第55回 保険は「夢」を追うものにあらず(橘玲の世界は損得勘定)


2006年の保険業法改正で少額短期保険会社の参入が可能になり、ミニ保険市場が拡大しているという。保険金1000万円まで、保険期間1年(損害保険分野は2年)の制約があるが、持病があっても加入できる医療保険とか、遺産分割や離婚調停で弁護士費用を補償する保険とか、さまざまなニッチを開拓しているようだ。

保険というのは、自分では対処できない出来事に備えるための金融商品だ。日本人は保険に入りすぎだとよくいわれるが、リスク管理が必要な分野はまだまだ残されている。そういうニーズを上手に見つければ、面白いビジネスができるだろう。

でも、日本の保険商品には大事なものが欠けているんじゃないだろうか。

医療保険は入院1日目から保険金が支払われるタイプが人気だが、保険の原則からしてこれはまったく意味がない。1週間程度の入院なら貯金を取り崩せばいいのだから、そのぶん保険料を割り引いてもらった方がずっと得だ。

保険と宝くじは同じ仕組みだが、ひとびとが求めるものはまったくちがう。

宝くじは一等賞金が大きく、くじ代金が安いものが人気だ。当然、当せん確率はものすごく低くなり、ほとんどは払い損になるけれど、「夢を買った」とみんな満足している。

ところが保険加入者は、くじ代金(保険料)を払ったのだから賞金(保険金)をもらわなければ損だと思っている。これは当たりくじがものすごく多い宝くじと同じで、その分コストが高くなるが、なぜかそのことはほとんど気にしない。保険料には保険会社の利益が含まれているのだから、これでは自ら進んで損するのと同じだ。

原則に立ち戻るなら、保険は予想もしなかった出来事で経済的困窮に陥ったときのためのものだ。めったに保険金がもらえない代わりに、保険料が安いのがよい商品の条件なのだ。

医療保険に加入するのは、事故や病気で入院したことで収入が途絶えるリスクに供えるためだろう。日本の場合、特殊なケースを除けば医療費の大半は公的保険で賄えるから、とりあえずは貯金で生活できる。

でも入院が長引くと、蓄えが乏しくなってどんどん不安になっていく。リスク管理はまさにこのときのためのものだから、ほんとうに必要なのは、入院1年後(半年後でもいい)から生活費が支給される医療保険だ。

日本でも入院日数の短期化が進んで、厚生労働省の調べでは統合失調症などは平均入院期間が1年を超えるものの、たいていの病気は長くても1カ月で退院できる。商品設計にもよるけれど、保険対象を限定すれば、超長期入院に備えるための保険料は格安になるだろう。

こういう医療保険なら、月額100円程度で「安心」を買うことができる。でも「賞金」がもらそうにない保険商品はぜんぜん人気がなく、これまでも商品化はすべて失敗してきた。みんな「夢」を買うことに夢中で、経済合理性なんか相手にされないのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.55:『日経ヴェリタス』2015年12月20日号掲載
禁・無断転載

コメントを閉じる

5件のコメント

  1. 素直に、「保険とはリスクヘッジのためのオプションである」と書けば良いのでは?

    オプションである以上、買いもあれば売りもあります。

    一つアイデアを考えたのですが、クレジットカード無料付帯の海外旅行保険がありますよね。
    死亡保険は手厚いけど、病気や怪我などではぜんぜん足りません。

    海外ツアー催行会社は、ツアー参加者が所有するクレジットカード付帯海外旅行保険を買い取り、
    死亡保険額を下げ、病気や怪我の保障を厚くするという商品はどうでしょうか???

    万が一、催行したツアーで死亡事件などが出れば、当然催行会社も保障しなければならないわけで、
    ツアー催行会社自体の保険の代わりにもなります。

    もっともこれをすれば、クレジットカード会社は無料付帯の海外旅行保険を廃止するでしょうが。

  2.  経済合理性を邪魔するのは、夢や欲望なんだなぁ。
    ベッキーも、制服盗んだタレントも。夢や欲望がないとつまらない人生だから。
     リスクヘッジの保険が機能してないとは笑える。それを商機と捉えるしたたかさと頭の良さはさすが、橘さんですね。

  3. リテラシーが足りないから非合理的な保険に沢山入るわけで、
    「オプション」なんで理解する能力が市井の人にあるはずないやん。

  4. 橘 玲様
    いつも新鮮な考え方ありがとうございます。

    私たち爺さん婆さんが本当に欲しい保険(年金)はトンチン保険 これがあれば老後計画的に資金を使うことができる、私の父両親、親戚はみなお金を残してなくなりました。自分が後いくらお金が必要かわからないからです。せめて90歳以後はトンチん保険でまかなえれば随分と違った
    お金の使い方になったはずです。何も子供や孫に残す必要はないのです。
    日本は本当に必要なものがない、また海外の保険に加入できないなど変なことがいっぱい。

    誰かトンチン保険作ってくれませんか?爺婆飛びつくと思うんですが。

  5. 橘さんのおっしゃるとおり。

    掛け捨て、安い、入院が長引いた場合に払う、というのが正しいと思います。

    ご存知ない方もいるでしょうが、今は入院期間がどんどん短くなっています。
    なぜなら、入院が長引くと病院が損をする仕組みになったからです。保険会社
    は、長期入院の前提で設定しているので、かなり得をしていると思います。

    ただ、ミニ保険は保険期間が1年とのこと。短すぎですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

投稿したコメントが表示されない場合は、SPAM判定された可能性があります。詳細はこちらをごらんください。