カオナシとなった民主党は日本人の自画像? 週刊プレイボーイ連載(110)

 

参院選で惨敗した民主党が、案の定、混乱に陥っています。

海江田代表は、東京選挙区で公認を取り消した候補者を支援したとして菅元首相に離党を求めたものの断わられ、「尖閣を(日本が)盗んだと中国が思ったとしても仕方がない」と発言した鳩山元首相に“強力抗議”したところ、「歴史には忠実に振る舞わないといけない」と逆に説教されるあり様です。

民主党はもともと、鳩山氏が私財を投じ、菅氏の知名度と小沢氏(生活の党代表)の豪腕を得て、「政権交代可能な政党をつくる」という理念のもとに結党されました。ところが小沢氏は消費税増税問題で党を離れ、鳩山氏は先の衆院選で出馬を断念し、さらに菅氏まで除名してしまうと、“創業者”全員を追い出すことになってしまいます。

会社でも政党でも、創設時の理念が組織のアイデンティティをかたちづくります。もちろん、権力闘争によって中枢にいたメンバーが追い落とされることはあるでしょう。しかしレーニンの死後、スターリンもトロツキーもみんな粛清してしまえば革命の正統性は失われ、マイクロソフトからビル・ゲイツを排除すれば別の会社になってしまいます。民主党を生み出したトロイカ(3人組)を全員追放してしまったら、そのあとにはいったい何が残るのでしょうか?

政権奪取の悲願を達成した民主党の最大の失敗は、自民党(とりわけ小泉政権)時代を全否定したことです。それなりに機能していた官邸主導の仕組みをことごとく廃止したために行政機構を統治できず、マニフェストの数字にしばられて身動きがとれなくなっていく様は、政権交代に期待していた有権者を絶望させるにじゅうぶんでした。そしていま、2回の選挙に大敗したことで自らの過去と出自を全否定しようとしています。

このように考えると、民主党の行動原理の特徴は「リセット」にありそうです。

小泉政権の新自由主義が日本をダメにしたのだからすべてリセット。自分たちの選んだ総理大臣が有権者から見放されたからすべてリセット。ロールプレイングゲームでは状況が不利になるとプレイヤーはリセットボタンを押しますが、やっていることは同じです。

今後、民主党は野党共闘の核となることを目指すようですが、手を組む相手はみんなの党と維新の会しかありません。いずれもネオリベの政党で、創業者の顔と理念が(まがりなりにも)一致しています。それに対して、国会で悔し涙を流したことしか記憶に残っていない海江田代表は、選挙戦でもアベノミクスを批判するだけで、どういう政治を目指すのかさっぱりわかりませんでした。このままでは政党再編の草刈場になってしまいそうです。

宮崎駿のアニメ『千と千尋の神隠し』には、カオナシという妖怪が登場します。カオナシはその名のとおり、自分の顔(アイデンティティ)を求めてさまよっています。過去を否定し、“ほんとうの自分”を探しつづける民主党はこのカオナシのようです。

私たちが民主党に生理的な拒否反応を抱くとしたら、リセット願望によって「自分」を見失っていく醜い自画像を見せつけられているからなのかもしれません。

 『週刊プレイボーイ』2013年8月5日発売号
禁・無断転載

日本がもしコミュニストの国になったら

 

ZOLにシベリア抑留の話を書いた。

そのときふと思い出したので、詩人・石原吉郎の言葉をここに記しておきたい。

1915年に静岡・伊豆に生まれた石原は、幼くして母を失い、苦学して東京外語大学に入学、ドイツ語を学ぶ。そこでマルクスと出会い、社会主義や共産主義の文献を読み漁るようになる。

大学卒業後は大阪ガスに入社、このとき徴兵検査を受けるが、第二乙種・第一補充兵役となり、兵役は免れた。この頃からキリスト教に関心を持つようになり、ドイツ人の神父から洗礼を受け、キリスト者になるべく東京神学校への受験準備を始める。

だが受験前の24歳で召集を受け、北方情報要員第一期生として大阪露語教育隊でロシア語を学んだのち、1941年、太平洋戦争開戦の年に満州に移った。配属先は関東軍情報部(特務機関)で、ソ連軍の内情分析にあたった。

1945年、敗戦とともにシベリアに抑留。最初の冬をかろうじて生き延びたものの、49年に刑法58条(反ソ行為)6項(諜報)により、死刑廃止後の最高刑である重労働25年の判決を受け、バム鉄道(バイカル―アムール鉄道)沿いの収容所で流木、土工、鉄道工事、採石などに従事。収容所の環境は劣悪で、生死の境をさまよい、極度の影響失調のため2回入院。

1950年にハバロフスクの収容所に移送され、日本人受刑者と合流する。53年12月、スーターリンの死去にともなう特赦で8年ぶりに日本に帰還。38歳になっていた。

帰国後石原は、自身のシベリア体験を言葉にすべく苦闘し、何冊かの詩集を上梓した。

シベリアで共産主義社会の本質を見せつけられた石原は、1960年8月、次のような一文をノートに書きつけている。

日本がもしコンミュニストの国になったら(それは当然ありうることだ)、僕はもはや決して詩を書かず、遠い田舎の町工場の労働者となって、言葉すくなに鉄を打とう。働くことの好きな、しゃべることのきらいな人間として、火を入れ、鉄を灼き、だまって死んで行こう。社会主義から漸次に共産主義へ移行していく町で、そのようにして生きている人びとを、ながい時間をかけて見つづけて来たものは、僕よりほかにいないはずだ。(『望郷と海』1960.8.7のノートより)

この当時、革命によって日本をコミュニズムの理想社会にしようとする若者たちが大学や国会前でデモを繰り返していた。

そしていまも、格差や不平等を批判し、性急に“理想社会”を求めるひとたちは後を絶たない。

やっぱりみんな“ネオリベ”になった 週刊プレイボーイ連載(109)

 

事前の予想どおり参院選で自民党が圧勝し、民主党が惨敗して、衆参のねじれが解消されました。投票率は52%とからくも有権者の半分を超えただけで、前回、民主党に投票したひとの多くが今回は棄権したと思われます。

昨年12月の衆院選で自民党が政権を奪還し、経済運営でも結果を出しているだけに、7カ月後の選挙であえて野党に投票する理由がないのは当然です。参議院がなければ最初からこうなっていたわけで、安倍政権はいよいよその真価を問われることになるでしょう。

以下、今回の選挙で気づいたことを列挙してみます。

①参議院はそもそもいらない

半年以上も不毛な議論を繰り返し、選挙を経ないと正常化できないなら最初からない方がマシ。有権者の判断は昨年の12月にすでに出ている。

②反原発は票にならない

“被災地”の福島ですら「反原発」を掲げた候補者はまったく相手にされず。議席を獲得できたのは共産党候補と東京選挙区の山本太郎だけ。

③反TPPは信用されない

「TPP反対」を掲げる政党は共産党を除いて全滅。安倍政権がTPPに参加した以上、いまさら反対しても意味がないと見透かされた。

④憲法改正は投票に無関係

「平和憲法護持」を掲げた政党も共産党を除いて全滅。その共産党は、かつては憲法改正と天皇制廃止を主張していた。

⑤“リベラル”勢力は共産党に結集した

自民党政治に反対するひとは、もっとも主張のわかりやすい共産党に投票した。歴史的にリベラリズムは共産主義と対立してきたが、日本では共産党がリベラルの代表となった。

⑥労働組合は票を集められない

民主党の頼みの綱である労働組合はサラリーマンと公務員のための組織。非正規社員の数が4割に達し、今後、ますます増えていくことが確実ななかで、正社員の既得権を守るのに汲々とする労働組合は共産党や創価学会よりも集票できなくなった。

⑦民主党(野田政権)の政策は自民党に取り込まれた

TPP参加も消費税増税も民主党が言い出したこと。民主党は過去の自民党政治を全否定しようとして失敗したが、安倍政権は民主党の成果を上手に利用している。

⑧やっぱりみんなネオリベになった

野党で共産党以外に票を獲得できたのは“ネオリベ”の政党のみ。民主党も、小沢一郎が出て行ってネオリベが主流派になった(その小沢一郎こそがネオリベ=新自由主義の元祖だった)。安倍政権もネオリベといわれているのだから、今回の選挙で、衆参ともに日本の政治はネオリベ一色になった。

リベラルが退潮してネオリベが勢力を伸ばすのはヨーロッパも同じで、これが“グローバルスタンダード”。ネオリベもまたリベラリズムである以上、「自由」や「平等」という近代の価値を擁護します(反原発や平和憲法護持のネオリベがあってもおかしくありません)。

いま起きていることは、オールドリベラルが生み出した福祉社会が機能不全になった時代の必然です。日本の政治は今後、「保守的なネオリベ」と「現実的なネオリベ」に二極化していくことになるでしょう。

  『週刊プレイボーイ』2013年7月29日発売号
禁・無断転載

参考:そしてみんなネオリベになった