作家・橘玲(たちばなあきら)の公式サイトです。はじめての方は、最初にこちらの「ご挨拶」をご覧ください。また、自己紹介を兼ねた「橘玲 6つのQ&A」はこちらをご覧ください。
誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2014年7月3日公開の「拒食症とPTSDから分かる、 誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代」です(一部改変)

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前回はイータン・ウォッターズ『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出された』(阿部宏美薬/紀伊国屋書店)から、日本でうつ病が急増している背景に抗うつ剤SSRIを販売する大手製薬会社のマーケティングがあるということを述べた。これは陰謀のような話ではなく、グローバル化によって、わたしたちはみなアメリカ人と同じように心を病まなければならなくなったのだとウォッターズはいう。
今回は同書から、拒食症とPTSD(心的外傷後ストレス障害)についての分析を紹介してみたい。
拒食症は文化的な病
ウォッターズは、拒食症がどのように生まれたのかを調べるために香港を訪れた。1980年代には拒食症は欧米人の病気だとされていて、日本や韓国で若い女性の症例が報告されていたものの、香港や中国ではまったく知れられていなかった。
香港が長くイギリスの統治下にあり、ひとびとは欧米の価値観に馴染んでいた。広告やファッション雑誌にはスリムなモデルが登場し、スリムなセレブがもてはやされてもいる。欧米で拒食症の原因とされる要因はすべて揃っていたが、それでも若い女性が拒食症にならないことが世界の研究者の注目を集めたのだ。
もちろん80年代の香港でも、食事を拒否して痩せるという症状はわずかながら報告されていた。だがその症例を詳細に調べると、欧米の拒食症とは大きく異なっていた。患者は地方出身の貧しい女性で、ダイエットやエクササイズに興味はなく、自分が痩せていることを正確に認識し、太りたいと口する。ただ、失恋などの出来事を期に食べることをやめてしまうのだ。 続きを読む →
第2の消えた年金問題 日経ヴェリタス連載(121)
いまから30年くらい前、30代半ばで独立を考えている頃に年金制度について調べてみた。
会社員が加入する厚生年金は、保険料の半分を会社が負担し、(当時は)1階が基礎年金、2階が厚生年金、3階が厚生年金基金とされていた。私の疑問は、厚生年金の基礎年金と、自営業者らが加入する国民年金のちがいだった。いろいろ調べてみたものの、その説明がどうしても見つからないのだ。
仕方がないので自分であれこれ考えて、基礎年金と国民年金が同じものだと気づいた。ではなぜ異なる名前がつけられているかというと、会社員が納めた基礎年金が国民年金の穴埋めに「流用」されているのを隠す必要があるからだろう。
私はこの“発見”を繰り返し本に書いた(そのなかにはよく読まれたものもある)が、誰からも相手にされなかった。
その後、「消えた年金問題」をきっかけに2009年から「ねんきん定期便」が郵送されるようになった。ところが会社員の定期便には、これまで納めた厚生年金保険料の累計額の欄に、「被保険者負担額」として本人が払った保険料しか記載されていない。会社負担分はどこかに消えてしまっているのだ。
なぜこんなことをするかというと、厚生年金には「不都合な事実」があるからだ。
定期便では、将来受け取ることのできる年金の概算が記載されている。会社員の場合、その額は納付総額のおよそ倍になっているはずだ。
ところがこの納付額は本人負担分だけで、会社負担を含めた「本当の」納付額はその倍になる。そうなると、新卒から定年まで年金保険料を納めても運用利回りはほぼゼロで、定年後に戻ってくるのは払った分だけということになる。これは要するに、社員の代わりに会社が負担した保険料が、年金制度を維持するために勝手に使われているということだ。
ところがメディアも年金の専門家も、定期便を見れば一目瞭然のこの“詐術”に触れようとはしなかった。私はこれを“ディープ・ステイト(暗黙の談合)”と呼んでいたのだが、数年前から、このことがSNSでしばしば話題になるようになった。会社負担分を記載しないのは、年金給付額を過大に見せるためではないかというのだ。
そしてとうとう、この4月から厚生労働省は、定期便に「事業主も加入者と同額の保険料を負担している旨を明記する」ことにした。
昨今、SNSはフェイクニュースの温床として評判がよくない。だがこの問題では、事実を“隠蔽”していたのは政府や既成のメディアで、SNSのちからによって“真実”が暴かれたのだ。
そもそも国家は、国民から徴収した社会保険料を半分に見せるような姑息なことをするべきではない。そしてメディアの役割は、こうした「国家の嘘」を報じることだろう。だが現実には30年以上、こうした自浄作用はまったく機能しなかった。
この小さな一歩によって、厚生年金保険料を収めているすべての現役世代が、国家からどれほど惜しみなく奪われているかを直視することを願っている。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.121『日経ヴェリタス』2025年4月26日号掲載
禁・無断転載
日本でなぜメランコリーが「うつ病」になったのか
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2014年6月公開の「製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく -論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇」です(一部改変)

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「エイズの原因はHIVウイルスではない」という似非科学がアメリカや南アフリカで広まっていることを書いたが、その背景には近代医学があまりに成功しすぎたことがある。
参考:「エイズの原因はウイルスではない」という似非科学は いかに生まれ、陰謀論に変わったのか
ワクチンや抗生物質の発見は医療を飛躍的に進歩させ、人類はこれまで手の施しようのなかった多くの病気を克服した。しかしその結果、医学は治療可能な病気のほとんどをカバーしてしまい、残っているのはがんやエイズ、精神障害など効果的な治療方法がないか、きわめて困難なものばかりだ。製薬事業において、ワクチンや抗生物質に匹敵するイノベーションはもはやありえないかもしれない。
だが薬の特許には期限があり、それが切れると他の製薬会社が同じ成分の薬を製造・販売できる。これが後発医薬品(ジェネリック医薬品)で、研究開発型の大手製薬会社は常に新製品を市場に投入していかないと利益を維持できない。
このようにして製薬会社は、開発できない新薬を無理矢理開発するという歪んだインセンティブをもつようになる。こうした弊害がきわめて大きいのが精神病の治療薬だ。ここでは精神医学の実態を取材したアメリカ人ジャーナリスト、イーサン・ウォッターズの『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』(阿部宏美薬/紀伊国屋書店)に拠りながら、なぜ日本でうつ病が急増したのかを見ていこう。 続きを読む →