野党はなぜいつも間違えてばかりいるのか? 週刊プレイボーイ連載(250)

参政権が18歳に引き下げられたことで注目された参院選ですが、結果は事前の予想どおり自民・公明の与党で過半数、非改選を含めれば改憲勢力が憲法改正を発議できる3分の2を確保しました。1人区などで民進党が予想以上に健闘したことで安倍政権に対する一定の批判があることも明らかになりましたが、今回の選挙は「アベノミクス」と「改憲」をテーマに争われたとのことですから、“民意”は安倍政権の経済運営を評価し、憲法改正の手続きに入ることを承認した、ということになるのでしょう。国会前で「民主主義を守れ」と叫んでいたひとたちは、民主的な選挙による審判を尊重しなければなりません。――まあ、無理でしょうけど。

日本の戦後政治を大きく変えたのが民主党の「政権交代」であることは間違いありませんが、安倍政権以降は自民党が与党第一党、社会党が野党第一党で低位安定していた55年体制と似てきているようです。このままでは野党は、共産党を含めてかろうじて3分の1を確保する「ガス抜き」になってしまいそうです。いったいどこで間違えたのでしょうか。

今回の選挙での民進党の決定的な失敗は、与党に先んじて消費税引上げの延期を決めたことでしょう。これによって安倍政権の社会保障政策を批判しようにも、財源がないのは同じですから、ほとんど差別化できなくなってしまいました。どちらでも同じなら、このまま与党に任せればいいという話になるのは当然です。原発再稼働、TPP参加、消費税引き上げを決めたのは旧民主党政権で、安倍政権はそれをそのまま引き継いでいますから、民進党にとって、3党合意を反故にした無責任な安倍政権の財政運営を批判する千載一遇のチャンスだったはずです。

選挙前の政党支持率は自民党36%、民進党8%と大きな差がついていましたが、世論調査では消費税を予定どおり引き上げるべきだと考えるひとは3割ちかくおり、将来の財政に不安を感じる層は7割に達します。財政再建の正論を掲げて堂々と論戦を挑む姿を見たかったと思うのは私だけではないはずです。

民進党が消費税引き上げを見送ったのは、消費税そのものを否定している共産党との選挙協力を実現するためでしょう。この戦略は一定の効果があったように見えますが、「同一労働同一賃金」などで安倍政権はウイングを左に延ばしていますから、民進党が共産党のいる左の端に押し込まれているともいえ、これでは自滅への道です。

イギリスのEU離脱で円高株安が進んだように、グローバル化した経済では一国の政策で景気を自在に動かすことは不可能です。世論調査で明らかですが、「立憲主義」や「安保法制」に有権者はたいして関心を持っていません。私たちがほんとうに知りたいのは、財源のあてのない空約束ではなく、労働市場改革や社会保障制度改革を含め、将来の日本社会をどのように変えていくのかの現実的な設計図です。

新たに有権者になった若い世代は、少子高齢化によって負担が大きくなっていく暗い未来を正しく予感しています。この「合理的な不安」にこたえる議論がほとんどなかったことが、日本の政治の貧困を象徴しているのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2016年7月19日発売号
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治安とは「とんでもないことをする若い男」を管理すること 週刊プレイボーイ連載(250)

フロリダ州オーランドのゲイクラブで男が自動小銃を乱射し、50人以上が死亡する大惨事になりました。特殊部隊によって射殺された容疑者はアフガニスタン系の両親を持つニューヨーク生まれの29歳男性で、大学卒業後警察官を目指したものの採用されず、フロリダの高級住宅街で警備の仕事をしていたといいます。

家族や同僚によれば容疑者は激しやすい性格で、同性愛者を嫌悪しアルカイダとのつながりをほのめかす発言をしたことからFBIの聴取を受けたようですが、犯行を防ぐことはできませんでした。一部の報道では、容疑者自身がゲイクラブの常連で、同性愛者のパートナーを探していたともいいますから、話はさらに複雑です。

アメリカでは、共和党候補のトランプがムスリムの移民排斥を叫び、共和党候補のクリントンが銃規制の強化を求めて国論を二分する争いになっています。しかしテロのような重大な犯罪には、宗教よりもはるかに顕著な危険因子があります。

2015年11月に起きたパリ同時多発テロ事件の犯人は、アルジェリア系フランス人、モロッコ系ベルギー人、難民として入国したシリア人など出自はさまざまですが、全員が若い男性でした。16年3月のブリュッセル連続テロ事件でも、ISのメンバーとされた犯人はやはり若い男性です。こうして見ると、危険なのは宗教以上に、年齢と性別であることは明らかです。

これは偏見ではなく、統計的にはあらゆる国で、犯罪者の割合は女性に比べて男性が圧倒的に多いことは歴然としています。日本でも刑法犯に占める女性の比率は15~20%程度で8割以上は男性、それも強盗、傷害、暴行、恐喝のような暴力犯罪にかぎれば男性の比率は9割を超え、若いほど犯罪率は高くなります。

哺乳類など両性生殖の種では、オスはメスをめぐってはげしい競争にさらされます。ヒトも例外ではなく、思春期を迎えた男性は、他の男たちを押しのけて1人でも多くの女性と性交するよう、テストステロン(男性ホルモン)のレベルが急上昇して競争に最適化されるのです。

女性を獲得できなければ子孫を残せないわけですから、進化は男性を「どんな手段を使ってでも競争に勝て」とプログラムしたはずです。もっともすべての男が同じ欲望を持っている以上、必勝の戦略はなく、ピラミッド型の社会では大半の男性が不利な状況に置かれることになります。

保守的な女性に比べ、「とんでもないこと」をするのはたいてい男です。これは、「とんでもないこと」が不利な状況でも勝機を開く有効な戦略だからでしょう。それがプラスに働けばヒーローや成功者で、マイナスなら凶悪犯罪者になるのです。

ところが社会が高度化し、管理された組織のなかで秩序が求められるようになると、「とんでもない」男は厄介者とされ、生きていくのが難しくなりました。治安問題というのは、社会からドロップアウトした「若い男」をいかに管理するか、ということなのです。

こんな単純なことが指摘されないのは、男性優位の社会で、誰も自分で自分をバッシングしようとは思わないからなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2016年7月11日発売号
禁・無断転載

イギリスEU離脱でもたいして変わらない? 週刊プレイボーイ連載(249)

国民投票でイギリスのEUからの離脱が決まった“歴史的な”6月24日朝はロンドンにいました。地下鉄駅前や金融街シティなどでは投票日までEU残留を求めるステッカーが配られ、直前にリベラル派の女性下院議員が狂信的右翼に射殺されるという悲劇もあって、残留派の楽観論が支配的でしたが、イングランドの地方で離脱派が予想以上に強く、僅差でEUと袂を分かつことが決まったのです。

このニュースは世界じゅうに衝撃を与え、日本でも株価が暴落し、為替は大きく円高に振れました。まるで世界が崩壊するかのような騒ぎですが、イギリスがEU政府と協議を行ない正式に離脱するまで数年はかかる見込みです。EU加盟後もイギリスはポンドを使いつづけ、シュンゲン協定の適用除外でEU圏からでも出入国手続きが必要だったのですから、大半のイギリス人は昨日と今日でなんの変化も感じられないでしょう。フランスやドイツに比べ、イギリスは常にEUから距離を置いており、だからこそ気楽に「離脱」に票を入れられたのです。

24日の午後はブリュッセルに移動し、欧州委員会本部を覗いてみました。特徴的な建物の前にはテレビ局の中継車が何台か集まっていましたが、それ以外に変わった様子はなく、週末ということもあって午後5時を過ぎると職員たちが次々と帰宅していきました。多くは加盟国からの出向で、とりあえずは自分には関係ない、ということなのでしょう。

皮肉なのは、残留を求めていた各国の政治家やEU首脳らが、「イギリスとEUの良好な関係はこれからも変わらない」と繰り返していることです。人心を安定させるためでしょうが、これでは離脱派の主張が正しかったと認めるのと同じです。この原稿が掲載される頃には、「メディアは騒ぎすぎで、実はたいしたことない」という雰囲気になっていてもおかしくはありません(6月26日パリで執筆)。

日本では、「残留派=リベラル」「離脱派=ナショナリスト」と決めつけて、国民投票の結果をイギリスの右傾化の証拠とする論調が大半ですが、これではイギリス国民の半数が「馬鹿で間抜け」になってしまいます。イギリスでは残留派も、民主的な選挙による主権者の判断を受け止め、よりよい方向を目指す現実的な方策を論じていますから、善悪二元論による単純化はかなり違和感があります。

今回の国民投票にいたった理由は、イギリス国民が帝国主義の時代を懐かしむようになったからではなく、EUが自らの理想の実現に失敗したからです。ユーロ危機やギリシア危機では財政が一体化していない共通通貨の矛盾が露呈し、昨今のテロと移民問題では、人道と治安が両立できない現実が明らかになりました。欧州主要国のひとたちが巨額の財政負担金を払うのは馬鹿馬鹿しいと考えるようになったとしても、なんの不思議もないのです。

EUとはいわば「人道の旗を掲げるヨーロッパ帝国」で、イギリス国民はその「帝国主義」にNOを突きつけました。かつて多くの知識人が共産主義の理想に魅了されましたが、保守的な一般大衆はその非人間的で人工的な社会を毛嫌いしました。彼らは「愚か者」と嗤われましたが、どちらが正しかったかは歴史が証明していることを、私たちは忘れてはならないでしょう。

『週刊プレイボーイ』2016年7月4日発売号
禁・無断転載

ロンドンで見かけたEU残留派の広告。ドナルドトランプとキスをする離脱派のボリス・ジョンソン元ロンドン市長
ロンドンで見かけたEU残留派の広告。ドナルド・トランプとキスをする離脱派のボリス・ジョンソン前ロンドン市長