多様性は「やさしい社会」をつくるのではなく、社会を分断させる 週刊プレイボーイ連載(638)

DEIは「Diversity(多様性)Equity(公平性)Inclusion(包括性)」の略で、「意識高い系」の企業などが導入してきましたが、トランプ政権がこれを敵視したことで逆に有名になりました。ここではそのなかで、「多様性」について考えてみましょう。

近年の進化人類学では、家父長制の起源を「男が結託して女を分配する仕組み」と考えます。

ヒトの近縁種である類人猿のなかでもゴリラは一夫多妻で、シルバーバックと呼ばれるオスがメスを独占するため、若いオスは生まれ育った群れを出て、なんとかして自分の群れをつくる以外に交尾の機会をもつことができません。

一方、チンパンジーの社会は乱婚型で、上位のオスはより多くのメスと交尾できますが、下位のオスにもメスと交尾するチャンスが与えられます。チンパンジーのオス同士は、協力して他の群れからなわばりを防衛しなければならないのです。

それに対してヒトは、より緊密に協同して自分たちの共同体を守るとともに、言語と(石器のような)強力な武器を手に入れたことで、ひ弱な男たちでも共謀して独裁的なリーダーを簡単に排除できるようになりました。

このようにして、旧石器時代の祖先たちはきわめて「平等主義的」な社会をつくります。一夫一妻とは、男たちが暴力で共同体を支配し、女を平等に分配することなのです。このとき順位によって男と女をマッチングした名残が、現在の「スクールカースト」でしょう。

人間は徹底的に社会的な動物で、ごく自然に「マジョリティ(支配者グループ)」と「マイノリティ(支配される者たち)」を生み出します。これが共同体を統制するもっとも効果的な方法で、いったん権力を手にした者たちはそれを維持しようとするため、永続的な社会構造になっていきます。

ところが近代になって、すべてのひとが平等の人権をもつとされたことで身分制が解体し、これまで抑圧されてきたマイノリティの権利が重視されるようになりました。多様性とは、「マイノリティがマジョリティと対等になること」と定義できるでしょう。

これはもちろんよいことですが、問題は「社会が多様化すればみんなが幸福になるはずだ」という信念(というか願望)が間違っていることです。

社会の多様性が増し、利害の異なる個人同士が直接ぶつかれば、世の中はぎすぎすしていきます。同時に社会が流動化すると、マジョリティとマイノリティの区別もあいまいになります。

トランスジェンダー活動家とフェミニストの衝突や、「弱者男性」や「プアホワイト」など、これまでマジョリティとされたなかから(自称)マイノリティが登場したことなど、いくらでもその例をあげることができるでしょう。

「リベラル」は、多様性がやさしい社会をつくると信じています。しかし現実には、多様性は社会の分断を生み出すのです。これが保守派がDEIを目の敵にする理由で、そこには一定の正当性があります。

とはいえ、トランプがなにをしたところで、「自分らしく生きたい」というリベラル化の巨大な潮流を押し戻すことはできないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2025年4月7日発売号 禁・無断転載

チャヴはイギリス白人の最底辺で「下級国民」

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2019年9月12日公開の「イギリスの地方都市にふきだまる「下級国民」、 チャヴは蔑まれ、嘲笑される白人の最貧困層」です(一部改変)。

Lipik Stock Media/Shutterstock

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イギリスが国民投票でブレグジット(EUからの離脱)を決めた2016年6月、たまたまロンドンにいた。といっても、ジャーナリストとして選挙を取材したわけではなく、同時期にフランスで行なわれたサッカーのEURO2016(UEFA欧州選手権)を見に行くついでに立ち寄ったのだ。

国民投票の翌日、予想に反してEU離脱派が過半数を制したとのテレビニュースを聞きながらユーロスターでドーバー海峡を超え、準々決勝まで3試合をスタジアムで観戦して帰国のためイギリスに戻ったのだが、そのときはロンドンから西に150キロほどのブリストルに泊まってみた。

ブリストルで見た白人のホームレスたち

サウス・ウェスト・イングランドの中心都市であるブリストルは人口40万人ほどで、ローマ時代の温泉がある観光地バースや、ウェールズの首都カーディフにも近い。市の中心部を流れるエイボン川を下ればブリストル海峡から北大西洋に出るため、18世紀には三角貿易(奴隷貿易)の拠点として栄えた。

ブリストル駅に近い中心部のホテルにチェックインすると、川沿いにレストランが並んでいると教えてもらったので、夕方、すこし市内を歩いてみた。イギリスの地方都市はあまり行ったことがなかったのだが、所在なげにしている若者がやけに多いなあ、というのが第一印象だった。

下は、埠頭に座ってビールを飲みながらエイボン川を眺める男性2人。この日はたまたま日曜だったので、久しぶりに会った友だち同士で語り合っているのだろうと思った。

ブリストルのエイボン川の埠頭  (Photo:ⒸAlt Invest Com)

次は、別の埠頭で見かけた若者5人組。近くのスーパーでビールを買ってきて日がな一日えんえんと飲みつづけているようで、1人はぐっすり寝入っていた。

ブリストルのエイボン川の埠頭 (Photo:ⒸAlt Invest Com)

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10万円商品券問題からわかる「贈与とは権力闘争」 週刊プレイボーイ連載(637)

石破首相が衆院選で初当選した議員と会食した際、「お土産代わり」として10万円の商品券を配ったことで窮地に陥っています。その後の報道では、これは自民党の慣例で、首相はそれに従っただけともいわれます。とはいえ、石破氏は政治資金をめぐる不適切な慣例を変えることを期待されて選出されたのですから、炎上するのもしかたないでしょう。

ここでは、慰労目的の会食が政治活動なのかどうかという不毛な議論を離れ、「そもそも贈与とはなにか」を考えてみましょう。

ポトラッチは北米インディアン(ネイティブアメリカン)の儀式で、ヨーロッパの宣教師によって「発見」されました。毛皮や宝飾品など豪華な品物を互いに贈り合い、場合によっては贈答品を破壊したりもすることから、消費社会における浪費の象徴と見なされたのです。

ところがその後、本来のポトラッチは、部族の長が客を招いて舞踏や歌唱を披露する際に、魚の干物などを贈り合うありふれたものだったことがわかりました。それがヨーロッパ人との交易によって「経済格差」が拡大すると、裕福になった者が贅沢品を贈るようになり、その贈与合戦が過激になって収拾がつかなくなってしまったのです。

なぜこれほどまでして、ポトラッチに熱中するのでしょうか。それは、贈与が社会的ステイタス、すなわち権力関係を決めるからです。

お中元やお歳暮などでは、贈られた品物と同等の返礼をしなければなりません。この返礼品は豪華でも粗末でもいけないので、頭を悩ませたひとも多いでしょう(幸いなことに、いまはこうした慣習はなくなってきています)。

その理由は、同じ価値の贈り物をし合うことで“絆”を維持する同時に、お互いが“対等”であることを確認しているからです。贈答品と返礼品が釣り合わないと、一方が「上位」でもう一方が「下位」になってしまって都合が悪いのです。

これを逆にいうと、AさんがBさんに贈与をして、Bさんがそれに見合う返礼ができないと、Bさんの社会的ステイタスはAさんよりも低くなってしまいます。濃密な共同体では、誰が誰に何を贈ったかの情報は全員に共有されるので、他者に支配される低い地位に甘んじたくなければ、なんとしてでも同等の贈り物をしなければなりません。

同様の理由で、主従の関係がはっきりしている場合、主人が従者に贈与しないのは権力を失墜させることになります。ステイタスの低い者にとっては、贈り物すらできない=権力のない者に従う理由はないからです。このようにして、典型的なムラ社会である政治の世界で「昭和」の贈答の文化が長く保存されていたのでしょう。

とはいえ、今回は商品券を受け取った若手議員が、「政治とカネ」でさんざん批判されているときにこれを受けとるのは“炎上案件”だと気づいて返却したことで、この慣習が衆人の知るところとなりました。

こうして時代の価値観は変わっていくのですが、今回はたまたま石破氏が、スケープゴートになる外れくじを引き当てたということなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2025年3月31日発売号 禁・無断転載