「女性が輝く社会」はまず官公庁から 週刊プレイボーイ連載(199)

中国の戦国時代、燕(えん)の国の王様から「賢者を部下にするにはどうすればいいか」と問われた郭隗(かくかい)は、「それならまず私に高給を払ってください」といいました。「私のようなつまらない人物を重用したという噂が広まれば、全国から賢者が我も我もと集まってくるでしょう」

これが「隗より始めよ」という諺の由来で、いささか虫がよすぎる気もしますが、「大事を成し遂げるにはまず自分から始めなければならない」という意味で使います。

世界男女平等ランキングで日本が142カ国中104位と最底辺に位置することに衝撃を受けた安倍政権は、「女性が輝く社会」を掲げ、大臣にも積極的に女性を登用しています。女性政治家の人材プールが貧しいなかで無理な人選を行なったために不祥事が続出しましたが、「やらないよりはマシ」との意見ももっともです。隗より始めなければ、女性が活躍できる社会を誰も本気でつくろうとは思わないでしょう。

とはいえ、日本の国会に占める女性議員の割合は8%程度とOECD加盟国ではぶっちぎりの最下位で、全国の地方議会のうち「女性ゼロ」が2割超もあるのですから、道のりは遠いといわざるを得ません。

政治家と並んで隗より始めなければならないのが公務員です。幹部候補の国家公務員を「キャリア」と呼びますが、その女性比率が急上昇して、2015年度採用では34.3%と3人に1人になりました。安倍政権の意向を受けて各省があわてて女性の採用を増やしたためですが、政府はさらに、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を3割に高める目標を掲げています。これは民間企業にも求められていますから、真っ先に隗とならなければならいのは企業を指導する厚生労働省でしょう。

厚労省は唯一、女性の事務次官を出すなど、女性活用では優等生のようですが、組織図を見るかぎり現状は惨憺たる有様です。室長クラス以上のおよそ350人の幹部のうち女性は20数名しかおらず、それも雇用関係など一部の部署に偏っています。また20ある局長・部長クラスのポストで女性は1人だけで、このままではあと5年で管理職3割などとうてい無理でしょう。

民間企業に政府が目標を課す以上、官公庁の女性活用はノルマとすべきです。厚労省の場合、あと5年で女性管理職を80人増やさなくてはならないのですから、1年あたり最低16名の女性を室長以上に任命する必要があります。どんなことをしてでもこのノルマを達成するよう厳命すれば、子どものいる女性職員が昇進をためらう深夜の“超長時間サービス残業”などの悪弊は抜本的に改められるでしょう。これならブラック企業を堂々と指導・監督できるようになります。

「政府は問題を解決できない。政府こそが問題なのだ」と宣言したレーガン政権は、非効率な行政組織にメスを入れ、公務員の大量解雇に踏み切りました。これを見た民間企業も争って人員整理を行なうようになり、アメリカの硬直した雇用慣行は大きく変わりました。

官公庁がまず隗より始めれば、国辱的なまでに男女が不平等な日本の社会・組織にも変化が生まれるにちがいありません。

『週刊プレイボーイ』2015年6月15日発売号
禁・無断転載

同性婚に「日本の文化」で反対する自虐的なひとたち 週刊プレイボーイ連載(197)

アイルランドで憲法改正の国民投票があり、賛成62%、反対38%の大差で同性愛者の婚姻が認められました。2001年のオランダを皮切りに、イギリス、フランス、北欧諸国など、いまやヨーロッパの多くの国で同性婚が当たり前になっています。

アイスランドでは2010年にシグルザルドッティル首相が女性作家と同性婚し、ルクセンブルクでは今年5月、ベッテル首相が交際中の男性建築士との同性婚を発表しています。

アイルランドは人口の約85%がカトリックという保守的な国で、1993年までは同性愛行為が犯罪とされ、96年までは離婚が認められませんでした。男女共同参画社会の見本とされるオランダも、1970年代までは「女は結婚したら家庭を守るのが当然」とされる保守的な社会でした。近年の欧州の“リベラル化”には目を見張るものがあります。

経済学には「パレート最適」という考え方があります。「誰かの効用を犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができない状態」と定義されますが、逆にいうと、「誰の不利益にもならずにいまより幸福になれるなら、それは社会にとってもいいことだ」ということです。

ゲイやレズビアンが法的な婚姻関係を結んだとしても、ほかのひとたち(異性愛者)が不利益を被るわけではありません。そう考えれば、同性婚を認めるのはパレート効率的で、それによって社会全体の幸福度も上がることになります。

日本では渋谷区が、同性カップルに「結婚に相当する関係」を認める証明書を発行する同性パートナーシップ条例を施行するなど、自治体レベルでは改革の動きもありますが、憲法24条に「婚姻は両性の合意に基づく」とあるため、同性婚を認めるには憲法改正が必要です。渋谷区の条例に対しても、保守派は「日本の伝統的な家族観や家庭観の崩壊につながる」と反発しています。

ここで大事なのは、パレート最適への反論は、それによって生じる損害を具体的に示す必要があることです。同性婚でゲイやレズビアンの幸福度は確実に上昇しますから、それを認めないのなら、たんなる観念論ではなく、同性愛者の代わりに不幸になるのは誰なのかを立証しなければなりません。

同性婚が伝統的な家族観を崩壊させるかどうか知りたいのなら、同性婚を認めている国がどうなっているかを調べてみるのがいちばんです。北欧諸国やベネルクス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)はすべて同性婚を認めていますから、保守派の主張が正しければ、道徳や倫理が失われたすさんだ社会になっているはずです。ところがこれらの国は、幸福度でも、ゆたかさ(1人あたりGDP)でも、あらゆる指標で日本より上位にあります。同性婚を認めても、なぜ社会は崩壊しないのでしょうか。

これに対して、「日本と外国はちがう」という反論が即座に返ってくるでしょう。しかしその場合は、「外国人にできることがなぜ日本人にはできないのか」の合理的な理由が必要です。

その説明は、たぶんひとつしかありません。それは「日本人が愚かだから」です。

同性婚に反対する保守派は、自分たちの「自虐思想」にいい加減気づいたほうがいいでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年6月8日発売号
禁・無断転載

大阪都構想の住民投票が教えてくれた日本の未来 週刊プレイボーイ連載(197)

大阪都構想の賛否を問う住民投票に敗れたことで、橋下徹大阪市長が政界引退を決意しました。賛成49.62%、反対50.38%の僅差で、逆の結果が出てもおかしくはありませんでしたが、大阪市を廃止して5つの特別行政区に再編する大改革を住民の半数が反対するなかで強行すれば混乱は避けられなかったでしょう。「民主主義は最後は多数決」といっても、実際には、反対派を圧倒する大勝でなければ政治的には敗北だったのです。橋下市長も引き際を飾ることができたのですから、有権者の絶妙な判断というべきでしょう。

橋下市長と維新の会の歴史を振り返ると、石原慎太郎の太陽の党との合併がつまずきのもとだったのは明らかです。

戦後の日本の政治は、右(保守)と左(リベラル)の不毛な論争をずっと続けてきました。維新の会は古臭い政治イデオロギーとは無縁のネオリベ=改革の党として支持を集めましたが、欧米から「極右」と見なされる政治家と組んだことでリベラルな支持層が離反していきました。そのうえ日本型組織の統治を批判してきたにもかかわらず、「共同代表制」による内紛と対立で自分たちの統治が崩壊してしまいます。自民党にも民主党にも「新自由主義」の議員はいるのですから、彼らを個別に支援し、地方政党としてキャスティングボードを握る戦略をとれば状況はずいぶんちがったでしょう。

毀誉褒貶ははげしかったものの、橋下市長が硬直化した日本の政治に新風を吹き込んだことは間違いありません。今後、彼のような魅力的なポピュリストが現われることは当分ないでしょう。

大阪都構想の住民投票では、出口調査に基づき、「50代以下の現役層が賛成したにもかかわらず、70代以上の高齢者の反対でつぶされた」「地域別に見れば、所得の高い北部で賛成が多く、所得の低い南部はほとんど反対した」などといわれています。

同様の傾向は、EUをめぐるヨーロッパの政治でも見られます。2005年にフランスとオランダの国民投票でEUの改革案が否決されたとき、欧州の統合に賛成したのは都市部の高所得者層で、移民規制の強化などを求めて反対票を投じたのは地方の低所得者層でした。自由と競争を好むのは知識層や富裕層で、改革によって既得権を奪われるひとたちが規制強化を求めたと考えると、ヨーロッパにおけるリベラルと保守の対立がよく理解できます。

大阪の住民投票でも、現在の福祉水準で生活が成り立っているひとたちはそれを変える理由がありませんから、改革に反対するのは合理的です。維新の会の敗因は高齢者の票を奪えなかったからではなく、20代や30代の若者層を投票所に向かわせることができなったことでしょう。

高齢者の投票率が高く、若者の投票率が低いのは世界共通の現象です。年金に依存する高齢者は政治の変化に敏感ですが、若者には仕事や恋愛など、もっと大切なことがたくさんあるからです。

高齢者の意向で選挙結果が決まるようになると、若者はますます政治に興味を失っていきます。この“デフレスパイラル”によって、いずれあらゆる現状変更が不可能になるでしょう。

今回の住民投票に意味があったとするならば、この単純な事実を教えてくれたことなのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2015年6月1日発売号
禁・無断転載