第12回 親の死で口座凍結、悲しさ倍


口座名義人が死亡すると銀行口座が凍結される――父親が危篤になったとき、みんなからそう教えられて銀行に駆け込んだ女性の悲惨な体験を聞いた。

娘と称する人物が、他人の通帳と印鑑で大金を下ろそうとするのだから、怪しまれるのは当たり前だ。急いで病院に戻らなくてはいけないのに、まるで犯罪者のように扱われ、行員に取り囲まれて、恐怖と混乱で号泣してしまったという。

親族の危篤なんて一生のうちに何度もあることじゃないから、パニックになるのも無理はない。「でも……」と、彼女はため息をついた。

「後になって考えたら、べつに慌てて現金を下ろす必要なんてなかったのよね。入院代だって葬儀社への支払だって、後日精算でよかったんだから」

窓口で運転免許証を提示しても、そこに続柄が書いてあるわけではないから、彼女がほんものの娘なのか、たんなる同姓なのかは知るすべがない。本人に確認しようにも、危篤なんだから電話に出ることはできない。銀行だって困り果てただろう。

こんなトラブルを防ぐものすごく簡単な方法がある。銀行口座を共有すればいいのだ。

共同名義は欧米の金融機関ではごくふつうで、夫婦や親子が連名で口座名義人になる。名義人のいずれかが死亡すれば、口座の資産は残された名義人にそのまま引き継がれるから、相続の手続きもいたって簡単だ。名義人の追加も自由だから、親から子、孫へと同じ口座をずっと使いつづけることもできる。

ところが日本では共同名義が認められていないから、口座名義人が病気や怪我で窓口に行けなくなると、第三者に通帳と印鑑を預けて現金を引き出してもらうという危なっかしいことになる。そのうえいったん口座が凍結されると、法定相続人全員の戸籍謄本と印鑑証明がないとわずかな現金すら引き出せない。

その代わりかどうか知らないけれど、日本ではゼロ歳の赤ん坊でも印鑑さえあれば銀行口座が持てる(誕生祝いに定期預金をつくったりする)。欧米ではサインで自分の意思を示すことが金融機関を利用する条件だから、「赤ちゃん口座」なんて考えられないことだ。

この仕組みを利用して子どもの口座にお金を預け、通帳と印鑑を自分で保管しておけば実質的な共同名義になる。でもこれは税務署から贈与と見なされるおそれがあるし、それ以前に、子どもが大きくなるといろいろと面倒なことが起こりそうだ。

いつも思うのだけど、日本のお役所は自国の制度に過剰にこだわりすぎる。外国がすべて優れているわけではないけれど、広く普及した制度にはそれなりのメリットがあるはずだ。共同名義だって、欧米諸国が長年にわたって社会実験を繰り返し、相続や贈与がスムーズにできる方法を編み出してきた。だったら、その便利なところだけを上手に利用すればいいのに。

共同名義の口座があれば、すくなくとも窓口で号泣する不幸な女性を救うことはできるだろう。

玲の「不思議の国」探検 Vol12:『日経ヴェリタス』2010年5月30日号掲載
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