「これからは非正規でも扶養手当が受けられるようになる」はホント? 週刊プレイボーイ連載(451)

年功序列・終身雇用の「日本的な働き方」の転機になると注目された最高裁の2つの判決が出ました。

契約社員やアルバイトに賞与・退職金を支払うべきかを争った裁判では、最高裁はいずれも「不合理とまでは評価できない」として、一部の支給を認めた高裁判決を退けました。その一方で、日本郵便の契約社員らが正社員との待遇格差を訴えた裁判では、扶養手当や有給休暇など、高裁判決の一部を変更して原告の請求すべてが認められました。経営側と非正規労働者の双方が一勝一敗で、バランスをとった判断のようにも見えます。

正規/非正規の格差解消を目指す流れのなかでいずれも大きな意味をもつ裁判ですが、ここでは日本郵便の判決がどのような影響を与えるかを考えてみましょう。
民主党政権時代(2013年4月)に施行された労働契約法20条は、「正社員か非正規かにかかわらず合理的な根拠のない待遇格差は認めない」という画期的なものでした(現在はパートタイム・有期雇用労働法に移行)。これによって経営側は、「身分(正社員じゃないんだから)」を理由とした賃金の差を正当化できなくなり(同一労働同一賃金)、それが福利厚生や賞与・退職金といった「正社員の特権」にまで及んできたのです。

近代の市民社会は身分制を否定し、すべての市民を平等に扱うことによって成立するのですから、日本の労働慣行に根強く残る「身分差別」をなくしていくべきなのは当然のことです。しかし、日本郵便の判決を受けて、「これからは非正規でも扶養手当などの福利厚生が受けられるようになる」とのメディアや識者の説明には疑問が残ります。労働者を平等に遇する方法は、それだけではないからです。

今回の最高裁判決を受けて、契約社員にも扶養手当や有給休暇を認める会社が出てくるでしょう。ところがその会社には契約社員と同じような仕事をするアルバイトがいて、「なぜ自分には福利厚生がないのか?」と訴えたらどうなるでしょう。会社は法律にのっとって、その待遇格差に「合理的な理由」があることを証明しなければなりません。

こうした事態に対処するには、どのようなケースが福利厚生の対象となり、どの場合は支給の対象外かを定める細則が必要です。ところが現場には広大なグレイゾーンがあるので、アルバイトと契約社員の仕事のちがいが判然としないことも起こり得ます。その場合は、アルバイトにも扶養手当や有給休暇を認めるべきなのでしょうか。

このように、紛争を避けようと規則を細かくすると、それによってさらにトラブルが増えてしまいます。だったらどうすればいいのか。答えはあきらかで、「正社員も含め、すべての福利厚生を廃止する」です。

実際、「世界でもっともリベラルな国」スウェーデンでは、交通費も含めて福利厚生はまったくなく、フルタイム・パートタイムにかかわらず、労働者には職位にもとづいた月収と、成果で判断される賞与が支払われるだけです。

これが「すべての労働者を平等に扱う」方法なのですから、日本企業も早晩、同じことになるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年11月2日発売号 禁・無断転載

日本学術会議問題は「脅して従わせる」マネジメント 週刊プレイボーイ連載(450)

日本学術会議が推薦した会員候補のうち6人が任命されなかった問題で、菅政権が発足早々、逆風にさらされています。経緯に関しては不明な点もありますが、報道を見るかぎりでは、以前から官邸は多めの人数の名簿で事前説明するよう求めていて、2016年には補充人事で上位に推した候補に官邸が難色を示したことから、全ポストについて推薦そのものを見送る事態が起きています。

官邸が問題にしたのは、学術会議が「政府機関」でありながら「独立した人事権」をもつという慣行で、民主的な手続きで選ばれた政府の上位に「超越的」な権力が生まれることを危惧したとされます。とはいえ、学術会議が「軍事的安全保障研究禁止」の方針を決定したり、所属する学者が政府を批判する発言をすることへの心情的な反発が大きかったのでしょう。

今回の紛争の直接の原因は、学術会議の前会長(前京大総長)が、官邸との事前折衝を無視して105人の会員候補の推薦名簿を問答無用で送りつけたことにあるようです。それに対して官邸側は、安保法制に反対した「学者の会」の呼びかけ人や賛同人6人を任命拒否して「報復」した――。子どものケンカのような話ですが、「学問の自由」とか「民主的な統治」とか、双方にどうしても譲れない意地があるのでしょう。

この紛争はたちまち「親菅/反菅」のリトマス試験紙になり、SNSでは例によって罵詈雑言が乱れ飛んでいますが、ここでは一歩距離を置いてマネジメントの観点から考えてみましょう。

官邸の対応で不思議なのは、6名を任命拒否すればその理由を問われることはわかりきっているのに、それについて事前になにも考えていなかったらしいことです。あわてて与党内にプロジェクトチームをつくって、学術会議への10億円の予算(100兆円の国家予算の10万分1)を検証するそうですが、こんな泥縄式のやり方では「その前にちゃんと説明責任を果たすべきだ」との正論にとうてい対抗できません。

さらに不思議なのは、この問題には担当大臣がおらず、任命責任者である新首相が批判の矢面に立たされることがわかっていたはずなのに、なんの対処もしていないことです。モリカケや検察疑惑でも、前首相の盾となって火だるまにされる大臣や官僚がいたのに、今回は「キーマン」とされる官僚の国会招致を阻むために首相が間に入るという摩訶不思議なことになっています。

政権発足直後の高支持率をだいなしにしかねないのに、なぜこんな混乱を招いたのか。「部下(官僚)を脅して従わせる」というマネジメントを日常的にやっていたからだと考えれば、この謎はすっきり解決します。今回も「ちょっと脅せばいうことをきくだろう」くらいの甘い判断をしていたら、予想外の反発にあって右往左往しているというのが現実でしょう。

「脅して従わせる」マネジメントが効果をもつのは、組織にしがみつく以外に生きる方途がない人間を相手にするときだけです。外部の相手に同じことをすれば、怒りだすに決まっています。

こんな当たり前のことすらわからないのは、官邸を仕切る「優秀」なひとたちが、「脅されて従ってきた」経験しかないからなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2020年10月26日発売号 禁・無断転載

持続化給付金の不正受給で日本の未来がわかる? 週刊プレイボーイ連載(449)

新型コロナウイルスの影響で売上が減った事業者などを支援する持続化給付金で、大量の不正受給が発生しました。給付金の上限は中小企業が200万円、フリーランスなど個人事業者が100万円ですが、トラブルが多発しているのは申請要件の甘い個人事業者向けです。

報道によると不正受給の手口は、

  1.  税理士などが前年度の架空の確定申告書を作成する
  2.  申請者はそれを使って税務署で期限後申告し、控えを受け取る
  3.  今年度の架空の売上台帳で売上が減少したように見せかけて、確定申告書類とともに給付金を申請する

という単純なものでした。この手口が広範に行なわれていたことは、不正受給を報じた地方新聞社で複数の社員の不正受給が発覚したという、笑えない話でもわかります。

不正受給の指南で、紹介者や偽の申請書類を作成した税理士は半分程度のキックバックを受け取っていたようです。1人につき50万円ですから、10人で500万円、不正受給者を100人集めれば5000万円のボロ儲けです。反社会的組織の関与も疑われていますが、大金に目がくらんで手を染めた素人もたくさんいたでしょう。

不正が許されないのは当然として、不思議なのは、なぜ「どうぞズルしてください」のような制度にしたかです。申請者が継続的に事業を行なっているかどうかは、確定申告を3年ほどさかのぼれば確認できます。そうしたケースはすぐに支払い、「去年事業を開始し、しかも期限後申告」という疑わしいケースの事業実態だけを調べればじゅうぶん防げたはずです。

それにもかかわらず、なぜこんなかんたんな不正防止策を講じなかったのか。その理由のひとつに、1人10万円支給で「給付が遅い」「申請したのに給付されない」とメディア(とりわけワイドショー)がさんざん行政を叩いていたときと、不正受給の手口が広まって疑わしい申請が届きはじめた時期が重なったことがあるのではないでしょうか。その結果、「性善説」に立って迅速な給付をするしかなくなったとしたら、これはまさに「人災」です。

しかしさらに考えてみると、そもそもこんなアナログな方法で給付していることが異常です。マイナンバーは国民全員に付与されているのですから、それを税務申告データと銀行口座に紐づけ、申請内容と照合すれば不正をはたらく余地はなくなるでしょう。

このようなシステムが整備されていれば、本人がいちいち売り上げの減少を申し立てる必要すらなくなります。マイナンバーで銀行口座の入出金額を把握し、新型コロナ以降に収入が減ったひとだけを効率的に抽出して適切な給付をすればいいのですから。これなら、富裕層や収入の安定した公務員、年金受給者にまで1人10万円を配るようなバカげたことをする必要もなくなります。

日本政府は2000年に、「5年で世界最先端のIT国家を目指す」と宣言しました。それにもかかわらず20年かけてこの体たらくでは、電子政府化を進める世界各国との距離は逆にどんどん開いていくばかりです。菅新政権は「デジタル化」を掲げて発足しましたが、このままではきっと、2040年になっても同じ愚痴をいうことになるのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2020年10月19日発売号 禁・無断転載