ロシアという国

今日からロシアに行きます。日経新聞(2011年9月6日朝刊)の「地球回覧」に、「ロシア、希望の国は遠く」(モスクワ=石川陽平記者)という興味深い記事が掲載されていたので、出発前に、備忘録としてアップしておきます。

この記事によると、ロシアにはいま「外国移住、第3の波」と呼ばれる社会現象が起きていて、過去3年間の海外への移住者が125万人に達したと政府機関が推定しています。ロシアの人口約1億4000万人の0.9%、モスクワの人口1300万人の約1割という数字です。また今年6月の世論調査では、18~24歳の若者の4割が海外移住を希望したともいいます。

こうした“海外移住ブーム”の原因は、貧困というわけではないようです。リベラル派の政治学者は「(ロシアでは)自由にビジネスすることが不可能であり、特別なコネがなければ自分の専門性を生かせない」からだと述べ、別の政治評論家は、「ロシアの将来への不信感や政権への希望喪失」を挙げます。

日本でも、ロシアと同様に、若者たちは将来への夢を失い、政治への期待を喪失しているようです。しかしそれにもかかわらず、日本の若者は国外に出ようとせず、留学生の数は年々減り、アメリカの一流大学は中国系や韓国系の学生ばかりになったとの嘆きをよく聞きます。

私の考えでは、これは日本の若者がリスクを嫌い、海外の若者たちがリスクを好むからではありません。ひとはだれでも自分の利益を最大化するために合理的に行動するとするならば、国内に留まることと、海外に移住することが、それぞれ最適行動になるような外部条件のちがいがあるはずです。

石川記者の記事を読むかぎり、日本とロシアのちがいは絶望の度合いにあるようです。日本は「希望のない社会」ですが、ロシアには「絶望しかない」というように。

若者の4割が国を見捨てることを望むのはどんな社会なのか、モスクワとサンクトペテルブルクだけの駆け足の旅ですが、自分の目でたしかめてみたいと思います。

9月7日のエントリーについてのお詫び

9月7日付けのエントリーで東京電力の節電CMについて書きましたが、コメントで、「それは政府と経産省の節電アクションのことはないか」とのご指摘をいただきました。

この記事は、たまたま一度だけ目にしたCMについて書いたもので、記憶も定かでないことで主張を述べるのは適切ではないと思い直したため、エントリーを取り下げることにしました。

今後は、きちんとソースを確認したうえでブログにアップしていこうと思います。

申し訳ありませんでした。

橘 玲

増税できるかな? 週刊プレイボーイ連載(16)

菅総理大臣が退陣し、野田佳彦民主党代表が第95代日本国首相に指名されましたが、内閣が変わっても、最大の懸案が衆参のねじれ国会の解消にあることは変わりません。

民主党が大連立を目指すのは、そうしなければ消費税の増税ができないからだといいます。日本の財政赤字は人類史上未曾有の水準まで膨張し、早急に増税できなければ国家破産は免れないとされているからです。

でも、大震災や原発事故があったからといって、これまで不可能だったことが、魔法のようにたちまちできるようになるものなのでしょうか?

世界各国の意識調査では、日本人は市場経済への期待も国の役割への期待もいちばん小さいという結果が出ています。市場経済によってひとびとが幸福になるとも思わないし、かといって、自立できない貧しいひとを国が面倒を見ることも否定するというのは、きわめて矛盾した態度に思えます。日本人は、合理的な考え方ができないのでしょうか?

しかしこの奇妙な結果は、逆に、日本人が合理的であることの証明かもしれません。

バブル崩壊以来、この国はデフレという病に冒され、地価や株価は下落し、倒産やリストラが相次いでいます。それに対して政治は無策で、選挙のたびに首相が変わり、政権交代しても状況はますます悪化するばかりです。こんなことが20年以上もつづいているのですから、市場や政府を信頼するひとがいたらその方が変わり者です。

それでは、なにひとつ信用しない合理的な日本人は新政権に対してどのような態度をとるのでしょうか?

政治になんの期待もないとすれば、大連立しようがしまいがどっちでもかまわないでしょう。そのうえで合理的な有権者は、政府が提示するウマい話にはとりあえず応じて、イヤな話は拒絶するにちがいありません。

相手がまったく信用できなくても、お金をくれるといえば、もらっておいて損はありません。子ども手当てや高速料金無料化など「バラマキ4K」は、もともと半信半疑だから、政策が実施されてもそれほど喜ばないし、撤回されても怒ったりしないのです。

同様に、信用できない相手から「金を出せ」といわれたら、断固として断わるのが正しい態度です。とりわけ、「金を出さなければヒドい目にあわすぞ」と脅す場合はなおさらです。

このように、有権者に政治への信頼がぜんぜんないと考えると、世論調査などの結果がとてもよく理解できます。大連立政権が増税を強行すれば、ひとびとの不興を買って、次の選挙で手厳しい「報復」を受けることになるでしょう。

ところで政治家のうち、どんなときも楽勝できるのはごく一部で、大半の議員は当落線上をうろうろしています。このひとたちにとって議員バッヂを失う損失は計りしれないものですから、彼らがじゅうぶんに合理的であれば、あらゆるリスクを避けようとするはずです。増税が当選の可能性を大きく引き下げることがわかっていれば、なにがなんでも反対しようとするにちがいありません。

このようにして、大連立も増税も(おそらく)うまくいきません。その前提となる「信頼」が、この国ではどこを探しても見つからないからです。

参考文献:『競争と公平感―市場経済の本当のメリット』大竹 文雄 (中公新書)

『週刊プレイボーイ』2011年8月29日発売号
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