第14回 複雑な金融税制が招く不幸

相撲界が今、野球賭博問題で大きく揺れている。親方や大関が賭博に興じていたのは許しがたいと、みんな怒っている。

野球賭博は、プロ野球の勝敗に賭けるギャンブルだ。ところでサッカー賭博というのもあって、こちらはサッカーJリーグが賭けの対象で、totoの愛称で知られている。

熱烈サッカーファンの大関がtoto(サッカー賭博)に大金を注ぎ込んでも、誰もなんとも思わない。ところがその大関が野球狂で、野球賭博に夢中になると解雇されてしまう。サッカー賭博は日本国が胴元だけど、野球賭博は暴力団の資金源になっているからだ。

このことからわかるように、事件の本質は賭博そのものではない。相撲界が批判されるのは、力士たちの賭け金が非合法な組織に流れていたからだろう。だとしたら、ものすごく簡単な解決法がある。野球賭博も合法化すればいいのだ――サッカーや競馬や宝くじみたいに。

なぜこんな話をしたかというと、FXをめぐる脱税騒ぎにも同じような現象と本質の混乱があると思うからだ。

2007年4月、東京都に住む59歳の主婦がFXで3年間に4億円を超える利益を得、約1億4000万円を脱税していたと報じられた。このニュース(現象)を聞いて、多くの人が脱税はけしからんと怒った。そしてもっと多くの人が、FXってこんなに儲かるのかと驚いた。

でもこの報道だけでは、主婦がほんとうに儲けていたかどうかはわからない。FXで得た利益は雑所得で、他の所得と損益通算することはできず、損失の繰越しも認められないからだ。

たとえば前の年にFXで2億円の損をしていても、翌年に1億円の利益があれば、純利益はマイナスでも5000万円近くの所得税・住民税を納めなくてはならない。同様に株で多額の損をしていても、FXの利益とは別勘定だから、問答無用で最高税率が課せられる。なぜこんなことになるかというと、日本の金融税制が、譲渡所得、雑所得、利子・配当所得とものすごく複雑だからだ(おまけにFXは、上場と店頭で税区分が違う)。

もちろん税制がわかりにくいからといって、脱税が許されるわけはない。でも現象にばかり振り回されると、簡単な解決法があることを見逃してしまう。

預貯金は、利子に20%の源泉徴収で課税が完結する。株式取引は3年間の損失繰越しが認められていて、そのうえ特定口座なら証券会社が年間の損益を計算し、納税を代行してくれる。

いまでは銀行や証券会社でも気軽にFX取引ができるようになった。だったら利子・配当所得や譲渡所得、FXの雑所得などすべての金融所得を一体課税して、金融機関が納税額を計算して源泉徴収できるようにすればいい。これなら投資家も税務署も、いまよりずっとハッピーになれる。

制度の歪みから違法行為が生じているのなら、個人を批判するだけではなく、制度そのものを改善すべきだ。それが大人の社会だと思うのだけれど。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.14:『日経ヴェリタス』2010年7月18日号掲載
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