人類史上、日本人だけがなしとげたスゴいこと 週刊プレイボーイ連載(104)

 

書店に行くと、「世界のなかで日本はスゴい」という本が並んでいます。これは中国や韓国から、「戦争中に日本はこんなにヒドいことをした」と反省を迫られていることの反動でしょうし、かつてはほんとうにスゴかった日本経済がすっかり凋落してしまったことで、自信を失ったことの裏返しでもあるのでしょう。

しかしこれらの本は、不思議なことに、人類の歴史のなかで日本だけがなしとげたほんとうにスゴいことに触れていません。

1575年の長篠の合戦で、織田信長の鉄砲隊が武田勝頼の騎馬隊を殲滅したことは日本史の教科書にも出てきます。このとき信長は1万の鉄砲隊を率い、そのうちよりぬきの3000人を3分隊に分けて川岸に配置し、川の手前で勢いの鈍る武田軍の騎馬隊に1000発の銃弾を連続して浴びせたのです。

ところが私たちのよく知る時代劇では、江戸時代の侍は腰に刀を差していて、銃器の類はいっさい持っていません。これが明治維新まで続いたことで、日本がかつて鉄砲大国だったことはすっかり忘れられてしまいました。

1543年、種子島に漂着したポルトガル人の火縄銃と弾薬を領主が購入し、日本に鉄砲が伝来します。それから1年もたたないうちに種子島の刀鍛冶は鉄砲の自作に成功し、10年もすると日本じゅうの鍛冶が種子島銃を大量に製造するようになりました。当時は戦国時代の真っ只中で、新式の武器はつくればいくらでも売れたからですが、その背景には日本が鉄の産地だったことと、日本刀や鎧の製作できわめて高い冶金技術を持っていたことがあります。

すくなくとも陸戦においては、16世紀の日本はヨーロッパを圧倒する最強の軍事国家でした。長篠の合戦から12年後、フランスでアンリ4世が銃火器を使って“歴史的”な勝利を収めますが、その時の鉄砲隊の人数はわずか300人だったのです。

ところが秀吉の死で朝鮮出兵が終わると、徳川幕府は鎖国と同時に鉄砲の製造を事実上禁止してしまいます。天下を平定した後では過剰な武器は不要だったからですが、鉄砲が忌避されたほんとうの理由は、武士を頂点とする身分制を崩壊させかねなかったからでしょう。

当時の武士は、合戦で名乗りをあげ、1対1で真剣勝負をすることに自らと家門の名誉を賭けていました。しかし鉄砲があれば、町民や農民でも後ろから武士を撃ち殺すことができます。鉄砲を捨てることは、“武士道”を守るための絶対条件だったのです。

戦国時代の日本は、ヨーロッパの強国を一蹴できるだけの強大な軍事力を有していました。それを伝統社会に戻したことが、冷戦時代に欧米の研究者の注目を集めました。日本人が鉄砲を放棄できたなら、アメリカやソ連も核兵器を放棄できるかもしれないからです。

歴史は一直線に進むわけではなく、文明の利器を捨て去った民族はたくさんあります。しかし日本ほど大規模にそれを行ない、ガラパゴス化した例は類を見ません。

ペリーの軍艦が寄航を求めたとき、江戸幕府にはそれを追い返すちからはありませんでした。幕府軍は、砲台を描いた巨大な布を海岸に掲げて軍艦を威嚇していたのです。

参考文献:ノエル ペリン『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』

 『週刊プレイボーイ』2013年6月24日発売号
禁・無断転載

社員がアルバイトになりたがる不思議な会社 週刊プレイボーイ連載(103)

 

ワタミの渡邉美樹会長が、夏の参院選で自民党から出馬するにあたって、「ブラック企業」との批判に反論しています。

「賃金や離職率、時間外労働時間などいずれの基準でも飲食サービス業の平均を上回っており、ブラック呼ばわりされるいわれはない」という渡辺氏の説明に納得するかどうかは別にして、ありもしない理想の会社を基準にして「反社会的」のレッテルを貼るのがフェアでないのはそのとおりでしょう。徒手空拳から一代で会社を興すのが“普通”のひとではないのは当たり前で、「365日24時間死ぬまで働け」と社員を叱咤する中小企業のオーナー社長はいくらでもいます。ブラックかどうかは、あくまでも法に則って判断するべきです。

ところが困ったことに、この「正論」が問題をさらにややこしくしています。

ブラック企業は、終身雇用の代償として慣習化していたサービス残業などを利用して、社員を最低賃金以下で働かせています。サービス残業が違法なのは明らかですが、この悪習は日本の社会全体に広まっているので、これを基準にすると大企業ばかりか官公庁まですべて“ブラック”になってしまいます。その実態を論じるには、ブラック企業のなかから「ほんもののブラック」を見つけ出さなくてはなりません。

リトマス試験紙のひとつとして考えられるのが、正社員のアルバイト化です。

飲食業界のブラック企業は、残業代をいっさい払わずに正社員を使い倒すことで人件費を抑えようとしています。当然、こんな労働環境では働く気はしませんから、新卒で入社した社員の大半は半年もたたずに辞めていきます。

スタッフが次々といなくなれば店を回していけません。ハローワークに求人を出したとしても、正社員になりたい若者が押し寄せてくるわけではないからです。

こんな時、困り果てた店長はどうするのでしょうか。実は、辞表を出した社員に「アルバイトで残ってくれないか」と懇願しているのです。

アルバイトは時間給ですからサービス残業はありません。そのうえ深夜勤は応募が少なく、アルバイト代は時給1200円程度まで上がっています。正社員と同じ仕事をアルバイトでやれば月収が1.5倍になり、場合によっては店長の年収を超えてしまいます。こうして、「正社員がアルバイトになりたがる」という不思議な現象が起きるようになったのです。

ブラック企業問題の本質は、「正社員は過剰に保護されているのだから会社の無理難題を受忍すべし」という日本的な雇用慣行にあります。“世界標準”の労働制度は同一労働同一賃金で、正社員と非正規社員の「身分格差」は差別であり、サービス残業は「奴隷労働」と見なされます。

しかしそうなると、会社は社員の雇用を保証する理由がなくなりますから、金銭による整理解雇を認めるしかありません。労働市場改革があらゆる改革のなかでもっとも困難なのは、日本社会の中心にいるサラリーマンや公務員の既得権を直撃するからです。

もちろん、正しい解決法が実現不可能だからといって目の前にある問題を見過ごしたりはできません。だからこそひとびとは、バッシングの標的を探すのです。

 『週刊プレイボーイ』2013年6月17日発売号
禁・無断転載 

第31回 割引クーポンへの違和感(橘玲の世界は損得勘定)

 

近所のレストランで食事をしていたら、若いカップルが入店時にスマホを店員に見せて、「これ使えますか?」と確認していた。たまたま隣に座ったので訊いてみると、お店のクーポンを表示させているのだと親切に教えてくれた。

私はネットのサービスには疎いのだが、この連載のこともあり、クーポンのアプリをダウンロードしてみた。たしかに私が住んでいる町だけでも、相当な数の飲食店がクーポンを発行している。

クーポンというと、最初の1杯無料とか、デザートがついてくるとか、そんなものだと思っていた。しかしこの認識は時代遅れで、いまは飲み放題のセットを割り引くのが流行りのようだ。

飲み放題というのは、おそらくは日本オリジナルのサービスだ(調べたわけではない)。日本に来たばかりのアメリカ人やオーストラリア人を居酒屋に連れて行くと、ほんとうにびっくりする。“暴飲暴食の国”から来た彼らにしてみれば、わずか数千円の飲み放題など狂気の沙汰以外のなにものでもない。

こうしたサービスが成立するのは、飲酒量が国によって異なるからだ。日本の居酒屋で飲み放題が普及したのは、どんなグループにも飲めないひとが一定数いて、彼らが大酒飲みの分を負担することで帳尻が合うようになっているからだろう。

それ以外には、料金から一定率を割り引くクーポンがある。夜限定で、「支払金額3000円以上の場合20%割引」というのが多いようだ。

このタイプのクーポンを発行する飲食店のなかに、私がよく行く店の名前があって、思わず考え込んでしまった。

飲食代が5000円として、クーポンを見せれば1000円引いてくれる。友人たちと3万円飲み食いすれば、割引額は6000円だ。そう考えると、2割引というのはかなりの金額になる。

もちろん私は、こうした営業努力を否定するものではない。しかしそれでも釈然としないものが残るのは、割引のような特典は常連客に提供されるものだと思い込んでいたからだろう。

だがクーポンでは、その仕組みを知らない常連客はいつまでも定価で支払い、一見の客が2割も安くしてもらえる。これが“知識社会”だといわれればそれまでだが、常連客はあまりいい気分にはならないだろう。

一見も常連も関係ないチェーン店がこうしたクーポンで集客するならわかるが、なかには家族でやっているような店も含まれている。当然、店は8掛でも利益が出る価格設定にしているわけで、裏切られたような気もする。

その一方で、多くの店はぎりぎりの利益率でなんとかやっている。店主と話をするようになればそうした事情はなんとなくわかるから、クーポンがあっても、面と向かって「2割引いてくれ」とは言い出しづらい。

そんなことをあれこれ考えた挙句、けっきょく割引クーポンのある店には行かなくなってしまった。みなさんは、そんなことってないですか?

橘玲の世界は損得勘定 Vol.31:『日経ヴェリタス』2013年6月9日号掲載
禁・無断転載