第107回 第8波の渦「見えない感染者」(橘玲の世界は損得勘定)

昨年末に中国が「ゼロコロナ政策」を転換し、感染が爆発的に広がっている。北京では「感染率は80%を超えた」とする専門家もいるが、中国政府が正確なデータを出さないため、実態は闇の中だと批判されている。

「そんなの、日本だってたいして変わらないよ」と知人が怒っていた。彼は年末にコロナに感染したのだが、登録すらできなったのだという。

ネットで購入していたコロナの抗原検査キットで、発熱後に陽性になった。ところが調べてみると、それは「研究用」のキットで、性能の確認を受けていないため感染の自己判断に使うことは推奨されず、陽性者登録センターに登録することもできなかった。

そこで、薬機法に基づく承認を受けた「医療用」の検査キットを入手しようと、厚労省のサイトに掲載されていた調剤薬局に家人に行ってもらったところ、「いつ入荷するかわからず、入荷してもすぐに売り切れてしまうので、毎日、開店と同時に来てもらうしかない」といわれたという(その後、厚労省が承認した「一般用」の検査キットが「第1類医薬品」としてインターネットで購入できることがわかった)。

仕方がないのでPCR検査を受けようと思ったが、近くの検査センターはすでに閉鎖されていて、電車やバスを使わなければ最寄りの検査場に行けない。それ以前に、発熱などの症状がある場合は無料検査の対象外になっている。

そうなると医療機関の発熱外来を利用するしかないが、かかりつけ医があるわけではなく、初診でも受け付けてくれる病院は数カ所しかない。電話予約が始まる朝9時から話し中で、ずっと電話をかけ続けたが、11時前には「本日の受付は終了しました」というアナウンスが流れた。彼の場合は、発熱といっても38度を超えたわけではないので、登録そのものをあきらめてしまったという。

「もっとねばればよかったのかもしれないけど、療養証明書が必要なわけでもないし、自分のような軽症者が発熱外来を利用すると、症状が重いひとが困るんじゃないかと思って、まあいいか、ってなったんだよね。高齢者とか、持病があるとかでないかぎり、いちいち連絡しなくていいから、自分で判断して療養してください、ということなんだよ」と彼はいった。

コロナ感染の第8波で国内の死者が増えつづけているが、その背後には彼のような未登録の感染者がかなりいるのではないか。それを加えると、日本でもすでにある程度の集団免疫ができているのかもしれない。

街ではいまでもほとんどのひとがマスクをしているが、飲食店では若者たちがノーマスクで賑やかに談笑している。彼ら/彼女たちの多くは、じつはすでに1回はコロナを体験していて、それが大したことなかったので、感染をあまり恐れていないのではないだろうか。

「見えない感染者」が増えていくことで、日本も海外と同じように、じょじょにコロナが日常になっていくのだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.107『日経ヴェリタス』2023年1月21日号掲載
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