40代になると、サラリーマンは「置かれた場所で咲く」しかない 週刊プレイボーイ連載(202)

テストステロンは代表的な男性ホルモンで、性行動だけでなく、健康や気分に大きな影響を与えます。

男性ホルモンは競争や闘争にかかわり、ヒトでもチンパンジーでも集団のなかで地位が高いオスは濃度が高く、抑うつ状態だと低くなります。ただしこれは、男性ホルモン値が高いと成功するのではなく、地位の上昇でホルモン値が高くなっていく(地位がひとをつくる)のかもしれません。その証拠に、リーダーの地位から転落すると男性ホルモン値は急激に下がってしまいます。

テストステロンは性ホルモンなので、思春期から20代にかけてもっとも多く、30歳くらいから減少しはじめ、年をとるにしたがって少なくなっていきます。現在では唾液から簡便に測定する方法が開発され、高齢では男性ホルモンが多いほど長生きするなど、研究が進んでいます。

大手企業に勤務している健康な男性を対象に、2時間おきに男性ホルモン量を測った研究があります。それによると、20~30代の男性ホルモン値は朝にもっとも高く、夜になるにつれて徐々に減少していきますが、40~50代、および60代以上では昼食後の午後3時が最低になっています。午後の会議がつらいのは、じつはホルモン値が下がっているからかもしれません。

しかしより衝撃的なのは、40~50代の男性ホルモン値が、60代以上よりも明らかに低いことです。テストステロンの量が年齢で決まるなら、こんなことはあり得ないはずなのに、いったいなにが起きているのでしょう。

研究者は、日本の企業では40~50代のサラリーマンのストレスがもっとも大きく、それが男性ホルモン値を引き下げているのではないかと考えています。

年功序列の人事制度では、年齢が上がるにつれて責任が重くなっていきます。それと同時に、会社組織はピラミッド型なので、出世街道から脱落するリスクも大きくなります。家庭でも、住宅ローンの支払いや子どもの教育費が重くのしかかる年代です。

それに対して60歳を過ぎるとサラリーマン人生も終わりが見えてきて、挫折もあきらめと開き直りに変わってきます。子どもも手が離れ、家計にも余裕ができてくるでしょう。それにともなって、どん底だった男性ホルモン値が回復してくるのです。

日本の労働市場では、転職が可能なのは35歳までといわれています。40歳を過ぎると会社にしがみつくしか生計を立てる方途がなくなり、「サラリーマンという罠」にとらえられてしまいます。男性ホルモン値をみるかぎり、ここから20年がもっともつらい時期で、それを耐え抜いて60代になるとようやく薄日が差してくる、というのが多くの日本人の人生のようです。

40歳の男性ホルモン値が60歳より低いのは、かなり異常な状態です。日本企業では中高年の自殺が深刻な問題になっていますが、うつ病と男性ホルモンの低下に強い相関関係があることもわかっています。

こうした現状を改善するには、年齢にかかわりなく能力を活かして転職できる流動性の高い労働市場が必要ですが、「日本的雇用を守れ」と頑強に抵抗するひとたちがたくさんいるので、いまだにそれは絵に描いた餅です。40代や50代は、これからも「置かれた場所で咲く」しかないようです。

参考文献:堀江重郎『ホルモン力が人生を変える』(小学館101新書)

『週刊プレイボーイ』2015年7月6日発売号
禁・無断転載

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堀江重郎『ホルモン力が人生を変える』P103

「同一労働同一賃金」が都合が悪いほんとうの理由 週刊プレイボーイ連載(201)

「相手の身になって考えてみよう」というのは、小学生でも知っている道徳の基本です。これをちょっと難しくいうと、「自分の主張が正しいのは、自分が相手の立場になっても、その主張が正しいと納得できる場合だけだ」ということになります。

人種差別をするひとは、自分が外国に行ったときに、「お前は黄色人種だからあっちの汚いトイレを使え」といわれて、「わかりました! ひとを人種で差別するなんて、なんて素晴らしい社会なんでしょう」と素直に納得できなければなりません。こんな奇特なひとはめったにいないでしょうから、人種差別が正義に反することが普遍的なルールとして要請されるのです。

「同一労働・同一賃金」は日本では労働制度の問題とされ、派遣法改正といっしょくたに議論されていますが、その本質は「正義」にあります。

正社員と同じ仕事をしている派遣社員の給料が半分、というのはよく聞く話です。これを当然と思っているひとは、自分が派遣社員になったときに、「いやあ、正社員を優遇する日本的雇用って素晴らしいですねえ」とこころから喜べなくてはなりません。

保守派のひとたちが礼賛する日本的な雇用慣行は、新卒一括採用・定年制という年齢差別、残業できない女性を管理職に登用しない性差別、日本人と外国人(現地採用)で人事制度が異なる国籍差別、正社員と派遣社員で待遇を変える身分差別で成り立っています。ここまで差別的な組織が社会の根幹にあれば、「日本は差別社会だ」といわれても反論できません。同一労働・同一賃金は、日本を「世界に誇れる国」にするための最低条件なのです。

ところが不思議なことに、常日頃から「あらゆる差別に反対する」と公言しているリベラルなメディアは、こんなに大事な「同一労働同一賃金推進法案」についてほとんど触れず、年収1075万円以上の限られた雇用者にだけ適用される高度プロフェッショナル制度に「残業代ゼロ」のレッテルを貼り、ファストフード店の店員まで残業代をもらえなくなるかのような偏向した報道をつづけています。なぜかというと、同一労働・同一賃金は彼らにとってものすごく都合が悪いからです。

日本的雇用制度で、派遣社員問題よりさらに深刻なのは、親会社から出向してきた社員と子会社の社員(プロパー)の身分格差です。会社組織はピラミッド型で、年功序列の正社員を解雇できないとなると、給料の高い中高年がどうやっても過剰になります。そこで彼らを子会社に出向させるのですが、その際、給与などの労働条件を改定できないため、同じ仕事をしていても、子会社の水準よりはるかに高い給与を受け取ることになります。

日本の会社制度の根幹は、実はこの出向にあります。親会社の正社員は、これまでと同じ待遇が保証されるから、子会社での勤務をいやいや受け入れています。これを同一労働・同一賃金にしてしまうと、人事制度が根底から崩壊してしまうのです。

日本の新聞社やテレビ局で子会社への出向を行なっていないところはありません。そんなメディアが、同一労働・同一賃金の推進を主張できるわけはないのです。

差別的な身分制度に安住しながら口先だけで「差別」に反対する、そんな“似非リベラル”とバカにされないためには、まずは自らの組織で範を示すべきでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年6月29日発売号
禁・無断転載

年金機構をまともにするなら「年金民営化」を 週刊プレイボーイ連載(200)

外部からのウイルスメールによる不正アクセスで、日本年金機構から個人情報約125万件が流出しました。流出情報には基礎年金番号と氏名、生年月日が含まれており、すでに年金機構をかたる不審電話がかかってきていますが、厚労相は、流出した個人情報が悪用されて詐欺などの被害にあっても補償する考えはない、と述べています。「お上にとって都合の悪いことはすべて自己責任」ということなのでしょう。

年金機構の前身にあたる社会保険庁では、2007年、基礎年金番号への統合にあたって5000万件もの年金記録が宙に浮いていることが発覚しました。この「消えた年金」問題で第一次安倍政権は国民の支持を失いますが、同時に、自治労や社会保険庁の労組もきびしい批判にさらされました。

労組は社会保険庁とのあいだで、「キーボードへのタッチは1日当たり平均5000以内」など非常識な覚書を大量に結んでいました。芸能人などの個人情報の盗み見も常習化しており、おまけに労組委員長が、許可なく組合活動に従事し不当に給与を受け取る「ヤミ専従」で辞任しています。

年金記録問題の検証委員会でも、社保庁は業務への責任感が決定的に欠如し、「(労組は)自分たちの待遇改善を目指すことに偏りすぎた運動を展開した」と批判され、組織そのものが解体されました。こうして年金機構が生まれたのですが、職員の大半は社保庁からの横すべりで、要は看板をかけかえただけです。中身が同じなら、同じようなトラブルを起こすのも当然でしょう。

年金機構のずさんな体質は、いくら批判したところで変わりません。職員は自分たちに責任があるなどとはまったく思っておらず、とりあえず謝っておけばそのうち嵐は過ぎ去るとたかをくくっています。年金制度を維持するには年金機構が必要で、自分たちの仕事がなくなることなどあり得ないとわかっているからです。

市場競争のないところでは、組織は必然的に腐敗します。ちんたら働いていても給料がもらえるのに、頑張るのはバカだけです。真面目な職員がいるとみんなが迷惑するので、よってたかって足を引っ張ろうとするでしょう。バレない程度に手を抜きながら、テキトーに仕事をするのがいちばんなのです。

銀行や保険会社など、膨大な個人情報を扱う会社はたくさんありますが、こうした組織で規律が守られているのは社員の道徳心が高いからではなく、信用を失えば顧客をライバルにとられ、会社がつぶれて失業してしまうと知っているからです。だったら、年金機構を改革する方法はひとつしかありません。

年金業務を民営化し、複数の金融機関に移管すれば、個人情報の安易な取扱いはなくなるでしょう。今回のような不祥事が起きたら、株主の資産で賠償させることもできます。年金機構の職員を転入させるときは、無能な従業員を解雇できるようにして、ぬるま湯から叩き出せばいいのです。

年金制度を国が運営するとしても、年金業務を国家が独占する理由はありません。もっとも、民間よりもお上がエラいと信じ込んでいる国では、こういうまっとうな意見は相手にされないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2015年6月22日発売号
禁・無断転載