経済制裁はほんとうに効果があったのか?(週刊プレイボーイ連載681)

バンス副大統領によるイランとの交渉が決裂(4月12日)したことで、トランプは石油輸送の要衝であるホルムズ海峡を「逆封鎖」しました。交渉の目的のひとつは、イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡の開放だったのですから、これではまるでカフカの不条理小説のような展開です。

アメリカによる空爆は、誤爆による市民の死傷を除いても、イランのひとびとを困窮に追いやりました。英誌『エコノミスト』によると、イランでは生産年齢人口の60%が失業しており、戦争によって労働力の半分を抱えるサービス産業が大打撃を受け、イラン政府は労働人口の25%にあたる700万人が軍務に志願したとしています。

その一方で、アメリカとイスラエルによる攻撃以降、原油価格が高騰しています。イランの石油タンカーはホルムズ海峡を自由に航行し、中国などへの石油輸出を続けており、皮肉なことに、石油を独占する革命防衛隊の収入は倍増しました。この「ぼろ儲け」をやめさせるために、アメリカはホルムズ海峡を逆封鎖せざるを得なくなったのです。

トランプは「苦境に立ったイランがディールに応じるはずだ」とか、「大規模な民主化デモが起きるにちがいない」といった根拠のない楽観(というか妄想)を前提として戦争を始め、それがすべて外れたことで、SNSで意味不明な罵詈雑言を浴びせるしかなくなったのでしょう。

しかしさらに考えてみると、アメリカの失敗はそれ以前から始まっていたともいえます。

イランにどれほど経済制裁をしても一般市民を苦しめただけで、政権にはほとんど打撃を与えられませんでした。北朝鮮やキューバも長年にわたってきびしい経済政策を受けていますが、体制が転覆する気配はありません。

ウクライナへの侵攻でロシアは欧米の経済制裁の対象になりましたが、中国やインドに石油輸出を振り替えたことで経済への影響は限定的で、その一方でエネルギー価格が高騰した欧州諸国ではポピュリスト政党が躍進し、政権はどこも苦境に立たされました。

だったら武力を使えばいいかというと、アメリカはベトナム戦争に敗北し、イラクではフセインの独裁を打倒したものの民族紛争で社会は混迷し、アフガニスタンは体制を変えたものの、けっきょく元のタリバン政権に戻ってしまいました。

1987年までの韓国の軍事政権や、1996年に直接総統選挙が行なわれるまでの一党独裁の台湾は、今日の基準では経済制裁の対象にされてもおかしくありませんでした。しかしその間に経済が発展し、ゆたかになったひとびとは自らの手で自由とデモクラシーを獲得したのです。

もちろん中国のように、中間層が生まれたことで社会が不安定化し、共産党が「強権化」することもあるので、経済発展はつねに「奇跡」を起こすわけではありません。他国の主権を侵すような行為を放置できない、ということもあるでしょう。

それでも、独裁者に富を独占させ、国民に貧困という罰を与え、けっきょくは今回のような武力攻撃になる経済制裁にどれほどの意味があるのか、いちど冷静に考えてみる価値があるのではないでしょうか。

「The Economist 革命防衛隊の経済力、予想外の強さ」日本経済新聞2026年4月14日

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