「胸触っていい?」「手縛っていい?」のあの人はサイコパス? 週刊プレイボーイ連載(335)

森友問題で大揺れの財務省ですが、セクハラで事務次官が辞任するスキャンダルという追い打ちで信用失墜に歯止めがかからなくなりました。「胸触っていい?」「手縛っていい?」などの下品な発言がインターネットで公開され、連日ワイドショーで流されたことで安倍政権のイメージもさらに悪化しそうです。自業自得とはいえ、悲願の憲法改正はもちろん、9月の自民党総裁選での3選もあやしくなってきました。

セクハラ問題では、被害を受けた女性記者に名乗り出ることを求めた財務省の対応に批判が集まりました。とはいえ、当の事務次官が否定している以上、役所にできるのは両者の話を聞いて事実関係を調べることだけというのも確かです。

当初は風俗店の女性相手の会話ではないかとの憶測も流れましたが、テレビ局の女性記者が録音したものだということが明らかになって、事務次官が若い女性記者を頻繁にバーに呼び出し、1対1で「会話を楽しんでいた」実態が明らかになりました。「(事務次官の)人権はどうなる」とかばった麻生財務大臣の面目も丸つぶれです。

一連の経緯で不思議なのは事務次官の対応です。取材を受けた時点でなんのことかわかったはずなのに「女性記者との間でこのようなやりとりをしたことはない」と事実関係を否定したばかりか、辞任の時も「全体を見ればセクハラに該当しない」と強弁して火に油を注ぎました。

ある意味一貫したこの態度からわかるのは、「セクラハなどやっていない」と本心から思っていることと、自分の発言が世間からどのように受け取られるかをまったく理解できていないことです。これは共感能力の欠如したひとに特有の言動です。

欧米の研究では、大企業のCEOの多くはサイコパスだと指摘されています。しかしこれは犯罪者のことではなく、「知能が高く、共感能力が著しく低い」人格のことをいいます。

「賢いサイコパス」がなぜ出世するかというと、どんなときも常に合理的な決断ができるからです。大規模なリストラをしなければ会社がつぶれてしまうのに、解雇される従業員の家族の心配をしているようではまったく役に立ちません。多くの将兵の生死を預かる軍のトップと同様に、いまでは企業経営者にも極限状況での大胆さと冷酷さが求められるのです。

共感能力が欠落していれば他人の気持ちはまったくわかりませんが、「賢いサイコパス」はその高い知能を使って社会的な振る舞いを学習できます。自分の言動が相手にどのような影響を与えるかを冷静に分析すれば、組織のなかで「できる部下」や「頼りがいのある上司」を演じることは難しくないでしょう。女性との関係でも、「スケベだけど面白いおじさん」というキャラをつくることでナンパ成功率を挙げる戦略を編み出すかもしれません。

しかしこのタイプは、共感能力がないために、そのキャラを面白がる女性と、セクハラだと感じて嫌がる女性を区別できません。これでは、事態が公になってからも、何を批判されているか理解できなくても不思議はありません。

そう考えると、この奇妙な一貫性の背後にあるものが見えてくるかもしれません。

参考:ケヴィン・ダットン『サイコパス 秘められた能力』(NHK出版)

『週刊プレイボーイ』2018年5月1日発売号 禁・無断転載

イラク日報問題で、自衛隊の「制服組」はなぜ国会で説明しないのか 週刊プレイボーイ連載(334)

「モリカケ」問題に加え、厚生労働省の「特別指導」や自衛隊のイラク派遣時の日報隠しなど、次々と不祥事が勃発する安倍政権ですが、これらに共通するのは、国会での首相や大臣、省庁幹部の答弁と矛盾しないように、なんの躊躇もなく文書を隠蔽したり改ざんしたりするお役人の体質です。

ただし、安倍政権の「独裁」で行政が歪められたと決めつけることはできません。事実はおそらく逆で、官僚はもともと権力におもねる“本能”をもっていたものの、これまでは小泉政権を除いて短命だったため、様子見を決め込んでいただけなのでしょう。超長期政権が確実になったことで、法律も規則も無視して一斉に媚を売るようになったと考えれば、いま起きている事態をシンプルに説明できます。

こんな情けないことになる理由は、これまで繰り返し述べてきたように、日本の労働市場に流動性がないからです。転職のできない環境では、いったんネガティブな評価を受ければ、閑職で飼い殺しにされるしかありません。だとしたら、自分や家族の将来のためにどんなことでもするようになってもなんの不思議もありません。

しかしそのなかでも、自衛隊の日報問題はちょっと特殊です。

日本におけるシビリアンコントロールとは、「背広組」と呼ばれる防衛省の文官が「制服組」と呼ばれる武官を統治することをいいます。防衛大臣は直接、幕僚長ら「制服組」幹部に指示を出すのではなく、事務方トップの防衛省事務次官など「背広組」が仲介します。北朝鮮のミサイル実験のような安全保障にかかわる事態でも、国会で自衛隊の見解を説明するのは「背広組」の官僚です。

イラク派遣時の日報を「隠していた」とされるのは、陸自や空自などの現場です。常識で考えれば、彼らが部隊の貴重な活動記録である日報を破棄するはずはなく、どこかに保管されているのは公然の秘密だったはずです。ではなぜ「存在しない」などと報告したかというと、国会で釈明するのは「背広組」で、自分たちには関係ないと思っていたからでしょう。現場の自衛官にとって、国会は「他人ごと」なのです。

近代国家はすべての暴力を独占しますが、そのなかで最大の「暴力装置」が軍であることはいうまでもありません。世界標準のシビリアンコントロールとは、選挙で選ばれた政治家=国会が軍を統制することですが、今回の出来事が明らかにしたのは、現場の自衛官は国会のことなどまったく気にしていないという現実です。

しかしここで、自衛官だけを責めることはできません。野党はなにかあるたびに「責任者を喚問せよ」といいますが、日報問題で責任を負うべき空自や陸自の幕僚長を国会に呼ぼうとはしません。なぜなら、「制服組を国会に立たせてはならない」という暗黙の了解があるからです。これは、陸軍大臣や海軍大臣などの軍人が国会を蹂躙し、日本を破滅へと引きずり込んだ「負の記憶」があるからでしょう。

その結果、自衛隊は国会とは切り離され、この国のシビリアンコントロールは名ばかりのものになってしまいました。論じるべきは安倍政権への忖度ではなく、この深刻な問題なのです。

『週刊プレイボーイ』2018年4月23日発売号 禁・無断転載

「女人禁制」の伝統は男の既得権を守るため 週刊プレイボーイ連載(333) 

京都府舞鶴市での大相撲春巡業で、挨拶をしていた市長が倒れた際、救命措置を施した女性看護師に対して繰り返し、土俵から下りるよう場内放送されたことが波紋を広げています。放送したのは若手行司で、女人禁制の土俵に女性が上がったのを見て気が動転したのだと説明されていますが、独断ではなく周囲の人間から促されたと考えるのが自然でしょう。

女性が下りたあと、土俵に大量の塩をまいて“清め”ていることからわかるように、神聖な土俵に女性が上がってはならないのは「穢れ」ているからです。これは典型的な性差別ですが、相撲協会はずっと「日本の伝統」だと強弁してきました。

インドを旅行して驚くのは、レストランでもカフェでも、どこの飲食店にも女性の従業員がいないことです。ヒンドゥー教では体内から排泄されたものに触れると浄性が落ちるとされており、糞尿を専門に処理する不可触民と同じく、女性の生理も忌み嫌われています。バラモンなど「浄性が高い」とされる階層は家族以外の女性が触れた食べ物には手をつけないため、女性は飲食店で働くことができないのです。

このような理不尽な文化が定着した理由は、インドが高温多湿で人口の稠密な社会だからでしょう。最大の脅威は伝染病で、「腐ったものや汚れたものに触れると病気になる」という因果関係は早くから知られていたはずです。そのため権力者は「浄性」に極端に神経質になり、不浄なことはすべて身分の低い者にやらせ、彼らとの接触を禁忌(タブー)とするようになったのです。

日本の寺社でも女人禁制のところがありますが、浄と不浄の意識はヒンドゥーのカースト制が仏教を介して伝わったものでしょう。女性が土俵に上がってはならないのは日本の伝統ではなく、もとをただせば「インドの伝統」です。

とはいえ、女性を排除する文化が現在までつづいている理由は伝統だけでは説明できません。インドの飲食店を見ればわかりますが、これは男性にものすごく有利な制度です。なんといっても、人口の半分が飲食業の労働市場に参入できないのですから。あらゆる差別に共通するのは差別する側に利益があることで、だからこそ既得権にしがみつこうと屁理屈をこねるのです。

「日本は先進国の皮をかぶった前近代的な身分社会」だと、これまで繰り返し指摘してきました。日本的雇用は非正規や外国人を会社(イエ)の正メンバーから排除する制度で、これによって「正社員」の身分と利権が守られます。こうした身分差別を当然とする社会で、「女は不浄」という性差別が「伝統」の名の下に温存されてきたことは不思議でもなんでもありません。

カースト制の桎梏に苦しむインドは、男女の社会的な性差を示すジェンダーギャップ指数で108位と低迷しています。農村ではいまだに、家同士が決めた結婚を断った女性が顔に硫酸をかけられる「アシッドアタック」が行なわれているのですから当然でしょうが、じつは日本はそれを下回る114位です(2017年)。

今回の出来事を相撲界の珍事に終わらせるのではなく、私たちは自らの内なる差別と向き合うことを求められているのです。

『週刊プレイボーイ』2018年4月16日発売号 禁・無断転