新年なので、最近考えていることなど


昨年末に『「読まなくてもいい本」の読書案内』を出版して、「これまでとテーマが変わったんですか?」との質問が寄せられたので、新年ということもあり、私のなかでどのようにつながっているのかをちょっと説明したいと思います。

これまで何度か述べてきたことですが、「私たちがこの世界に生まれ、いまを生きているということがひとつの奇跡であり、限られたその時間をできるだけ有効に使うには人生を正しく(合理的に)設計しなければならない」というのがすべての前提です。

私たちは金融資本、人的資本、社会資本という3つの資本から富(ゆたかさ)を得ています。

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これらの資本をすべて失ってしまった状態が「貧困」です。

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これら3つの資本のなかで、金融資本は、金融市場から富を獲得するための投資理論としてモデル化されています。

金融市場についての理論には、経済学の効率的市場仮説と、それを批判したベノワ・マンデルブロのフラクタル理論があります。効率的市場仮説(モダンポートフォリオ理論)は市場を正規分布(ベルカーブ)と統計学で把握しようとするもので、それに対してマンデルブロは、市場はべき分布(ロングテール)の複雑系で、統計的には予測不可能な出来事(ブラックスワン)が頻繁に起こると述べました。いずれも理論の骨格は1980年代にすでに完成しており、30年間、新たなブレークスルーはありません。

さらにいうと、ブラック=ショールズ式によってオプション価格が計算可能になったのは1970年代前半で、それ以降、40年にわたってデリバティブ(先物、オプション、スワップ)を超える金融商品は開発されていません(テクノロジーの進歩によってデリバティブの種類は増えました)。

金融資本については標準的な理論がすでに定まっているので、それをどのように有効活用すべきかという議論が可能です。それ以前に、金融市場から獲得する「富」とは金銭のことなので、話がものすごくシンプルです。リスクが同じなら、より多くの利益を見込めるのがよい投資戦略なのです。-ーこれが最初に金融資本(金融市場)を取り上げた理由です。

金融市場への投資と同様に、私たちは人的資本を労働市場に投資して富を獲得しています。こうした見方を最初に提唱したのは経済学者のゲイリー・ベッカーですが、ベッカーはその際、労働市場の「富」を金融市場と同じく金銭に換算できると考えました。同じ労働時間であれば、より大きな報酬を得られるようにするのが人的資本の有効活用なのです。

この簡略化によって人的資本を経済学的に分析できるようになったのですが、すぐにわかるように、これは私たちの「はたらく」という実感とはかけ離れています。私たちは労働から、金銭以外の「生きがい(内発的動機づけ)」も得ているからです。お金はもちろん大切ですが、人的資本理論の枠組だけでは「はたらく」ということをうまく説明できないのです。

「好きなことを仕事にしたい」とか、「イヤなこと(ムダなこと)をやりたくない」というのは、誰もが共通に望むことでしょう。そこで、日本社会の制度の歪みから人的資本をもっとも効果的に活用する戦略として提案したのが「マイクロ法人」ですが、これは形式的な方法論なので、内容(なにをすべきか)についてこたえるものではありません。

社会資本とは人間関係のことで、社会的動物としての私たちは家族や友人、仕事仲間などから多くの「富」を得ていますが、これは人的資本よりもさらに金銭への換算が困難です。社会資本における「富」とは、幸福のことだからです。

人的資本や社会資本の金銭に換算できない部分はこれまで、成功者の人生訓や宗教で説明されてきました。これをアカデミズムの領域で扱うのが心理学、社会学、哲学などの人文社会科学ですが、そこに統一的な理論があるわけではなく、それぞれのタコツボ的な学問分野のなかで恣意的に語られてきただけです。

ところが20世紀後半から、この分野に大きな知のパラダイム転換が起こりました。これが「現代の進化論」を基礎とする複雑系、ゲーム理論、脳科学、分子遺伝学、統計学(ビッグデータ)などの諸分野で、旧来の人文社会科学はこうした自然科学の侵食を受けてどんどん使いものにならなくなっています。

新しいパラダイムの最大の特徴は、「科学」として、仮説を実験や観察によって検証可能なことです。これによって、タコツボと化した「文系」の学問を統一的な理論によって議論することがはじめて可能になりました。これは知の世界におけるとてつもない衝撃で、日本ではまだ広く受け入れられているとはいえませんが、今後10年のうちに誰の目にも明らかになるはずです。

私たちは幸福になることを目指して生きていますが、幸福は抽象的な概念ではなく、怒りや悲しみと同様に、進化の過程のなかでつくられてきた感情です。「幸福の理論」としての人的資本や社会資本は、哲学や心理学、社会学などの互換不可能な恣意的な理論ではなく、一般化可能な「新しいパラダイム」に則って論じるべきです。

とはいえいきなりこんなことをいっても理解してもらうのは難しいので、その前段階として、いま知の最前線でなにが起きているのかを誰でも(高校生でも)わかるような本が必要でした。ところが日本では、(それぞれの分野におけるレベルの高い入門書はたくさんあるものの)こうした全体像を俯瞰できる手頃な本がこれまでなかったので、次のステップへと至るためにまずはそれを書くことにした、ということです。

私の考えをかんたんにいうと、「金融資本は分散投資し、人的資本は(好きなことに)集中投資する」のが基本戦略です。人的資本は社会資本(評判)につながっていて、より大きな社会資本から私たちは「幸福」を感じることができます(ただし、あまりにも評判が大きくなりすぎるとプレッシャーに押しつぶされたりします)。

それに対して金融資本から得られる効用は、蓄積が少ないときは一気に逓増しますが、一定額を超えると急速に逓減してしまいます。--フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグは、保有する資産の99%を慈善活動に寄附すると表明しました。

超高度化した知識社会において(知の)イノベーションを起こせるのはシリコンバレーだけで、グーグルやアップル、アマゾン、フェイスブック(あるいは次世代の新興企業)がビジネスインフラ(プラットフォーム)のデファクトスタンダードを競いあっています。それを利用することで、自営業者やマイクロ法人、家族経営の小企業が旧来の大企業と互角のビジネスができるようになる未来がもうすぐやってきます。大企業のメリットは分業の効果を最大化することですが、その反面、大きな管理コストが必要になるため、今後は徐々にそのアドバンテージを失っていくでしょう。

同時に、サイバー化した現代では、私たちを取り囲む世界は、家族や恋人などの最小単位の人間関係と、ネット上の世界大の仮想コミュニティへと二極化していくのではないでしょうか。「知のパラダイム転換」につづいて、こうした「社会のパラダイム転換」がやってくることを前提として人生設計を考える必要があります。

というようなことが私の頭のなかで『「読まなくてもいい本」の読書案内』につながっているのですが、最後に断っておくと、ここから普遍的な「幸福の理論」に到達できる楽観的な見通しを持っているというわけではありません。

PS Amazonに寄せられた書評のほとんどがKindle版での購入になっていることが、もうひとつの「パラダイム転換」ではないかと今回思いました。

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17件のコメント

  1. 失礼、バンコク・スワンナプーム国際空港から書いていますが、

    橘さんもインフラというか、人間の衣食住・生活、あるいは安全保障にかかる部分の
    重要性をあまりにも軽視しすぎでは?と感じます。

    当地バンコクではトヨタ車だらけだし、bts駅前には乞食もいれば軍服を着た
    警備員もいますよ。

    いくら高度知識化した社会であっても、衣食住や安全保障は必要不可欠では???

  2. 何やら、意味不明の老人の繰り言のような言い訳を長々書いているという風にしか見えないのですが。
     読まなくても良い本など無限にあるし、読んでも何もならない本も限りがないのです。
     その上で幸せの意味も価値も又無限であり、どう定義しようと無謀としか言いようがないのです。つまりそれが老人の繰り言たる原理です。
     幸せの定義をしてしまえば、それも又ファシズムになります。

  3. kamoさん

    定義することを否定しては、ほとんど(全てでなければ)の学問はできないと思いますよ。

  4. そうですね。でもね、純血や、純粋や、美しいを定義した失敗を人類は目撃してきましたよ。

  5. kamoさん
    仮に失敗したとしても(失敗しないかもしれない!)、失敗は成功の母というではありませんか。橘さんのこれからに期待しましょう。

  6. アレま? もう7日過ぎてしまい恐れ入りますが・・ 謹賀新年。

    橘玲ファンとして、橘青年がボー然と府中運転免許試験場で自衛官募集の
    ポスターを眺める、あたりのシーンから全ての思索が始まったのだと思っ
    ています。その現実への遂行が『黄金の羽根』を生んだのだから、最近の
    「お金」だけでない新たな他方位への探求が、又まったく新しい著作とな
    って現れて来る事を期待しています。

    年初から、バクダンやらバクゲキやらボウラクと今年は忙しくなる気配で
    すので、増々そういった最新の科学の成果を撚り合わせた一般向けの書物
    が期待されます。私もそうですが、ドタバタするととたんに劇場の非常口
    へ突進するような向きは、普段から面白く(重要なので一番)実用になって
    知的冷静さを保てるような内容の本が読みたいのです。

  7. あけましておめでとうございます

    「読まなくても良い本」、大変面白く読みました

    橘さんの過去作から複雑系に興味をもち、ハヤカワ文庫の入門書をいくつか読んでみたのですが、
    なかなか議論の全体像がつかめずモヤモヤしてました

  8. いや~、橘さんはほんとに稀有な作家さんですね。素晴らしい。
    まだ読んでないけど買って読みます。楽しみです。

    あと、「次のステップへと至るためにまず・・・」ってことは次の本があるのかな?

  9. 知的幸福の技術で、『「自由」とは抽象的な理念ではなく、人生の選択肢のことではないだろうか。』という下りを読んだとき、少なからず衝撃を受けました。

    それまで、自由というものを漠然と考えていて、具体的にはどんな状態が自由なのか考えたことはありませんでした。
    それ以来、人生の選択肢を増やすように努力するようになりました。

    『「読まなくてもいい本」の読書案内』を読んで、幸福というものについて、色々と考えさせられました。
    今回、幸福という、これまた曖昧なものに最新の理路鵜や科学をもってアプローチされるということで、次の著書に期待しています。

  10. >今回、幸福という、これまた曖昧なものに最新の理路鵜や科学をもってアプローチされるということで、次の著書に期待しています。

    というより、まだ生硬というか、こなれていない印象がある
    「亜玖夢博士のマインドサイエンス入門」に象徴されるように、
    ドラッグや脳科学などに入れあげていたいたようですが、

    人間というものが結局生化学的な機械にすぎず、それを制御する
    神経伝達物質(セレトニンやドーパなど)を如何にドラッグなどで代用してみても、
    「幸福」というのは得られないのです。

    逆に【幸福】というものが、「脳の創り出した幻想」に過ぎず、むしろ如何に現実と
    折り合って生きていくか?ということが問われているのですよ!

  11. > 逆に【幸福】というものが、「脳の創り出した幻想」に過ぎず、むしろ如何に現実と
    > 折り合って生きていくか?ということが問われているのですよ!

    そうなんですよ。
    幸福が幻想だとしても、生きていくためには、(少なくとも私には)それが必要です。
    抽象的な概念ではなく、新しいパラダイムから導き出された幸福というものを、私は知りたいと思っているのです。

  12. 快感回路—なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか デイヴィッド・J・リンデン http://www.amazon.co.jp/dp/4309252613/ref=cm_sw_r_tw_dp_WBPKwb0SKNT7J

    という本を紹介します。

    脳内快楽ボタンを埋め込まれたネズミの話から始まります、ネズミはボタンを押し続けます。
    それこそ寝食を忘れて「死ぬまで」押し続けるわけです。

    言ってしまえば、ネズミの快感も人間の幸福も同じなのです。だから、
    幸福を追求しつづけることは、このネズミと同じというのが結論です。

  13. 私は2006年に「臆病者の株入門」を読んでから約10年間、ずっと橘さんの新しい著書を待っては熟読することが人生の幸福の一つになりました。感謝してもしきれません。
    インデックスファンドをひたすら積み立てるという投資も10年目になりました。2006年から見ると今は最高の投資環境です。ひとえに橘ファンがこのような環境を作ってきたといっても過言ではないかもしれません。

  14. 現代の幸福とはなに?
    どうやって手に入れたらいい?
    そんなことを追い求めて奔走する現代の人々を描いた小説なんか面白そう。
    橘流に、そしてポップで読みやすく、かつ画期的な幸福論。
    若い人に橘イズムを根付かせるためのきっかけにどうでしょう?

  15. >橘流に、そしてポップで読みやすく、かつ画期的な幸福論。
    >若い人に橘イズムを根付かせるためのきっかけにどうでしょう?

    幸福論というと、椎名林檎を思い出します。
    椎名林檎なら、私は「歌舞伎町の女王」の方が好みです。
    https://www.youtube.com/watch?v=krCk3EcsaxE

    そもそも橘さんの「雨の降る日曜は幸福について考えよう 」で、
    http://www.gentosha.co.jp/book/b987.html
    ささやかな幸福を実現することは、それほど難しくはない。必要なのはほんの少しの努力と工夫、自らの人生を自らの手で設計する基礎的な知識と技術だ。

    と書いたように、私はもっと冷徹かつ合理性をもったやり方をこそ期待しているのですが。

  16. i’ve been looking for a nice big warm sweater!that sweater really suits you ^__^[] ReJal:panuyry 9th, 2010 at 11:33 pmthank you!!?the sweater wont keep me warm though..i have to wear something underneath[] Reply:January 9th, 2010 at 11:35 pmim writing with my ds so i didnt mean for a question mark in the previous reply lolll[]

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