ギリシアがドイツの「戦争責任」を問題にするのはなぜ? 週刊プレイボーイ連載(188)

ギリシアのチプラス政権がドイツに対し、第二次世界大戦の占領で被った損害1620億ユーロ(約22兆円)の賠償を要求しています。それに対してドイツは、「賠償問題はすべて解決済み」と拒否しました。

この報道に、なんかヘンだと思ったひとも多いでしょう。日本はいつも、戦争責任をめぐってドイツと比較され、批判されていますが、ギリシアとドイツのやり取りはアジアのどこかの国とそっくりです。

戦後の日本とドイツが置かれた立場のちがいは、人類の“負の遺産”となったヒロシマとアウシュヴィッツを比べればわかります。どちらも人類史に画期をなす大事件ですが、強制収容所がユダヤ人絶滅計画という「加害」の記録だとすれば、広島・長崎への原爆投下では多数の市民が死亡し、重い原爆症で苦しんだのですから、こちらは「被害」の歴史遺産です。映画『ゴジラ』に象徴されるように、戦後の日本人は原爆を天災とみなすことで「罪の相殺」をしてきました。

日本は沖縄が戦場になりましたが、北方四島などを除き「固有の領土」を失うことはありませんでした。それに対してドイツは、敗戦によって多大の犠牲を払うことになります。

首都ベルリンが陥落すると、ドイツ東部ではロシア兵によって数十万人(200万人ともいう)の女性が強姦されました。冷戦で国土が東西に分割されたばかりか、スターリンはポーランド東部の領土をソ連に編入する代わりに、ドイツとの国境を大きく西に動かし、ドイツの領土のおよそ4分の1をポーランドに割譲させました。これによって1000万人以上のドイツ人が追放され、リンチや強姦などの報復行為で210万人が死亡または行方不明になったといいます。

ドイツの「戦争責任」を取材したジャーナリストの木佐芳男氏によれば、こうした“被害体験”によって、「第二次世界大戦におけるドイツ軍の加害行為を謝罪すべきだ」と考えるドイツ人は、一般市民や政治家はもちろんリベラル派の知識人のなかにもほとんどいないといいます。

戦争で多大な被害を受けた英仏がドイツに寛容だったのは、第一次大戦で過酷な賠償を取り立てたことがナチスの台頭につながった歴史の教訓があったためです。ソ連の核兵器保有は、西ドイツの戦争責任を追及するよりも、西側陣営にとどめておくことを死活問題にしました。そのうえヨーロッパの国はどこも「植民地」や「侵略」で大なり小なり手を汚しているので、それを持ち出すと収拾がつかなくなるのです。

それでは、ドイツはなにを謝罪しているのでしょうか。それは、一方的な「加害」であることが明白で言い逃れのしようのない罪、ホロコーストについてです。

しかしその罪は、ドイツでは「ナチス」によるものとされています。ドイツ国民の「責任」とは、ヒトラーという“オーストリア生まれの外国人”を指導者に選んだことです。このような都合のいい責任の分離は、天皇の名のもとに戦争を行なった日本では使えません。

冷戦下の国際政治が、ドイツの謝罪と隣国の寛容を可能にしました。これはもちろん戦後ドイツ外交の大きな成果ですが、その条件がないところでは日本と同様の戦争責任問題が起きるのもまた事実なのです。

参考:木佐芳男『〈戦争責任〉とは何か』(中公新書)

『週刊プレイボーイ』2015年3月23日発売号
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補助金は企業に対する生活保護 週刊プレイボーイ連載(187)

農水相の辞任以来、「政治とカネ」をめぐって国会の紛糾が続いています。

問題とされたのは、国の補助金を交付された会社から献金を受けていたことです。補助金の原資は税金ですから、これを認めれば、政治家は好きなように税金を私物化できてしまいます。

献金を受けた政治家は、補助金を受けた会社だとは知らなかったし、そもそもすべての補助金を調べるのは不可能だと弁明しています。

民主政の基本は、候補者が私財を投じ、市民からの支援を受けて政治への参加を目指すことです。その原則からすれば、政治家が個人や会社、団体から広く献金を募るのは当然で、現在のように政党交付金という税金を分配するのは邪道です。

パーティや講演会などで政治家と知り合うと、支援を求める郵便物が送られてきます。そこには銀行口座が記載されているので、その政治家を応援したいと思ったらお金を振り込みます。これが政治献金です。

政治家の後援会には、このようにさまざまな政治献金が振り込まれてきます。それをいちいち、「あなたの会社は補助金を受けていませんか」と問い合わせることなどできない、というのももっともです。

そのため「政治家本人が知らなければ寄付を受けても違法にならない」との規定が設けられているのですが、そうなるとこの特例を悪用する政治家が出てきます。これでは政治に対する信頼が崩壊してしまいますから、政治資金のさらなる規正強化が求められることになるわけです。

今回の騒動で不思議なのは、この不毛な堂々巡りが繰り返される一方で、誰も補助金がなぜ交付されたのかを問わないことです。

「政治とカネ」のもっともかんたんな解決法は、補助金をすべてやめてしまうことです。これなら税金が政治家に流れることはありませんから、面倒な手続きなしに堂々と政治献金を募ることができます。

補助金というのは、要するに、会社に対する生活保護のことです。事業資金が必要であれば、銀行から融資を受けるか、投資家から資金を募ればいいだけですから、マトモな会社はそもそも補助金など必要ありません。それをわざわざ申請するのは市場から相手にされず、国民の税金にすがらなければ事業が継続できないからでしょう。

ところが今回の事件では、最大手の広告代理店や地域の中核企業までが補助金を交付されている実態が明らかになりました。これは高額所得者が“合法的に”生活保護を受給しているのと同じことですが、このはなはだしいモラルハザードを批判する声は聞こえてきません。

それはもちろん、補助金こそが政治家の権力の源泉だからです。

政治家が求めるのはカネではなく票です。有力政治家は官僚を操り、支持者や支援企業・業界に巨額の税金を還流させ、効率的な集票マシンをつくって選挙を勝ち抜いていきます。

すべての政治家の利害が一致している以上、政治資金規正法がどう改正されようと、補助金がムダに使われる構図は変わりません。これが政治というゲームの本質だとすれば、税を納めるのはやはりバカバカしいだけなのです。

『週刊プレイボーイ』2015年3月16日発売号
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「教育と格差」をいい立てるうさんくさいひとたち 週刊プレイボーイ連載(186)

トマ・ピケティの『21世紀の資本』が経済書としては異例のベストセラーになったことで、また「格差」をめぐる議論がにぎやかになってきました。

ある大学では、4万人を対象に、親の年収や学歴を合成した指標(家庭の社会経済的背景=SES)と子どもの学力の関係を調べました。それによれば、SESが最低で毎日3時間勉強する子どもよりも、SESが最高で学習時間ゼロの子どもの方が、小中学校ともに学力が上だったといいます。

これを報じた記事では、この結果を「衝撃的」として、「親の経済力などが高い子どもほど高学力と高学歴を獲得しやすく、それが次の世代への連鎖を生む」としています。

しかし、この話は明らかにヘンです。SESは親の年収と学歴を合成したといいますが、なぜこんなことをしなければならないのでしょう。子どもの学力の決定要因を知りたければ、年収と学歴を別々にしてその影響を推計すればいいだけです。

記事では「親の経済力の差が教育格差を生む」としていますが、この指標からは「親が高学歴なら子どもの成績もいい」という説明も可能です。しかしなぜか、こちらの因果関係についてはひと言も触れられていません。

一卵性双生児のデータなどから行動や性格、知能における遺伝と環境の影響を調べる学問が行動遺伝学で、1960年代から膨大な研究が積み重ねられていますが、それによれば知能における遺伝の影響がきわめて高いことがわかっています。一例を挙げれば、論理的推論能力の遺伝率は68%、一般知能(IQ)の遺伝率は77%です(他の研究もこれとほぼ同じです)。

これがどのような値かは、身長66%、体重74%という遺伝率と比較すればわかるでしょう。背の高い親から背の高い子どもが生まれるように、親が高学歴だと子どもも高学力になるのです。「知能の高い親は社会的に成功してゆたかになり、遺伝によって子どもの成績もいい」と考えれば、経済格差と教育格差の謎はすっきり解決します。

私が問題だと思うのは、SESを開発した研究者(教育学者)たちは、当然、知能と遺伝の関係を知っているはずだからです。親の学歴と経済力を混ぜたのは、意図的に遺伝の影響を見えにくくするためでしょう。

なぜこんなことをするとかというと、教育格差の原因を親の経済力のちがいにしなければ、「教育」に税金を使わせるのに都合が悪いからです。問題が経済的なものであれば、教育費を無料にするなどして、教育格差を解消できるはずです。これは教育産業に莫大な補助金を交付するのと同じですから、研究者(大学教員)にとってこんなおいしい話はありません。

これは私のたんなる邪推でしょうか。

パン屋が「パンを食べれば長生きできる」と主張するのであれば、その科学的根拠を証明する責任はパン屋にあります。同様に教育者が「自分たちにカネを払えば社会はよくなる」というのであれば、行動遺伝学の知見を科学のレベルで反証しなければなりません。

もっとも、既得権を守り、拡張するために確信犯でやっているのなら、そんなことをする気は毛頭ないでしょうが。

参考文献:安藤寿康『遺伝マインド』

『週刊プレイボーイ』2015年3月9日発売号
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