安倍首相の「応援団」はなぜ問題ばかり起こすのか? 週刊プレイボーイ連載(204)

有名作家を招いて自民党の若手議員が開いた勉強会で、「マスコミを懲らしめる」など報道機関を威圧する発言が相次いだことで安倍政権が対応に追われています。言論の自由は民主的な社会の根幹ですからこうした暴論が批判されるのは当然ですが、これについてはすでに多くのことがいわれているので、ここでは別の観点から考えてみましょう。

日本の政局は「一強多弱」といわれていますが、当選回数が3回以内の若手政治家にとっては、“強い”自民党に所属しているのがいちがいに有利とはいえません。“多弱”の野党は不遇をかこっていますが、そのぶん若手議員は国会質問にたびたび登場し、安倍首相と論戦するなどして知名度を上げています。ところが大所帯の自民党では、若手の役割は政府提案の法案に賛成票を投じることと、野党の質問に野次を飛ばすことくらいで、上がつかえている以上、このままではいつまでたっても日の目を見ることができません。

そんな彼らが唯一目立つことのできる場所が、自主的に開く勉強会です。物議をかもす発言で知られる作家を講師に呼んだのも、マスコミに事前に告知して記者会見まで予定していたのも、記者がドアの外で耳をそばだてていることを知りながら大声で議論したのも、自分たちの存在感を示すためのPRイベントだと考えればよく理解できます。もっともそれが暴走して、自分たちが“バッシング”されることになったわけですが。

安保法案についての議論や今回の出来事を見ていると、自民党の一部の議員がふりかざす安直なナショナリズムと国民の期待が大きくずれていることがわかります。

悲願の政権交代を実現した民主党は、「予算を組み替えれば財源はなんぼでも出てくる」とか、「(普天間基地は)最低でも県外」などの安直なリベラリズムによって政治的な大混乱を招きました。安倍政権が発足後から高い支持率を維持できたのは、アベノミクスによる株価上昇もありますが、閣僚に能力と経験に秀でた実務家を揃え、日本の政治や外交に安定をもたらしたからでしょう。

消費税増税、TPP参加、原発再稼働などの安倍政権の基本方針は、じつは民主党の野田政権をそのまま踏襲したものです。民主党も、最初の2人の大失敗でようやく国民がなにを求めているのかわかったのでしょうが、あまりにも遅すぎたのです。

野田政権と安倍政権の政策がうりふたつということは、そもそも日本のような成熟した国家(それも借金が1000兆円もある)には政治的な選択肢はほとんどないことを示しています。民主党政権のいちばんの成果は、「うまい話などどこにもない」という現実を国民に思い知らせたことでしょう。――これは皮肉ではなく、ギリシアの惨状を見れば、将来の日本への大きな貢献です。

小泉時代の劇場型政治から民主党・自民党への2度の政権交代を経て、ひとびとは右でも左でも安直な議論にうんざりしはじめました。韓国との関係を見ればわかるように、イデオロギーは問題を解決するのではなく、より面倒なものにするだけです。「ものづくりの国」日本は、職人のように愚直に懸案に取り組む現実的な政治家を必要としているのです。

安倍政権は、「応援団」と称する政治家の極論によって徐々に支持率を落としています。この“パフォーマー”たちに踊らされていると、いずれ支持者はヘイトスピーチを叫ぶ集団だけになるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年7月13日発売号
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ギリシアに「ナマポ受給」を避ける選択はあったのか? 週刊プレイボーイ連載(203)

ギリシアの国民投票で、EUの緊縮財政策に「NO」の民意が示されました。ただ、これによってEUとの交渉でギリシア側が有利になるとも思えず、状況はますます混迷の度合いを深めそうです。

歴史にifはなく、過去を振り返っても空しいだけですが、そもそもギリシアがユーロを導入したこと自体が間違いでした。ギリシアはユーロ建ての国債発行が可能になり、2004年のアテネオリンピックでにわか景気に沸きましたが、あとに残されたのは借金の山でした。

2009年10月、政権交代で旧政権時代の国家的な粉飾が暴かれると、世界金融危機の直後ということもあって、金融市場ははげしく動揺しました。ギリシア国債を大量に保有する大手銀行が連鎖的に破綻するのではないかとの不安から、経済危機はたちまちヨーロッパ全体に拡大します。

いまにして思えば、ギリシアにはこのときデフォルトを宣言する選択もあったかもしれません。高利回りのギリシア国債を争って買ったのは民間銀行で、彼らは「金融のプロ」のはずです。金融の世界では、返済のできない融資は貸し手の自己責任です。

ギリシアがデフォルトすれば、EU諸国やECB(ヨーロッパ中央銀行)は金融危機を防ぐために大手銀行に大規模な資本注入を余儀なくされたでしょう。しかし実際はこの荒療治を避け、民間が保有するギリシア国債を公的部門が肩代わりする道を選びました。これによってギリシアの債権者は民間から政府に変わりました。

債権者が民間金融機関なら、規模は大きくてもたんなる経済問題です。ところがEU諸国がギリシア国債を保有したことで、国家対国家の政治問題になってしまいました。ギリシアに投入される資金はEU諸国の税金が原資なのですから、支援国の国民からすれば、これは社会福祉制度と同じです。ギリシアはデフォルトを回避したことで、ヨーロッパにおける「ナマポ受給者」になってしまったのです。

ギリシアへの支援をナマポと考えれば、年金制度が支援国より優遇されていることが許されるはずはありません。失業率の高いギリシアでは、壮年層が50代で退職して年金生活に入ることで若者の職をつくろうとしてきました。ところがその間に、ドイツをはじめとする「北のヨーロッパ」は年金受給年齢を67歳まで引き上げ、「生涯現役社会」になっていたのです。

年金制度改革は支援国にとっては当然でも、ギリシア人からすれば家計を崩壊させる暴挙です。この感情的な反発を背にチプラス首相の急進左派連合は政権を獲得し、「瀬戸際外交」に打って出ました。

ところが、ギリシア政府が瀬戸際で強い交渉力を持っていたのは、世界じゅうがデフォルトを恐れていた2010年のユーロ危機のときでした。いまは債権が公的部門に移っているため、チプラス政権にはEUを脅すための材料がほとんどありません。これが国民投票を強行した理由でしょうが、ここでEU側が譲歩すれば、イタリアやスペイン、ポルトガルなどで同様の国民投票を求める声を抑えられなくなってしまいます。

マルクスがいうように、歴史は一度目は深刻でも、二度目は茶番として繰り返すのかもしれません。もっとも、その茶番によって生活を奪われるひともたくさんいるのですが……。

『週刊プレイボーイ』2015年7月13日発売号
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第51回 サラリーマン大家の悲哀(橘玲の世界は損得勘定)

日本では借地・借家人の権利が手厚く保護されている。これは戦時中、出征した兵士が帰国して住む家がなくなることを防ぐ目的で、借家契約の更新を「正当な事由」がなければ拒絶できないとしたためだ。

この正当事由は賃料不払いなどに限定されているため、賃料を払いつづけていれば、物件は実質的に借地・借家人の所有物になってしまう。賃貸住宅で暮らしているのは経済的に苦しいひとが多いから、これは弱者を保護するよい制度のように思えるが、現実には、過度の優遇が日本の不動産賃貸市場を大きく歪めてきた。

このことは、家主の立場になってみればすぐにわかる。

お金を貸せば、一定期間後に、契約に従って元本が返済される。ところが家や土地を他人に貸すと、利息のみが支払われ、いつまでたっても元本は戻ってこない。これが、資産運用にとって大きな制約であることはいうまでもない。

そのため大家は、不動産を“所有”されないようわざと賃貸物件を安普請にし、2年にいちどの更新料で退去を促し、入居の際に礼金を設定して物件の回転率を上げようとしてきた。さらには、賃料を踏み倒されないよう、契約にあたって連帯保証人を要求した。

この保証人は親族に限定されているが、高齢化で親の保証が難しくなり、連帯保証のトラブルが頻出したことで、最近では家賃賃貸保証会社の利用を条件にするところが多くなった。

賃料の半月~1カ月分(および更新時に家賃の3~5割)を支払えば保証人が不要になる制度は、一見、便利なようだが、借主からすれば負担増でしかない。信用力に問題のない優良な入居者ほど、保証会社の利用を条件とする物件を避けようとするだろう。これは、経済学でいう「逆選択」の問題だ。

大家にとっても、家賃賃貸保証がいちがいに有利とはいえない。入居費用が割高になることで、保証会社不要の賃貸住宅との競合で不利になるからだ。

従来の保証人方式は、賃料不払いの解決が大家の自己責任になるため、入居審査がきわめて厳しい。最近では、連帯保証人の印鑑証明だけでなく、収入証明まで要求するところもある。有利な物件は、本人が正社員で、保証人である親族も現役という一部のひとしか借りられないのだ。

ネットには、「契約社員や非正規社員にはぜったい貸さない」「家族に連帯保証を頼めないような人間は信用できない」などの大家の書き込みが大量にある。彼らは当然、外国人などはなから相手にしないだろう。

一時期流行った「サラリーマン大家」は、資産の大半を数戸の賃貸住宅に投資しているのだから、賃料不払いの被害は甚大だ。彼らが入居者のリスクを避けようとすることを、道徳論で非難しても仕方がない。

大家になることを夢見たのは、ごくふつうのひとたちだ。だが残念なことに、現在の借地・借家制度の下では、不動産で資産運用しようとすると差別と偏見にとらわれてしまうのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.51:『日経ヴェリタス』2015年7月5日号掲載
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