米大統領選でトランプが勝つとAI政治が始まる? 週刊プレイボーイ連載(414)

2020年の日本は56年ぶりのオリンピックで(おそらく)盛り上がるでしょうが、世界的に注目されるのはなんといってもアメリカの大統領選挙です。

民主党は夏の党全国大会で候補者を決め、11月の大統領選で二期目を目指すトランプとたたかうことになります。この対抗馬が中道左派(リベラル)になるか、国民皆保険制度などよりラディカルな政策を唱える急進左派(レフト)になるかが第一の注目点です。

対するトランプは、「こんな奴が大統領になったら世界は破滅だ」との予想を裏切って、北朝鮮のミサイル発射を止め(これについては日本人は感謝すべきでしょう)、懸案だったメキシコ、カナダとの貿易協定をまとめ、米中貿易摩擦にもかかわらずニューヨーク株価は市場最高値を更新し、共和党支持者から90%ちかい圧倒的支持を得ています。

米大統領選の行方を占う前哨戦が、昨年12月に行なわれたイギリスの総選挙でした。EUからの離脱を掲げる「ポピュリスト」の保守党ジョンソン政権に急進左派のコービン労働党が挑みましたが、結果は保守党の大勝、労働党の惨敗で、コービンは早々に党首辞任を表明しました。

すでにいわれているように、勝敗の分かれ目は、保守党が「(ブレグジットの実現が進まない)国家的にみじめな状態を終わらせる」というシンプルな主張をしたのに対し、党内でEU残留派と離脱派が対立する労働党は、「反緊縮」などの経済政策を前面に押し出さざるを得ず、「これでは混乱を収拾できない」と有権者から思われたことでしょう。しかしそれでも、「格差拡大を国家のちからで止めるべきだ」との主張が一顧だにされなかったことは、同様の政策を掲げるアメリカの”レフト“たちに大きな衝撃を与えたはずです。

とはいえ、イギリスの年齢別政党支持率からは別の側面が見えてきます。「保守党圧勝」の選挙でも、18歳から45歳までの若年層では労働党支持が多数派で、とりわけ10代、20代の若者は8割が労働党に投票しているのです。イギリスの総選挙は世代間対立で、「EUへの残留を望む若者世代の希望が高齢者世代によって粉砕された」と見ることもできそうです。

日本でも世界でも高齢化が進んでおり、投票率の高い高齢者層に支持されなければ選挙に勝てません。そうなると、どれだけ選挙を繰り返しても若者世代は永久に負けつづけることになります。

日本では団塊の世代が後期高齢者になり、年金や医療・介護で高齢者負担を増やすような改革はほとんど不可能になりました。少子高齢化が世界最速で進む日本の若者世代はずっと前から「絶望」しており、その意味では日本は世界の先端にいたのかもしれません。

若者世代が改革を求め、高齢者世代がそれを拒絶する構図が固定化すると、賢い若者たちはデモクラシーに興味を失い、現実政治から撤退していくでしょう。次にやってくるのは、「AI(人工知能)に社会の効用を最大化する政策を計算させればいい」という「テクノロジー・ポリティクス」です。

これを“初夢”と笑うかもしれませんが、トランプが再選されれば、案外早くそんな未来が到来するかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2020年1月4日発売号 禁・無断転載

参考に、2019年イギリス総選挙における性別・世代別・職業別の政党支持率を掲載しておきます。

阪野智一神戸大学教授「英選挙とEUの未来(上) 社会文化的な対立軸 前面に」(日本経済新聞2019年12月19日「経済教室」)より

第87回「日本の仕組み」を変えよう(橘玲の世界は損得勘定)

2019年は平成が終わり令和の時代が始まった節目の年だった。平成の30年間をひと言でまとめるなら「日本がどんどん貧乏くさくなった」だろう。

国民のゆたかさの指標である一人あたり名目GDP(国内総生産)は、1990年代はほぼ5位以内で2000年にはルクセンブルクに次いで2位になったものの、その後は急落して2018年は26位だ。

80年代末のバブル期には日本の経済力はアジアで圧倒的で、「貧しいアジア」から観光客がやって来るなど考えられなかった。それがいまや国民のゆたかさで香港やシンガポールに大きく引き離され、韓国に並ばれようとしている。長いデフレが続いた結果、「安いニッポン」にアジアから観光客が押し寄せるようにもなった。

さまざまな世論調査で、年齢が高いほど「反中・嫌韓」意識が高いことが示されている。団塊の世代を中心に、「貧しい日本/ゆたかなアジア」の逆転を受け入れられないひとたちが、排外主義的な感情を抱くようになったのだろう。

日本では保守/リベラルにかかわらずほとんどの「知識人」が、「年功序列・終身雇用の日本型雇用が日本人を幸福にしてきた」として、「グローバリズムの雇用破壊を許すな」と大騒ぎしてきた。

だが労働者のモチベーションを示すエンゲージメント指数を国際比較すると、OECDを含むほとんどの調査で、日本のサラリーマンは「世界でいちばん仕事が嫌いで会社を憎んでいる」との結果が出ている。多くの企業でうつが蔓延し自殺者が後を絶たないことが社会問題になっているが、労働者を会社というタコつぼに押し込め滅私奉公を強要する日本型雇用こそが日本人を不幸にしてきたのだ。

なかでもいちばんの問題は、長時間労働の割合が欧米諸国の2倍も高いにもかかわらず、労働生産性が先進国で最低で、米国の7割以下しかないことだ。日本企業の利益率はきわめて低く、ROA(対資産)でもROE(対資本)でも欧米はもちろん韓国や中国の企業より劣っている。

主要先進国では実質賃金は着実に上がっているにもかかわらず、日本だけが1995年からの20年間で10%以上も下がっている。これも「グローバル資本主義の陰謀」のせいにされてきたが、たんに稼げないから賃金を下げざるを得なかっただけだ。

企業の利益率が低く、労働者の賃金が下がり、物価も上がらない経済では、当然のことながら株価も低迷する。ニューヨーク株価は2万8000ドルを越えて「史上最高値」を更新したが、日本株は2万4000円前後をうろうろしていて、いまだにバブル絶頂期(1989年末の3万8915円)の6割の水準だ。

金融庁や証券業界は平成の30年間、ずっと「貯蓄から投資へ」を唱えてきたが、まったく効果がないと嘆いている。だがこれは話が逆で、「国民の意識」を変えるのではなく、まずは「日本の社会・経済の仕組み」を変えなくてはならない。それによって日本株が「史上最高値」を越えるようになれば、「啓蒙」などしなくてもみんな株式投資に夢中になるだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.87『日経ヴェリタス』2019年12月29日号掲載
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