南イタリアのヤクザ組織カモーラの驚くべき実態

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2012年10月公開の記事です。(一部改変)

leoks/Shutterstock

******************************************************************************************

ナポリを中心とする南イタリアの犯罪組織カモーラ(「組織」の意味)の実態を暴いたロベルト・サヴィアーノの『死都ゴモラ 世界の裏側を支配する暗黒帝国』( 大久保 昭男訳/河出文庫) はカモーラの偽ブランドビジネスを暴いたが、これは彼らの広範な活動のごく一部にすぎない。

参考:ナポリの一等地で黒人のテキヤが偽ブランドを売っているのはなぜか?

『死都ゴモラ』は驚くべき本だが、最後まで読み通すのはかなりの根気がいる。20代でこの本を書いた才気溢れる著者が、あまりにも“高尚な”文体を使っているからで、そのため日本の出版社は、現代イタリア文学の最高峰アルベルト・モラヴィア(ゴダールによって映画化された『軽蔑』が有名)を翻訳した大御所を起用したが、それでも私のような一般人にはかなりハードルが高い。

クラン(犯罪組織)に対抗するとは、生存のための闘いに加わることである。あたかも生存自体、口にする食物、頬ばる口、耳にする音楽、読む頁が、私たちの生活を根拠づけられず、単に生存を認められているだけのような。知り、理解するのは一つの必要なことである。生きて呼吸する一人の人間であると感じることを可能にする唯一のことだ。

こんな文章がえんえんと続くことを想像すると、どんな“読書体験”かおおよそわかるだろう。

しかし『死都ゴモラ』は、この苦難を乗り越えた先に、世界を理解するための途方もない秘密を明かしてくれる。もちろん原書(の翻訳)を読んでいただくのが一番だが、時間と忍耐力のあるひとばかりではないだろうから、ここでその一部を紹介しておきたい。

すべての村にヤクザ組織がある

「カモーラ」というのは、シチリアでいうマフィアのことで、犯罪組織の全体を指す言葉だ。一つひとつの組織は、「クラン」と呼ばれる。

だが南イタリアでは、クランとは村のことでもある。クラン(ファミリー)の構成員は、ほとんどが同じ村の出身者だからだ。こうしたクランが合従連衡し、ときには殺し合いながら、クランの連合体をつくっていく。カモーラが“ヤクザ”の一般名称で、クランは大阪・西成などの地場のヤクザ組織、その連合が“山口組”のような大組織になると考えるとわかりやすい。

『死都ゴモラ』には、こうした“ヤクザの村”が実名でたくさん出てくる。ヨーロッパの村というのは、教会を中心とした集落のことで、村と村との間は農地や牧草地、荒地などで仕切られている(日本のように切れ目なく人家が続くということはない)。

その一つがカザール・ディ・プリンチペで、カンパニア州ガゼルタ県の、ナポリの北西20キロほどのところにある人口2万人ほどの町だ。

1994年3月19日、この町でドン・ペッピーノという一人の若い司祭が死んだ。ペッピーノはカザール・ディ・プリンチペで生まれ、ローマで学業を修めた後、司祭として故郷に戻ることを決意する。そして、町を支配するカモーラに敢然と闘いを挑んだ。反カモーラの行進を組織し、政治権力と犯罪集団の癒着を暴き、敬虔なカトリック教徒を自認するカモーラたちを“反キリスト”として強く批判した。その結果、5発の銃弾を浴びて36歳の短い生命を終えたのだ。

カザール・ディ・プリンチペには、カモリスタ(カモーラの構成員)のカポ(ボス)たちの豪壮なヴィラが数十件も建ち並んでいる。いずれも高い防壁と監視カメラで守られたコンクリートの宮殿で、そのなかでもとりわけ有名なヴィラは“ハリウッド”と呼ばれている。『スカーフェイス』(ブライアン・デ・パルマ監督、アル・パチーノ主演)はキューバ難民からコカインの密売でのし上がった男の栄光と破滅を描くハリウッド映画だが、この作品に魅了されたカポが映画に出てくる豪邸と同じものをつくらせたのだ。

もちろん私は、カザール・ディ・プリンチペを訪れたことはない。ナポリ郊外の観光地でもない貧しい町や村では、よそ者の姿を目にすることもほとんどない。しかし今では、Google Mapのストリートビューを使えばこうした“カモーラの土地”の様子を知ることができる。

Google Mapで「Casal di Principe, Italy」と検索し、ストリートビューで通りを眺めれば、ドーリア様式の宮殿のような(あるいはラブホテルのような)建物を見つけることができるだろう(その所有者がカモーラであるかどうかはわからないので、写真は掲載できない)。

カザール・ディ・プリンチペ以外にも、カモーラの町や村はいくつもある。というよりも、南イタリアの政治経済は犯罪組織と一体化しており、すべての村にカモーラのクランがあるのだ。

善良な年金生活者がコカインの保管係に

『死都ゴモラ』では、カモーラのビジネスとして、偽ブランド以外にも、建設業と産廃、ドラッグが取り上げられている。

カモーラの主要なビジネスは南米から密輸入されるコカインの転売だが、その仕入れ代金が年金生活者からの出資であることは、サヴィアーノの本が出るまでほとんど知られていなかった。

南イタリアでは、元教師などの公務員、会社員の年金生活者は、年金とわずかな貯金を頼りにつましい暮らしをしている。これは日本でも同じだが、金利が下がると生活できなくなる高齢者がたくさんいるから、彼らはすこしでも利息の高い運用先を見つけようと必死になる。

そんな彼らのところに、カモーラが高金利の「投資」の勧誘に来る。だが、このウマい話に乗るには一つだけ条件がある。麻薬ビジネスに投資するためには、カモーラの命ずるままにコカインの保管役を引き受けなくてはならないのだ。

カモーラはこれによって、ビジネスの原資と同時に、もっともやっかいなドラッグの隠し場所をも確保できる。こうした投資話に乗るのはそれまで犯罪とはなんの縁もなかった善良な市民たちだ。彼らの家のタンスに大量のコカインが隠されていても、警察がそれを見つけ出すのは至難の技なのだ。

カモーラは社会の周縁(落ちこぼれ)ではなく、市民社会の中から生まれてくる。あるクランのカポは、かつては小さな理髪店の店主だった。それが経営の足しにドラッグを扱うようになり、利益を再投資しながらビジネスを大きくして、ついには自分のファミリーを構えるまでになった。

カポのなかには古典文学に通暁する知識人や、絵画の一流のコレクターもいる。そればかりか、彼らの前歴を調べると、フロイトやユングを研究する精神分析家までいた。犯罪組織は、社会の中枢にまで根を張っているのだ。

『死都ゴモラ』を読んでもうひとつ驚いたのは、カモーラとスペインの関係だ。難解な文章のあちこちに、カモーラがスペインのリゾート地に投資した話とか、スペイン人の犯罪組織と死闘を繰り広げる話とか、警察に追われたカモーラがスペインに逃亡する話とかが出てくる。

こうした逸話から浮かび上がるのは、ドラッグビジネスを中心に、グローバルなヒスパニック(というかスペイン語/イタリア語圏)の犯罪ネットワークが存在する、ということだ。中南米で生産されたドラッグがヒスパニックの犯罪組織を通じてアメリカに密輸され、北米各地で販売されていることはよく知られているが、同様に中南米のスペイン語圏から大量のドラッグが、スペイン人の犯罪組織の手によって大西洋を越えてヨーロッパに持ち込まれ、それがナポリ周辺のカモーラの土地に集積して、偽ブランド品の販売ルートに乗ってヨーロッパ各地に広がっていくのだ。

ロンドンにイタリアン・レストランが増えたのはなぜ?

ところでカモーラは、こうして得た利益をどのように「運用」しているのだろうか?

今年の夏、久しぶりにロンドンを訪れて、イタリアンレストランがずいぶん増えていることに驚いた。イギリスには旧植民地のインドやパキスタンなどからやってきた大勢の移民(とその子孫)が暮らしていて、彼らの経営するインド料理店もたくさんある(どこも安くておいしい)。ところがコヴェントガーデンなどロンドンの中心地には、インド料理店よりもはるかに多いイタリアンレストランがあるのだ。そんなにたくさんのイタリア移民がロンドンにいるのだろうか?

こうした現象はロンドンだけではないらしい。アバディーンはスコットランド第3の都市で、北海油田採掘の基地として栄えた。このアバディーンにも有名な高級イタリアンレストランと、ワインやチーズなどイタリア食材を扱う輸入業者がある。

2002年、イタリア政府はアントーニオ・ラ・トーレというカモーラのカポの逮捕状を発行し、2005年3月、指名手配犯はアバディーンで逮捕された。この事件が奇妙なのは、アントーニオがアバディーンに隠れ住んでいたわけではないということだ。
国際指名手配犯がアバディーンにいることは、スコットランドの政府や警察当局も知っていた。それなのに逮捕まで3年もかかったのは、彼がアバディーンの名士に収まっていたからだ。

ティレニア海に面したモンドラゴーネ(Mondragone)は人口2万6000人ほどの、海水浴場くらいしか産業がない小さな町だが、アントニオーネはここのクランのボスでカモーラの大物だった。ところが彼は、麻薬ビジネスで稼いだ金をアバディーンに投資し、レストラン経営で成功して、スコットランドでは実業家として尊敬を集めていた(アバディーンの若者にとっては、「イタリア人のように成功する」のが夢だ)。そのためスコットランドは、イタリア政府から逮捕の要請があっても「金のタマゴを生むガチョウ」を差し出す気にはならず、3年ものあいだ大物犯罪者の逮捕をしぶっていたのだ。

『死都ゴモラ』には、著者サヴィアーノが仕事を探す友人といっしょにモンドラゴーネを訪れる場面がある。紹介者の伝手で、海水浴から戻ってきたばかりの海水パンツ1枚のクランのメンバーに会うと、彼らは旅行代理店に行くよう指示される。そこはカモーラの就職斡旋所で、受付の若い女性は、友人の履歴書に目を通しただけで、たちまちアバディーンの仕事を紹介してくれた(2日後に友人はスコットランドに旅立った)。

カモーラはアバディーンだけでなく、ロンドンなどヨーロッパ各地で麻薬ビジネスの利益を投資し、イタリアンレストランなどを経営している。イタリアの若年層の失業率(全国平均)は35%前後だが、南イタリアでは50%に達する。野心と才能のある南イタリアの若者たちは、仕事のない故郷を見捨て、カモーラを頼って海外の仕事を手に入れるのだ。

最後に、『死都ゴモラ』のなかでもっとも印象的な一節を紹介しよう。少年刑務所に収監されている少年が、監獄司祭に手渡した手紙の文面だ。

識っている人、死んだ、刑務所にいる人たちみんな。ああいう人みたいなカポになりたい。スーパーマーケットとか店とか工場、それに女もほしい。車は三台だ。店に入った時には尊敬されたい。世界中に店を出したい。それから、死にたい。だけど本物の、本当に命令した男として死にたい。殺されて死にたい。