どんどん貧乏臭くなった日本をふたたび「憧れの国」に 週刊プレイボーイ連載(446)

いまから10年以上も前の話ですが、バンコクで暮らしている日本人の知人から「日本大使館の対応がひどすぎる」という話を聞きました。タイ人女性と結婚したにもかかわらず、妻が日本に行けないというのです。

当時、日本政府は外国人の不法就労を警戒し、タイ人への観光ビザの発給をきびしく制限していました。その結果、妻を連れて里帰りすることすらできなくなってしまったのです。

しかし、驚いたのはここからです。

配偶者の観光ビザをめぐって理不尽な思いをするのは彼だけではなく、バンコクの日本大使館のビザ申請窓口では、連日のように担当者とのあいだで険悪なやり取りが交わされていました。大使館の担当者はタイ人で、交渉するのは日本人の夫とタイ人の妻です。そうするとある日突然、ビザ申請窓口がミラーガラスになってしまったというのです。

「“あなたの結婚は信用できません”といわれて、頭にきて相手を怒鳴りつけようとするでしょ。そうすると、目に前に映っているのは自分の顔なんですよ」と、知人は嘆いていました。

バンコクは狭い社会で、ビザの発給でもめると、それを恨んだタイ人の妻が伝手をたどって担当者の身元を洗い出し、嫌がらせをすることがある。大使館のタイ人職員がそんな不安を訴え、担当者が誰かわからないように窓口をミラーガラスに変えたのだそうです。

1980年代のバブルの時代には、海外旅行とは日本人が外国に行くことで、外国人が物価の高い日本に観光に来ることなどないと思われていました。2000年代になっても、中国や東南アジアから日本に来るのは出稼ぎ目的に決まっているとされ、タイから観光ツアーの受け入れを決めたときも「不法就労者が増える」との批判が沸騰しました。

しかしその後、状況は一変します。新型コロナが明らかにしたのは、外国人観光客の「インバウンド」がないと地方や観光地の経済が立ち行かないという現実でした。

1990年以降、中国の高度経済成長に牽引され、東アジア・東南アジア諸国の経済は大きく発展しました。それに対して日本は、平成の「失われた30年」でほとんど経済成長できなかったのですから、経済力の差はどんどん縮まっていきます。

しかし多くの日本人は、この事実(ファクト)を無視してきました。なぜなら「不愉快」だから。こうして、気づいたときには全国の観光地にアジアから観光客が押し寄せ、日本人でもめったに行けないような高級料理店が外国人富裕層の予約で埋まるようになったのです。

この変化をひと言でまとめるなら、「日本がどんどん貧乏くさくなった」でしょう。書店に反中・嫌韓本が並び、SNSで「ネトウヨ」が跋扈するようになったのは、「アジアでは圧倒的に一番」という日本人のプライド(アイデンティティ)が大きく揺らいだからです。

現実を否定しても現実は変わりません。日本人の「誇り」を取り戻すには、アジアのひとたちから「ゆたかで安全で“民度”の高い社会だ」と評価されるようになるしかありません。

新しい政権が、この課題に真正面から取り組んでくれることを願っています。

『週刊プレイボーイ』2020年9月28日発売号 禁・無断転載

意志力をふりしぼって成功すると寿命が縮む!? 週刊プレイボーイ連載(445) 

成功への鍵として自制心や自己コントロール力が注目されています。これは「やり抜く力(GRIT)」とも呼ばれ、「生まれつきの才能」はもはや重要ではなく、誰もがこのちからを伸ばして傑出した人材になれるともいわれます。

これは、半分正しくて半分間違っています。現代社会で、社会的・経済的な成功にもっとも重要な能力が「知能」であることは繰り返し証明されています。知識社会とは、「言語的知能と論理・数学的知能に優れた者が特権的な優位性をもつ社会」のことなのですから、これはトートロジー(同義反復)でもあります。

とはいえ、たんに「頭がいい」だけでは成功できないこともわかってきました。地頭はいいけれど勉強もせずに遊び呆けている子どもがどうなるかを考えてみればわかるように、成功するためには、目の前の欲望をすぐに満たそうとする「キリギリス」ではなく、将来の自分のためにこつこつ努力する「アリ」でなくてはならないのです。――偏差値70で自己コントロール力が低いよりも、偏差値60で「やり抜く力」をもっているほうが、ずっとゆたかで幸福な人生を手にすることができるでしょう。

行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較などを通して遺伝と環境の影響を推計する学問です。それによると、(成人後の)知能の遺伝率が70%以上であるのに対して、堅実性などのパーソナリティの遺伝率は50%前後とされています。思春期を過ぎると教育によって知能を伸ばすのは難しくなりますが、自己コントロール力の半分は環境の影響で、それを鍛えるのはいくつになっても可能なのです。

ここまではとてもいい話ですが、最近になって困惑するような研究が出てきました。意志のちからで欲望を抑えようとすると、勉強や練習の成果が落ちてしまうというのです。

なぜこんなことになるかというと、「意志力をふりしぼることで脳のリソースを使い果たしてしまうから」だそうです。「徹夜で勉強したけどぜんぜん頭に入らない」という経験は誰にもあるでしょうが、これは限りある資源を別のところで使っているからなのです。

さらに不穏なのは、貧困家庭に育った若者が高い自己コントロール力を使って成功したとしても、さまざまな病気を発症し老化が早まるという研究です。比較的恵まれた家庭で育った若者には、このような現象は見られませんでした。

ハンディキャップを乗り越えるために意志力をふりしぼると、身体がストレス反応を起こし、血圧が上昇したりします。これが長期間つづくと、やがては健康に重大な影響を及ぼすかもしれないのです。

このような負の効果を避けるにはどうすればいいのでしょうか? そのもっともシンプルな解決法は、「好きなことをする」でしょう。勉強でも仕事でも、好きなことであれば、そもそも意志力を使って身体を痛めつける必要ありません。「努力は寿命を縮める」のだとしたら、私たちは「やり抜く力」ではなく、「頑張ってもストレスにならない生き方」を身につけるべきなのかもしれません。

参考:Jane Richards and James Gross (2000) Emotion regulation and memory: The cognitive costs of keeping one’s cool, Journal of Personality and Social Psychology
Gregory E Miller et al(2015)Self-control forecasts better psychosocial outcomes but faster epigenetic aging in low-SES youth, PNAS

『週刊プレイボーイ』2020年9月14日発売号 禁・無断転載

月刊『Voice』9月号「アルファに魅かれる女性のジレンマ」(つづき)

月刊『Voice』9月号のインタビュー「アルファに魅かれる女性のジレンマ」が「実は「他人の子と知らずに育てている父親」が多い? 語られない男女間の“不都合な真実”」としてWEBに掲載されましたが、文字数制限で最後の部分がカットされたのでここにアップしておきます。合わせてお読みいただければ。

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◎全体で見れば女性が裕福に◎

──ひたすらアルファを狙って若さを失い婚期を逃すよりは、きっちりキャリアを積んで「同類婚」をめざすほうが、たしかに現実的だとはいえます。ただ、結婚はともかく、出産には適した年齢があると思います。その点はどう考えますか。

橘 現代の女性の最大の問題は、出産に適した生物学的な年齢と、キャリアを積むのに必要な社会的な年齢が衝突することです。これは本当に深刻で、私にも名案はないのですが、ひとつの可能性として「若い時に出産し、子育てをアウトソースする」というライフスタイルが考えられるのではと思っています。「人生百年時代」といわれても、退職してしまえばたいしてやることはありません。若い祖父母が孫を育てるという未来は、けっして荒唐無稽なものではないでしょう。

20代前半、あるいは10代後半で出産し、子育てを両親に任せて大学に入る。これならキャリア形成に大事な30歳前後には子供はもう手がかからなくなっているのですから、仕事との両立もそれほど難しくありません。「子育ての喜びがなくなる」というかもしれませんが、40代になれば子供が孫を産んでくれるのだから、ある程度生活に余裕ができてから思う存分体験することができます。男にとって問題なのは、これだと祖母、母親、娘と女だけで完結してしまうことですが。

──経済的に自立した女性が男性を選ぶ時代が来るということですか。

橘 現実にアメリカでは、医療・介護や教育関係などピンクカラーと呼ばれる職種の平均年収が工場労働などブルーカラーの収入を逆転する現象が起きています。ごく一部の大富豪は男に多いとしても、全体でみれば女のほうが裕福になりつつある。

生物学的にいえば、オスの役割は子孫を産むメスに遺伝的な多様性を付加することでしかありません。その意味で、男はしょせん「寄生虫」みたいなものです。今後、自由恋愛がさらに進み、女性に経済力がついてくれば、アルファな男とドラマチックな恋愛をして、子供は自分で育てるというのが性愛における女の最適戦略になるかもしれません。だとしたら、自由な恋愛を楽しむ女性が増える一方で、男の競争はよりいっそう激しいものになっていくのではないかと予想しています。