ナポリの一等地で黒人のテキヤが偽ブランドを売っているのはなぜか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2012年9月公開の記事です。(一部改変)

Photosbypatrik/Shutterstock

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あくまでも個人的な印象だが、ナポリにもっとも似た町はベトナムのホーチミンだ。もちろん、アジアにあるフランスの旧植民地とギリシア時代にまで遡るヨーロッパの古都では街並みがまったくちがうし、道路を走っているのもオートバイではなくスクーター(ベスパ)だが、そのスクーターの集団がけたたましいクラクションを鳴らして道路を渡る歩行者に突っ込んでいくところがホーチミンにそっくりなのだ。

ナポリにはたしかに活気がある。だがそれは、ヨーロッパの“都”であるミラノやローマとはちがって、新興国の喧騒に近い。

そんなナポリで、奇妙な光景を見た。夕方、街を散策していると、ナポリ湾に面したヌオーヴォ城の入口あたりで、黒人の物売りたちがバッグなどの革製品を売っていた。翌日、スパッカ・ナポリ(旧市街)を訪れたときも、古い教会の前にやはり黒人の物売りがいた。

ナポリ有数の観光地で、外国人が勝手に商売できるはずはない。日本のテキ屋稼業と同じで、当然、ショバを仕切るヤクザの許可を得ているはずだ。しかしなぜ、ナポリのど真ん中で黒人がパチモノ(偽ブランド品)を堂々と売っているのだろうか。

仙台や北九州で毎年200人が殺されたら

その謎が解けたのは、ロベルト・サヴィアーノの『死都ゴモラ 世界の裏側を支配する暗黒帝国』( 大久保 昭男訳/河出文庫) を読んだからだ。イタリアで100万部を超えるベストセラーになり、映画版がカンヌ映画祭グランプリを獲得する大成功を収めた本書は、副題が示すように、ナポリとその周辺を拠点とする犯罪組織(クラン)と、その集合体であるカモーラの実態を描いたノンフィクションだ(「マフィア」はシチリアの犯罪組織で、ナポリでは「カモーラ」と呼ばれる)。

著者のサヴィアーノはナポリ生まれのフリーライターで、雑誌や新聞に寄稿しながら、20代後半でこの驚くべき本を書き上げた。本書がイタリアでベストセラーになったのは、当のイタリア人ですらカモーラ(組織)の実態をまったく知らなかったからだという。

ゴモラとはいうまでもなく、旧約聖書に出てくる悪徳の町だ。サヴィアーノは、カモーラに支配された南イタリアの町や村を、ゴモラに匹敵する悪徳の巣窟として厳しく批判する。サヴィアーノはいまもナポリで暮らしているが、内情を暴かれたカモーラ一味によって常に生命を狙われていて、警察の厳重な保護下にあるという。

現代のゴモラがどのようなところなのか、下の表を見てほしい。

 

1979年 100
1980年 142
1981年 111
1982年 274
1983年 204
1984年 155
1985年 ――
1986年 107
1987年 172
1988年 178
1989年 228
1990年 222
1991年 223
1992年 160
1993年 120
1994年 115
1995年 148
1996年 147
1997年 130
1998年 132
1999年 91
2000年 118
2001年 80
2002年 63
2003年 83
2004年 142
2005年 90

これはサヴィアーノが生まれた1979年から26年間で、抗争などでカモーラが殺害した死者の数だ。ナポリの人口は100万人で、カンパニア州全体でも570万人しかいない。ほぼ同じ人口の仙台や広島、北九州で、ヤクザの抗争で毎年100人から200人が殺されていることを想像すれば、これがいかに驚くべき数字かわかるだろう。

カモーラによる死者は、シチリアマフィア、ロシアマフィアなどの犯罪組織、スペインのETA(バスク祖国と自由)、アイルランドのIRAなどの政治組織による殺害数を大きく上回る。ナポリでは死は日常茶飯事で、目の前で誰かが殺されても、ひとびとは目を伏せて足早に通りすぎるだけだ。誰にも報道されないまま、ヨーロッパの中心の一角で、中東やアフリカの紛争国のような事態が起きているのだ。

本物と区別のつかない偽ブランド

『ゴモラ』の冒頭で、サヴィアーノはイタリアのファッション業界の内幕を描く。この場面はそのまま映画版でも再現されているのだが、華麗なイタリアブランドはナポリ周辺の町や村にある中小の縫製工場が支えている。典型的な職場は、1階を工場にして2階に経営者の家族が暮らすガレージか倉庫のような建物で、最低賃金は無視され、1日10時間働いて給料は月500~900ユーロ。それでも近年は安い中国製に押され、倒産や夜逃げが後を絶たないという。

ローマやミラノの大手ブランドは、ナポリの工場主たちを集めてオークション(入札)で仕事を発注する。ブランドの担当者が生地や品質などの条件を読み上げた後、指定された数をどのような条件で請け負うかを競りにかけるのだ。

サヴィアーノが立ち会ったオークションでは、発注はドレス800着で、最初の業者が「40ユーロ、2カ月」と価格と納期を告げると担当者が黒板に「800/40/2」と書く。それよりも安く、短期間で請け負える業者が次々と声をあげて、けっきょく「800/25/25」(25ユーロ、25日)で落札された。競争は激しくこれでは儲けは出ないが、工場の設備や従業員を遊ばせておくわけにはいかないのだ。

零細な服飾工場の苦難は、仕事を勝ち得てもさらに続く。

ブランドメーカーは、品質確認した完成品にしか支払をしない。その間の従業員の給与や生産コストはすべて工場の立替え払いだが、いつ夜逃げするかわからないような工場に融資してくれる銀行はない。これでは、仕事を完成させる前に資金繰りがつかなくなって倒産してしまう。

こんなとき、工場主が頼るのがカモーラだ。

カモーラは、工場主の弱みにつけこんで暴利をむさぼったりはしない。それとは逆に融資金利は2~4%と、銀行融資と同じかそれよりも低い。

もちろんカモーラは、慈善事業をしているわけではない。彼らの目的は、低利の融資で零細な工場を支配下に置くことだ。

有名ブランドの入札に参加しても、すべての工場がじゅうぶんな仕事を取れるわけではない。だがそうした工場にも従業員がおり、設備も揃っている。このままなんの仕事も得られなければ、卓越した技術を持つ彼らは廃業するしかない。そこでカモーラは、彼らに偽ブランドをつくらせるのだ。

こうして生まれるパチモノは、かぎりなく本物に近い。偽ブランドの生産工場は、オークションで仕事を受注できれば“本物”をつくっていたはずだからだ。こうして、本物と偽物の境界はかぎりなくあいまいになっていく。

たとえばアルマーニは、ブランドイメージを守るためにスーパーLサイズをつくっていないが、偽ブランドにはこうした特注品が揃っている。その工場がアルマーニの正規品の縫製もしているのだから、スーパーLサイズの顧客は本物か偽物かを問題にしないだろう。

もっとも洋服の生地は大半が中国でつくられるから、本物とまったく同じ“偽物”ができるわけではない。だが革製品の原料は地元産で、サイフやバッグならより精巧なものがつくれるという。もっとも今ではカモーラは中国の犯罪組織とも接触し、“偽物”の生地の仕入ルートを開拓しているから、いずれ本物にかぎりなく近いスーツやドレスが闇市場で売られるようになっても不思議はない。

ナポリ製の偽ブランドは、「特A」品として、麻薬の販売ルートを通じてヨーロッパ各国や世界じゅうに売られていく。

ずいぶん前に香港で、偽ブランドを扱う露天商に“高級品”を保管する倉庫を案内してもらったことがある。そこはただの雑居ビルで、エレベーターではなく階段を使い、屈強な見張りのいるドアをいくつも通り抜け、厳重に施錠された分厚い鉄扉を開けると、その向こうに「得A」の品物が並んでいた。フランスやイタリアの超高級ブランドばかりで、きわめて精巧につくられていたが、その代わり価格も本物の半値から3分の1くらいはした。こうした“高級偽ブランド”も、もしかしたらイタリアの工場でつくられたのかもしれない。

ところで、私がナポリで見た光景はいったなんだったのだろうか。

『ゴモラ』によれば、カモーラは傘下の工場で生産させた偽ブランドを国外に輸出するだけでなく、地元で観光客相手に販売してもいる。だが売り子にイタリア人を使うと検挙されたときにやっかいなので、ナイジェリアなどからの不法移民に品物を卸し、街の一等地で売らせているのだ。

ナポリの教会の前に黒人の物売りがいたとしても奇異に思うだけで、私のような一介の旅行者にはその背後に隠されているものまではわからない。観光客だけでなく、『ゴモラ』が世に出るまでは、当のイタリア人ですらこんな秘密は知らなかった。

私が見たのは、イタリアの宿痾ともいえる闇経済の一部だったのだ。

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