拡大なのですから、中国のように強い社会統制で感染を抑制すれば、すべての店がお酒を出せるようになるでしょう。なぜか誰もこのことはいいませんが。

参考:「客引き急増、悩む「せんべろ」の街」朝日新聞2021年7月7日

『週刊プレイボーイ』2021年7月19日発売号 禁・無断転載

第97回 お金を使いきれぬ「小金持ち」(橘玲の世界は損得勘定)

新型コロナで第1回の緊急事態宣言が発出されていたから、昨年の5月頃だろうか。近所を歩いていて、百貨店の食品売り場の袋を抱えた身なりのいい老夫婦を目にした。非常食を買いにきたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

「買い物したいのはわかるけど、これ以上買っても食べられないだろう」という夫を、妻がぶぜんとした顔でにらみつけている。外出制限で買い物くらいしかすることがなくなったものの、食品だけでは妻の購買意欲は満足できなかったようだ。

そのあと知人の女性から、コロナ禍でも美容院やエステ、ネイルサロンなどの売上はそれほど落ちていないという話を聞いた。来客数は減っているが、高額の出費をする高齢女性たちがそれを埋め合わせているのだという。

今年3月から、帝国ホテルが月額36万円のサービスアパートメントを始めた。ネイルサロンのオーナーによると、それを知って真っ先に予約したのは店の常連客やその友人たちだという。みんな裕福な高齢女性たちで、国内旅行も海外旅行も行けなくなったので、銀座や六本木の高級ホテルに泊まって、ミシュランの星付きレストランを食べ歩くのが流行っているらしい。

経済格差というのは、社会が富裕層と貧困層に二極化することだ。日本では貧困問題にばかりに目がいくが、その反対側には使いきれないお金を抱えているひとたちがいる。

とはいえ、ここでいう「富裕層」は資産数十億円、数百億円の「富豪」というわけではないだろう。

都内の高級住宅地に持ち家があれば、それを売って多額の資金をつくれるから、老後のお金の心配をする必要はない。夫がサラリーマンとして出世していれば、平均より多い年金を受給しているだろう。

そう考えると、コロナで「小金持ち」が直面した状況がわかる。旅行や会食、パーティなどでお金を使うことができなくなり、銀行口座の残高だけが増えていくのだ。

お金が貯まっていいではないかと思うかもしれないが、高齢者は「時間」が限られている。80歳を過ぎると、旅行に出かける気力や体力がなくなってしまうかもしれない。

いまどきの富裕層は、子どもたちにできるだけ多く資産を残そうなどとは思わなくなったのではないか。デパ地下の買い物やエステ、高級サービスアパートメントなどで散財するのは、お金を残したまま歳をとり、消費できないお金が口座に貯まっていくと、損をした気になるからかもしれない。

近所の高級中華料理店の個室は、土日はほぼ満席だ。会食はまだ無理だが、ワクチン接種を終えた高齢の夫婦や友人同士の利用が増えているという。

欧米では、経済活動再開にともなう消費の回復が伝えられている。超高齢社会の日本では、残された時間のうちに「余分なお金」と使いきってしまおうという富裕な高齢者たちが、コロナ後の消費を牽引するのではないだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.97『日経ヴェリタス』2021年7月9日号掲載
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女性が活躍する「残酷な未来」 週刊プレイボーイ連載(484)

ハイパーガミーは上昇婚のことで、身分の低い女が上流階級の男と結婚する「玉の輿」が典型ですが、身分のちがいがなくなった現代社会では、自分よりも学歴、収入、社会的地位の高い相手に魅かれることをいいます。

洋の東西を問わず、女性には強いハイパーガミーの傾向があることが知られています。アメリカでは、女性は男性の約2倍、相手に経済的な余裕があることを重視しています。日本でも、20代で年収600万円以上の男性はほぼ全員に交際経験がありますが、年収200万円未満では半分程度です。

欧米の婚活サイトのデータを分析すると、女性が自分より高い学歴の男性を好む傾向も見て取れます。女性が修士号をもつ男性のプロフィールに「いいね!」を押す割合は、学士号の男性より91%(約2倍)も多いのです。

ここで問題なのは、アメリカでは1990年代以降、大学進学率と大学修了率の両方で女性が男性を上回っていることです。1960年には、4年制大学を卒業した女性1人に対して男性は1.6人でした。2003年にはこれが逆転して、男性の大学卒業者1人に対して女性が1.35人になりました。2013年には、25歳から29歳の女性の37%が学士号以上を、12%が大学院や専門職の学位を取得しているのに対し、同年代の男性は30%と8%で、その結果、20代では女性の平均収入が男性を超えました。

女性の社会的地位がこれまで低かったことを思えば素晴らしいことですが、ハイパーガミーの傾向と組み合わせると事態は不穏な様相を帯びることになります。女性が社会的・経済的に成功すればするほど、(自分よりも「上位」の男性が少なくなるので)選択できる相手が少なくなるのです。

アメリカでは2012年、大学教育を受けた未婚の若年女性100人に対して、学士以上の若年男性は88人しかいませんでした(大学院卒では女性100人に対し男性77人)。この傾向が続くと、2020年から39年の間に、同等の高等教育を受けた男性のパートナーがいない女性は、なんと4510万人になると予想されます。

さらに、1960年には若年未婚女性100人に対して働いている若い男性は139人いましたが、男性の就業率が低下してきたことで、2012年には未婚女性100人に対し就業男性は91人しかいなくなりました。こうして、「高学歴でキャリア志向の若い女性の多くが、孤独な未来を歩むことになる」という不吉な予測が避けられなくなったのです。「2030年までに、25歳から44歳の働く女性の45%が独身で子供がいない状態になる」のです

アメリカでは、34人の高学歴女性に対し、ハイパーガミーを満足させる「高収入、高身長、腹筋割れ」の理想の男は1人しかいないとされます。逆にいうと、(男女同数として)97%の男は恋愛の選択肢から外されています。

徹底的に自由化された恋愛市場では、少数の成功した男が多くの女に望まれる一方、多くの男が性愛から排除されてしまいます。これはアメリカのデータですが、日本もいずれ同じことになるのでしょう(あるいは、もうそうなっているのかも)。

参考:Vincent Harinam(2021)Mate Selection for Modernity, Quillette

『週刊プレイボーイ』2021年7月12日発売号 禁・無断転載