日本の未来を占うデンマークの「異形のポピュリズム」 週刊プレイボーイ連載(390)

国内の騒がしい出来事にかき消されてしまいましたが、海外から興味深いニュースが流れてきました。

6月5日に行なわれたデンマークの総選挙で、社民党のフレデリクセン党首が率いる「左派陣営」が過半数を得て政権交代が実現しました。――フレデリクセン党首は41歳で、デンマーク史上最年少の女性首相が誕生しました。

デンマークはこれまで、中道右派の自由党が国民党の閣外協力を得て政権を運営していました。国民党創設者のピア・クラスゴーは「ムスリムがヨーロッパに侵入し、ヨーロッパ人の民族浄化を企んでいる」「文明人はヨーロッパ人だけ、他はすべて野蛮人」などと主張する排外主義者で「極右」と見なされています。

このような差別的な政党が加わる政権を倒したのですから、リベラル派はこの勝利に大喜びするはずです。――と思いきや、誰もこの話には触れようとしません。

なぜそうなるかは、選挙結果の解説を読めばわかります。例えば朝日新聞は、「デンマーク総選挙 左派陣営が過半数」(2019年6月7日朝刊)でこう書いています。

「(社民党の)フレデリクセン氏はかつて、右派政権の移民政策を「欧州で最も過酷」と批判してきた。しかし、移民に比較的寛容な社民党の姿勢が他党から弱腰批判を浴びて支持者離れを招き、前回の総選挙で敗北。その後、党首になったフレデリクセン氏は、右派政権が打ち出す厳しい移民政策の賛成に回るようになり、与党側は攻撃の材料を失った」

ここからわかるのは、リベラル派が極右を倒したのではなく、左派政党が排外主義的な政策を丸のみしたことで右派の票を奪うことに成功したという経緯です。いわば「左派が極右に変身した」わけで、これでは「リベラルの勝利」と喜べないのは当然です。

左派陣営の成功の理由は、移民問題で極右と同じ強硬な主張をしつつ、福祉の充実などを訴えたことだといいます。これは要するに、「外国人(移民)は出て行ってもらって、デンマーク人だけで高福祉の夢の国をつくろう」という主張でしょう。まさに極右と極左が合体した異形のポピュリズムです。

「世界でもっとも幸福な国」とされるデンマークの洗練された有権者が、このような政党に喜んで票を投じたことにこの話の怖さがあります。

老後に備えた自助努力の必要を説いた金融庁の報告書が大炎上したように、超高齢社会の日本では年金への不安が広がっています。同性婚や夫婦別姓などでひとびとの価値観は「リベラル化」していますが、「反日」を罵倒し隣国へのヘイト発言を繰り返す「日本人アイデンティティ主義」も相変わらず健在です。これは左派と右派が対立しているのではなく、「嫌韓」の愛国者がそれ以外のことではリベラルになっているのです。

そう考えれば、令和の日本でどのような政治勢力が台頭してくるかが予想できます。

それは「愛国」と「嫌韓・反中」を唱える「リベラル」政党であり、年金不安をなくすために国民にお金をばら撒くことを約束するポピュリスト政党でしょう。

これは日本だけのことではありません。いずれ世界じゅうが、こうした異形のポピュリズムによって支配されることになるかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2019年7月1日発売号 禁・無断転載

「老後2000万円不足」問題からわかる日本の2つの選択 週刊プレイボーイ連載(389)

金融庁が老後に備えて資産形成を促した報告書が、「年金だけでは老後の生活費が2000万円不足する」と国民を脅したとして大炎上し、報告書そのものが「存在しなくなる」という前代未聞の珍事が起きました。

この話の奇妙なところは、報告書にそんなことは書いてないことです。

総務省の家計調査では、平均的な高齢者世帯は年金などの収入が約21万円に対し支出が約26万円、この不足分を65歳の平均的な金融資産2252万円から取り崩しています。この現状を考えれば、現役世代は積み立て運用などで2000万円程度の資産形成を目指したほうがいい。――報告書の趣旨は要するにこれだけで、「2000万円ないと生きていけない」という話とはずいぶんちがいます。

それにもかかわらず大騒ぎになったのは、報告書の「平均」が高すぎるからでしょう。持ち家で金融資産2000万円以上保有している高齢世帯は全体の3割で、「平均以下」とされた残りの7割が「自分たちは生きていけないのか」と不安に駆られたのです。

この出来事からわかるのは、いまや「年金」に触れるのが最大の政治的タブーだということです。

資産調査では70歳以上の約3割、700万人が金融資産を保有していません。じゅうぶんな金融資産を持っていない層も含めれば、高齢者の半分以上が老後の生活を年金に依存しているのが実態です。このひとたちは年金が減額されると生きていけなくなってしまうので、ちょっとした風説にも過敏に反応してしまいます。

政治家も官僚も、今後は年金について当たり障りのないことしかいわなくなるでしょう。そうやって現実から目を背けているうちに事態が改善するならそれでもいいでしょうが、少子高齢化はますます進み問題は深刻になるばかりです。

その結果、いったい何が起きるのでしょうか。

ひとつは、「マクロ経済スライド」の仕組みによって、年金制度が破綻しないよう受給額が減らされていくことです。これが「100年安心」で、支払う年金をいくらでも減額できるなら制度そのものは「安心」にちがいありません。もっとも、年金で暮らしていけない膨大な貧困高齢者が街にあふれることになりますが。

「100歳まで(年金で)安心して暮らしたい」というなら、年金の減額は不可能です。その場合は支給総額がどんどんふくらんで、やがて財政は行き詰まるでしょう。そうなると物価が大きく上昇するハイパーインフレが起き、国民は「インフレ税」の重い負担に苦しむことになりますが、それによって国家の債務は軽くなってきます。

日本の将来はこの二択で、どちらになるかはわかりませんが、いずれにしても大きな混乱は避けられそうもありません。

そうなると個人にできることは、できるだけ多くの資産を保有して「衝撃」に備えることです。こうして話は金融庁の「幻の報告書」に戻っていきます。

ほんとうのことを否定してもろくなことにはなりません。自助努力を放棄して国に頼るだけでは、「安心」な老後は手に入らないでしょう。もちろんこんなこと、まともなひとならみんな気づいていると思いますが。

『週刊プレイボーイ』2019年6月24日発売号 禁・無断転載

日本を蝕む「内なる移民問題」 週刊プレイボーイ連載(388)

川崎市で51歳の無職の男が登校途中の小学生を襲った事件のあとに、元農水事務次官の父親が自宅で44歳の長男を刺殺しました。長男は中学の頃から家庭内暴力があり、いったんは自宅を出たもののうまくいかず、自ら「帰りたい」と電話して戻ってきたばかりだったとのことです。

事件当日は自宅に隣接する区立小学校で運動会が開かれており、「運動会の音がうるさい。ぶっ殺すぞ」などといったことから、「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と殺害を決行したと父親は供述しているようです。

長男は、帰ってきた翌日に「俺の人生はなんなんだ」と叫びながら父親にはげしい暴力をふるったとされ、「(小学生を)ぶっ殺す」というのも、川崎の事件で動揺する両親への嫌がらせでしょう。親の世話にならなければ生きていけないにもかかわらず、「自分をみじめな境遇に追いやった」親を憎んでいるという、どこにも出口のない関係がうかがわれます。

内閣府の調査では日本全国に100万人以上のひきこもりがいるとされ、事件直後からひきこもりを支援するNPO団体などに高齢の親からの相談の電話が殺到しているようです。内閣府の調査はアンケート形式で正直にこたえているかどうかはわからず、実数ははるかに多いはずだと専門家は指摘しています。

しかし、このふたつの事件で衝撃を受けたのは、子どものひきこもりに悩む親だけではありません。

これまで子育ては、子どもをそこそこの大学に入れれば、あるいはそこそこの会社に就職させれば「終わり」と考えられてきました。しかしいずれのケースも、40代や50代になってから居場所を失った子どもが実家に戻ってきています。

すべての親にとって残酷な事実でしょうが、「子育てに終わりはない」のです。

1990年代後半の「就職氷河期」から20年が過ぎ、80歳の親が50歳の子どもを養う「8050問題」が現実のものになってきました。そのあとに来るのは「9060問題」ではなく、親がいなくなったあと自宅に取り残された60代のひきこもり問題です。

彼らの多くは無職か非正規の仕事しかしたことがなく、じゅうぶんな年金を受け取れないでしょうから、生活保護を申請する以外に生きる術がありません。しかしその頃には日本の高齢化率はピークに達しており、年金制度が破綻しないまでも保険料の負担は重くなり、受給額が減らされるのは避けられないでしょう。

そうなれば、社会の憎悪がどこに向かうかは考えるまでもありません。

ヨーロッパでは移民問題が深刻化し、北欧のようなリベラルな国でも移民排斥を求める「極右」政党が台頭しています。ひとびとの不満は、(働かない)移民が手厚い社会保障制度に「ただ乗り」していることにあります。

それに比べて日本は移民の受け入れに消極的で、保守派はこれによって社会の安定と治安が保たれてきたと主張しています。ここには一面の真実があるでしょうが、しかし私たちの気づかないところで、日本社会は「内なる移民問題」に蝕まれていたのです。

『週刊プレイボーイ』2019年6月17日発売号 禁・無断転載