第80回 効率化を妨げる規制の弊害(橘玲の世界は損得勘定) 

話の種にと思って口座をつくり、残高のないまま放置していたカンボジアの銀行から、「入金がないと口座を閉鎖する」との通告を受けた。どうせ使っていないからそれでもいいのだけど、せっかくプノンペンまで行ったのにと思いなおして、いくらか送金することにした。

近所の銀行を訪れると、外為窓口は隣の駅の支店に統合されており、いつのまにかなくなっていた。その代わり電話ボックスのようなものが置かれていて、それで手続きするのだという。

正面にモニタがあって、椅子に座って「外国送金」を選ぶ。「ただいま3人待ち」の案内が出て、本を読みながら時間をつぶしていると、15分ほどして、マイク付きのヘッドフォンをつけるよう音声が流れて、モニタに女性の顔が映し出された。

その銀行のATMカードで本人確認し、あらかじめ用意していた送金指示書をスキャンして担当者に送る。ここまでは順調だったのだが、そのあとは驚かされることばかりだった。じつはその銀行の普通預金口座にもほとんど残高がなく、別の銀行から現金を下してATMで入金しておいたのだが、その取引を証明できる書類を見せろというのだ。

「ネット銀行なので通帳はない」と説明すると、上司に相談しているのかいきなり画面が真っ暗になった。しばらくして現われた女性は、「今回は特別にお受けしますが、次回以降、正式な書類がないと送金をお断りします」という。マネーロンダリング対策で送金の原資を確認しなければならない事情はわかるが、わずか10万円でこんなふうに怒られるとは思わなかった。

次に問題になったのは、カンボジアに送金する際のコルレス(中継)銀行で、指示書には複数の銀行が挙げられていたので「お任せします」というと、顧客の指示がないと手続きできないという。それで、たまたま目についた日本の銀行を指定したところ、ふたたび画面が真っ暗になって、こんどは「日本の銀行をコルレスにするなら理由の説明が必要です」という。

これもマネーロンダリング対策で、「なぜその銀行から直接送金しないのか」ということなのだろうが、とりたてて理由があるわけでもなく、「そんなこと先に教えてくれよ」と思いながら、リストのいちばん上にあった外国銀行に変えた。女性は能面のような表情で「わかりました」というと、また画面が真っ暗になった。送金情報を入力しているらしいが、こちらからはなにがどうなっているのかまったくわからない。

そうやって10分ほど待たされて、ようやく現われた女性から手続きの終了を告げられた。テレビ電話のボックスに入ってから1時間がたっていた。

日本ではサービス業の生産性の低さが問題になっており、銀行も支店の統廃合と省力化に努めているという。だがテレビ電話の導入で窓口よりかえって手間が増えるなら、生産性は悪化し顧客も怒り出すのではないだろうか。規制でがんじがらめにしながら効率を上げようとすると、みんなが迷惑するということだけはよくわかった。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.80『日経ヴェリタス』2018年12月2日号掲載
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