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ポピュリズム政党の躍進の背後にある不都合な事実(週刊プレイボーイ連載652)
7月20日に行なわれた参院選では、結党5年目の参政党が大きく票を伸ばし、主要政党の一角を占めたことが衝撃を与えました。
コロナ禍の2022年に行なわれた参院選では「反ワクチン」を掲げ、ノーマスクで選挙戦を行なうなど一部で注目されましたが、当選したのは比例区の代表1人で、「陰謀論の泡沫政党」と見なされていました。ところがその後、地方選挙で着実に議席を獲得するなどして地盤を築き、24年の衆院選で3議席を獲得、今回の参院選の大躍進へとつなげたのです。
参政党の特徴は、YouTubeなどSNSで注目を集める一方で、その過激な主張から新聞やテレビなどのマスメディアから事実上排除されてきたことです。欧米のアウトサイダー政党では、カリスマ的なリーダーがSNSのインフルエンサーとなって移民排斥などの極右的な主張をし、支持者は「リベラルなエリート」が社会を支配しているという陰謀論(ディープステイト)を信じています。既成の政治やマスメディアへの不信感が強いなど、参政党支持者もこうした傾向を共有しているとされます。
日本では出口調査で性別や年代くらいしか尋ねませんが、海外では学歴や年収、職業まで質問しており、アウトサイダー政党の支持者が平均的には高卒・高校中退などの低学歴で、非正規などの不安定な仕事をしていて、年収も低いという結果が出ています。ここから、「グローバル化から取り残されたひとたち」が極右政党を支持している、というのが定番の説明になっています(ただし異論もあります)。
参政党の街頭演説に集まった支持者へのインタビューでは、メディアに批判的というより、そもそも新聞の政治報道やテレビの政治番組にほとんど興味がないらしいことがうかがえます。だとしたら、メディアのファクトチェックになんの効果もないのは不思議ではありません。
それに加えて、「ファクト(エビデンス)をベースに論理的になにが正しいか議論すべきだ」というルールそのものが拒否されているのかもしれません。ファクトがどうであれ、「批判されているのは真実をいっているからだ」というわけです。
参政党代表の神谷宗幣氏が過去の発言を批判され修正しても、支持者がまったく気にしないのも同じです。そればかりか、「言葉尻をとらえて揚げ足を取っている」「悪意で誤解して批判の材料にしている」と、ますます支持を強固にしている可能性もあります。
文科省は今年7月、小学校6年生と中学3年生を対象に行なった全国学力テストで、国語の記述式問題の正答率は25.6%、文章を読んで自分の考えと理由を書く問題では無解答率が3割に上ったと発表しました。
こうした結果は「教育が悪い」で済まされますが、成人を対象として仕事に必要な能力を国際比較するPIAAC(ピアック)でも、日本人の3人に1人が基本的な国語能力に欠けることが示されています。
メディアや識者は認知能力の分布の多様性という「不都合な事実」から目を背けていますが、これでは日本や世界で起きていることが説明できず、ますます不信が高まるばかりではないでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2025年8月4日発売号 禁・無断転載
自ら道徳的責任を引き受けた藤島ジュリー景子こそまっとうだ
早見和真 『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』(新潮社)の書評で、『サンデー毎日』(2023年10月29日号)に寄稿した「自ら道徳的責任を引き受けた藤島ジュリー景子こそまっとうだ」について触れましたが、この記事がWEBで読めなくなっているようなので、出版社の許可を得て『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)から転載します。

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私はジャニーズになんの興味・関心もないし、故・ジャニー喜多川の特異な性癖の噂はもちろん知っていたが、自分にとってはどうでもいい話だと思っていた。
そもそもこの地球上では、理不尽なことや許しがたいことが無数に起きている。あなたも私も、それを無視して平穏な暮らしをしているのに、なぜジャニーズ問題だけ大騒ぎしなければならないのか。
だが2023年10月2日の記者会見で披露された手紙を読んで、すこし考えが変わった。
ジャニー喜多川の姪であり、〝女帝〟といわれたメリー喜多川の娘である(そしてジャニーズ事務所の全株式を相続した)藤島ジュリー景子氏(以下、ジュリー氏)は、今回の事件の後始末でずいぶん批判されているらしい。
だが手紙には、母との確執や自身の責任などが率直に書かれていて、おじが行った性的虐待に苦悩する姿が伝わってきた。そこで本稿では、ジュリー氏を擁護してみたい。
ジュリー氏に法的な賠償責任はない
話の前提として、この事件の責任の所在について確認しておこう。
ジャニー喜多川の性癖は業界関係者のあいだでは周知の事実で、1980年代末には元アイドルの告発本が出て一般にも広く知られることになった。90年代末からは『週刊文春』が連続キャンペーンを行ない、それに対してジャニーズ事務所が提訴、2003年に東京高裁が「セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった」と認定し、翌年に上告が棄却されて判決が確定している。
ジャニーは1931年生まれで、60年代はじめに代々木の在日米軍宿舎「ワシントンハイツ」で、近所の少年たちを集めて「ジャニーズ少年野球団」を結成した。小児性愛の嗜好は、すでにこの頃から始まっていたらしい。
記者会見では、ジャニーからの性被害を申し出た者が478人、補償を求める被害者が325人いることが明らかにされた。この数は今後も増えるだろうから、19年に死去するまでに1000人ちかい十代前半の少年たちが性的な行為を強要された可能性がある。
この事件が悪質なのは、最高裁で判決が確定したあとも少年たちへの性加害が続けられたことだ。事務所の幹部が「知らなかった」「気づかなかった」では済まされず、当時の関係者には重い責任がある。
だが刑事事件としては、ジャニーが行なった性的虐待の罪を、犯罪を幇助したという明確な証拠があればともかく、親族や部下に帰すのは困難だろう。唯一、事務所を実質的に支配していた(ジュリー氏の母である)メリー喜多川には法的責任が生じるかもしれないが、彼女も21年に死去している。
民事上は、ジャニーの死亡によって不法行為の賠償責任は「ジャニーズ事務所」という法人に引き継がれ、その社長に就任したジュリー氏も法人の代表として責任を負うことになった(ジャニーの生前の性加害について、不法行為の損害賠償責任を相続したと見なされる可能性もある)。
とはいえ、法律家が指摘しているように、不法行為による損害賠償の請求権は3年(あるいは5年)で時効になるため、ジャニーズ事務所が時効を援用すれば、ほとんどの被害者は請求権を失ってしまうだろう。
ジュリー氏が「法を超えた救済」を約束しているのは、法律的には被害者が救済されないことを知っているからだ。手紙にも、多くのファンドや企業から有利な条件での買収の話がたくさんあり、「そのお金で相続税をお支払いし、株主としていなくなるのが、補償責任もなくなり一番楽な道だとも何度も何度も多くの専門家の方々からアドバイスされました」と書いている。
ジュリー氏が株式を売却すると、新しい株主の下で法人は賠償義務を負うことになる。だがジャニーズ事務所を買収するのは利益を得るための投資であり、被害者への補償額が少なければ少ないほど利益は増え、投資効率は上がる。「100%株主として残る決心をしたのは、他の方々が株主で入られた場合、被害者の方々に法を超えた救済が事実上できなくなると伺ったからでした」と書いているのは、このことをいっている。
ここからわかるのは、ジュリー氏が自分には法的な賠償義務がないことを知っていて、それにもかかわらず自らの意思で、私財を投じて被害者に補償することを決めたということだ。このことをメディアは意図的に無視しているようなので、あえて強調しておきたい。 続きを読む →
日本でもアウトサイダー政党の時代が始まった(週刊プレイボーイ連載651)
参院選は与党の自民・公明が過半数割れの大敗となり、反ワクチン運動から始まった参政党が大きく票を伸ばしたことで、戦後日本の政治が地殻変動を起こしたといわれています。
この選挙結果にはさまざまな要因があるでしょうが、そのなかでもっとも大きいのは「デフレから“脱却”して、日本人がどんどん貧乏になっている」ことでしょう。
安倍政権の長いデフレでは、高齢者は年金の実質価値が上がり、現役世代は賃上げがなくても定期昇給で少しずつゆたかになっていくように思えました。少子化で大学生の就職内定率は9割を超え、若者からの高い支持も獲得できました。安倍政権は「諸悪の根源」であるデフレと戦ってきましたが、皮肉なことに、デフレによって長期政権が維持できたのです。
ところがコロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻で物価が上がりはじめると、賃上げが物価上昇に追いつかずに実質賃金は3年連続でマイナスになり、デフレで封印されていたマクロ経済スライド(物価の上昇率よりも年金の減額幅を大きくして、年金財政を健全化する仕組み)が発動されたことで、年金の実質価値も下がってしまいました。
こうして6割の世帯が「生活が苦しい」と感じるようになり、そこに主食のコメ価格が急騰したことで、多くのひとが「なにかが間違っている」「政治を変えなければならない」と考えるようになったのでしょう。
じつはこれと同じことは、すでにヨーロッパで起きています。象徴的なのはフランスで、2017年の大統領選では与党・社会党のオランド大統領が支持率低迷から立候補を断念し、「突然変異体」と呼ばれたエマニュエル・マクロンが若干39歳で大統領に当選します。さらに衝撃的なのはそれにつづいて行なわれた総選挙で、マクロンが創設した新政党・共和国前進が全573議席中306議席を獲得して圧勝する一方で、それまで与党だった社会党は得票率5.7%、30議席の壊滅的敗北を喫しました。
その後もヨーロッパでは、同様の“異変”が次々と起きます。イギリスではEUからの離脱を主導したナイジェル・ファラージのリフォームUKが、今年5月の下院補欠選挙や地方選挙で大躍進し、長くつづいた保守党・労働党の二大政党制が揺らいでいます。
ドイツでは「排外主義政党」と見なされるAfD(ドイツのための選択肢)が今年2月の連邦議会選挙で全630議席中152議席を獲得する大勝を果たし、その一方で与党だった中道左派の社会民主党ショルツ政権は議席を4割も減らしています。
さらに驚くべきはオランダで、“極右”のヘルト・ウィルデルスの“一人政党(党員はウィルデルス一人ですべての意思決定を握っている)”自由党が2023年の選挙で第一党になり、4党で連立政権が発足しましたが、そのうち3党(自由党・新しい社会契約・農民市民運動)が新興の「アウトサイダー政党」だったのです。
このようにヨーロッパでは、既成政党が失墜し、極端な政策を掲げるアウトサイダーが政権を獲得することがごくふつうになっています。だとしたら日本で同じことが起きたとしても、なんの不思議もないのでしょう。
参考:水島治郎編『アウトサイダー・ポリティクス ポピュリズム時代の民主主義』岩波書店
『週刊プレイボーイ』2019年7月28日発売号 禁・無断転載