第13回 英語できぬ役人のお節介


日本人は英語ができない――みんなそう思っているけれど、これは実は正確ではない。世界には、英語で意思疎通できるが読み書きが苦手なひとがたくさんいる。それに対して日本人は、英語が読めるけど、話す機会がないので上達しないのだ。

友人が香港の銀行に英語で電子メールを送ったら、担当者から電話がかかってきた。「英会話が苦手なのでメールで返事がほしい」と頼んだが、また電話がかかってきた。

困り果てた彼から頼まれて訊いてみると、担当者は、「あんな立派な英語が書けるんだから、話せないわけないだろ」と不思議そうにいう。要するに彼は、自分の方が下手くそなので、英語で返事を書きたくなかったのだ。香港では英語と中国語(普通話)のどちらで教育を受けるか選択できるので、銀行の幹部クラスでも子供みたいな英語しか書けないひとがけっこういる。

なぜこんな話をしたかというと、日本では米国株の取引が大幅に制限されているからだ。

日本の個人投資家はずっと国内の上場株式しか取引できなかったけれど、ようやくいくつかのオンライン証券会社が米国株を扱うようになった。ところがなぜか、証券会社によって取扱銘柄が異なり、最大でも600銘柄程度しか売買できない。ニューヨークとナスダックには、合わせて6,000社以上の会社が上場しているというのに。

香港やシンガポールはもちろん、世界には米国株を取引できる外国証券会社がたくさんある。でも僕の知るかぎり、取引銘柄を制限しているのは日本だけだ。なぜなら、上場銘柄すべてを扱った方が簡単だから。

それに対して日本では、外国株を勧誘する証券会社は1銘柄ごとに顧客に「内容説明書」を交付しなくてはならない。これはすごく面倒なので、6,000銘柄すべてを扱うなんて不可能だ。

外国株の取引が制限されるのは、善意のお役人に次のような思い込みがあるからだ。

日本人は英語ができない。
英語の取引はリスクが高い。
だから、投資家保護のために日本語で説明してあげなくてはいけない。
でもそうなると、決算書などすべての書類を日本語訳しなくてはならなくなる。もちろんそんなことは不可能だから、いまでも日本語で読めるのは会社概要などごく一部だ。

そもそも日本の証券会社で取引するのに、英語を話す必要はない。日本人は英文読解の訓練を受けているから、基本的な金融英語さえ覚えれば、決算書くらいすらすら読める。だったら面倒な説明などやめて、英語のまま米国市場に直接つないで、すべての銘柄を自由に売買できるようにすればいいのに。

なぜこんな簡単なことができないのだろうか。あれこれ考えて、ようやく思いついた。

英語ができないのは、日本の投資家ではなく、実はお役人自身だったのだ。彼らはみんなも自分と同じ英語恐怖症だと信じていて、一所懸命よけいな世話を焼いているのだ。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.13:『日経ヴェリタス』2010年6月20日号掲載
禁・無断転載

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1件のコメント

  1. 役所は日本で最も国際化やIT化が遅れているところで、報酬以下の仕事をする振りをしているところ。

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