第19回 年金オプションは取引所を救う

東京穀物取引所(東穀取)が、東京工業品取引所(東工取)に市場を移管するという記事が出ていた。東穀取は農水省の、東工取は経産省の管轄で、ずっと縄張り争いを続けてきたのだけれど、取引の減少で赤字に陥り、単独では存続できなくなったのだという。

日本には取引所が多すぎるから、統合は必要だ。でも縮小や整理ばかりでは未来に展望は開けない。いったいどこで間違ったのだろう。

もともと商品市場は、生産者や需要家がヘッジのために利用するものだ。ところが東穀取は、国内にほとんど生産者のいないコーヒーなんかを上場している。大豆もトウモロコシも外国産で、上場商品のなかで国産品は小豆だけだ。これでは、市場参加者が減ってジリ貧になるのも無理はない。

どうすればよかったのだろうか。

その答は簡単だ。日本でいちばん生産量の多い農産物は米なのだから、米の先物を真っ先に上場すべきだ。食糧制度の改革で価格の自由化が進めば、生産者や大口需要家が大挙して商品市場を利用するにちがいない。

子どもでもわかる理屈だけれど、それができないのは、僕の知らない大人の事情があるのだろう。

取引の低迷に悩んでいるのは、東穀取だけではない。東工取も最終赤字に転落したし、東証は売買代金で上海証券取引所に抜かれてしまった。新規上場会社は減り続け、鳴り物入りで上場した海外ETFも売買はほとんど伸びない。問題は、日本の金融市場にイノベーションがどこにもないことだ。

日本人がいまほんとうに必要としている金融商品はなんだろう。僕には、大ヒット間違いなしのアイデアがある。それは、年金先物・オプションだ。

高齢者を中心に、日本人の多くが年金制度の破綻に怯えている。でもこれはリスク管理の問題だから、適切な金融商品を提供することで解決できる。

年金先物は、平均的な年金受給額を原資産とするデリバティブだ。将来、年金が減額されると思えば、受給年齢まで先物を売りつないでいけばいい。

でももっと簡単なのは、超長期の年金オプションを上場することだろう。たとえばいま55歳で、年金が受け取れるかどうか心配な人は、10年もののプットオプションを買えばいい。万が一年金制度が破綻しても、オプションの利益で損失を埋め合わせられるから安心だ(プットオプションは「年金破綻保険」だと思えばいい)。

ところで、このオプション(保険)の売り手はいったいどこにいるのだろうか――そう思った人もいるだろうけど、これはぜんぜん心配ない。「100年安心」を約束した政治家や官僚たちが十分に賢ければ、この投資機会を見逃すはずがないからだ(彼らの約束どおり年金が破綻しなければ、オプションを売ってぼろ儲けできる)。

日本を救い、取引所に莫大な利益をもたらすことは間違いないと思うんだけど、誰か実現してくれないかなあ。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.19:『日経ヴェリタス』2010年11月21日号掲載
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