SNS規制のやっかいな問題(週刊プレイボーイ連載656)

2024年11月、オーストラリア議会が16歳未満のSNSを禁止する世界初の法案を可決しました。対象となるのはFacebook、Instagram、X、TikTok、Snapchatで、その後YouTubeが加えられ、今年12月から施行の予定です。

こうした流れは世界的に広がっており、日本でも愛知県豊明市が、「「余暇時間」でのスマホ使用は1日2時間以内」「小学生以下のスマホ使用は午後9時まで、中学生以上18歳未満は午後10時まで」を目安とする条例を市議会に提出しました。

アメリカでは2010年頃から10代の女子のうつ病が急激に増え、自傷行為や自殺が大きな社会問題になっています。この現象がSNSが広まった時期と一致していることから、「IT企業が子どもたちをスマホ依存症にして金儲けしている」との批判が高まったのです。

決定的なのは、2021年にFacebook(現Meta)の機密文書が内部告発者によって公開されたことです。自社が運営するInstagramについて、すでに19年に「10代の少女3人に1人に対し、我々は身体イメージの問題を悪化させている」との調査結果を得ていながら、なんの対応もとっていなかったことが暴露され、マーク・ザッカーバーグが上院の公聴会で自殺した若者の遺族に謝罪する事態になりました。

しかしその一方で、こうした規制を批判する専門家もいます。ひとつは実効性がないことで、今年7月に「オンライン安全法」が施行され、アダルトサイトの閲覧にきびしい年齢制限が課されたイギリスでは、VPN(仮想プライベートネットワーク)を使ってイギリス国外からアクセスしているように見せて、規制を逃れる動きが急増しています。

それよりも困惑させられるのは、研究者がどれほど調べても、SNSが若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしているという確たる証拠が見つからないことです。SNSの使用がうつ病と強い相関関係をもつことは間違いありませんが、これは因果関係を示しているわけではありません。もともと抑うつ傾向が強い若者が、SNSに依存しているのかもしれないからです。

現在では、「SNSの影響は個人ごとに異なる」と考えられています。

自傷や自死のおそれから精神科に入院中のティーンエイジャ―へのインタビュー調査では、SNSにアップされた「リア充」の同世代を見て、自分を「ゴミのように」感じたという証言がある一方で、「(SNSを)使ってると幸せな気分になれるんだ」と語る若者もいました。その結果、全体の平均を調べると、ポジティブな効果とネガティブな効果が相殺されて「影響なし」になってしまうのでしょう。

このような「多様性」があるのなら、一律の規制は、これまでSNSからよい影響を受けていた子どもたちに害を及ぼすことになってしまいます。かといって悪影響を放置するわけにもいかないので、「一人ひとりの個性に合わせたSNSの使い方を教えるべきだ」といのが科学的に正しい提言になります。

とはいえ、これは不可能といわないまでもものすごく大変なので、「どうにかしろ」と責められる政治家は規制の誘惑に勝てなくなるのでしょう。

参考:エミリー・ワインスタイン、キャリー・ジェームズ『スマホの中の子どもたち デジタル社会で生き抜くために大人ができること』豊福晋平・訳、水野一成・解説/日経BP

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