金融業界の不都合な真実をすべてのひとに

『臆病者のための億万長者入門』から、「はじめに 金融業界の不都合な真実をすべてのひとに」をアップします。

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「将棋のプロはいるけど宝くじのプロがいないのはなぜか?」前著『臆病者のための株入門』では、最初にこの問題を考えてみた。

プロとは、才能と努力によって素人には到達できない高みにまで達したひとのことだ。1カ月前に将棋を習い始めた素人が羽生善治三冠に勝つことはぜったいににあり得ない。なぜこういい切れるかというと、プロと素人のちからの差はとてつもなく大きいからだ。

それに対して宝くじにプロがいないのは、それが確率のゲームだからだ。過去に何度も当たりくじの出た売り場で買うひとは多いが、これはたんにたくさんのくじを売っているだけで統計学的にはなんの根拠もない。純粋な確率のゲームに必勝法はなく、そこにプロの居場所はない。

それでは、“金融のプロ”とはいったい何だろう?

ここで誰もが思い浮かべるのが、160万円を元手に株式投資を始め、5年間で100億円を超える資産を築いた20代の個人投資家だ。報道によればこの男性は、大学時代に株式トレードに興味を持つようになったものの、株価収益率(PER)とか株価純資産倍率(PBR)などの株式投資に必須とされる知識にはなんの興味もなく、売買している会社がなにをしているのかもよく知らないという。

金融の世界で「投資のプロ」と呼ばれるのはファンドマネージャーで、彼らは投資家から資金を預かり、最先端の金融知識を駆使して運用している(ことになっている)。その成績はインデックス(株式市場の平均)をどれだけ上回ったかで評価され、5年にわたって年率10%で運用できれば“辣腕”などと呼ばれてあちこちのマネー雑誌に登場する。

それに対して、株式投資の基礎知識がまったくないこの若者の運用利回りは年率900%(!)だ。個人投資家とファンドマネージャーでは条件が異なるとはいうものの、運用成績がこれほど桁ちがいだとどんな言い訳も通用しない。金融の世界では、ど素人が名人や三冠を完膚なきまでに叩きのめすことができるのだ。

この単純な事実は、株式投資が将棋よりも宝くじにずっと近いことを教えてくれる。それは必勝法のない確率のゲーム、すなわちギャンブルなのだ。

私はこれをきわめて単純明快な話だと思うのだが、不思議なことに同じようなことを述べるひとはほとんどいない。

どんな業界にも、「それをいったらおしまいだよ」ということがある。ある程度の年齢になれば誰でも学ぶことだろうが、「不都合な真実」を言い立てるひとはいつのまにか排除されて消えていく。これは陰謀とかそういう話ではなく、たんにやっかいだったり、つき合いたくなかったりするからだ。

本書でこれから述べるのは、金融業界では誰もが当たり前だと思っていながら、暗黙のうちに「それはいわないことにしておこう」と決めていることだ。「株式投資はギャンブルだ」というのもそのひとつで、私は一介の文筆家で業界とはなんのかかわりもないから好き勝手なことが書けるのだ。

私が金融市場に興味を持ったのは30代半ばで、タックスヘイヴン(租税回避地)と呼ばれる国や地域を中心に銀行口座や証券口座を開設し、株式や債券投資だけでなく、シカゴの先物市場でデリバティブ(先物やオプション)取引もやってみた。本書ではそんな体験をもとに、「資産運用の常識」をシンプルな論理で解説してみたい。それはあなたが漠然と思っている(あるいは「金融のプロ」から聞いている)“常識”とはまったく違うかも知れないが、ちゃんと読んでもらえば、「論理的に考えればそうなるほかはない」と納得していただけるはずだ。

リタイアしたあとに資産のすべてを失ってしまったら、もはや生きていく術はない。金融市場のなかで、個人はもっともリスク耐性の低い投資家だ。そう考えれば、個人の資産運用は保守的であるべきだ。

資産運用は金儲けの手段ではなく、人生における経済的なリスクを管理するためにある。そんな「臆病者の投資家」にとって、資産運用でもっとも大切なのは目先の利益ではなく、将来の予期せぬ経済的な変動から自分や家族の生活を守ることにあるはずだ。

あなたがそんなことを考えているのなら、必要なことはここにすべて書いてある。

埼玉スタジアムではなぜ人種差別の権利がないのか?週刊プレイボーイ連載(146)

サッカーJ1の人気クラブ浦和レッズは、一部のサポーターが「ジャパニーズ・オンリー」という横断幕をスタジアム内に掲げたことでJリーグから無観客試合の制裁を受け、クラブ側は当該サポーターを無期限入場禁止にすると同時に、ホーム、アウエーを問わず、すべての横断幕やゲートフラッグの掲出を禁止しました。

サッカーの本場であるヨーロッパではアフリカ出身の選手に対する人種差別的行為があとを絶たず、FIFA(国際サッカー連盟)は傘下のクラブに人種差別撲滅のための断固たる行動を求めています。今回の処分はクラブにとってきわめて厳しいものですが、浦和レッズのサポーターグループ11団体が「当事者としての責任を認識」して自主的に解散するなど、批判や反発の声はほとんど聞こえてきません。Jリーグには家族連れの観客も多く、子どもに不快な横断幕を見せたいひとはいないでしょうから、これはファンやサポーターの良識でしょう。

その一方で、東京・新大久保や大阪・鶴橋のコリアンタウンでは「死ね」「殺せ」などと連呼するヘイトスピーチが止まず、「支那・朝鮮抜きの大東亜共栄圏」を目指す団体はナチスドイツのハーケンクロイツ(カギ十字)を掲げたデモを行なっています。ゲルマン民族の人種的優越を理由に、ナチスドイツは600万人ものユダヤ人を強制収容所などで殺戮しましたから、その旗を公然と掲げるのは人種差別行為そのものです。

埼玉スタジアムでは「ジャパニーズ・オンリー」という横断幕だけでクラブもサポーターも厳しい制裁を受けました。それに対して新大久保や鶴橋でははるかに露骨な人種差別行為が容認されているばかりか、彼らはメディアに対しても堂々と自分たちの正当性を主張しています。

なぜこのようなダブルスタンダードが起きるのでしょうか。

それは、浦和レッズが興行主となる埼玉スタジアムは私的空間で、新大久保や鶴橋は公共空間だからです。私的空間には所有者(管理者)がおり、利用者は一定の規則に従わなければなりません。一方、公共空間は日本国憲法によって結社と言論・表現の自由が保障されているので、どのような政治的主張も認められるのです。

私的空間では、その所有者は自分(たち)の利益を最大化しようとしています。ほとんどのひとは、こうした利己的な場所よりも「公共」のほうが素晴らしいと問答無用に決めつけますが、これは本当でしょうか。

もちろんここで、言論・表現の自由を制限すべきだ、といいたいわけではありません。

自由を原理主義的に擁護するリバタリアニズムでは、「公共」の名の下に国家が私的空間に介入するからこそ、こうした問題が起こるのだと考えます。その解決方法は簡単で、すべての公共空間を民営化してしまえばいいのです。

株式会社新大久保や鶴橋株式会社であれば、浦和レッズが埼玉スタジアムを管理するのと同様に、ヘイトスピーチや人種差別を合法的に排除できます。これは言論の抑圧ではなく私的所有権の行使で、政治的主張をしたいひとはそれ以外の場所で自由に活動することが許されています。

たったこれだけで、憲法を遵守しつつ不愉快なヘイトスピーチをなくすことができます――残念なことに実現可能性はないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2014年5月12日発売号
禁・無断転載

『臆病者のための億万長者入門』発売のお知らせ

文春新書より『臆病者のための億万長者入門』が刊行されます。Amazonではすでに予約が始まっています。書店店頭には20日に並びますが、都内の大手書店では週末のところもあるようです。

タイトルは「億万長者入門」ですが、億万長者になる方法が書いてあるわけではありません。

アメリカやヨーロッパ、日本のようなゆたかな国は、人類史上はじめて「誰でも億万長者になれる社会」を実現しました。それは同時に、貧乏が自己責任を問われる“残酷な世界”でもあります。

億万長者になるなんて簡単だ!

そんな「ゆたかで残酷な日本」でどのように経済的な土台(インフラストラクチャー)を築いていけばいいのか、というのが本書のテーマです。

本書は、2013年4月から14年1月まで『週刊文春』に連載した「臆病者のための資産運用入門」をベースに、加筆・再構成のうえ1冊にまとめたものです。株式投資、保険、不動産、外国為替(FX)などについてこれまで述べてきたことと趣旨は同じですが、これは、市場は日々刻々変化するとしても原理は不変で、長期的には(市場原理による)正しい場所へと収斂していくはずだからです。

連載をまとめることのメリットは、過去の記述を検証できることです。

『週刊文春』に「1万5000円突破 日本株はもう高すぎる」という記事が掲載されたのが2013年5月23日(木)で、この日に日経平均は1143円暴落しました。同年6月13日発売号の「激動する為替レート 今の円高は当たり前」では、「今後、大幅な円安は見込めない」と述べました。

当時はアベノミクスの絶頂期で、ほとんどの論者がさらなる円安と株価の上昇を予想していました。それから1年たって、株価は1万4000円、為替は1ドル=101円とほとんど変わっていません。べつに自慢したいわけではありませんが、いずれの予測が正しかったかは明らかでしょう(経済予測の世界では過去の発言を検証しないことになっているので、自分でいうしかありません)。私が「日本株はもう上がらない」「これ以上の円安はない」と考えた理由も、この本で詳しく説明しています。

市場では、とんでもないこと(ブラックスワン)はめったに起こりません。リーマンショックは「100年にいちど」の大惨事といわれましたが、わずか5年で米国株は史上最高値を更新しました。これを見ても、戦争や内乱・政治的混乱に比べて、経済的な事象は未来をある程度限定できることがわかります。“米ドル暴落”“ユーロ崩壊”“中国の不動産バブル崩壊”“日本の財政破綻”などさまざまな危機がいわれますが、金融市場の仕組みと資産運用の原則を理解していれば、誰でもこうした経済的リスクにヘッジ(保険)をかけることができます。

日本はこれから、超高齢化という人類がこれまで体験したことのない社会を迎えます。そのなかで自分の(経済的な)人生をどのように「設計」するのか、それを考える一助になれば幸いです。