神戸市内のマンションで24歳の女性が刺殺された事件は、殺人容疑で逮捕された35歳の男がストーカー事件で2度の有罪が確定し、執行猶予中だったことで、性犯罪の再犯についての議論を提起しました。
報道によると、神戸市の建設会社で働いていた2020年9月、女性のあとをつけてオートロックのマンションに侵入した男は、エレベーターに同乗するなどつきまとったとして、ストーカー規制法違反などで罰金の略式命令を受けました。22年9月には同じく神戸市内で、路上で見かけた女性に一方的に行為を抱き、オートロックを解錠した女性のあとにつづいてマンションに侵入、女性の部屋に押し入って首を絞めるなどしたとして、懲役2年6カ月執行猶予5年の刑を言い渡されています。
男はその後、東京の配送会社でドライバーとして働いていましたが、夏休みで帰省するといって神戸に行き、たまたま見かけた女性に衝動的に好意を抱いて凶行に及んだようです。その後、執行猶予の判決に批判が集まりましたが、ある裁判官は「刑はあくまでも犯した罪への代償。再犯の恐れに対して刑を科すことはできない」と述べています。
じつはイギリスでも1990年代に、仮釈放中の犯罪が大きな社会問題になり、97年に政権の座についたリベラルな労働党ブレア政権の下で「IPP(公衆保護のための拘禁)」と「DSPD(危険で重篤な人格障害)プログラム」が導入されました。
IPPは重大な暴力・性犯罪を対象に、刑期を満了しても再犯の可能性が高いと見なされると、期限を定めずに収監を継続できる制度で、DSPDプログラムは、重大な暴力犯罪の可能性が高いと判断されたパーソナリティ障害者に対し、制度上は、なんの犯罪をおかしていなくても「危険性」に基づいてDSPDユニット(刑務所と高セキュリティ精神科病院の中間的な施設)での治療・拘禁を命ずることができます。
ところがその後、IPPは「実質的な終身刑」だと批判され、2012年に廃止されることになります。だからといって性犯罪などの前科がある収容者をそのまま社会に戻すこともできず、刑期を終えた多数の収容者(2025年時点で約1000人、うち99%が10年以上の拘禁)の存在が政治問題になっています。
DSPDも同様に、「将来の危険性」に基づく収容は予防拘禁だと批判されたことで、2010年代以降、プログラムは徐々に縮小・再編されて、刑務所・保健・福祉の連携による包括的な地域ベースの支援「PDS(パーソナリティ障害戦略)」に置き換えられつつあります。とはいえ、反社会的人格の治療には限界があり、専門スタッフや予算の不足もあって、機能しているとはいい難いという批判もあります。
ゆたかで平和な社会では、ひとびとは「安全」に高い関心をもつようになります。とりわけ性犯罪や小児性犯罪は社会的脅威とされ、治安と人権の複雑で困難な問題を引き起こします。神戸のストーカー事件でもいたずらに厳罰化を求めるのではなく、イギリスの困難な経験を学ぶことから始めていいのではないでしょうか。
参考:「神戸女性刺殺、過去の2事件との共通点 元裁判官「重く受け止めて」」朝日新聞2025年9月1日
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