いつ「それ」がやってくるのかを私たちは知ることができない 週刊プレイボーイ連載(319)

2017年10月は「国難」を理由に総選挙が行なわれ、民進党分裂という副産物を生みましたが、予定調和的に与党が圧勝し安倍「長期」政権がつづくことになりました。国難である北朝鮮の核ミサイル開発は脅威ですが、度重なるJアラートにひとびとは慣れてしまい、地下などに避難したのは5%台とのことです。年末の話題はあいかわらず大相撲の「日馬富士事件」で、振り返ってみれば大過なく日々は過ぎていきました。

これは日本だけのことではありません。奇矯な言動を繰り返すトランプ大統領の就任で「(第三次世界大戦のような)とんでもない災厄」の恐怖が蔓延しましたが、米国と中国・ロシアとの関係はそれなりに安定しており、北朝鮮とのあいだで戦争が起きる気配もありません。エルサレムをイスラエルの首都と認定したことはイスラーム圏で強い抗議を引き起こしましたが、それがすぐに内戦や動乱につながるわけでもなさそうです。

ヨーロッパではイギリスのEU離脱交渉が始まりましたが、残留派が危惧したような株価や通貨の暴落が起こるわけでもなく、離脱派が主張したようなイギリス経済復活の兆しもありません。EUとのあいだで事務的な交渉がだらだらとつづいているだけです。

39歳の若さでフランス大統領に当選したマクロンは、当初の勢いはなくなったものの「ネオリベ的改革」を着々と進めています。盤石だと思われていたドイツのメルケル政権は総選挙での辛勝で安定多数を維持できなくなりましたが、おそらくは大連立の復活でこの騒ぎも収拾するでしょう。

ヨーロッパでの「極右」台頭の最大の要因となっている移民問題も、トルコの協力を得て流入を抑え、移民の認定をきびしくすることで小康状態を保っています。IS(イスラム国)が壊滅したことでテロの拡散が不安視されていますが、幸いなことに大きな事件には至っていません。

こうした状況を反映して株価も上昇しています。

2017年11月6日にニューヨーク株価が史上最高値を更新すると、翌7日に日経平均株価がバブル崩壊後の最高値である2万2666円(96年6月26日)を上回りました。トランプノミクスやアベノミクスの効果かどうかは議論が分かれるでしょうが、株式市場が現在の経済環境を好意的に受け止めているのは間違いありません。「“鎖国政策”によってグローバル市場が崩壊する」というのは杞憂だったようです。

だとしたら、2018年も同じように大過なく過ぎていくのでしょうか。これは、「たぶんそうだけど、そうでないかもしれない」としかいえません。

過去の経済予測を調べると、もっともよく当たるのは「去年と同じ」です。「車は急に止まれない」のと同様に、市場には強い粘性があるので、ものごとは急には変わりません。

しかし、ここにはちょっとした問題があります。ほぼすべての専門家が、リーマンショックのような超弩級の出来事の予測に失敗しているのです。

核攻撃からハイパーインフレまで、不安の種はいくらでもあります。運命と同じく、いつ「それ」がやってくるのかを私たちは知ることができないようです。

『週刊プレイボーイ』2017年12月25日発売号 禁・無断転

「女性が活躍する社会」をつくるミラクルな方法 週刊プレイボーイ連載(318)

男性と女性のあいだの格差を測るジェンダーギャップ指数で、日本は世界111位から114位へと最低を更新しました。「基準がおかしい」との不満はあるでしょうが、日本は世界でもっともゆたかな国のひとつであるにもかかわらず、先進国ではダントツ最下位でインドや中国よりも下というのはいくらなんでも異常です。

なぜこんなヒドいことになるのでしょうか。

ジェンダーギャップ指数は、「教育」「医療」「経済(働き方)」「政治」の4分野で男女の格差を評価します。日本は「教育」と「医療」では北欧などと遜色ありませんが、「経済」と「政治」の2分野の評価が極端に低いことが惨憺たる結果につながっています。

「経済分野」では男性と女性の賃金格差が大きいことと、女性管理職の割合が少ないことが大きな問題です。日本では子どもを産んだ女性の離職率が高く、再就職しようとしてもパートや派遣など非正規の仕事にしか就けません。

「日本は学歴社会」と思われていますが、日本の会社では高卒の男性の7割が管理職になるのに対し、大卒女性はわずか2割です。こんな先進国は他になく、日本では学歴より性別が重視されています。これは「性差別」そのものですが、日本政府や企業・労働組合はこれまで必死になってこの不都合な事実を隠蔽してきました。

「政治」分野の成績が悪いのは、女性の政治家の数が極端に少ないからです。安倍政権は次々と女性を大臣に登用しては失敗していますが、これは女性が政治に向いていないからではなく、人材プールがあまりにも小さいからでしょう。それでも国会は女性の政治家がいるだけまだマシで、地方議会は「女性ゼロ」が2割もあるというさらにヒドいことになっています。

こうした現状を変える“即効薬”と期待されるのがクオータ(割り当て)制です。「議会の半数は女性にする」と問答無用で決めてしまえば、ジェンダーギャップ指数は劇的に改善するでしょう。

もちろんこれには、さまざまな批判が予想されます。「有権者が自由な投票で政治家を選ぶのだから、そこにジェンダーをもちこむのは逆差別だ」というのは一理あります。

仮にクオータ制を導入するなら、みんなを納得させる証拠がなければなりません。だったらそれを探してみようという実験がインドで行なわれました。

女性の地位の低さが深刻な問題になっている西ベンガル州で、ランダムに選んだ村に「議会の3分の1は女性でなければならない」「議長は女性でなければならない」というルールを課し、これまでと変わらない男性中心の村と比較しました。

その結果はというと、残念なことに、クオータ制でも男性の女性に対する偏見はまったく変化しませんでした。しかし同時に、興味深い発見もありました。女性の議長を体験した村では、ひとびとは女性が指導者として無能だとは思わなくなったのです。男性の有権者は女性の演説をあいかわらず低く評価しましたが、以前よりもずっと女性候補者に投票するようになりました。

これはもちろんインドの話で、日本にそのまま当てはまるとはいえません。しかし「男女格差で世界最底」のレッテルを払拭したいのなら、同じような実験をやってみてもいいかもしれません。

参考:エステル・デュフロ 『貧困と闘う知――教育、医療、金融、ガバナンス』

『週刊プレイボーイ』2017年12月18日発売号 禁・無断転