第49回 ソムリエ欺くワイン偽造団 (橘玲の世界は損得勘定)

人間の味覚はどこまで信用できるのか――そんな疑問を抱いたのは、何年か前にフランスで捕まったワイン偽造団の記事を読んだときだ。

同じワインでも、ボルドーのメドック第1級とかブルゴーニュのロマネ・コンティなどの有名銘柄はものすごく高い。そこでワイン偽造団は、こうした超高級ワインのラベルを偽造し、チリやペルーなどの安い新世界ワインのボトルに貼って一流レストランに卸していた。

なぜこんなことができたのか。裁判で一味の首謀者は次のように証言した。「ボルドーとチリワインのちがいがわかるソムリエなんてどこにもいない」

これはけっこう衝撃的だ。1本何十万円もするフランスワインと千円札数枚で買える新世界ワインが同じだなんて……。

経済学者の人気者スティーヴン・レヴィットとジャーナリストのスティーヴン・ダブナーの『0ベース思考』(ダイヤモンド社)に、これを実際に実験してみた話が載っている。

料理とワインの評論家ロビン・ゴールドスタインは、ワイン初心者からソムリエ、ワイン醸造業者まで500人を集め、全米17の会場で目隠し試飲会を行なった。

ゴールドスタインが用意したのは1本1ドル65セント(約200円)から150ドル(約1万8000円)までの523種類のワインで、試飲者に「よくない(1点)」「普通(2点)」「よい(3点)」「とてもよい(4点)」の点数をつけてもらった。

その結果、試飲者は平均すると「高いワインを安いワインに比べて少しだけおいしくないと感じた」。それに対して試飲者の約12%を占めていたワインの専門家は、「安いワインを好んだわけではないが、高いワインを好んだともはっきり言えない」くらいの“実力”は見せたようだ。

この結果を見ると、ワイン偽造団が成功した理由がわかる。ソムリエはもちろんワイン醸造者ですら、ラベルがないとワインの味が見分けられないのだ。

味にうるさい「専門家」が多いことでは他を圧倒するワインでこれなら、それ以外の味覚は押して知るべしだろう。有名な蔵元の日本酒や焼酎と大衆的な銘柄はどれほどちがうのか、一人3万円の有名寿司店と回転寿司のちがいはわかるのか……。テレビ番組の企画で、(被験者だけでなく実験者も正解を知らない)二重盲検法で試してみたらきっと面白いだろう――という意地悪なことをいいたいわけではない。

ワイン偽造団の記事を読んだときに真っ先に思ったのは、彼らが選んだ新世界ワインのリストを知りたい、ということだった。なぜならそれは、何十万円もする超高級ワインと“同じ”味なのだから。

あるいは、ワインの流通業者が一流レストランのソムリエを集めて目隠し試飲会を行ない、「高級ワインと見分けがつかなかった安いワインのセット」をつくってみるといいかもしれない。これなら大ヒット間違いなしだ――といっても、どうせ無理だろうけど。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.49:『日経ヴェリタス』2015年4月5日号掲載
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「英雄」たちの時代が終わって、歴史はどんどんつまらくなった 週刊プレイボーイ連載(190)

リー・クアンユー元シンガポール首相が91歳で生涯を終えました。これで、アジアの「英雄の時代」が完全に幕を下ろしました。

明治維新によって近代国家への道を踏み出した日本に対して、アジアの国々は(タイを除けば)ずっと植民地か半植民地でした。第二次世界大戦が終わってようやく民族自決の権利が認められ、独立が可能になったのです。

毛沢東、蒋介石、ガンジー、スカルノ、金日成、ホー・チ・ミンなど、毀誉褒貶はあるでしょうが、この時期に「建国の英雄」たちが続々と現われました。中国や韓国・朝鮮は日本より長い歴史を持っていますが、近代国家になってからは70年しか経っていない“若い”国なのです――これが、日本と近隣諸国との「ナショナリズム」が食いちがう理由のひとつでしょう。

そのなかでも東南アジアは、政治的な理由から建国が遅れました。インドネシアがオランダから独立を果たしたのが1949年、シンガポールがマレーシアから分離したのが1965年、米軍がベトナムから撤退して南北が統一されたのが1976年です。こうした建国神話の主役のなかでもリー・クアンユーは際立って若く、シンガポール独立のときはまだ41歳でした。

31歳で人民行動党を創設したリーは、35歳でイギリス統治下の自治政府の初代首相となり、独立とともにマレーシアと合併します。しかし多数派のマレー人とゆたかな華人との対立が激しくなり、大規模な民族暴動が起きたことから、シンガポールはマレーシアから追放されてしまいます。「建国」は、リーが望んだものではありませんでした。

シンガポールはマレー半島の先端にある小さな島で、水やエネルギー、食糧などすべてをマレーシアに依存していました。これから国民が耐えなくてはならない多くの苦難を思って、「独立宣言」のときにリーが涙を流したことはよく知られています。

豆粒のような国が生き延びるために、リーは国民を厳しく叱咤しました。なにひとつ資源がないのですから、頼るべきは国民の創意工夫しかありません。こうして英語を公用語とし、教育を重視し、汚職や犯罪に厳罰を科す独特の国づくりが始まったのです。

シンガポール経済は軽工業と観光業からスタートし、その後、タックスヘイヴン政策によって香港と並ぶアジアの金融センターとして発展したことで、一人あたりGDPでは日本(3万8468ドル)を大きく上回る5万5182ドルと、アジアでもっともゆたかな国になりました(世界8位/2013年)。

リーの政治哲学は、賢人が大衆を率いる中国の伝統的な士大夫主義で、その成功が中国の改革開放政策のモデルとなりました。表現の自由が制限されているなどの批判もありますが、国連の「世界幸福度報告」でもアジア最高の30位で、日本(43位)よりずっと「幸福」な国です。

植民地主義は過去のものとなり、アジアの建国の時代も終わりました。私たちはもう二度とリーのような「英雄」を見ることはなく、歴史はどんどんつまらなくなっていきます――それはおそらく、よいことなのでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2015年4月6日発売号
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「理想」を実現しても、なにもかもうまくいくとはかぎらない 週刊プレイボーイ連載(189)

チュニジアの首都チュニスの博物館をイスラーム過激派の武装集団が襲撃し、日本人3名を含む20人以上が殺害されました。被害者の多くは地中海クルーズでチュニスに立ち寄り、現地ツアーで博物館を訪れていたといいます。

豪華客船で地中海の旅を楽しむのは安全で快適な旅をしたい旅行者で、彼らには危険な地域に行くという意識はなかったでしょう。富裕な外国人観光客がテロの標的になったのは衝撃的で、この事件でチュニジアの観光業が大打撃を被るのは避けられません。

エジプトでも今年2月、自爆テロで韓国人観光客3人と観光バスの運転手が死亡しています。イスラーム原理主義者のテロ組織はシナイ半島の「イスラム国」化を目指しているとされ、エジプト在住の外国人に対し、国外に退去しなければ攻撃対象になると警告していました。

外国人観光客に対するテロが卑劣なのは、きわめて“効果的”だからす。外交官やビジネスマンとちがい、楽しむために旅行するひとたちは生命を危険に晒そうなどとは思いません。この事件を受けて自民党の政治家が「行ったらいかんと言われる所は行かんことだ」と発言しましたが、これこそがまさにテロリストの狙いです。

観光業が壊滅し、それで生計を立てていたひとたちが貧困化すれば、社会はより不安定になります。観光客を呼び寄せるには軍や警察が観光地を警備し、ホテルやレストランにも警備員を配置しなければなりませんから、大きなコストがかかります。それによって政府の財政が苦しくなれば、貧困層の不満はさらに高まり、テロ集団はそれを利用して組織を拡大していくのです。

チュニジアでは2010年末、一人の青年の焼身自殺を機に国内全土に反政府デモが広がり、長期独裁政権が転覆して大統領が国外に逃亡しました。このジャスミン革命がエジプトの民主革命、リビアのカダフィ政権崩壊、シリアでの内戦勃発などの大きな政治的動乱を引き起こしました。これが「アラブの春」ですが、それから5年も経たないうちに熱狂は幻滅へと変わります。ほとんどの国で「民主化」が実現しないばかりか、独裁時代よりも状況ははるかに悪化しているからです。

そのなかでも、国内に複雑な民族・宗教対立を抱えていないチュニジアは「民主化の優等生」と見なされてきました。野党指導者の暗殺による政治の混迷を乗り越え、憲法を制定し民主選挙を実施するところまで漕ぎ着けましたが、今回の事件はこうした努力を台なしにしかねません。

リベラルデモクラシーが、人類の歴史上もっとも自由で平等な、ゆたかな社会をつくったことは間違いありません。しかしそれと同時に、「理想の政治制度」が劇薬にもなるという苦い現実も認めざるを得ません。アメリカが大規模な兵力と財力を投じたイラクとアフガニスタンで「民主化」の実験が無残な失敗に終わったように、民族的一体感がないところでは、民主選挙が国内の権力闘争を泥沼化させてしまうのです。

欧米の政治家や知識人は、リベラルも保守派も、独裁こそが諸悪の根源だと批判してきました。そしていま、自らの崇高な理念が惨憺たる結果を招いたのを目の当たりにして、過去の失敗を取り繕い、「面倒な国々」から手を引こうと四苦八苦しているようです。

参考:ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』

『週刊プレイボーイ』2015年3月30日発売号
禁・無断転載

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チュニスの観光地スーク(市場)の入口にあるフランス門